いつか、君とさよなら

夜乃すてら

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第二部 結婚五年目編

 14 ※閲覧注意

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 このページは読まなくても大丈夫ですが、読む時は閲覧注意です。
(※第三者による暴力表現ありです。モブによるレイプ表現と、水責めという拷問を書いてます)

 ※※※※※




 男に引きずられるようにして、居間に連れてこられた。
 ほんの数分の間に、居間はすっかり荒らされていた。家具が倒され、配置がめちゃめちゃになっている。暖炉前にあったロッキングチェアを隅へ移動させ、男はニコルを毛織のラグの上へ突き飛ばした。

「うっ」

 たいした受け身もとれず、ニコルはラグに倒れこむ。とっさに両手を突こうとしたせいで、手が痛んだ。すぐに起き上がって逃げようとしたが、男に肩を掴まれて、あおむけに転がされる。

「離せ!」

 ニコルはもがいたが、男に上からのしかかられて、身動きがとれない。ゾッとするニコルを、男は見下ろす。

 黒髪黒目、無精ぶしょうひげが生えていて、人をくったような笑い方をする。体つきががっしりしており、ニコルみたいなひ弱なオメガでは、力ではとても敵わない相手だ。

「さて、坊ちゃん。印璽のありかを吐いてもらおうか。早いとこ、終わらせたほうが楽だぜ?」
「私は印璽など知らない!」

 即座に言い返すと、左頬を衝撃が襲った。熱い痛みに、平手で叩かれたことに遅れて気付く。

「印璽は?」

 男は淡々と問う。ニコルの頭は真っ白になった。
 この男は、ニコルを尋問している。

 ニコルの背筋を、冷えが走る。

 拷問ごうもんして吐かせる。犯罪者に対して、貴族ではよくやることだ。まさか自分がされる日が来るとは思わなかった。犯罪をしたこともないのだから、一生、縁がないはずだった。

(印璽か……。どういうことか知らないが、彼らは印璽の行方を探している。領主の印璽は法的に価値があるから、盗んだら極刑ものだ。この人達はただの強盗じゃなくて、私は犯罪者と思っているんだ)

 事の重大さに気づいて、頭から足先までさーっと血の気が引いていく。

 本来なら、領主館で尋問され、裁判を受けるようなことだ。だが、エリアルが個人的に追及している。ここが領主館なら家族が助けてくれるだろうが、静養のために暮らしている屋敷だから助けを呼べない。

(この男が自分に正義があると思っているなら、当然、手加減なんかしない……)

 あんな真似をしておいて、まだニコルを追い詰めるのか。エリアルを恨めしく思った。
 ニコルは男をまっすぐに見つめて、きっぱりと答える。

「私は、印璽など知らない。疑うなら、ここで尋問するのではなく、アマースト家で裁判にかけるべきだろう」
「そして金を払って逃げるのが、貴族ってものだろう。おい、たらいに水を入れて持ってこい」
「はい、お頭!」

 手下が返事をして、どこかに駆け去った。

「印璽のありかが分かれば手柄になる。金をもらえた上に、護衛に取り立ててもらえるんだそうだ。こんな底辺からはおさらばできる」

「お前は、エリアルにだまされてるんだ」

「あんな綺麗な人が嘘をつくと思うか? あんたみたいなどこにでもいるような奴が、案外、悪い奴だったりするんだ。早く白状するんだな」

 男の肩の向こうで、顔をうつむけたエリアルが口元だけゆがめていた。悪意のこもった笑い方だった。

「かわいそうな方だ。正妻になるはずが、愛人に横取りされたんだって? オメガのフェロモンで、アルファを誘惑したんだろ。逆レイプというんだぜ」

 カーッと頭に血が上る。

「私とブラッドのことを、何も知らないくせに! そもそも結婚したのは五年前だぞ。エリアルはまだ社交界デビュー前の子どもだろう。順番がおかしいことに、何故気づかない!」

「貴族にはいろいろとあるんだろ。どうでもいいさ、俺は金と仕事さえもらえれば、それでな。ああ、持ってきたか」

 手下がたっぷりと水をはったたらいを、ニコルの傍に置いた。嫌な予感がして、手が震える。

「早めに吐けって言ってるだろ?」

 ネズミをいたぶる猫のような目をして、男が薄く笑う。そして、ニコルを無理矢理起こすと、後ろ襟を掴んだ。

「印璽はどこだ?」
「知らない!」
「ったく、馬鹿な奴だな」

 やれやれと悪態をついて、男はニコルをたらいのほうへ押し出した。

「うっ。~~っ」

 水に顔を押し付けられ、ニコルは苦しさにもがく。だが、頭は男が押さえている。そして、体を起こされた。

「はあっ、はあ。げほっ」

 空気を求めて、ニコルはせきこむ。息を整えながら、恐怖で涙がにじんだ。心臓が早鐘のように鳴り始める。
 男は静かに問う。

「印璽は?」
「知らないんだ。本当に」

 エリアルはニコルを殺すなと言っていたが、そうならない保証はない。

「強情な奴だな。根比べといこうじゃないか」

 男はほの暗い笑みを浮かべ、ニコルの肩をつかんだ。



 ニコルはぐったりとラグに倒れこんでいた。
 あれから何度か水責めにあったが、ニコルの体力のほうが先に尽きた。だいぶ回復してきたとはいえ、静養の身だ。

 加えて魔力不足で視界がくらくらしている。
 魔力切れになったら眠る体質を、初めてありがたいと思った。気を失っていれば、こんな責め苦からも解放される。

「弱々しい野郎だな。しかしここまで吐かないとなると、本当に知らないのか。それとも、部下のほうか?」
「命じるなら、そいつだよ。見つからなかったらそれでも構わない。ブラッドリー様に悪さをしようと思わない程度に、こらしめてやって」

 こんな残酷な場だというのに、エリアルは平然とお茶を飲みながら、ちらとニコルを見て言った。

(綺麗な顔をした悪魔だ……)

 意識の隅で、ニコルはエリアルの本性におびえた。
 まるで宗教画の天使のような清楚な外見をしながら、することはありを踏みにじる幼児のような、純粋な残酷さを秘めている。四、五歳は年下なので、ニコルにとっては子どもなのに、得体の知れない怖い存在に思えた。

(こんな人が、ブラッドの運命?)

 もしブラッドリーがエリアルと番になっていたら、どんな未来になっていたのだろうか。エリアルはユリアとともに、ブラッドリーを支配して、重責のおりに閉じ込めていたのだろうか。そんな地獄を想像すると、疲れ果てているのに、怖くてたまらないのに、ふるい立つものがあった。こんな連中に負けてなるものか。

(確か、今日は夕方に、お兄様が来る予定だったはず)

 三日に一度は家族が医者とともに様子見に来て、食材や日用品などを置いて帰っていく。ここから買い出しに行くのは大変なのだ。
 それまで耐えればいい。

(耐えられるだろうか?)

 すでにニコルの体力は消耗しきっている。不安だ。
 しかし印璽など知らないので、嘘をついて時間をかせぐこともできない。印璽といってもいろんな形がある。印鑑だったり、指輪のトップだったり。どんな素材かも知らない。ニコルがブラッドリーの妻でも、執務室に入ったのは片手で数える程度だし、ブラッドリーは大事な物を机に置いたままにする人ではない。

(印璽はただの口実で、エリアルは私をいじめたいだけ……。ブラッドはエリアルを遠ざけたって言ってた。それが正しいなら……つまり)

 ニコルの胸に希望が湧いた。ブラッドリーはニコルと離縁するつもりがないのではないか。後釜あとがまにすわる目論見が外れて、エリアルはニコルに当たりに来た。そう考えると、つじつまが合う。
 そしてエリアルがまだ十代半ばの子どもに過ぎず、貴族としての意識が欠けた、甘えた存在だということも察した。

「……かわいそう」
「何?」

 エリアルがこちらを鋭くにらんだ。敵意をはらんだ視線も、ニコルには子どもの癇癪かんしゃくに見える。

「誰も、君を止めない。だから、君はいびつなのに、気付いてないんだ」

 か細い息の合間に、憐みを込めて。ニコルは呟いた。

「いびつ? 僕がいびつだって!」

 図星をついたのかもしれないし、憐れまれたことが勘にさわったのかもしれない。エリアルは逆上して、白い頬を真っ赤にした。しかしニコルは気にとめず、エリアルをまっすぐに見つめる。

「あの清廉な方が、今の君を見て受け入れると思う?」
「うるさいっ。お前が横取りしたんじゃないか。僕の運命なのに、近づけない。侯爵夫人にふさわしいのは僕だ。あの人の隣は、僕のものだ!」

 エリアルは激高して叫ぶ。そして男に命じる。

「続けて。そいつが謝るまで、許さない」
「分かりましたよ」

 男はあっさりと答えたが、思案げに呟く。

「とはいえ、水責めはもう無理だな。これ以上は死んじまう」

 その声にニコルは少しほっとした。だが、すぐに身構えなおした。何をされるか分からなくて怖い。すでに疲れきっていて、たいして動けない。

「あとは体にくしかねえか」

 男はニコルをあおむけにして、上からのしかかってきた。

「な、何。怖い。やめ……っ」

 弱弱しくあがくニコルの様子に、男はふんと鼻を鳴らす。

「肉体経験があるくせに、純情ぶってるんじゃねえよ。んー、特に服にもないか」

 シュルリと衣擦れの音がした。男がニコルの帯を引き抜いた音だ。上半身から上衣と内着、下着を全て取り払う。暖炉に火が入っていても、ひんやりと肌寒く、ニコルは震えた。水責めのせいで、頭から肩までずぶ濡れなのだ。

 靴と靴下、ズボンも脱がせ、隈なく印璽を探してから、最後に下履きも脱がされた。あっという間に全裸にされてしまい、ニコルは青ざめる。

「なんだ、痩せててみっともない体だな。こんなののどこが良いんだか」

 エリアルが悪態をついた。
 確かにニコルは痩せ型だが、今は療養中だ。普段はもう少しましである。そう言ってもしかたがないので、ニコルは黙っていた。

「肌触りは良いな」

 胸から腹を撫でて、男が言う。ニコルは身を固くした。その手が気持ち悪い。すると居間にいた手下が、にやにやしながら名乗り出る。

「お頭、ヤるんですかい。俺もいいですか?」
「ああ、いいぜ。こいつが印璽について吐かなかったらな」

 エリアルがくすりと笑う声がした。
 ニコルが印璽など知らないことを、エリアルは分かっているのだ。

「油を持ってこい」
「はい」

 手下がすぐにオリーブオイルの入った瓶を持ってきた。
 香油の代わりにするのだと気づいても、ニコルは身動きができない。がたいの良い男に押さえつけられているし、すでに体力はほとんど尽きている。しかしいざ、オリーブオイルを尻にかけられると、恐怖と嫌悪感がたまらなくなった。

「やめて、やめっ。嫌だっ」

 ラグの上で必死にもがくと、後ろから頭を叩かれた。衝撃で視界がぐらっときた。

「うるせえ。嫌なら、印璽の場所を吐け」
「そんなもの、知らない。エリアルの嘘だ」
「それじゃあやめられねえな。悪いね、これも仕事だ」

 悪びれる様子もなく謝って、男はオリーブオイルをまとわせた指を、ぶしつけに押し込んできた。

「ぐ……ううっ」
「ん? ずいぶん狭いな。既婚者だったんだろ」
「やめ……」

 痛みに顔をゆがめ、ニコルは歯を食いしばる。
 ブラッドリー以外に触られたくない。だが、このままでは痛いだけだ。必死に力を抜こうと努力をするが、心は正直なもので、どうしても嫌で全身に力が入ってしまう。

 それでも男は意に介さずに、ニコルの尻をもんだり前を触ったりしながら、少しずつ後孔をほぐしていった。男相手でも手慣れている様子だ。
 そして、とうとう自身の一物をニコルの尻にあてがった。

「最後にもう一回だけ聞いてやる。印璽は?」

 目尻に涙をにじませ、ニコルは力なく首を振った。知らないと言っても、どうせ聞いてくれない。

「本当に馬鹿だな」

 さげすみを込めた笑いを声に含ませて、男はそれを押し込んだ。
 後ろをめりめりと割り開かれ、痛みと圧迫感で冷や汗をかきながら、ニコルはすさまじい嫌悪感に襲われた。

 ――嫌だ。嫌だ。嫌だ!

 その拒絶は体に影響し、突如、息ができなくなった。

「は、はぅ、あ……」

 パクパクと口を開閉し、痛みを訴える胸を押さえて、身を丸くする。

「ん?」

 異変に気付いた男は挿入をやめ、一物を引き抜いた。
 ニコルの視界は白くなり、ゆっくりと薄れていく。

「お、おい。しまった。こいつ、番が……」

 男の焦り声がした直後、激しい爆発音ともに、居間の扉が吹っ飛んだ。
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