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城下町

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 港町カタニアにある海鮮料理で有名なランプサ亭を出ようとしていた。

マルヴィナはすでに宿の外で待っていて、ヨエルが宿泊代の会計をしていたのだが、費用が思ったよりかさんでいた。前日の晩ごはんの時に追加で注文したのだが……、会計を終えてヨエルが出てくる。

「思ったより高かったよ、この先ちょっとお金が心配だなあ」

「なんとかなるでしょ。村長からいっぱいもらったんでしょ?」

「うん、でも今日も泊まらないといけないし。昨日いっぱい頼んで食べた貝の刺身が高かったみたい」

そんな話をしながら、馬車の発着場へ歩いていく。

「ここの町長も馬車を用意してくれるなんて、たぶん応援を送れなくて悪いと思っているんだろうね」

「さあどうかしら、少しでも早くこの港町から去ってほしいんじゃないの」

発着場に来てみると、すでに馬車が待っていた。幌の付いていない簡単なものだったが、重い荷物を持って歩いていくよりも楽だ。

「港町から城下町までは歩くと確か一時間ぐらいだよ。歩けなくはないけど……」

「私昨日ので疲れたからもう歩きたくない」

荷馬車は荷台が少し高く、御者のおじさんに手伝ってもらって二人が乗り込む。荷馬車はゆっくりと進み始めた。


 港町を出て、ものの数分で雲行きがあやしくなってきた。

「ひと雨来そうだなあ」

御者のおじさんが誰ともなく言う。おじさんの言葉が呼び水になったかのように、ポツリポツリと降り始めた。

「うひゃあ、ほらきた」

荷馬車を道のわきに止めて、雨具を準備する三人。

「えー、私雨具持ってきてないや、どうしよう」

ヨエルはすでにフード付きのマントをバックパックから取り出して着ている。御者のおじさんもなにやら真新しいフード付きの雨具で快適そうだ。

「ヨエル、あなたちょっとそれ貸しなさいよ」

「えー、僕も濡れるの嫌だよ」

「お嬢さん、そこの、荷台の隅に布切れがあるよ」

おじさんが教えてくれたとおり、分厚い生地の布が畳んで置いてあった。マルヴィナはそれを広げて荷物含めて頭から覆いかぶせる。布のカビっぽい臭いが少し気になったが、何もないよりはマシそうだ。

ふたたび雨の中を荷馬車は進み始めた。

「寒いね」

マルヴィナはヨエルの言葉に答えない。さっきから腰のあたりにしみ込んでくる冷たい水滴が気になっていた。

そこから見える海の波も昨日より高く浜に打ち寄せて、雨空の下に寒々しい。


 いっとき強く降っていた雨も、城下町が遠くに見え出したころには上がり始めた。

「あとで雨具買いたい」

城下町の端にある荷馬車の発着場に着き、マルヴィナは雨具が買える場所を気にしていた。この城下町には何でも手に入るという大きな市があり、そこへ行けば買えそうなことは二人とも知っていたが、しかしまず町役場へ向かうことにする。村長の手紙を渡し、応援を依頼するためだ。

城下町の土壁を過ぎると、人の往来がさかんだった。

「せっかくだから市場の近く通っていこうよ」
久しぶりにひとの多い栄えた場所に来て、マルヴィナも少し気分がよくなっていた。

大通りを歩いていくと、すぐに市場が見えてきた。

「町役場ってどこですか?」

「あそこに見える大きな木造の建物がそうだよ」
ヨエルが通行人に話しかけて、町役場の場所がわかった。大通りはそのまま市場の中央部へと続き、それと同じぐらいの広さの道が町役場の建物へ続いており、市場を横目にそっちへ歩いて進む。

「うん? どこかからすごくいい匂いがするけど」

「そうだね、なんか甘辛いような何か焼いている香りだ」

「あ、あれかな。店先で何か焼いてるね、ちょっとだけ寄ってみようよ」
お店は生肉を売っている店のようだが、客寄せのために店先で串に挿して焼いた肉を売っているようだ。

「おいしそう、一本だけ食べてみる?」
マルヴィナの提案にヨエルも仕方ないなと言いながら財布を出す。

「一本十ブロンズだよ」
一本づつもらって二十ブロンズ支払い、さっそくひと口食べると、焼きたてで甘辛いタレに香辛料も加わっておいしい。これで一本十ブロンズは安いよね、というようなことを二人で歩きながら話していると、通りで何か騒ぎだ。

近寄ってみると、大きな男が通行人に絡んでいるようだ。

「貴様、人にぶつかっといて何もなしかよ、ちゃんと手をついて謝れよ」
と殴り掛からんばかりの勢いだ。

そこに人垣をかき分けて割って入った人間がいた。先ほどの肉屋の店員だ。金髪の女性でもの凄い体格をしているがまだ若そうだ。しかし、大男はそれよりもひと回りかふたまわり大きい。

「ほら、もうよしな」

「あん? 誰だおまえ?」

「あんた、カロッサのグシコフ四姉妹を知らないのかい?」

「そんなもん知るか」

女性はニッコリ笑って、
「じゃあ今知ればいいよ」
言ったとたんに男の襟首あたりを掴むとぐいと引き寄せた。

大男はうわっと言いながら腕を引き離そうと抵抗するが、とんでもない力が掛かっているのか、中腰のまま動けない。

「おい! こら! 離せ!」
そう言ったとたん、手を離したのか大男が道を数メートル吹っ飛んで転がった。聴衆のうち何人かがぶつかりそうになって慌てて避ける。

その女性の店員は大男に近づいて、
「まだやるかい」

大男はこの野郎と雄叫びをあげて掴み掛かったが、女性のほうは男の腕をさっと掴んで少しひくくかがんで下に潜り込む。

「たありゃ!」
そのまま大男を肩のうえにもち上げて、独特の掛け声とともに道に放りなげてしまった。

大男は背中から落ちてしばらく唸っていたが、なんとか立ち上がると頭を低くしたまま逃げていった。

女性は自分の衣服の埃を払うと、店のほうへ戻ろうとした。ちょうどマルヴィナとヨエルを見つけて、
「さっきのお客さんだね、騒がしいところを見せてしまい申し訳ない。最近城下町も人が増えて、良くない輩も入ってくるようになったからねえ」
と笑顔で親指を立てたあとに店に戻っていった。

「凄かったね」

「あの女店員、すごく体格良かったけど、意外と若いよ」

「うん、僕たちとあんまり変わらないかも」
そうやって話しているうちに町役場についた。案内所で城下町の町長へ取り次いでもらう。

数分して城下町の町長がやって来た。

町長は、さきほどの大男と変わらない大柄で立派な口髭を生やしており、しかも簡単な皮鎧や手甲などの防具をつけていた。

「おお、君たちか」
物々しい格好に少し驚いたマルヴィナとヨエルの態度に気づき、

「ああこれか、最近何かと物騒でね、ふだんから着込むようにしてるんだよ。昨日村から早馬が来て話は少し聞いている」
ヨエルが手紙を渡し、町長がしばらくそれを読み込んだ。

「うむ、まず結論から言おう、一応応援の者をこのあと紹介するが、当日に実際に送れるかどうかは確約できない。申し訳ないが、君たちもおそらくわかっているとおり、どの町や村も今は人手が足りない。それに、この町のように人が多いほど護衛もたくさん雇えるが、守る対象も増えてしまう」

マルヴィナとヨエルが少し落ち込んだ表情をするのを見て町長、
「この手紙にも書いてあるが、村には最強の魔法使いもいるそうじゃないか。きっと、なんとかなるに違いないよ」
そう言って元気づけようとしたようだが、

「あの、それ私のことです」
マルヴィナが言ったので、

「ああ、君のことだったか、これは失礼……」
と軽く謝ったのちに、

「じゃあさきほど言った支援要員を紹介する、少しの間ここに待っていてくれ。あ、あと今日少し時間があるなら、その子は一流の戦士でもあるから、戦い方のアドバイスを受けるといいよ」
と言って去っていった。

「今回もあまり期待できないね」

「あの髭の町長の顔に、ネルリンガー村はもうダメだろうな、と書いてあった」

「そんなこと言っちゃだめだよマルヴィナ、聞こえたらどうするの」
ヨエルは慌ててさえぎるが、町長はもうどこかへ行ってしまったようだ。

本当に、一人も支援が無かったらどうしよう、そんなことを二人で心配していると、金属音を響かせながら誰かが歩いてきた。

「やあ、あれ? 君たちは……」
プレートメイルと呼ばれる金属製の全身鎧を来た人物が現れた。ごついカブトを脱ぐと、なんとさきほど市場のあたりで見た金髪の女性だ。

「さっきいたお客さんの二人だね、あたしはミシェル・グシコフだ、よろしく」
どうだいこのプレートメイル、町のミッションの時だけ貸してもらえるんだよ、と自慢げに話す。マルヴィナとヨエルは、さっそく状況を説明した。

「なるほど、それは大変だね。村には盾役が出来る優秀な戦士はいるのかい?」
マルヴィナは首を横に振る。

「本当は今日にでも村へ行って防戦の準備を手伝ってあげたいところだけど、今は町長の許可がないと城下町から離れられないんだよね。姉たちも大陸に行って、約束の期限が過ぎてるけどまだ帰れないんだ。たぶん戦況が思わしくないんだろうけど……」

そこまで言ってから、ミシェルは少し気分を変えるように明るく言った。
「これから一緒に訓練場に行こう、装備の薄い魔法使いのような職業と、盾役の戦士の組み合わせがどう機能するかを見せてあげるよ。少しだけ待っててくれる? この重たい鎧を返してくるよ」

マルヴィナとヨエルの二人もわかったと返事をして、そのあと三人で訓練場と呼ばれる場所へ向かうこととなった。


 訓練場は町役場から歩いて数分の町はずれにあった。

訓練場は高い壁に囲まれていて、その中は砂地の広場の他に周囲に様々な訓練のための設備がある。マルヴィナとヨエルはそのうちのひとつに案内された。小さな円形の闘技場の様だが膝ぐらいの高さに作ってある。

「ブーツを脱いであがってごらん。これはレスリング用のリングだけど、高く作ってあるのは転がったときにこのほうが怪我がしにくいからなんだよ」
ブーツを脱いでリングにあがると、なんだか少し柔らかい素材で出来ている。

「よし、じゃあ君から、あたしを押し倒すつもりで思いっきりぶつかってきてごらん」
指名されたヨエルが言われたとおりにミシェルにぶつかっていく。ミシェルは足を少し開いて立ち、少しだけ腰を落としてそれを受け止め、そして押し返した。

「もっと全身の勢いを使って思いっきりぶつかってごらん」
ヨエルはさっきよりも勢いをつけてぶつかってみるが、まるでびくともしない。

「じゃあ今度はお嬢さん」
お嬢さんと呼ばれてマルヴィナは、私もやるの? という顔をしていたが、しかしすぐになぜか自信ありげな顔でリングにあがり、勢いを付けてぶつかってみた。すると、まるで岩にでもぶつかったような感じで、押し倒すどころか跳ね返されてうしろに転ぶ。

「大丈夫かい?」
マルヴィナはなんとか立ち上がった。

「盾役の戦士がどれぐらい体が強いのか知ってもらいたかったんだよ。あたしも小さいころ両親や姉たちに鍛えられたもんだから」

じゃあ次はこっちにいこう、と太い木の柱が砂地に立てられている場所へ来た。

「これを押して倒すことは出来るかい?」
ヨエルが両腕で押してみるが、少し動く程度で倒せない。

「じゃあ少し見てて」
ミシェルは、端のほうに置いてあった盾のようなものを持ってきた。

そしてその盾を左手に装着して構えると、掛け声で気合いを入れた瞬間に盾ごとその木の柱に体当たりをした。体当たりの音と、柱が地面に倒れるときに意外と大きな音。

「これがシールドバッシュと呼ばれる技なんだ。武器で攻撃するよりも意外と避けにくい技でね、けっこう実戦で使えるんだよ」
そしてよっこらしょと柱をもち上げて元に戻す。

「つまりね、何が言いたいかというと、相手が盾役だから、守るだけと思って油断していると一気に接近されてこういった技をくらう可能性があるということ」

へえ、と感心するマルヴィナとヨエル。

「実際にやってみよう、ほら君、盾を構えてマルヴィナを守ってごらん」
ヨエルは言われた通り、自分が持ってきた盾を構えるのだが、さっき見た技が気になってかかなり逃げ腰だ。その後ろにマルヴィナがいつ接近されても避けられるように構えて立つ。

「じゃあいくよ」

というと、ミシェルはヨエルの腕を掴んだとたん足を払って転がし、そのまま一気にマルヴィナの眼前に迫った。

「こんな感じ」
もちろん盾を寸止めさせたのだが、眼前まで来たミシェルの盾が実際に当たったときのことを考えると、マルヴィナの背筋が寒くなる。


 訓練場の端のベンチに座って水を飲みながら休憩することにした。

「君たちは港町に寄って来たなら、二コラという剣士に出会ったかい?」

「うん、二コラにも色々教えてもらったけど、ミシェルも知ってるの?」

「ああ、城で毎年開催される武術会でも会うし、たまに合同練習をしたりもするんだよ。彼女のようなアサシンタイプが軽装の相手を狙う時も、護衛の盾役がいるとかなりやりづらいらしい。だけど、そんな盾役にも弱点がある。わかるかい?」

マルヴィナとヨエルが考えてみるが、思いつかない。むしろ盾役の戦士だけで魔法使いが倒せそうな気さえする。

「弱点はね、重い装備を持つほど長距離を走れないことだよ。近距離を詰めるのはけっこう得意なんだけど、体重と装備の重さで長距離を早く移動するのはきつい。そうなると、スカーミッシュ、あるいは引き撃ちと言って、一定距離を保ちながら遠距離攻撃でコツコツダメージを与えてくるタイプの敵に弱いんだ」

「なるほど、弓使いとかかな?」
そうそう、とミシェル。

「その襲ってくる連中、魔法使い以外にもどんな手練れがいるかが気になるね。あたしが行けばかなり助けになりそうな気がするけど、最悪行けない場合はヨエル君、君が盾役として頑張ってもらうしかないね」
とヨエルの肩をたたく。

「うん、僕、頑張るよ」
そうは言っているものの、やや顔が引きつって笑えていないヨエルと、ため息をついてやや諦め気味のマルヴィナだった。


 そうしてその日はミシェルと別れ、城下町の宿に泊まるマルヴィナとヨエル。翌日はカロッサ城へ向かう。

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