至宝のオメガ

夜乃すてら

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本編 第一部

17. 婚約者候補のプロフィール

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 温かい家庭を築いて、ゆったり暮らしたい。
 それが僕の強い望みだが、僕一人では叶えられないことだ。
 翌朝、朝食をとりながら、僕は残った婚約者候補二人について考える。

(そういえば、あの二人についてまったく知らないんだよね)

 例えば、シオンの状況は知っているが、前の世界の護衛騎士とごっちゃにしているところもある。

「タルボ、婚約者候補二人のプロフィールみたいなものってないのかな」
「もちろんありますとも。お持ちしますね」

 そしてタルボが持ってきてくれた釣り書きは、家族構成から年収にいたるまで、こまごまとした調査報告書だった。魔導具で撮られた写真付きだ。

(こうして見ると、綺麗な人達だよね。目がうるおう)

 実物のほうがもっと魅力的なのだから驚きだ。

「シオンはすでに父親を亡くしていて、母親と二人暮らし。使用人は数名いるけれど、そんなに多くない。レイブン領って、特殊な繊維を作り出す綿の木があるんだね。金綿木きんめんぼく銀綿木ぎんめんぼくっていうの。どんな木なんだろう?」

「なんとか借金返済しながらもっているのは、金綿と銀綿のおかげですよ。少量しかとれない希少素材で、高値で売れるんです。それから、宝石のような固い実がなる草花もありまして、そちらは庶民がビーズ代わりに買うんですよ」
「へえ」

 さすが、タルボはちゃんと把握しているようだ。

「それから、羊毛とヤギのチーズで有名ですね」
「そんなに有益な領地なのに、どうして王家は借金返済にして、領地没収をしなかったんですか?」

「この領地の北部には、危険な魔獣が多く住む森が広がっています。希少な草花が多いのは、この森の影響なんですが、魔獣は村を襲うこともあって、レイブン家が王国の盾となって、代々騎士団を率いて討伐しているんですね」

 レイブン家は王国建国期から、ずっと騎士の名家として、北部を守ってきたのだとタルボは説明した。

「魔獣が腹を空かせる冬季は、レイブン卿は王立騎士団を休んで、こちらの討伐に当たっています。希少素材と天秤にかけても、騎士団育成費用と討伐費用が結構馬鹿にならないので、王家は領地没収しなかったんです」

「レイブン領を王領にしたら、王家が管理費用を出さないといけなくなるせいですか」

「その通り。王家がレイブン家を嫌いながらも取り潰せないのは、そうするほうが、王家にとって不利益になるせいです。しかもレイブン領の領民は、建国期からずっとレイブン家を長とあがめていますから、王家だけでなくよそ者も嫌っていて、なんというか気難しいんですよ。王家が統治しようとしたら、おそらく反乱が起きます」

 タルボの説明は分かりやすい。そんなバランスがあったのかと、僕はアルフレッドとシオンの対立を思い浮かべた。シオンが王子に対して、遠慮なく物を申すはずだ。

「レイブン家は領民に慕われているんですね」

「代々、民を守るために善政をしいていますからね。騎士道にそれないことを、誇りとしていらっしゃいますよ。レイブン卿は誰にでも親切ですが、あの通りクールなので、舞踏会で婦人に言い寄られても、礼儀正しく切り捨てるそうですよ」

「れ、礼儀正しく切り捨てる……?」

 すごい言葉を聞いた。
 でも無礼に断らないだけ、優しいのだろうか。僕には判断がつかない。

 首を傾げる僕の前に、タルボはネルヴィスの書類を出す。とりあえず目を通した。

 ネルヴィスは両親が健在で、一人っ子。祖父母もいないが、叔父と叔母の家族がいる。
 フェルナンド侯爵家は、東の国と隣接する大領地を所有しており、戦が活発な頃は辺境伯と呼ばれていた。

 防衛に特化した魔導具を多く所持し、魔法部隊を私兵として持っているが、武力よりも交渉能力が高い。財務長官、外交官、現在は宰相と、政治の中枢にいる家で、「シーデスブリークの賢者」と異名を持つ。

 領地内に、大規模な商業都市を持っており、財力が豊かである。王家から市を開く権利をもらい、一方で多くの税金を納めているため、王家にとっては無視できない存在だ。

「王国のお財布って感じの家なんですかね?」
「ぶっ。まあ、金庫番もしていましたし、それで合ってますよ。しかし、お財布とは可愛らしい表現ですね」

「笑わないでくださいよ、タルボ」
「〈楽園〉の財力に興味を示さないほどの富豪ですよ。お財布というより、ドラゴンのようですよねえ。ほら、ドラゴンって、巣穴に財宝を貯め込むといわれているでしょう?」

 僕は思わず、フェルナンド侯爵家の紋章を確認した。

「ドラゴンの紋章ですね!」

「あ、これはフェルナンド家を茶化す、よくある冗談ですよ。この国では、ドラゴンは魔法と勇猛を意味しますので、魔法と魔導具で防衛しているフェルナンド家をあらわすにふさわしいのです」
「そうなんですか」

 面白いと思っただけに、僕はちょっとだけがっかりした。

「お二人のことを知りたいと思うのは自由ですが、ディル様。婚約申し入れ書も見てみてくださいね。これだけあります」
「山になってる……」

 タルボが押してきたカートには、冊子の山ができていた。

「とりあえず、もう少し知りたいので、図書室に行こうかな」
「では図書室まで運びましょう」

 どうやらタルボは、どうしても冊子を読ませたいようだ。
 逃げられなかった僕は、山を横目にがっくりした。
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