神庭の番人 ~陰キャなオレには、スローライフなんてむいてない~

夜乃すてら

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陰キャなオレには、スローライフなんてむいてない

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「お前、本当に体力がないな。なさすぎて引くぞ」

 フォレスのあんまりな言いように、暁は枝を抱えたままぐったりと地面にへたりこんだ格好で、そちらをにらむ。文句を言う気力もないが、がんばって言い返す。

「高みの見物を決め込んでる奴に言われたくないね」
「この姿で物は持てぬのでな」

 暁の文句はフォレスにはまったく響かない。

(腹の立つクソ鳥め、いつか絶対に丸焼きにしてやる)

 疲労からくるイラ立ちで、暁は物騒なことを考えた。
 木の根を掘る道具に、木の枝や石しかない。スコップは人類の知恵だったのだなと、暁は日本を恋しく思った。

(歴史で、青銅器や鉄器が渡ってきてから、文明レベルが上がった意味が分かった)

 日本に帰ったら、ご先祖様に感謝しまくろう。
 そして、木の実や泉の水を食事代わりに、夕方まで木の根を掘り続け、ようやく根本に〈株玉〉が見えた。
 大きさはボーリング玉を少し小さくした程度。青く輝いていて綺麗だが、どす黒い気体がまとわりついている。

「うわぁ、ばっちい」
「瘴気のせいだ。聖なる森の木を作り出す核だぞ、本来は聖なるものだ!」

 フォレスはすぐに言い返し、悲しげにため息をつく。

「こんなあり様になるなんて、姉上、ひどすぎる」
「次は水を汲むんだよな?」
「浄化が先だ。ほれ、やってみろ」
「少しは教える努力をしろよ、クソ鳥!」
「神に対して不敬な! 神の威光!」

 フォレスはビカッと光った。暁もこの一日でだいぶ慣れてきたので、とっさに目を閉じて直視をさける。

「へんだ、そう何度もくらうかよ!」

 フォレスから顔をそむけて目を開けた暁は、神の威光を浴びても、青い石の周りをただよう黒い気体になんの変化もないことに気づいた。

「神の威光ってわりに、瘴気とやらはどうしようもないのな」
「それはただの瘴気ではなく、姉上の力の欠片だぞ! まがつの加護だ」

「マガツ……? 何それ」
「災いのことだ。闇の神は、災いとけがれ、死をも抱擁する神だからな。恐ろしいが、それらがなくては、世界は回らない。姉上の理不尽さは、まさに自然の脅威そのものだ」

 フォレスの説明を聞いて、暁は妙に納得した。

(つまり、自然がもたらす災害なんかがそのまま神様になってる感じを想像すりゃあいいのか)

 それでは理不尽な性格なのも理解できる。
 フォレスは天変地異にあって、一時的に弱体化しているのだ。そして、それに暁は巻き込まれた。なるほど、正しく「災厄」だ。

「神の力がかかっている以上、末っ子の我にはどうしようもない。ぐだぐだ言っていないで、さっさと浄化しろ! もう夜になるぞ、魔物が動き出す時間だ」

 魔物と聞いた暁は、茜色に染まる空を見上げて、急に焦りを覚える。遠くで聞こえる何者かの気配を感じながら、朝を待つ夜をまた過ごさねばならないなんて嫌だった。

「くそっ、浄化? 浄化ってあれ? 神社で見かけるみたいな?」
「なんでもいいから、やってみろ」
「お前は口だけでいいから、いいよな!」

 フォレスに悪態を返しながら、暁はやけになって、雑草を抜く。本来なら、さかき紙垂しでを結わえ付けた玉串たまぐしを使うものだ。よく神社の神主が持っている玉串に雑草を見立てて、暁もぶんぶん横に振りながら、祈り言葉をつぶやく。

「はらえたまい、清めたまえ、かむながら守りたまい、さきわえたまえ!」

 神棚にまつる時に、祖母がこう言うのだと教えてくれたので、暁はいつもこの言葉を口にしていた。
 意味は簡単だ。「おはらいください、お清めください。神様の力でお守りください、幸せにしてください」だ。
 雑草の先で、黒い気体をはらうようにして叫ぶと、黒い気体は空気に溶け込むようにしてスーッと消えていった。

「できた!」
「異界の祈り言葉か? 私の加護を上手く引き出したようだ。体力もないポンコツだが、加護の扱いは上手いようだな」
「お前さあ、少しはまともに褒められねえの?」

 まったくとため息をついたが、謎の力でも上手く使えればうれしいもので、暁は少しだけ疲れを忘れて、機嫌良く笑う。

「次は水を汲むぞー!」
「先に〈株玉〉を拾え! 魔物に盗まれるだろうが」
「ええっ、聖なるものなのに、魔物が触れるのかよ?」

 いちいち暁の常識と違っていて驚く。聖なるものといえば、神聖さのために魔は近づけないものだと考えるのが普通ではないか。

「あやつらにとっては、エネルギーの塊だ。だいたい、魔物が人間や動物を襲うのは、それらが持つエネルギーを奪うためだぞ」
「食事ってこと?」

「違う。エネルギーを取り込めば強くなる」
「ドーピングか。あいたっ」

「聖なるエネルギーをなんという悪質な表現で呼ぶのだ、無礼者!」
「お前、ほんっと嫌い!」

 フォレスにゲシッと蹴られた暁は、やっと思いついた悪口を言う。腹が立ちすぎて、「嫌い」しか出てこなかった。
 〈株玉〉に恐る恐る触ると、ゴムボールみたいなやわらかい感触がした。ひんやりしているような気がする。持ち上げてみると、羽みたいに軽い。
 暁が〈株玉〉を引っこ抜くなり、枯れた木がさあっと砂と化して消えた。
 ぎょっと固まる暁に、フォレスが口を出す。

「核をとったら消えるのは当たり前だろ」
「お前のそういう説明が足りないところも嫌いだよ!」

 暁は言い返し、次は水をかけるんだったと思い出して、泉へ歩き出す。

「なあ、水をかければいいんなら、泉に放り投げればいいんじゃないか?」
「駄目だ。水をかけたら成長するから、泉が消える。アカツキよ、明日からどうやって水を手に入れるつもりだ」
「それは困るな、分かった」

 さて、水をどうやって汲もうかと考えて、暁はキャンパスバッグを思い出した。

「あーっ、そういえばタンブラーを入れてた!」

 昨日はすっかり忘れていたが、教科書などと一緒に、水を入れた保温タンブラーを入れていたのだ。

「タンブラーとはなんだ」
「うーん、水筒みたいに持ち歩けるカップのことかな」

「水筒のことか」
「タンブラーだよ。タンブラーと水筒じゃあ、全然違う。タンブラーのほうがかっこいい。都会っぽい」
「そういうこだわりが田舎くさいと思うがな」

 しかしフォレスがどう言おうと、タンブラーなのだ。都会ではやりのコーヒーショップチェーンで買った、あこがれのタンブラーである。三千円越えと財布には痛かったが、黒でシックに決めた。

「ふ。これぞ、大人の男」
「単純な奴だな」

 フォレスは鼻で笑い、羽ばたいて暁の肩にとまる。
 暁はいったん洞窟に戻って鞄を開き、黒いタンブラーを取り出した。

「ほう。金属とも陶器ともつかぬ不思議な素材だな」
「金属だよ。ステンレスだ」

 暁の返事に、フォレスはよく分からんという沈黙を返す。
 暁はタンブラーを持つと、泉に向かって小走りに駆け出した。泉に着くなり、地面に中身を捨ててから泉の水で洗い、水をつぐ。しっかり蓋をすると、〈株玉〉を抱えなおして立ち上がった。

「どこに埋めるんだ?」
「さっきの場所だ」
「オッケー。じゃあ、戻るか」

 そしてきびすを返した暁の目の前に、黒い狼が飛びかかってきた。

「うわ!?」
「神の威光!」

 肩にいるフォレスがビカッと光り、狼は「ギャウン」と悲鳴を上げて、横へよける。

「今だ、走れ!」

 言われずとも、すでに暁は逃げ出している。
 心臓がバクバク鳴っているのは、走っているせいだけではない。

「あれ、魔物か?」
「そうだ」

 初対面の魔物に、突然襲われかけ、怖すぎてしんどい。

「ひーっ、犬は嫌いだーっ。死ぬーっ」
「とにかくさっきの場所に行け。〈株玉〉を入れて、水をかけるのだ。そうすれば、少しだけ、私に力が戻る!」

「洞窟じゃあ、駄目なのか?」
「心もとないエネルギーを使いすぎて、もうすぐエネルギー切れだ」
「てめえがしょうもないことに『神の威光』を使うせいかよーっ」

 そういうことなら、エコの精神で乗り切れよと、暁はフォレスをけなした。
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