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第36話 依頼

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 一面焼け野原になった下流区。

「とりあえずぼくたちのアパートに行ってみよう」
という二コラの提案で行ってみると、

そこも木造の建物だったこともあって完全に燃え落ちていた。

「お気に入りの小物がたくさんあったのに……」
マルヴィナの落胆した声。

「最低限の料理道具は持ち出したけれど……」
と落胆するミシェル。

その元アパートの周りに、数人の住人たちが途方に暮れたように佇んでいた。

「しょうがない、いったん困窮区に帰るか」
とミシェルが言って三人で歩き出したとき、

マルヴィナたちのアパートと通りをひとつ挟んだところに、ひとり途方に暮れるおじさん。そのまま通り過ぎようとして目が合った。

「あ?」
マルヴィナはその顔をなんとなく覚えていた。

「影武者ギルドのギルド長のおじさん?」
二コラとミシェルも立ち止まった。

「そういう君は……」

「ストーリーギルドに勤めていたマルヴィナ・ヨナークよ」

「おお、そうだったそうだった、こないだの」
影武者ギルド長のおじさんもマルヴィナの声で思い出したようだ。

「こんなところでどうしたのかしら?」

「いやあ、ここにわたしの自宅があったんだがね。こんなことになってねえ」

「え? そうなんだ、こんなとこに住んでたのは知らなかったわ」
影武者ギルドの建物は中流区にあったが、ギルド長は下流区に住んでいたようだ。

「住むところが無くなって困っているのかい?」
ミシェルが聞いた。

「いや、さっき荷馬車で回っているひとがいてね、すぐ使えるテントを置いていってくれたから、当面住むところは大丈夫そうなんだ」
とおじさんが地面を指し示した。そこに麻色の袋に入ったテント一式が置いてあった。だけど、と続ける。

「ほかの影武者たちの安否も心配なんだが、あれだけの大火事だったけどどうも奇跡的にほとんどのひとが無傷で済んでいるらしい。うちの従業員たちもたぶん大丈夫そうなんだけど……」

「それはよかった」
とマルヴィナたち三人。だけど、とおじさんが続ける。

「しかし、ちょっとよくない連絡が入ってね……」
少し言葉に詰まったのち、君たちなら大丈夫だろう、と話しはじめた。

「実はうちのギルドは首都ゴンドにも影武者を出しているんだが、そこの若手から連絡が入ってね」
小さな声で話すおじさんに、三人が頭を近づける。

「なんの影武者なの?」

「実は……、アショフ共和国の首相なんだ。なんでも、本人がどこかへ逃亡してしまったらしくてね」
押し殺すように話すおじさん。

「首相ってもしかして……」
と聞くマルヴィナに、

「このアショフ共和国の最高権力者だね」
と二コラが補足した。

「え、で、どうするの?」

「とりあえずその影武者は優秀な人間だから実務面は大丈夫だと思うんだけど、さすがに何人か応援が欲しいと言ってきててね。確かに繁忙期にはサポートの人間を送ってんたんだ。そういうときは国からも臨時の補助金が出ていたし。でも、今回は……」
厳しいなあと顔をしかめるおじさん。

「あと、そろそろ給料も送らないといけない時期なんだけど、この状況だとなあ」
と腕を組んだ。そして、期待のこもった目でマルヴィナたちを見てくる。

「え、じゃあ……」
と何か言いかけるマルヴィナを、ぱっと明るい目で見つめてくるおじさん。

「首都まで行ってくれるか!?」
と笑顔になった。

「えっと、しかたないわねえ……」
と応じるマルヴィナ。

「よし、じゃあ首相官邸の場所を教えるよ」
とその辺に落ちていた木の枝を使って地面に地図を書き始めるおじさん。

「その影武者の本名はリシャール・カプレというから、首相官邸についたら影武者ギルドから支援に来たと言ってリシャール・カプレに会いたいと告げればいいよ」
と名前も教えてくれた。

「あ、あとついでにちょっと頼みづらいことなんだが……」
とおじさん。

「本当に申し訳ないんだが、その彼の給料、立て替えてくれないか?」
と手を合わせて頼み込んできた。

「立て替え? 首相の影武者の月給って、いったいいくらかしら……」

「いやあすまない、時給が千五百ゴンドルピーで、毎日八時間入ってもらっているから、月にだいたい二千四百ゴンドルピーぐらいになるんだけど……」
金貨一枚ぐらいだね、という二コラに、うんうんとうなずくギルド長のおじさん。

「わかったわ。とりあえず金貨十枚ぐらい持って行って渡しとけば足りるかしら」
ということで話がついた。そのとき、おじさんが何か言おうとしてやめた。

「ところで、おじさん自身は大丈夫なの?」
とマルヴィナが聞き、ミシェルが懐を漁ったがなかったようで、それを見て二コラが懐から金貨を数枚取り出した。

「い、いや、わたしは大丈夫だ。さっきテントをくれたひとが、ついでに一枚くれたんだよ」
と懐から金貨一枚を取り出してマルヴィナたちに見せた。

「ああ、じゃあ大丈夫だね。もしお金に困ったら、困窮区の錬金所に来たらいいよ。今回の件で困窮区は無事だったから、野菜なんかの食べるものも手に入るし」
ありがとうとおじさんが言って、マルヴィナたち三人がそこを離れた。

錬金所までの道のりを歩く。

「なんか、けっきょくマルーシャ女王に言われたとおり首都ゴンドに行くことになったね」
とマルヴィナ。

「しかし、首相が逃亡するなんてことがあるのかね」
とミシェル。

「もしかしたら、このアショフ共和国自体が何かたいへんなことに巻き込まれているのかもしれないね。例えば、他国の軍隊が迫っているとか……」
と推測する二コラ。

「理由が気になるな。影武者が有能だから大丈夫という面もあるかもしれないが。しかし、影武者が本人よりも有能なんてことが実際にあるのかな?」
と疑問符のミシェル。

「意外とそういうケースが多いのよ」
と知っている風にマルヴィナが答えた。


 錬金所に着くと、

さっそくヨエルとクルトとピエールを起こして、状況を伝えた。

「わかった、さっそく首都ゴンドまで行く馬車を手配しよう。御者が見つからなかったらわたしがやる。ドナに頼めばおそらく今日中に手配してくれるだろうから、準備できたら今夜にでも出発しよう」
とピエール。

「ドナって誰?」
マルヴィナが聞いた。

「ああ、わたしの豪邸に来てくれていたお手伝いさんの名前だ。そこの鉄工所の娘の」
というピエールの説明に、納得したマルヴィナ。

そこに、

「あ!? みんな!?」
ディタが重そうなものを抱えて通りかかった。

「ディタ!? 何やってるの?」
ディタが六人のところにやってきた。

「わたし、下流区の図書館を見てきたの、奇跡的に本たちは無事だったよ」
と三冊の分厚い本を地面に置いた。

「あ、これ魔法の本だわ。持ってきたの?」
とマルヴィナが気づく。

「うん、それでね、野菜を育てる呪文と、土を耕す呪文と、黄金を作る呪文の唱え方が書いてあるのを見つけたんだ」
と本を指さした。確かに、タイトルはそれぞれ木属性呪文の本、土属性呪文の本、そして錬金術の本だ。

「おお、でかしたディタ、これは役に立ちそうだな!」
とクルトが褒めたので、やったととても嬉しそうなディタ。

「でね、でね、ちょっと見ててくれる?」
とディタ。手で印を組みつつ、

「アーウームー、豊穣神ココペリにお願いします、我に黄金を、インフィニットゴールド!」
大きな声でいきなり呪文を詠唱してしまった。

そして、手の平をマルヴィナたちに見せてくるディタ。

「ほら、ほら、ここを見て!」
ディタの両手のひらを覗き込むほかの六人。

「ほら、ここ、よーく見て!」
さらにようく覗き込む六人。

「金粉がついているでしょ?」
たしかに、左右の手に、金粉のようにきらりと光る極微小の粒が、ひとつずつつ貼りついていた。

「へえ、すごいね……」
なんとかかろうじて褒めるクルト。

「ね! わたし、錬金術が使えるようになったんだ!」
ところで、とディタ。

「みんなでまたどこかへ行くの?」

「今日の夜から首都ゴンドに行くことになったんだ」
とクルト。

「えっと……、わたしもいっしょに行っていい?」

「命を落とすかもしれない、過酷な旅になるかもしれないよ?」
と刺すような瞳のマルヴィナ。その言葉に、ディタは真剣な覚悟の目でうなずいた。

「よし、おれたちの冒険がまた始まるぜ!」
とクルトが元気に手を挙げたので、ほかのメンバーもおうと元気に応える。

「この本どうしようかしら? さすがに首都には持っていけないよね?」
と言うマルヴィナにディタも少し困った顔になったが、すぐにピエール、

「これはドナに渡しておけばいいよ。彼女がこの街の復興に役立ててくれるだろう」
少し不思議そうな顔をしているマルヴィナたちにさらにピエール、

「ドナは魔法の適性があって、豪邸にいる間にわたしも少し教えたんだ。それで、この前のアイアンゴーレムも彼女が呼び出したものだ」
言ってなかったかな? という表情でピエール。

「へえ、そうだったのか」
と驚く他のメンバー。

「それを近所の人たちも見ていたので、その活躍が口づてに広まってね。今ではドナは困窮区の相談役のようになっているよ。しかも、他の区が壊滅した今では困窮区が中心になってしまっているから、事実上ドナは市長のような位置づけだな」
とドナを褒めるピエール。

「そ、そうよね、わたしも活躍したいなあ」
それを聞いてディタが呟いた。少しそのドナという女性がうらやましい風だ。

「その気持ちがあればきっと活躍できるさ。もしかしたら、ドナよりももっと活躍するかもしれないぜ?」
とクルトがディタを元気づけた。

首都ゴンドは、ふだん冒険に行くのと少し違うことになりそうな気がして、ディタを連れていくことに不安もあったが、マルヴィナはそれでもやるしかないという気持ちになっていた。

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