神庭の番人 ~陰キャなオレには、スローライフなんてむいてない~

夜乃すてら

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陰キャなオレには、スローライフなんてむいてない

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「…………は?」

 訳がわからなすぎて、そんな言葉しか出てこない。
 瞬きをくりかえす暁を、白いフクロウがのぞきこんだ。

「呼び声にこたえ、遠き地よりよくぞ参った。私はフォレス! この万物ばんぶつの宿る地ガイアを治めし、十二柱のうちが一つ、森の神である!」

「うわ、まぶしっ! なんだ、その冠は。電灯付きかよ。LEDライト⁉」

 大きな白いフクロウがかぶっているのは、金色の葉を模したかんむりだ。それが闇の中でこうこうと光るので、暁の目に光が突き刺さった。

「ふふふ。神の威光に恐れをなしたか、人の子よ!」

 フクロウはほわっとした胸をはり、ほこらしげである。
 暁はというと、起き上がってフクロウから少し距離をとった。フクロウはまぶしいが、電灯のかわりになって便利だ。

 どうやら暁は木の葉が積み重なった場所に倒れていたようで、倒れこんだわりに、暁の体に痛みはない。四月なのでまだ朝と夜は寒いからと上着を着ていたが、この場所の空気はひんやりとしていて寒さを感じた。

「えーっと、夢にしてはよくできてるなあ。寒い」
「私を抱っこしてもよいぞ、許す!」

 フクロウはくちばしの上にある鼻から鼻水を垂らして震えている。

「お前が寒いのかよ」

 暁はツッコミを返したが、こんな得体の知れない鳥に触る勇気はない。

「遠慮しますー」
「神の威光!」

 フクロウがビカッと冠を光らせ、暁は目を手で覆う。

「抱っこする! するから、その光を小さくしろ!」
「いいだろう」

 冠の光がぼんやりとしたランプ程度になったので、暁はしぶしぶフクロウを抱き上げる。なんなんだかわからないが、とりあえず感触は普通のフクロウだ。暖かい。

「そこの洞窟に入るがよい。ひとまず寒さをしのげるようにと作っておいた」
「ああ、あそこな。なんかお化け屋敷みたいな不気味な森だなあ。枯れてるのか?」

 フクロウから出ている明かりを頼りに周りを観察する。どうやら森の中にいるようだが、星空がよく見えるのは、葉が生えていない寂しい木ばかりだ。冬だからというよりも、森が死んでいるように感じられた。
 洞窟の中は、くず一つなくきれいだ。ちょうどいい切り株が一つあるので、そこに座る。外にいるよりはマシだが、それでも寒い。

「ふう、ぬくぬくする。ところで、お前の名前はなんだ。私が名乗ったのに、失礼だろう」

 暖をとって落ち着いたのか、フクロウが偉そうな態度で切り出した。

「宵谷暁。暁が名前」
「アカツキか。よい名だな。それで、アカツキ。ここは夢ではないぞ」
「そんなわけないだろ。オレの常識では、フクロウはしゃべりません~」

 暁が馬鹿にした態度をとると、フクロウは暁の太ももに爪を立てる。

「現、実、だ」
「痛い痛いイダダダ、てっめ、爪を立てるな! って、痛い?」

 強烈な痛みに思わず叫んでフクロウを地面へ放り出し、暁はこの事実に驚いてワークパンツを見下ろした。フクロウの爪のせいで、布地の一部がいたんでいる。
 フクロウは難なく着地してから、ピョンピョンとはねてこちらを見上げた。

「私がお前を召喚したのだ」
「召喚? 待ってくれよ、勇者だとか言い出さないよな」
「なんだ、それは」
「召喚ものの、お約束な展開なの!」

 暇を持て余したキャンパスライフで、暁は定額の動画配信サービスに加入して、アニメやドラマ、映画を見てしのいでいた。最近の人気アニメはほとんど網羅している。根っからのインドアなので、子どもの頃から漫画やアニメに親しんできたから最初は楽しかったが、さすがに大学で一人も友達がいない状態が続くのはきつかった。
 学校生活もののアニメは、心が折れるので見られない。

「悪いけど、オレはまだ薬学部の二年生になったばかりだから、領地改革ができるほどの知識なんかないぞ」
「何を誤解しているんだか知らんが、お前を呼んだのは適当だ」
「適当?」

 フクロウはこっくりと頷いた。

召喚穴しょうかんあなをあけたら、お前が落ちてきただけだ。なんだ、特別な知識もない子どもか。はずれだったとは」
「残念でしたー。オレは四月生まれなので、二十歳の大人ですー」

「二十歳だと⁉ 人間の二十歳で、そんな子どもなのか! 寿命が二百年とかか?」
「おまっ、さりげなく十歳くらいの扱いをするなよ。長く生きて百年くらいの人間だ!」

 動物相手なら人見知りが出ない暁は、遠慮なく言い返す。

「こちらの人間と変わらぬなあ。そうか、はずれか。あーああ」

 フクロウはため息をついて、洞窟を出て、小石を蹴った。わかりやすくすねている。

「すみませんねえ、はずれで。違う奴を呼べよ、俺は帰る」
「ああ、それか。無理だ」
「無理? なんで」
「私の最後のエネルギーをふりしぼって、召喚したからだ。条件をつけられなかったのは、召喚穴をあけるので精いっぱいだったせいだ」

 とんでもない話よりも、「最後のエネルギー」のくだりが暁には気になった。そういえば召喚ものにはときどき、命と引き換えに術を行うというパターンがある。

「ええっ、お前、死んじゃうの?」
「神だから、死なぬ」

「本当に神なの?」
「なんだと。偽の神などと、魔物まで落ちぶれぬ。馬鹿にするな。くらえ、神の威光!」
「やめろって! 地味な嫌がらせをすんの!」

 フクロウが冠を派手に光らせるので、暁は目をそむけて怒る。

「悪かった! 本当の神なんですね、了解です!」
「わかればいいのだ、ふんっ」

 光をおさえ、フクロウはつんとそっぽを向く。

「それじゃあ、神様。俺はどうすれば帰れるんですかね?」
「簡単なことだ。私がエネルギーを得ればいい」
「神様がエネルギーというと……信仰心とか? 祈ればいいのか?」

「私は森の神だ。この神庭かむなの木々を復活させれば、森からエネルギーが入ってくる」
「カムナ?」
「神庭のことだ。ここら一帯の森のことだよ」

 フクロウの説明に、暁は自然と眉を寄せる。
 周りには枯れた森が広がっている。そう簡単な話ではないぞと理解できたのだ。

「お前は神庭の番人だ。これから私とここで暮らしながら、宝樹ほうじゅを育てるのだ。スローライフだな」

 フクロウの声には面白がる響きがあった。

「はあ? スローライフだぁ⁉」

 暁はカチンときて、思わず立ち上がる。

「オレはその単語が嫌いだ! さてはてめえ、田舎暮らしがどんなもんか、わかってねえな」

 急に怒り出した暁を、フクロウはあ然と見上げている。暁は気にせずに続ける。

「田舎育ちだから、オレは知ってるんだ。スローライフは、体力があって、コミュニケーションスキルの高い奴ができるんだよ。俺を見てみろよ! 体力はない、コミュ力はない、ついでに人見知りの三重苦だぞ!」

 はっきりと言い切るには情けない内容なので、フクロウは思わずという調子で口を挟む。

「自分で言うか?」
「だから都会に出たのに。まさか、こんなド田舎に戻されるとは!」

「そもそも、異世界だぞ」
「洞窟なんて、現代よりずっと悪いじゃねえかよ。賭けてもいい。こんな場所で生活していたら、オレは三日で野たれ死ぬね!」
「自慢するところか、そこは」

 フクロウは深々とため息をつく。

「住まいについてはおいおいどうにかしてやるから、とりあえず朝が来るまで待て。召喚した際に私の加護を与えたから、簡単には死なぬから安心しろ。意思疎通できぬと不便だから、言葉も通じるようにしてあるだろう?」

「確かに! フクロウともしゃべってるしな」
「神だから話しているだけで、動物はしゃべらぬぞ!」

 フクロウは言い返すと、座りなおした暁の足元にピョンピョンとはねてきた。

「元の世界に戻りたければ、私を助けよ」

 言い方は不遜だが、フクロウ相手に怒るのも馬鹿らしい。他に方法がないようなので、暁はしかたなく頷く。

「わかったよ。だけど、ちゃんと帰してくれよ?」
「ああ。エネルギーが戻り次第、そうする。――まずは抱っこせよ」
「はいはい」

 面倒くさくなった暁は、再びフクロウを膝上に乗せる。

「それで、神様」
「フォレスでよいぞ」
「フォレスの森はなんで枯れたんだ?」
「ああ、それか」

 フクロウ改めフォレスの声が悲しげになった。

「兄妹喧嘩のとばっちりだ」
「はい???」
「私は十二柱の神の一番下、つまり末っ子だ。もっとも力が弱い。それでな、昔から、一番上と二番目の仲が悪くてなぁ」

 フォレスの緑色の目が、遠くを見つめるようなものになる。

「光と闇の神だ。光の神は天使を、闇の神は魔物を、それぞれ軍勢を率いて戦っているのだ。私はどちらからも距離をとっているが、闇の神は八つ当たりをして森に瘴気しょうきをばらまいた。おかげで木々は枯れ、瘴気から生まれた魔物が近隣の町や村を襲った」

「魔物って……。えっ、ここは大丈夫なのか?」
「ああ、私がいるから、神の威光で追い払える」
「頼りにしてるぜ、神様!」

 現金なものである。暁はお守りのかわりにと、フォレスを持ち歩くことに決めた。

「ところで、瘴気なんてものを吸って、オレも死ぬんじゃないだろうな」
「お前はこの世界の者ではないから、問題ない。ことわりの外にいる者にしか、神庭の助けにはならぬ。それで適当に召喚したのだ。――子どもなのは想定外だが、いないよりましだ」
「ずいぶんな言いようだな、おい」

 決めたことを早々に撤回して、フォレスを放り投げようかと思った暁だが、魔物に襲われるよりもとやめておいた。

「光の神様に助けてもらえねえの?」
「兄上は敵をつとぶち切れて、姉上の所に突撃していった」

 その兄妹、頭が弱いの? 暁はかろうじて言いたいことを飲み込んだ。

「他の神様は?」
「どちらかに加勢するか、静観で自分の神庭にひきこもっているかのどちらかだな。連絡に使っていた鏡は、魔物に壊されてしまい」

「打つ手なしで召喚したらオレが来た、と」
「そういうことだ」

 話を聞いていると、末っ子の立場の弱さがわかってかわいそうになった。

「なあ、そんな大事な役目なら、もうちょっとオレにとる態度があるんじゃねえの? 助けてください、お願いしますとかさあ」
「神の威光!」
「このやろーっ、都合が悪いと光るのをやめろ!」
「人間に下げる頭などあるかーっ」

 暁とフォレスはしばらくののしりあっていたが、次第に続けても意味がないと判断してやめた。
 それから暁はフォレスを抱っこしたまま、洞窟の中で震えながら夜明けを待った。


 ※注 文中の宝樹ですが、仏教用語の宝樹とは関係ありません。
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