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番外編
5
しおりを挟むニコルにとっては楽しいランチを終えた後、従姉妹達がセントラルパークを散策しようと言い出した。
「ねえ、いいでしょ、お兄様! ブラッド兄様とニコル兄様がいらっしゃるなんて、めったとないんですもの。私達も一緒に遊びたいわ」
「こら、二人とも。せっかくの旅行を邪魔してはいけないよ」
リチャードはたしなめたが、かわいい妹達の猛攻に弱り顔をしている。
こんなふうになつかれるとほだされるもので、ニコルはブラッドリーに向けて小首を傾げた。
「ブラッド、王都にはなかなか来られないのですから、皆さんとご一緒するのはどうでしょうか」
「君ならそう言い出すのではと思っていたよ。しかたがないな」
「「やったわ!」」
姉妹が歓声を上げ、お互いに両手を握り合って喜んだ。
しかしブラッドリーは本当に渋々という態度だ。
「これからは前よりは王都に足を運べるだろうといっても、私の最優先任務は魔法障壁を張ることだ。理由がなければ、領地を離れられんしな。はあ、まったく、ニコといちゃいちゃするので忙しいというのに!」
内心では邪魔されたくないと思っているようだと分かりやすいが、従姉妹達は負けていない。
「奥様が大事なのは分かりますけど、そんなにくっついていると邪魔にされますわよ」
「そうね、アリス姉様。接着剤もびっくりよね」
金髪の娘が姉のアリスで、褐色の巻き毛とはきはきした物言いをしているのが妹のメイベルだ。姉が十七、妹が十五である。アリスのほうがまだ大人しいが、二人ともおしゃべりを始めるとノンストップで口をはさむ隙もない。
すると淑女らしくせよと母親が叱るのが、一連の流れだった。
いったい誰に似たのか、彼らの両親は物静かだ。
ニコルはブラッドリーの腕にそっと触れる。
「ブラッド、これからずっと時間を共にするのですから、そう心の狭いことをおっしゃらないでください」
「そうだな、ニコ。全体からみれば、一瞬だな」
あっさりと意見をひるがえし、ブラッドリーは全面同意する。
ハウゼン家の面々は、さすがに呆れ顔をした。
「セントラルパークは、そんなに面白い場所なのですか?」
若い少女達がわざわざ行きたいと言うのだから、どこか変わった公園なのだろうか。
「セントラルパークは王都で最も広い公園なんですの。噴水広場には露店があったり、道化師や吟遊詩人がいることもあります」
アリスが説明すると、メイベルが身を乗り出す。
「馬場もあって、乗馬を楽しんでいますのよ。夏には競馬も開かれるんですわ。わたくし、馬に乗りたいの」
「メイベルは馬がお好きなんですね」
「ええ! とっても可愛いわ。ハウゼン家が出資している馬がいるのよ。スターチスというの」
ハウゼン家所有の競争馬がいるから、メイベルはセントラルパークに行きたかったのか。
「あれは良い馬だぞ、ブラッド。葦毛で、額に星のような白い模様があるんだ。俺もぜひとも見せたいね」
リチャードも会話に加わり、ブラッドリーも興味を示す。
「ほう、リチャードが言うほどか。それは見てみたいものだ」
「有料で、ポニーの貸し出しもしているのよ。そうときたら、すぐに用意しなくっちゃ。行きましょう、アリスお姉様」
「ええ」
メイベルとアリスはお辞儀をすると、早々に退室した。乗馬服に着替えるようだ。
「ブラッド、私達も着替えますか?」
ニコルの問いに、リチャードが首を振る。
「ちょっと歩かせる程度なら、乗馬服はいらないさ。レディは別だけどね」
「私がエスコートするから大丈夫だぞ、ニコ」
ブラッドリーはそう言うが、ニコルも乗馬はできる。
「ブラッド、お忘れのようですが、私も男なんですよ?」
「そして病み上がりの妻でもある。無理はしないで欲しい」
「うっ」
そんなに心配そうに見つめられると、ニコルは弱い。
「わ、分かりました。よろしくお願いします」
「つらくなったら言うんだぞ。抱えて帰るからな」
「それは勘弁してください」
冗談だと流せれば良かったが、ブラッドリーならばやりかねない。
そんな二人のやりとりを見て、伯爵夫妻とリチャードは微笑ましそうにしていた。
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