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本編 第一部
51. 〈黒い森〉の異変 <side:シオン・エル・レイブン>
しおりを挟む「リードとベアズはここに残れ」
シオンの指示に、第五騎士団からついてきたリードは、すぐに反論した。
「いいえ、団長。俺もお供します!」
「駄目だ。こんな事態は、我々も初めてだ。対魔獣の初心者を連れて行っても負担になる。それよりも、あの方の傍にいてくれ。私が集中できるように」
シオンにとって、ディルがどれほど大切な存在なのか、その言葉でリードには伝わったようだ。
「そこまで言われては、仕方ありませんね。分かりました。こちらのことはお任せを!」
「頼んだぞ」
ついでに、ベアズの監視も。言外に含ませた意味を、リードは正しく理解した。ベアズのほうを一瞥して、強く頷く。
ベアズは同意を求められたのだと勘違いしたのか、敬礼をする。
「ご武運を!」
これで心残りはなくなった。
シオンは馬の腹を蹴り、〈黒い森〉のほうへと駆けさせる。北方騎士団の仲間達が、すぐさまその後に続く。
シオンは馬を走らせながら、指示を出す。
「魔獣の相手をするには、装備が足りない。事態を把握し次第、すぐに退くぞ! くれぐれも深入りするな!」
「は!」
騎士達が応じる声が、野太く響く。
街道から〈黒い森〉へ近づくには、結構な距離がある。森付近で最後の物見の塔の近くで、馬が足を止めた。おびえているようで、ぶるぶると震えているのが伝わってくる。
「いったいどうしたというんだ?」
魔獣討伐のために、馬はしっかりならしてある。その馬がこれほど怖がるとは。
しかし、動物のほうが、感覚が鋭いものだ。シオンは違和感を感じ取った。
その時、再び森の奥で爆音が響いた。
遅れて、ドドドドと地鳴りが聞こえてくる。
「な……なんだ、この音」
「これはいったい」
騎士達が言葉を失くす中、シオンは胸に浮かんだ焦燥感とともに命令を出す。
「嫌な感じだ! 皆、全速力で森から遠ざかれ!」
訳の分からぬまま、ビリビリとした緊張感で鳥肌が立つ。シオンが馬を走らせると、仲間達も後に続く。
こういう時、シオンは勘が良い。仲間達はそれを信頼してくれていた。
野原を駆けながら、シオンは森を振り返る。
森が大きくうねったのを見て、ぎょっとした。
「なんだ、森が動いたぞ!」
「波立ったみたいだ」
「海でもないのに、どういうことだ!」
仲間が口々に叫ぶ。混乱の声を聞いていて、どうも幻覚ではないようだと分かったが、だからといってどうもできない。
そして、森から魔獣の群れがどっと飛び出してきた。
「スタンピードだ!」
シオンが叫んだのだか、他の誰かか。
森の不可解な動き方の理由が分かった。
何者かが魔獣の住処で爆発を起こし、混乱して逃げ惑う魔獣がなだれをうって、森の外に飛び出してきたのだ。
森がうねったように見えたのは、魔獣の大移動で木々が揺れたのだろう。
「あの量を相手にはできない。訓練通り、順に塔に逃げ込め!」
「は!」
騎士団の隊の外側にいる者から順に、二人ずつ、近くの物見の塔に避難する。塔には地下室もあるので、逃げ込めば塔が崩れたとしても、命は助かる。
魔獣の足が速く、徐々に距離を詰められていく。
「くそっ。私はディル様の無事を確認に行く!」
ディルのもとを離れてから、大して時間が経っていない。町に避難するつもりだと言っていたが、それも間に合うかどうか。魔獣の群れのほうが、一団への到達が速いかもしれない。
「お供します! 領主様!」
「俺も!」
次々に避難のために人数が減る中、四人が声を上げた。
「無理はしなくていい!」
「何言ってんですか、俺達の長が愛する人を助けようっていうのに!」
「そうですよ! そんな面白いところ、近場で見物しなきゃ、損ってもんでしょ!」
軽口を叩くが、彼らの顔は真剣そのものだ。どれだけ危険なことをしようとしているか、彼らも分かっているのだ。
「まったく! 本当にお前達は私の言うことを聞かないな。勝手にしろ! だが、死ぬんじゃないぞ」
シオンの呼びかけに、四人はおうと声をそろえた。
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