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陰キャなオレには、スローライフなんてむいてない
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しおりを挟むそして三日が過ぎると、男達には暁が言いたいことが伝わったようだった。
「こんなにストイックに、武芸を追求しているとは……」
「自然環境の維持のために、魔導具を使っているところには感銘を受けました」
彼らの中には魔導具に詳しい者もいたようで、すっかり尊敬の目をしている。エルフ達同様に、自分達の糞尿を集積所に運んで、魔導具で浄化する作業もしていたせいだ。
他にも、生ごみはコンポストに集めて堆肥を作り、家畜はしっかり管理して、草を根絶やしにしないように気を付けている。森の動物が増えすぎれば間引いて調整するし、木を切り倒せば植樹もする。
そんな日常の生活の間に、ゴールデンハイム村のエルフ達は武芸を磨いていた。
村人達は監視もかねて、男達の生活を手助けしていたようだ。だが、男達は生活を通して、エルフの生きざまを目撃して、すっかり誤解を解いた。
「森に罠をしかけて、申し訳ございませんでした」
「大神官様、ご慈悲をたまわり感謝しております」
もしかして森の神フォレスへの信仰を、洗脳でもしたのだろうか。見送りに同席している暁は、村長に疑わしい目を向ける。ベスケルは肩をすくめた。
「私どもは当たり前のことを教えただけですよ。どうも人間の都市はひどいことになっているようです。都市の中は汚物だらけで、感染症もあるとか」
「ははっ。まさか、風呂に入るのは良くないみたいな教えまで広まってるとか?」
暁が冗談まじりに、暗黒の中世期のあるあるネタを口にすると、男達は驚きを見せた。
「どうしてご存じなんです?」
「まじで!? 光華教って、身ぎれいにして神様に仕えなさいとか教えないの?」
神社では手と口を洗い清めてから、神にもうでるのが一般的だ。風呂に入るななんて、ばっちいではないか。
「神殿に行く時は綺麗にしますけど……普段は特には。それに、風呂に入るなんてぜいたくです。薪がもったいない」
「そう考えると、魔石で湯をわかすのって、エコなのか?」
暁の独り言を拾い、エジが首を傾げる。
「エコ?」
「環境に優しいって意味」
「そうだね。魔石は自分達で魔力をチャージすれば何回でも使えるし、魔導具が壊れなければ、湯を沸かし放題だから。最近の人間は魔石を作らないの?」
エジの問いに、男達は困ったように頭をかく。
「魔石を作るのは、魔法使いが秘密にしていることですし……。教会も奇跡の技としています。俺らのような庶民は、魔石というのは買うものなんですよ」
「自分達で作ると、教えに背くってこと? 罰を受ける?」
「いいえ、そもそもやり方を知らないんです」
これにはエルフ達はどよめいた。
「あんなに簡単なことを、知らない?」
「特権階級が独占しているのか。なるほどな」
すると、ベスケルが自宅から透明な小さい石を持ってきた。
「奇跡でもなんでもないぞ。ほら、空の魔石だ。持ってみろ」
「え? はい」
「瞑想は分かるか? 深呼吸をして、体を落ち着ける。体内を循環している魔力を、指先に集めるイメージをしてみろ」
そこに座って試せとうながされ、魔導具に詳しい男が地面にあぐらをかいた。言われるままに瞑想をすると、ややあって、魔石に青い光が灯る。仲間がおおっと声を上げた。三十分もすると、青く輝く小さな魔石ができた。
「ほら見ろ、できただろう? お前の基本魔力は水属性が強いのだな。青い魔石ができた」
「少し疲れましたけど、すごい! こんなに簡単に?」
「空の魔石さえ用意できれば、あとは簡単だ。基本魔力の属性以外を作りたければ、魔石に下級魔法を浴びせ続ければいいだけだ」
ベスケルの教えを受け、男は目を丸くする。
「下級魔法を浴びせるんですか?」
「上級なんて使ったら、魔石が壊れるだろ?」
「あ、いえ、魔法を浴びせるなんていう考えがなくて……」
あたふたしている男を見て、かわいそうになったのだろうか。村人達は小さな魔石を持ってきて、他の四人にも与えた。
「ほら、お前達もやってみろ」
「俺は、魔法は苦手なんですが……」
「魔力をチャージするのに、魔法の得意下手は関係ない」
リーダー格の男は弱った顔をしたものの、言う通りに試してみて、火の魔石を作るのに成功した。残りの三人も、それぞれ魔石を作る。一人は光の魔石を作ったので、ベスケルがパチンと指を鳴らした。
「おお、光属性は珍しい。買い取っていいか?」
「えっ。魔石はあなたがたのものですのに」
「魔石にチャージしたら、代金を払うのは当たり前だろう?」
ベスケルは平然と言って、男の手に銀貨を三枚乗せた。
「これで帰宅するための旅費くらいにはなるだろう」
「村長殿……!」
男達は目をうるませて、ベスケルに祈りを捧げるポーズをとる。
「魔石自体は、水晶でも代用できるし、あの迷惑な魔物の心臓にはまっていることもある。お前達の国ににらまれないのなら、周りに広めるんだ。そして風呂に入れ。清潔にしろ。病気になりやすい原因が環境にあるなら、変えればいい。そして体を鍛えろ。体と精神を鍛えてこそ、健全というものだ」
とてもまともなことを言っていたベスケルだが、結論は脳筋のそれだった。
「はい! 分かりました!」
「ありがとうございます! 帰って、皆にも伝えます!」
そして、男達は魔石を四つと銀貨三枚を手にして、意気揚々と帰っていった。
「はあ、まったく。罰のはずが、褒美を与えたようなものだ」
ベスケルはため息をついた。
「あの五人が意外と真面目に働くから、気に入ったんでしょ?」
ツィーデルが横から声をかけ、ベスケルはばつが悪そうに眉を寄せる。それから、真面目な顔をして暁のほうを見た。暁はぎくりとする。苦情だろうかと身構えた。
「我々は、よそ者は全員悪いのだと思い追い払うばかりで、理解しようともしませんでした。泉に小石を投げた程度の変化でしょうが、大神官様の助言のおかげで、良い方向に変わるかもしれません」
「そうなったらいいですけど、おおげさすぎでは?
ベスケルが持ち上げてくるのが恐ろしい。
「大神官様は謙虚でいらっしゃる」
大きな体を揺らして、ベスケルはガハハと笑った。
ベスケルとツィーデルが並ぶと、ベスケルの粗野な男ぶりがツィーデルには見当たらないので、遺伝子の神秘を感じる。
「は、はは……」
とりあえず暁は笑って誤魔化す。
(このせいで、なんか悪いことにならないかな。心配だ!)
皆の期待とは違い、暁は余計なことをしたのではないかと冷や汗が止まらなかった。
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