至宝のオメガ

夜乃すてら

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本編 第一部

43. 突破口は

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 夕食を終え、ネルヴィスとシオンはゆったりとワインを楽しみ始めた。
 その前で、僕は熱いお茶を飲む。

「食事前に話していた件ですが」

 ふいにネルヴィスが話を切り出した。
 僕は期待をこめて、ネルヴィスを見つめる。食事中も口数が少なかったのは、考えてくれていたからだろうか。

「まったくもう、適当に分からないと言おうかと思いましたが、そんな目をされてはしかたがありませんね」

 本心なのか冗談なのか判断がつかないことを言い、ネルヴィスは渋々という態度で話す。

「もし突破口があるとしたら、三つです」
「三つも?」

 シオンは目を丸くして、ネルヴィスに訊き返す。

「ええ。まず前提として、レイブン領は魔獣が生息する森があり、そのために特異な植物が生えています。金綿木きんめんぼく銀綿木ぎんめんぼくは希少素材として高値で売買され、石玉草せきぎょくそうはビーズの代わりとして庶民に親しまれています。なんとか借金返済ができているのは、希少素材のおかげです」

「市場を独占できれば、競合相手がいないだけ有利ですもんね」

 僕の言葉に、ネルヴィスは頷く。

「その通り。ですから、一つ目は、現在よりも高値で買い取る顧客を見つけることです」

 シオンはゆるく首を振る。

「それはすでにしています。一部は他国からの買い付けに来る商人のために、競売を行っています。それ以外は、昔からなじみの顧客です」
「いいですね。勝ち取るのを好むような金持ちには、良い手です。それでいて、安定した需要も確保している。賢明なことですね。では、次」

 ネルヴィスは指を二本立てた。

「新しい資源を見つけること、です」
「資源、ですか……」
「それはいろんな意味で危険ですね」

 シオンは難しい顔をして、僕は心配になって声をひそめる。

「レイブン卿、魔獣の死骸はどうですか?」

「どういうわけか分かりませんが、魔獣の肉には毒があります。角や爪、毛皮などは領内で消費したり、商人に売っていますが、肉や内臓は使えません」
「それ、どうしてるんですか? 扱いを間違えると、畑や川が汚染されるでしょう?」
「魔獣同士は食べられるようなので、死骸置き場を決めて、そこに捨てに行きます」

「なるほど。では、その毒を売るのはどうですか?」
「なんてことをおっしゃるんですか! 何が起きるかも知れない、得体のしれない毒ですよ? 自分達の利益のために、そんな無責任な真似ができますか!」

 珍しく、シオンが声を荒げて言い返すと、ネルヴィスはにこりとした。

「窮地だというのに、良心を忘れない。本当にお行儀が良いですねえ、レイブン卿は。勇者のかがみだ」

「馬鹿にしないでいただきたい。先祖に顔向けできないことは、一切しません! 私達は、騎士と呼ばれていても、暴力を生業なりわいにしていると理解しています。騎士道精神を忘れた時、我々は恐怖で名を覚えられることになる。そうなっては、これまでの努力が全て水の泡です」

「私が考えていたより、高潔なようですね」

 少しばかり感心した様子で、ネルヴィスはシオンを褒めるようなことをつぶやいた。シオンはばつが悪そうに、ネルヴィスに謝る。

「声を荒げて、失礼しました。ですが、あなたがとんでもないことをおっしゃるので」
「ふふ。少し試しただけですよ。申し訳ありませんね、私は意地悪なんです」

 くすっと笑うネルヴィスは、どう見ても悪魔的だった。ひねくれていて、皮肉屋。だというのに、僕には優しくて親切だ。ネルヴィスはつかみどころがないが、頭が良いのは間違いない。

「シオン、他に資源になりそうなものはありますか?」
「ディル様、そんなものがありましたら、とっくに売りに出しておりますよ」
「そうですよね……。新しい資源なんて、もろ刃の剣ですから、あったとしても良いんだか悪いんだか」

 僕の表情が曇ったのを見て、シオンは問う。

「良いことではないのですか?」

「良いことであり、危険でもありますね。現在の状況で、王家がレイブン領を取り上げないのは、苦労に見合うだけの利益が無いからでしょう? 新しい資源は魅力的ですから、あちらが遠慮しなくなるかも」
「そういうことですか。王家ならばやりかねませんね」

 シオンは迷いなく言い切った。これだけでも、王家との対立の度合いが分かる。

「ネル、三つ目はなんですか?」

 僕が問うと、ネルヴィスは指を三本立てて、不敵にほほ笑んだ。

「二つ目と似ていますね。新しい資源です。それも、現在では価値が無いと思われているものに、新しい価値を見出すという意味で」

 どういうことだろうか。
 僕だけでなく、シオンも真剣にネルヴィスを見つめた。

「詳しく聞かせてください、フェルナンド卿」
「簡単なことですよ」

 ネルヴィスは左手の中指にはめている銀の指輪を抜き取ると、僕を見た。

「ディル様、手を出してください」
「はい?」

 よく分からぬまま、右手を出すと、ネルヴィスは僕の右手の人差し指に指輪をはめた。どうやらネルヴィスのほうが指は太いようで、僕の指ではぶかぶかだ。
 きょとんとする僕の手から、ネルヴィスは指輪を外す。
 いったい何をしているのか。
 僕が見守っていると、ネルヴィスはにやりと笑った。

「この指輪は金貨三枚の品ですが、これを持って、『オメガ様が身に着けた指輪だ』と言って売れば、金貨三十枚になります」
「はい!?」
「そういうことですか!」

 あ然とする僕に対し、シオンは納得の声を上げる。

「え? どういうことですか」

 意味が分からない僕に、ネルヴィスが説明する。

「いいですか、ディル様。物の価値というものは、あいまいです。ただ、これは決まっています。『滅多と手に入らない、みんなが欲しがる物は高価だ』ということです」

 すると、タルボが僕に話しかける。

「ディル様、思い出してください。オメガの古着を切り刻んで、お守りにして売るとお話ししたでしょう? 切り刻まれた古着のかけらなんて、それだけを見たら、大した価値はありません。ですが、オメガは希少なので、彼らが身に着けた物を手にして、神様の加護にあやかりたい人がたくさんいるんですよ」

「滅多と手に入らない、みんなが欲しがる物だから、僕には価値が無いように見えても、高値で売れるということですね?」

 話を整理して、僕はネルヴィスに問う。ネルヴィスは大きく頷いた。

「その通りです。ですから、あなたがレイブン卿を助けたいのならば、話は簡単なんですよ。今は価値が無いが、使いようでは素晴らしいものを見つけて、あなたが身に着けて宣伝することです」
「なるほど……!」

 それならば、僕がきっかけさえ作って商品価値を広めれば、あとは勝手に利益を生み出すことだろう。
 目の前が開けた思いがして、僕は目をうるませる。
 思わず行儀が悪くも音を立てて椅子から飛び降り、ネルヴィスの首に抱き着く。

「ありがとうございます、ネル! さすがはシーデスブリークの賢者!」

「ははは、うれしいですが、お礼を言われているのがレイブン卿のことだというのが、ちょっと……いえ、だいぶ気に入らないですね」

 複雑そうにうなるネルヴィスに、シオンも丁寧に礼を言う。

「知恵をありがとうございます、フェルナンド卿。この恩にはいつか報います」
「でしたら、窮状が解決し次第、とっとと身を引いてください」

「それとこれとは別です。私はディル様を愛していますので」
「堂々と言うものですね。少しは遠慮してはどうですか?」
「私よりずっと進んでいらっしゃるフェルナンド卿に、どうして遠慮せねばならないんですか」

 男二人がにらみあうのを横目に、僕はそろりとネルヴィスから離れる。

「あの……僕、そろそろ部屋に戻りますね?」

 だが、ネルヴィスにガシッと手をつかまれた。

「ディル様、寂しかったら呼んでくださいね。添い寝してあげます」
「ひっ。いいです、必要ありませんっ」

 身の危険を感じ、僕はすぐに首を振る。そして手を取り返し、後ろに下がる。

「お部屋までお送りしましょうか?」

 おそらく親切で聞いているのだと思うが、僕はシオンにも否定を返す。

「いえ、タルボがおりますから。えっと……お二人とも、また明日」

 僕はあいさつしたものの、数秒、迷う。
 交際中の婚約者候補なのだから、恋人らしいあいさつをしたほうが良いかもしれない。

「どうしました?」
「もしやお酒を過ごされましたか」

 僕がいつまでも動かないので、二人は純粋に心配の目をする。
 僕はそれぞれの頬にキスをすると、脱兎だっとの勢いで逃げ出す。

「お休みなさいっ」

 二階の部屋に向けて走る僕を、タルボは追いかけてくる。

「すごいですね、ディル様。お二人とも、照れて硬直していましたよ。手の平でころころするのがお上手です」
「お休みのあいさつをしただけですよっ。するんじゃなかった、恥ずかしい!」

 遅れてやって来た羞恥で、部屋の中で右往左往する僕を、タルボは微笑ましそうに眺めていた。
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