遺伝子分布論 22K

黒龍院如水

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ディエゴの話

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  アラハントのメンバーが太陽系外縁ツアーから
 帰ってきて数か月が経ったころである。
 剛腕プロデューサー、ゴシ・ゴッシーに、
 新たな話が入ってきた。
 
 国務長官、ケイト・レイから直々にだ。
 
 マッハパンチ、ボッビボッビ、そしてアラハント
 の3バンドでバレンシア共和国でのライブに
 参加してもらいたい、という。
 
 それも、バレンシア共和国で今最も売れている
 かもしれないバンド、ネハンのゲストとしてだ。
 ネハンのプロデューサーにはすでに話が
 通っているという。
 
 ただし、と言う。
 今回は、ゴシ本人とヘンリクは参加できない。
 というのも、わけ合って危険をともなう
 ツアーになるかもしれないからだ。
 
 バレンシア共和国では、極右勢力が台頭し
 はじめてきている。ネハンはデビュー当初から
 業界でも一匹狼な態度で、政権にも批判的だった。
 そういったイベントで、極右勢力の標的となる
 おそれがある。
 
「優秀なプロデューサーが失われれば、そのあとに
 ダイヤモンドの原石となるバンドが出てこなく
 なる」
 
 ちなみに、ボッビボッビには直接掛け合って、
 だいぶ前からハントジムで護身術を習って
 もらっているらしい。残りの2バンドは皆武術の
 心得があるので問題ないとか。
 
 今回のツアーには、私も民間人として参加し、
 ライブ開催の裏で、バレンシア共和国の政府高官
 と、非公式会合を行う、とケイト・レイは最後に
 付け加えた。
 
 すぐに承知して、3バンドのメンバーに連絡する。
 早速その日の夜、対策会議を行う。私が一声
 掛ければ、すぐみんな集まる、ゴシは気合を
 入れた。
 
 そして夜、たまたまゲルググで3バンドのライブ
 があったので、打ち上げでその話になる。
 まず、ネハンの話になった。
 
 太陽系外縁では、思ったより音楽が盛んだった。
 内縁は、おそらく活動の規模では我々がいる第3
 エリアが最も活発だ。いいメジャーバンドも
 たくさんいる。
 
 しかし、総合的な実力という意味では、第2
 エリア、バレンシア共和国のネハンが一番だ
 ろう、ということで3バンドのメンバー皆
 一致した。
 
 音楽シーンという意味では、第2エリアは見る
 人によってあまり面白くない。ありきたりなのだ。
 それほどでもないアーティストが、メディアの
 売り込みによって、売上を上げてしまう。
 
ディエゴの話2
  そんな音楽シーンにあって、それでもやはり
 ネハンが実力的には飛びぬけていた。
 
「だがな」
 マッハパンチのキングは言う、
「おれが思うに、いや、他にもそう思う人が
 必ずいるはずだ、ネハンはもっとやれる」
 
 商用的に成功してしまって、挑戦する気持ち、
 開拓する気持ちを忘れてしまっているのでは
 ないか、とそう言うのだ。
 
「おれは、彼らに会って、ひとこと言ってやりたい
 んだ」
 さすがにライブの中で呼んでもらった相手を批判
 しはじめても困るので、ライブ終わりにそういう
 話を直接する時間を作ってもらうことにした。
 
「しかしなあ、おまえら本当に大丈夫か?
 ケイト国務長官も危険を伴うって言ってたぞ」
 みんなの中心で、ゴシが国務長官の部分を強調
 する。
 
「その点は一応大丈夫と言っておこうかしら」
 さっきから打ち上げに参加していた女性、
 ケイト・レイに似た雰囲気をもつ。
 
「あ、知らないひともいるかしら、サキ・キムラ
 です」
 ケイト・レイの姪だ。たまにライブにも顔を
 出していたが、こんなに逞しかったっけ?
 
 3バンドのメンバーは、ここ最近ハントジムで
 いっしょにトレーニングやスパーリングを
 こなすのでよく知っている。
 
「コウエンジ連邦の諜報部によると、当日ライブ
 終わりの時間帯で偽装アンドロイドによる襲撃が
 予想されているわ」
 
「でも、数と質で前回よりだいぶ劣ることが
 分かっています」
 サキがコウエンジ連邦のことを我が国と言わない
 のは、複数の国籍をもっているからだ。もともと
 持っていた個人国家の国籍もまだアクティブだ。
 
 何体? という問いに、たったの100体、と
 答える。前回というのが何のことかわからな
 かったが、次元の違う話に、ゴシはドリンクを
 とりにいくふりをして、戻ってきて末席に座る。
 
「じゃあ、一か月後、みんな、しっかり準備しよう
 ぜ!」
 マッハパンチのキングが気合を入れる。
 
 すっかり主役が交替して、旧主役のヘンリクと
 盃をかわすゴシ・ゴッシー。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水に
 あらず、か」
 ヘンリクがその言葉にゆっくりうなずく。
 
 そうは言ってもな、とヘンリクに語り出す。
 あの、ケイト・レイのスパーリングを見たあと
 で、ハントジムで僕も護身術習わせて下さいと
 は、とても言えないよ君。
 
ディエゴの話3
  月のラグランジュポイント第2エリアは、
 地球を挟んで月と対称な位置にある重力安定点。
 
 そこは、バレンシア共和国の領空で人口は1兆人。
 太陽系内で最大の人口を抱える国である。
 居住空間は、すべて同型の密閉シリンダ型
 構造都市、直径33キロ、長さ60キロ。
 
 そのシリンダが、だいたい縦、横、高さ方向に
 40基弱ならび、総数は40000基弱。 
 それらの構造都市は、番号で呼ばれており、
 今回彼らが向かうのは、2001番。
 
 シリンダ都市は、月の体積とほぼ同じ程度の
 空域に広がり、遠くからみると非常に密集して
 いるが、重力安定点からかなり外れているもの
 もある。
 
 都市が、多すぎるのである。定期的に、推力で
 位置調整が必要であり、バレンシア共和国が
 慢性的な経済不況から抜け出せない要因の
 ひとつになっていた。
 
 3バンドの一行は、大型の民間船で移動する。
 船内から窓を通して第2エリアを見ると、
 4万基ちかくのシリンダが密集し、壮観で
 あるが、少し息苦しさも感じなくもない。
 
 バレンシア共和国の国民がかかえる閉塞感も、
 そういったところが影響しているのだろうか。
 
 航行自体は約2時間程度、第3エリアでの
 空港までの移動や搭乗手続きに約2時間、
 第2エリアに到着して入国手続きその他で
 約3時間、朝家を出て夕方には目的地
 ホテルに到着する。
 
 大型の民間船を使わず、高速艇を使えば、
 例えば木星へいくのと同じ速度で
 エリア間を移動すると、航行時間は
 10分前後だ。
 
 バレンシア共和国は、ある意味で快適である。
 だいたいこうだろう、というのを裏切らない。
 たまに来る分にはまったく問題ないのだ。
 
 ありがちなホテルにチェックインし、
 ありがちなレストランで夕食を食べる。そして、
 翌日の、ライブとその後も含めた動きを
 打ち合わせで確認する。
 
 ネハンのメンバーについても今のうちに確認して
 おこう。長髪のボーカル、マット・コバーン、
 ミディアムヘアのギター、サージ・オダジアン、
 スキンヘッドのベース、エディ・ローランズ、
 そして短髪のドラムス、カール・スミスの4人。
 
 熱狂的なファン、とうわけではないが、マッハ
 パンチなどは、この時代の多くの若いバンドが
 そうであるように、このネハンを手本としている。
 
ディエゴの話4
  サキからすると、まったく不安がない訳では
 ない。今回は守るべき対象が少し多い。
 
 まずはボッビボッビだ。打ち合わせでは、入念に
 立ち回りを打ち合わせる。もちろんトレーニング
 でもやってきたことだが、とにかく危険から
 うまく距離をとり、けして無理をしない。
 
 護身術といっても、実際に組み付いたり投げたり
 打ったり、というのは最後の手段だ。基本は周り
 の状況を見て、距離をとって、周りの状況を見て、
 の繰り返し。相手の二の手、三の手まで警戒する。
 
 ボッビボッビの3人はそれがよくできた。
 緊急事態でも落ち着いて行動できそうだ。
 
 マッハパンチも期待できそうだ。見た目以上に
 彼らの中身はクレバーだ。一見熱いように
 見えるのだが。今回は、そこをうまく使う。
 
 アラハントのアミ以外の4人は、素人と比較すれ
 ばかなりマシなのだが、戦力として期待するのは
 ちょっと厳しい。例えば軍用特殊型とはとても
 太刀打ちできない。それはマッハパンチも同じ
 だが。
 
 こちらから攻勢をかけるとすると、やはりアミが
 起点となる。今回はそこに一工夫入れる。
 
 今回、諜報部から入っている情報では、おそらく
 相手側はライブ中には仕掛けてこない。最も
 期待できる襲撃ポイントはライブ会場を出るとき。
 そこで、3バンドが使用する門をあらかじめ
 わかるように情報を入れておく。
 
 襲撃してくる側は、非合法の活動なので、警察
 当局等は一応こちらの味方だ。そこの目測が
 ずれると、お手上げになる可能性が高い。
 
 リスキーであるが、重要な一手がここにかかって
 いる。太陽系外縁、クリルタイ国のリアン・
 フューミナリの一計があった。
 
 そして、出演するメンバーからすると、もう
 ひとつ気になる点がある。観客数である。今回は、
 巨大な会場、といってもバレンシア共和国では
 もっと大人数を集めるライブがあるらしいが、
 20万人が入るというのだ。
 
 もちろん演ったことがないし、3バンドの方向性
 からこれ以降も特別な理由がない限りやることが
 ないだろう。
 
 そしていよいよライブが始まる。今回は、
 アラハントから始まり、ボッビボッビ、マッハ
 パンチ、そして最後にネハンが登場する。
 
 アラハントは比較的早い時間の17時から
 スタートだ。
 
ディエゴの話5
  立ち上がりは、そんなに緊張する必要はなさ
 そうだ。客の入りは3割ほど、それもほとんどが
 遠目に見ているだけ。
 
 ステージの前のほうには2千人ほど、配信などで
 アラハントのことはあらかじめ知ってそうだ。
 それも、ウインが登場したあたりからステージ
 前の人が増える。
 
 そして、マルーシャが登場するころには5割の
 入り、そして、かなりステージ前に集まって、
 盛り上がっている。
 
 エマドは、観客の中に、何かこう、いつもと違う
 音楽に飢えている、そういった雰囲気を感じて
 いた。
 
 そして、やっぱり来た、ステージの遠くのほうで
 手を振っている金髪の男。人込みをかき分けて、
 途中からダイブして運ばれてくる。
 
 そして、マルーシャのMCの途中でちゃんと
 ステージに到着する。ライブ前に出てくる時間を
 ちゃんと計算しているようだ。
 
 アミから見ても、ライブ自体にだいぶ慣れてきた
 ように見えた。そしてアラハントからボッビ
 ボッビにバトンタッチされる。
 
 ここらへんで客の入りは、7割ほど、今回の
 ボッビボッビは、先住民や少数民族の迫害の歴史
 よりも、過去の戦争の、特に世界大戦の悲惨さ
 をメインに歌う。
 
 特に反戦を叫ぶ、という感じではなく、ただ
 事実を淡々と歌いあげ、その先は聴いている
 人たちに考えさせる、というスタイルだ。
 
 MCも長めに話す。今回は、事前にケイト・レイ
 とライブの内容を綿密に打ち合わせていた
 ようだ。そして最後はダンス調の曲で盛り上げて
 終わる。
 
 そしてマッハパンチがやるころには、ほぼ10
 割の入り、かなり盛り上がっている。
 マッハパンチ自体のパフォーマンスも良いのは
 あるが、やはり、何か鬱屈したものを発散
 したい、そういう勢いがあった。
 
 一方楽屋では、演奏の終わったアラハントの
 メンバーが、酒盛りを始めている。差し入れの
 酒がたくさん並んでいる。
 
 ボッビボッビの3人がそれを眺めながらお茶と
 お菓子だ。いや、テルオもそこに加わっている。
 
 控室のモニターからは、マッハパンチの4人が
 ウィッグを取る場面が映し出され、会場は
 とんでもない興奮に包まれている。
 
 この後のライブのシナリオとしては、ネハンが
 演奏したあとに3バンドがもう一度ステージに
 登場、といったことはしない。
 
ディエゴの話6
  マッハパンチが終了して、ネハンが始まって
 から1時間ほどで、3バンドが撤収する
 という手筈だ。
 
 アラハントのメンバーが、音楽の方向性に
 ついて口論を始めている。若さゆえの
 熱さだ。
 
 そして、ステージを終えたマッハパンチが
 帰ってきて、その口論に加わっていく。
 客席側にいたサキも戻ってくる。
 
 時間が来た。裏の通用口に皆で向かう。
 会場の歓声が聞こえてくる。まだ口論が
 続いていた。
 
 通用門に来ると、彼らが乗るはずであろう
 大型ホバーが停車している。そして、別の
 大型ホバーがスルスルと来て、扉が開き、
 大人数が降りてくる。
 
「さあ出待ちが来たよ」
 
 門出口を取り囲むかたちで、偽装アンドロイドが
 情報の通りであれば100人前後。全員、
 コンビニの店員の制服を着ている。
 
 状況を数秒で一通り確認できたのち、彼らは
 再び口論を再開する。そして、ついに殴り合いの
 喧嘩に発展する。
 
 予想していない状況に、アンドロイドたちが少し
 困惑した感じだったが、当初の予定を思い出し、
 端から襲い掛かる。
 
 いや、速い動きで襲いかかったのはアミの
 ほうだ。襲い掛かるというか、酔って
 アンドロイドの群れに飛び込んだかたちだ。
 
 他のメンバーも、もみ合いながらアンドロイドの
 むれに混ざっていく。そして、アミは酔って
 訳がわからなくなった体で、アンドロイドたちに
 頭突きや肩、背を使った打撃を与えていく。
 
 そのたびに、手に持った酒瓶からひと口飲む。
 
 アラハントの残りの4人とマッハパンチの
 メンバーは、巧妙に乱闘を演じている。
 マルーシャのハイキックがエマドに決まる。
 演技に見えない。
 
 ボッビボッビの3人は、うまくそのもみ合いと
 距離を取っており、さらにその後ろにいるのは
 テルオだ。そして、お互い喧嘩している風に見せ
 ながら、マルーシャがアンドロイドにハイキック
 を決める。
 
 サキは物陰から見ているが、軍事特殊型などは
 いないようだ。5分とかからずに、アンドロイド
 たちだけが動かなくなった。
 
 そして、少し離れた場所にネハンのTシャツを
 着た怪しげな男性二人。ユタカ・サトーと
 ドン・ゴードンだ。今回は、彼らのバックアップ
 も必要なさそうだ。
 
 そして、ネハンもライブを終えて深夜、ネハンが
 泊まるホテルで、会って話し合うことになった。
 
ディエゴの話7
 「マッハパンチのキング、いえ、ディエゴ・セナ、
 入ります」
 マッハパンチのメンバーがいちいち名乗って
 一礼しながらネハンのホテルの部屋に入っていく。
 
 シルバーのフォーマルな服装、彼らが言う正装を
 して、ウィッグもつけていない。偽装は失礼に
 あたる、という考えからだ。
 
 アラハントやボッビボッビのメンバーも続く。
 
 ネハンのメンバーは、最初入ってきたマッハ
 パンチの姿に少しひるんだ様子もあったが、
 全員を暖かく迎えた。
 
「今日はみんな、おつかれさん、期待はして
 いたけど、すごく良かったよ」
 ネハンのボーカル、マット・コバーンだ。
 
 そばに寄ると、逆に不気味なくらいに、全く
 スターというオーラを感じさせない。相当な
 美男子であるにも関わらず。他の3人もそうだ。
 
 いえいえ、そんなことはありません、とマッハ
 パンチのクインが整った顔立ちで答える。キング
 が何か言いたそうにしているが、ドリンクと軽食
 をすすめられて、みな部屋に思い思いにくつろぐ。
 
 ネハンが泊まる、超高級ホテルの最上階だ。
 
 エマドが、昔なにかの打ち上げでサキがいて、
 語っていたのを思い出す。武術で本当に強いひと
 は、逆に強そうに見えないらしい。そういう場所
 では、オーラが出ていない相手ほど気をつけた
 ほうがいい。
 
 そもそもそういう場所に行かないよな、と思った
 が、今がまさにそういう場所なのかもしれない。
 
 マット・コバーンが、一人ひとりの名前をあげて、
 どこが良かったかを一つ一つ挙げていく。
 これだけのアーティストに褒められて、悪い気分
 ではなかった。
 
 しかし、ついに、キングが話し出した。
「わ、私はですね、その、納得いってないんですよ、
 確かにネハンは太陽系で最高のアーティストだと
 思っとるんです」
 
「しかしですね、なんかもっとこう、我々が思いも
 しない表現がもっと出来るんではないか、小生は
 そう思っているわけであります!」
 
 マット・コバーンは表情を変えず立ち上がり、
 窓へ歩み寄って、外を見る。
「君の言いたいことはよくわかる、セナ君」
 
「しかしね、われわれも、苦労しているんだよ」
 そういって、両手を頭にやった。
 
 そのコンマ何秒で、エマドが回想する、この場面、
 前にもなかったっけ。
 
ディエゴの話8
  エマドの回想が行きついたとき、現実も倣った。
 
 マットがウィッグをとり、その下にピカピカの
 頭頂部が。「私たちは常に、弱者の味方だ」
 
 一同、声も出ずに、口が開いたままだ。
 そして、一同は、ギターのサージ・オダジアンの
 ほうを向く。サージは、おれは違う、と手を横に
 ふる。
 
 そして一同は、ドラムスのカール・スミスのほう
 を向く。カールも、おれは大丈夫だと手を横に
 ふる。そして最後に一同はベースの、スキン
 ヘッドの、エディ・ローランズのほうを向く。
 
 エディは、親指を立てて、しっかりと大きく
 頷いた。
 
 マット・コバーンが続ける。
「私もやりたい音楽が実はいっぱいある」
 
「そのほとんどは私の責任だろうな」
 一人の男性が部屋に入ってきた。それに続くのは、
 ケイト・レイ、コウエンジ連邦国務長官と、
 サキ・キムラだ。別室で話していたようだ。
 
 入ってきた男は、ネハンのプロデューサー、
 エリオット・カポーンだった。
 
「この国で、自由に音楽をやるということは、
 実は非常に危険なことなのだ」
 エリオットは語る。人と異なることをやる、それ
 だけで危険思想と捉えられる風潮がこの国に
 あるらしい。
 
 ケイトが話し出す。
「クリルタイ国、外務次官リアン・フューミナリ氏
 の案があります」小声になる。エリオット・
 カポーンは、盗聴等の部屋のセキュリティに関し
 ては、自信があった。
 
 この日のアンドロイドの件は、事件として伝え
 られた。第3エリアから来たバンドメンバーの
 うち数名が負傷したこととなっていた。
 
 そして、それ以降、ネハンのバンドの方向性が
 急速に右傾化する。誰の目にも、その事件により、
 何者かから圧力がかけられたように見えた。
 
  数か月後、
 
 バレンシア共和国の世の中は右傾化がさらに加速
 し、それに便乗してネオ社会労働党を名乗る、
 中身は超極右政党なども誕生した。そして、極右
 政党と超極右政党による連立政権が誕生した。
 
 ネオ社会労働党の党首は、アグリッピナ・
 アグリコラという、若く体格のよい女性、派手な
 赤いスーツと赤い縁の眼鏡がよく似合っていた。
 
 時代はこのまま、どういった方向に進んで
 いくのだろうか。
 
マルーシャの憂鬱
  彼女が憂鬱となる原因は何であろうか。
 
 マルーシャ・マフノは、比較的裕福な家庭に
 生まれた。この際、比較的、という言葉は
 あまりふさわしくないかもしれない。
 
 不動産や有価証券などの資産を多く抱えながら、
 マルーシャの父は会社も経営していた。
 月のラグランジュ点第3エリアにおける、
 最も規模の大きい軍事企業である。
 
 マルーシャの父、ステパーン・マフノは、
 普通の人間である。この場合の普通というのは、
 会社の業績に対してそれほど熱心でもなかった
 し、兵器が好きでもなかったし、お金に
 執心しているわけでもないという意味だ。
 
 しかし、それが却って経営にプラスになって
 いるのか、業績自体は非常によい。元々、
 第3エリア自体に兵器に詳しい人間も
 多く集まっていること、
 
 業績にうるさくないことが、のんびりした
 落ち着いた社風を作り、それが多様な人材を
 集める結果となっていること。
 
 民間人視点が入ることで、多種の兵器が
 考案されつつも、うまく取捨選択がなされ、
 それが実際の市場で、主に戦場であるが、
 成功を収めていた。
 
 マルーシャは、そういったことを、小さいころ
 から理解し、学んでいた。父も、とくに隠す
 ところなく、事実と現実を学ばせた。
 
 それと同時に、小さいころから、やりたい
 習い事はなんでもやらせた。それは、父
 自身が小さいころからやってきたことでも
 あった。
 
 それもあって、バンドで音楽活動をやる、
 という話になったときも、特に反対はされ
 なかった。
 
 父ステパーン・マフノが経営するマフノ重工は、
 その名の通り、世襲制でマフノ家が常に経営
 を握っている。
 
 そして、マフノ家には、代々受け継がれている
 記録がある。マフノ家の歴史、と言っても
 よいだろうか。
 
 その歴史を初めて読んだとき、マルーシャは
 マフノ家に生まれたことを後悔したものだ。
 それから父とそのことについて話したり、
 父の家業に対する姿勢を知るうちに、その
 後悔は次第に薄れていった。
 
 その歴史とは、如何に世の中に、戦争を
 増やしていくか、その手法と実践の記録だった。
 それは、歴史書などでその実態を明らかに
 されたものもあれば、そうでないものもある。
 
 民衆をいかに操作して戦争に向かわせるかの
 記録だった。
 
マルーシャの憂鬱2
  マルーシャは、憂鬱になるほど、何か他の
 ことに打ち込んだ。
 
 最初はピアノだった、友達と一緒にやるゲーム、
 バンドの音楽活動、そしてその延長のジムでの
 トレーニング。
 
 とくに、限界まで体を追い込んで、呼吸が気を
 失いそうなレベルまで達したあと、すべてが
 すっきりする感触がした。
 
 父は家で経営を見ることも多かった。かなり
 小さなうちから、父のリモート会議に参加して
 いた。参加というよりは、その場にいた、と
 いったほうがいいかもしれないが。
 
 しかし、そうやって経営の空気を学んでいく。
 
 特につらかったのが、軍事企業が集まって行わ
 れる会合だった。
 
 産業団体連合会と呼ばれるその会合で、マフノ家
 は何代か前から会長を務めている。太陽系内の
 すべての軍事企業はもちろん、一般企業の軍事
 部門からも人が集まる。
 
 というと膨大な人数になるため、下位団体が地域
 ごとに組織されていて、そこから代表が来るので
 ある。それでも数千人規模になるのだが。
 
 会合では、父はとても冷たい人間になる。その
 理由も徐々にわかってきた。ああいう場でトップ
 を保ち続けるためには、まずトップであるとの
 イメージをまわりに植え付けなければならない。
 
 マルーシャの思い込みなのかもしれないが、
 とても特殊な人間が集まるのである。会合で
 会っていろいろと話し込むうちに、様々な特殊な
 趣味が顔をのぞかせるのである。
 
 そういうのに立ち向かうためには、非情の人間に
 なりきるしかない。父は、それ用の化粧までして、
 髪型を決めて、会合に臨む。そして、夕食では、
 血の滴るほとんど焼けていないステーキを、
 旨そうに食す。
 
 そんな父を見ているうちに、マルーシャのほうも
 少し楽しくなってきた。ハロウィンパーティに
 参加していると思えば良いのである。
 
 マルーシャも、冷酷そうに見える化粧をして、
 ドレスを着て、血の滴るステーキを食べる演技を
 見て、思わず吹き出してしまうのであるが、これ
 が周りから見ると、血も凍る景色となる。いつ
 しか氷の美少女とまで呼ばれるようになった。
 
 今では、母とも相談しながら、様々な演出を
 考える。特に、会合が第3エリアの都市マヌカ
 で開催されるときは、地元ということもあって、
 シェフやその他スタッフも巻き込める。
 
マルーシャの憂鬱3
  マルーシャの父、ステパーン・マフノは、
 自身の会社の仕事中も冷たくはあるが、
 それは態度だけである。
 
 社内も社長以下はみなのびのびやっている。
 
 家の中では、ふつうの人だ。ペットと
 のんびりしたり、プロの球技の試合を
 眺めたり。休みの日はよく釣りにいく。
 会社以外の人間関係がある。
 
 父は言う。
 自分は今の立場に合っていない。ただ、
 非人間的な者が、技術や権力を握ったときの
 ことを考えると、自分がやっていたほうが
 よいのでは、と。
 
 産業団体連合会の会合でも、基本は外に
 対する印象を大事にするように決定していく。
 一見冷たいような決定も、最終的によい
 方向へいくようにする。
 
 それを、冷たい人間というイメージをたもち
 つつ行う。なので時には犠牲も伴う。
 
 そういった立場を、悪意の人間が手に入れれば、
 おそらく様々なことが可能だ。それは、過去の
 悲しい歴史たちが証明している。
 
 そんなこともあって、マルーシャは、自分
 もふつうの人間の感覚をしっかり身につけた
 うえで、そのような立場を継いだほうが
 よいかもしれない、そう思うようになってきた。
 
 もう少し時が経てば、彼女のまわりの同年代たち
 とも、彼女の境遇について相談できるように
 なるはずだ。
 
 実際、同年代ではないが、コンサルタントの
 ナミカ・キムラとはかなりのことが話せるように
 なっていた。父も経営の相談をしている。
 
 父は言う。
 軍事企業は、本来は営利企業として経営しては
 いけないのかもしれないと。もう少し人類が
 賢くなって、仕組み自体を見直せればいい、と。
 
 第3エリアの軍事企業に関しては、情報開示は
 かなり綿密に行われている。父もそれに対して
 積極的だ。
 
 それが為されなかった場合、歴史が示すように、
 企業の利益のかなりの部分が、戦争を誘導
 するための工作に使われる。
 
 そのやり方は、まずターゲットとなる国の
 メディアを押えるのだ。公共放送がある
 ことが望ましい。
 
 おそろしい話だ、とマルーシャは思う。
 しかし、友がいる限り、自分は間違った道を
 選ぶことはないとも思う。
 
 おそらく今後、遠くない将来に、結婚相手を
 見つけ、経営にも深く関わっていくだろうが、
 今のメンバーで活動も続けていきたい、
 そう思うマルーシャだった。
 

ピエールの話
  ピエール・ネスポリは、身長もそれほど低いと
 いうわけではなく、どちらかというとハンサムの
 部類に入るだろうか。
 
 しかし、どことなくニセモノ感が漂う、宇宙世紀
 前の言い方をするなら、売れないホストを思わ
 せる外見、という言葉がぴったりかもしれない。
 
 しかし彼は、意識が高かった。今日も、仕事を
 休んで、外交に関するシンポジウムに参加して
 いる。そして、これから発表を行う予定だった。
 
 タイトルは、知的生命体外交。
 
 その発表の様子を見ていく前に、彼の仕事に
 ついて少し触れておこう。時は宇宙世紀
 22012年、25歳になった彼は、コンサル
 タント事務所に勤務していた。
 
 大学もフルコースで出ており、生物学を専攻して
 いたが、月のラグランジュ点第3エリアの
 マイナーな大学だった。
 
 しかも配属された研究室が人気がなく、教授が
 退官直前ということもあって、生徒はピエール
 一人だった。その教授も、最近亡くなったと
 風の噂に聞いている。
 
 それでは彼の発表を見ていこう。
 
 その日は、シンポジウムの最終日ということも
 あってか、会場全体も雑談が飛び交い、出席者も
 リラックスした雰囲気であった。
 
 ピエールは、他の意識が高い同年代の仲間にこの
 様子を見せようと、自分の発表の動画撮影の
 許可も取っている。
 
 意気揚々と入ってくるピエール。しかし、会場内
 に何かを見つけ一気に挙動不審になる。
 
 彼は、コンサルタント事務所の所長の姿を
 会場内に見つけた。少し発表の場所から遠いが、
 あれはキムラ所長だ。なぜこんなところに
 いるのか?
 
 ピエールは、事務所に採用される際、直接の上司
 セルジオ・イグチとしか面接していない。
 キムラ所長もあまり事務所に姿を見せないので、
 2回ほど元気に挨拶したのみだ。
 
 今日の件はセルジオには説明しているつもりだが、
 キムラ所長にはそれが届いているのだろうか。
 仕事を休んでこういう場に出席していることに、
 どういった印象を持たれてしまうのか。
 良い印象を持たれればいいのだが。
 
 おふっ、こっちをめっちゃ睨んでるぞ、でも
 この様子を今まさに配信してるんだ、
 ひるんだ様子を見せてはいけない・・・。
 
 一方こちらは、もちろんナミカ・キムラである。
 タイトルが気になったので、この発表にだけ
 参加していた。
 
ピエールの話2
  発表者の声が開始から全て裏返る。
 
 しかしこの発表者、どこかで見た顔だ、遠間で
 よく見えないが、うちの事務所にいた若いやつに
 そっくりだ。しかし、声が違う。あんな
 常に裏返ったような声ではなかったはず。
 
 発表の内容は、
 外部の知的生命体とは、恒星系を分ける、つまり
 棲み分けを行う。その際、恒星系の中間地点に
 必ず中間都市を設置し、そこで外交を行う。
 
 文明の発展度合いに関わらず、お互いを
 尊重しあう、といったものだった。
 ナミカが質問する。
 
「今後、遠い将来か近い未来かわかりませんが、
 人類が進化する、ということが考えられます。
 その際の取り扱いはどうなりますか?」
 
 その場合も、外部の知的生命体と同じで、
 まだ文明が発達していない恒星系に進化した
 人類が住み、旧人類は太陽系に住む、中間都市
 を設けて外交を行うのが適切だ、
 といったことをピエールが回答した。
 
 ピエールは、とりあえず発表を終え、ほっと
 した様子だ。最後のほうはキムラ所長本人から
 質問を受け、何か回答した気がするが、
 テンパっていたためあまり覚えていない。
 
 そしてピエールは、その翌週、直接の上司、
 セルジオから、武術のトレーニングジムへ
 通うように指示を受ける。
 
 次のクライアントは、コンサルタントを
 行いながら、身辺警護も必要らしい。
 まかせてください、と言って、仕事終わりや
 休日にジムへ通う。
 
 彼のトレーナーは、ユタカ・サトーだ。
 
 サトーは思った。これはかなり厳しい。
 本人は一生懸命やっているし、おそらく言動
 から察するに、武術の才能があると思っている。
 
 しかし、体格がまだ追いついていないことも
 あるが、そのセンス、スパーリングを
 やらせても、そのカマキリのような構えで、
 とても上達しそうな雰囲気がない。
 
 それでも一か月ほどのメニューをこなし、あとは
 自己鍛錬の方法をしっかり教わる。
 
 バレンシア共和国への駐在が決まったのだ。
 
 親に引っ越しの準備を手伝ってもらい、
 さっそくバレンシア共和国へ向かう。そして、
 クライアントの名は、アグリッピナ・アグリコラ。
 政党の党首だ。
 
 アグリッピナの事務所に訪れた彼の前に現れたの
 は、絶世の美女だった。さっそく自己紹介する。
 アキカゼ・ホウリュウイン、という偽名を使う
 ように指示されていた。
 
ピエールの話3
  派手な赤いスーツに金髪の美女の演説が始まる。
 
「有権者諸君、
 私がアグリッピナ・アグリコラである!」
 
「政権多数派は、第3エリアおよび太陽系外縁に、
 関税引き下げの要求を行っていくことを決定した」
 
「しかし!」
 
「もはやそんな悠長なことをやっている段階では
 ない!」
 
「われわれネオ社会労働党は、この度の連立により、
 防衛省の、防衛大臣の座を手に入れ、副党首で
 ある、ムフ・ブハーリンがその座に就いた」
 
「私はその状況に安住しない、私はそんなものに
 一切興味がない!」
 
「前政権の失策のひとつは、景気悪化である、
 そこに所得格差も広がっている、労働者たちは
 苦しんでいるのだ」
 
「しかし!」
 
「企業の内部留保は過去最高となり、環境汚染も
 進んでいるにも関わらず、前政権は企業に対して
 無策であった、とくに食品の汚染が深刻であった」
 
「だが、それはいい!」
 
「医療保険は年々上がるにもかかわらず、医療の
 環境はいっこうによくならない、国民の健康状態
 は年々悪化している!」
 
「軍事費が年々上昇して国の生産能力に対して
 かなりの比率になっているにも関わらず、平和
 主義を貫く、その矛盾を誰が説明するのか!」
 
「軍事基地を減らし、軍を少数精鋭化すべきである、
 有権者諸君、いかがであろうか!」
 
「わがバレンシア共和国、不景気の最大の原因は、
 閉鎖された市場である。第3エリアおよび
 クリルタイ国は、市場を自由化すべきだ」
 
「そしてそれを実現するために、もはや軍事的
 圧力しかない! 外交努力など、もはや多数派の
 お遊びでしかないのだ!」
 
「過去の世界大戦の原因が、市場の閉鎖性である
 ことは明白である! 少数精鋭による決戦により
 勝敗を決し、大戦の悲劇を避けるべきである! 
 そしてわれわれは市場の自由化を永続化し、
 永久の平和を得る! 国々は、助け合うべき
 なのだ!」
 
「労働者諸君、いざ、立ち上がろう! 農民の諸君、
 鍬を武器に持ち替えよう! 技術者の諸君、兵器
 を発明しよう! 学生の諸君、ペンを剣に持ち
 替えよう!」
 
「ともに労働者の国を実現し、そして私は
 天に召されるであろう!」
 
 アグリッピナ党首の演説に数十万の大歓声が
 あがる。そして周囲を警戒するのは、
 アキカゼ・ホウリュウインと名を変えた、
 ピエールであった。
 
ピエールの話4
  ピエールの仕事はうまくいっていた。
 
 ネオ社会労働党、アグリッピナ・アグリコラへ
 のコンサルティングは、第3エリアにいる上司、
 セルジオを通してしっかりバックアップされて
 いる。
 
 警備のほうも順調だ。順調というのは、襲撃
 事件が発生しているが、なんとかなっていると
 いうことだ。
 
 先日も、数人の悪漢が現れたが、その際は、
 アグリッピナが慌てすぎて悪漢のほうへ走って
 逃げてしまい、その際につまずいてバランスを
 崩し、頭部が悪漢に当たって撃退するという
 幸運があった。
 
 アグリッピナは、あんな演説もやってみせたり
 するが、実際はドジでかわいい女の子だ。
 
 後日さらに大人数で襲われたのであるが、その
 時は慌てたアグリッピナの肘が僕に当たって、
 そのまま僕は気を失ってしまった。しかし、
 気づいてみると悪漢どもがのびていて、
 アグリッピナも気を失って倒れていたな。
 
 まったく僕は運が強い。
 しかし、まだまだこれからだ、彼女はぜったい
 僕が守ってみせる。
 
 一方こちらはバレンシア共和国のテレビ画面、
 音楽バンド、ネハンのメンバーが、全員
 スキンヘッドにしたことと、ネオ社会労働党
 のマスコットキャラクターに選ばれたことが
 ちょっとしたニュースになっていた。
 
 ネハンは以前よりも見た目もだいぶ変わって
 おり、それは特に服装で、4人とも黒い詰襟の、
 しかし少し通常より裾の長いものを着ている。
 
 その黒の上下には、シルバーの文字の刺繍が
 なされており、富国強兵、欲しがりません
 勝つまでは、鬼畜第3、大バレンシア帝国、
 天上天下唯我独尊、夜露死苦、屍皇帝万歳!、
 などと書かれてある。
 
 会見する4人のメンバーのうち、ボーカルの
 マット・コバーンと、ベースのエディ・
 ローランズはなにかすっきりとした表情を
 しているが、
 
 ギターのサージ・オダジアンとドラムスの
 カール・スミスはどことなく浮かない表情だ。
 実際この二人は、裏で、なぜここまでやるんだ、
 おれたちの大切なものを取り戻したい、
 マットとエディは最初からそういう傾向だった、
 などと言っていると噂されている。
 
 ネハンのファンも二分された。今の傾向に
 賛成する好戦派と、行き過ぎだと批判する
 平和派だ。
 
 しかし、今のところ圧倒的に好戦派のほうが
 多かった。
 
ピエールの話5
  少し月日を遡る。
 ここは月のラグランジュ点第5エリア。
 
 第3エリアにある、ローエンド大学の教授職を
 退官したサルワタリ教授は、第5エリアの自宅
 に戻り、暮らしていた。
 
 そこを、太陽系外縁からはるばる訪ねたものが
 いた。その青年の名をリアン・フューミナリと
 いう。
 
 リアンは、サルワタリの最新の研究、遺伝子
 分布論について話を聞こうとしていた。
 
「遺伝子分布論というのは、別にたいしたことは
 言っとらん」
 
 ホワイトボードを前に、元教授は説明する。
「人間、に限らんでもよいが、遺伝子の種類を
 こう横軸にとるじゃろ」
 
「そうすると、遺伝子の分布は、こう、山型になる」
「地球上では、土地の面積が限られとるじゃろ、
 じゃけえ、この山は時間変化に対してほぼ変化
 せん」
 
「しかし、宇宙空間に出て、居住空間が、まあ地上
 にいるのと比較したら無限のように広がるじゃろ」
 
「そうするとじゃな、この分布の山が、ほら、
 こっちとこっち方向に広がる、まあそれだけの
 ことじゃ」
 
「数学的に証明することも簡単じゃ。わしはまだ
 やってないが、まあそのへんの数学が得意なやつ
 にやらせりゃあすぐできるだろ」
 
「まあ簡易モデルで見せてやろう、
 分布関数に、こう、適当にパラメータ類を決めて、
 居住空間のパラメータを無限方向に飛ばしてやる
 とほれ、山も広がっていくわな」
 
「なるほど」
 リアンは感心して頷く。
 
「これは、宇宙空間だから、という限った話では
 ないとわしは思っとる」
「つまり、ある種が広い空間を得ると、これが
 起きる、例えば、そうじゃ、サルが二足歩行を
 始めて、生活領域が一気に増えたとき」
 
「おぬしは今の人間の人口と、人間の遺伝子が
 とるパターンのどちらが多いか知っておるか?」
 
 専門分野ではないため予想ですが、同程度では
 ないかと、とリアンが答えるが、
「ぜんぜん遺伝子のパターンのほうがい多いん
 じゃよ」
 
「定量的な話はそんなもんじゃ」
 
「簡単に考えればいいだけじゃ、要は、生き物は、
 種として生き残る可能性を高めるために、様々な
 遺伝子の種類があればよい」
 
 リアンは、話を聞くために、翌日も訪ねることに
 した。彼が今後人間の社会の在り方を考えるうえ
 で、大きなヒントが潜んでいると考えたからだ。
 
ピエールの話6
  翌日。
 
「そうじゃ、より遺伝子の種類を増やしたければ、
 弱者や少数派を優遇する社会を作ればよい」
 
「もう少しいうと、犯罪者も含めてだ、わしの
 理論は本当に八方美人の理論じゃ、いや
 全方位美人といったほうがいいかガハハ」
 リアンがあまり笑っていないのに気づいて
 元教授は話に戻る。
 
「まあそれが簡単な例じゃな。ある特殊な遺伝子
 を持った者しか生き残れない疫病が流行ったと
 する。そいつがいなけりゃ、人類は滅亡する
 だけじゃ」
 
 質問をしてみた。
「この理論からすると、例えば宗教であれば一神教
 よりも多神教のほうが優れているように見え
 ますが」
 
「おぬしは外務次官というとるが、本当はもっと
 多くの人間の行く末を決める立場にあろう、
 もっと心を広くもたなければいかん」
 
「つまりじゃ、意識を落としていった先の瞑想状態、
 これが神の状態であるとよく言われるが、それ
 だけじゃない。集中している状態も、神の領域
 じゃ」
 
「つまり一神教も多神教もこれ真だと」
 
「物理学で説明するとじゃな、人間の性格という
 のは、フェルミ粒子的にふるまうものもあれば、
 ボース粒子的にふるまうものもある」
 
「フェルミ粒子は、パウリの排他律により、ひとつ
 ひとつの粒子が同じ量子状態をとることがない、
 電子や陽子に代表される」
 
「対してボース粒子は、複数の粒子が同じ量子状態
 をとりうる、光子や中間子、重力子などがそう
 じゃ」
 
「彼らは、多数が集まってひとつなのじゃ」
「つまり、同種の人が多く集まる国もそれはそれで
 必要だと?」 そうじゃと元教授は答える。
 
「理想はひとつであり、理想は一人ひとり異なる、
 わかるかのう」
 
「アインシュタイン教に代表される運命論と、
 ボーア教に代表される確率主義も同様じゃ」
 
「未来は決まっており、かつ未来は誰にも予測
 できん」
 
「わしはもうこの先長くない。わしの最新の理論
 を多少理解しとる若いもんがいる。名は、なん
 じゃったかな、たしかピエール・ネクロゴンド
 とかいうやつじゃ」
 
「どっかのコンサルタントに勤めるいうとった。
 探してみてもいいじゃろ。彼は、少し知った
 かぶりをする傾向があったが、まあなんかの役に
 は立つじゃろ」
 
 リアンから相談を受けたナミカ・キムラは、
 ピエールを安全な場所に移し、身辺警護する
 ことを決める。
 
ピエールの話7
  アキカゼはついに決断した。これはもう、
 やるしかない。
 
 場所は、レストラン・エテルニテ。最近は夕食も
 二人だけになることが多い。この店は以前も
 使ったことがある。
 
 費用を自分もちにして、ふだんより少しグレード
 の高い料理を注文する。ここは高級ホテルの最
 上階だ。なるべく当たり障りない仕事の話をする。
 
 メインを終え、デザートを終える手前で、トイレ
 に立つ。
 
 いよいよだ。
 
 このレストランのお客に見える人たちは、
 すべて実はサービススタッフだ。
 少し明るめの音楽が鳴り出す。そして、それに
 合わせて、一人づつ、お客が歌い、踊り出す。
 
 アグリッピナ・アグリコラは、顔色ひとつ変え
 ない。これだけの美女だ。こういうことは何度も
 経験して、慣れているのだろう。
 
 お客に見えた人々が全員踊り出したあと、トイレ
 から戻ってきたアキカゼも、歌と踊りに加わった。
 しばらく歌と踊りが続く。
 
 そして曲が終わったとき、アキカゼがアグリッ
 ピナの前にひざまずき、小さな箱を取り出した。
 
「ひとめ見た時から、あなたのことばかり考えて
 いました。身辺警護の契約、無期限で更新させて
 ください」
 
 箱を開けてみせたのち、これは契約書です、と
 言って、婚姻届けと書かれた封筒を差し出す。
 まわりの人たちからは大きな拍手が起こる。
 
 アグリッピナは腕を組んで、ちょっと困った風に、
「お父さん、いえ、お母様に相談させていただける
 かしら」
 
 そして今、店の端で、アグリッピナが親に電話
 している。
 
 アキカゼは急に怖くなってきた。これがもし失敗
 して、クライアントから本国へクレームとして
 入ったら・・・。
 
 一方こちらは第3エリアのナミカ・キムラ。
 娘のサキから電話がかかってきた。
 
「ふん、ふん、ふうん、まあ、あなたがいいなら
 別に付き合ってみてもいいんじゃない?」
 
 戻ってきて、契約は保留して、結婚前提のお付き
 合いということでいかがかしら? と聞いてくる
 ので、もちろんです、と答える。
 
 そして、この件、本国へは黙っておいていただき
 たいのですが、とお願いする。アグリッピナは、
 少し困った顔で、親に相談はいいのよね? と
 尋ねる。
 
「大丈夫です。ご両親にはどんどんご相談ください」
 
 見た目の印象ほどは悪い人では無いことは
 わかって来たのだが・・・。
 
ピエールの話8
  月のラグランジュ点第3エリア、コウエンジ
 連邦軍内では、人型機械小隊の再編成が急ピッチ
 で進んでいた。
 
 もともと在った3小隊に、一時的に2つ小隊を
 加えて、5小隊体制とする。ただし、第1小隊と
 第2小隊は予備の戦力とし、主力を第3、第4、
 第5小隊とする。第4および第5小隊は、臨時
 の隊員を充てる。
 
 今後予想される動きはこうである。
 月のラグランジュ点第2エリア、バレンシア共和
 国の宣戦布告および少数精鋭による即時の奇襲
 攻撃。
 
 それに対し、コウエンジ連邦軍は、初戦で敗退
 する方針だ。では、キムラ・コンサルティングが
 出しているシナリオを見てみよう。
 
 コ連軍は、初戦敗退し、それにより相手の出方を
 観つつ相手方の油断を誘う。そのまま連敗を重ね、
 第3エリア近くまで相手を引き込む。相手に決戦
 を誘い、その決戦において入念な準備のうえ、
 徹底的に叩く。
 
 そのうえで、相手国と講和を結ぶ。こちらが負け
 た場合も同様となる。
 
 初戦については、相手国の奇襲を誘う。そのため
 の相手国内における工作は進行中である。奇襲を
 誘う理由は、相手国側の戦力が充分に整う前に
 決着をつけるためである。
 
 軍事力による決着を選ぶ理由は、相手国内の不満
 のガス抜きの意味もあるが、それに勝利すること
 によって、相手国側の改革を促せるからだ。
 
 バレンシア共和国は、人口が多すぎて、都市効率
 が非常に悪くなっている。国を解体するつもりで、
 国民をより広い空間へ移住させるべきだ。
 
 また、軍事決着によるもうひとつの狙いは、今回
 の騒動の背後にいる勢力を炙り出すことである。
 その勢力とは、現在かなりのところまで絞れて
 いるが、最後に関係者の証言が必要だ。
 
 戦闘に勝利することで、その証言が得られる
 可能性が高いと考えられる。
 
 以上、キムラ・コンサルティングのシナリオに
 ついては、こんな感じだ。
 
 人型機械小隊の、細かい編成を見ていく前に、
 もう少しこのシナリオについて考えていきたい。
 
 それには、経済や政治の仕組みにまで踏み込んで
 考える必要がある。バレンシア共和国は、自ら
 戦争に走ったのではなく、誰かにそそのかされて
 いる。なぜ、そういったことが起こるのか。
 そそのかしているのは誰なのか。
 
ピエールの話9
  月の第3エリアとクリルタイ国に乗せられて、
 戦争へ走ってしまった、というのはあながち
 嘘でもない。実際にそのように見えている。
 
 しかし、第3エリアとクリルタイ国のリアン・
 フューミナリの狙いは、どうせ戦争を起こすなら、
 早めに起こさせて早めに潰そう、といったものだ。
 
 ナミカ・キムラは考える。背後には、バレンシア
 共和国に充分に準備させて、そして戦争を長期化
 させようと企む勢力がいると。
 
 そして、その勢力が誰か、どこか、を明らかに
 するには、金の流れを調べればよい。しかし、
 そこで、財務システムの在り方が問題になって
 くる。
 
 収賄とマネーロンダリングの問題だ。
 
 どこかから資金を受け取り、その見返りに、
 政治的工作を行う。不正に得た資金を洗浄し、
 収賄に用いる、あるいは自分で使用する。
 
 逆に、そういったことが困難な例を挙げてみよう。
 第3エリアのある国では、通貨が全て電子化され、
 お金のやりとりが、すべて相対処理される。
 店に買いに行けば、店の貸借対照表と損益計算書
 がその場で更新され、同様に個人の貸借対照表と
 損益計算書のデータベースも更新される。
 
 そして、そういった国の中には、社会主義の国も
 ある。つまり、所得の上限があるのだ。そう
 いったところでは、ひとつの口座や一人あたりの
 口座の合計などでもチェックするため、個人で
 どこかから不正な大金を受け取ることはまず
 不可能となる。
 
 ちなみに、厳密なシステムなため一見面倒に
 見えるが、店舗に行った際に決済カードを
 忘れても、指紋認証や網膜認証で本人確認して
 残高確認や買い物ができる。
 
 個人間の少額キャッシュのやりとりも、携帯端末
 上で可能だ。やってみれば意外と不便を
 感じない。
 
 そういった仕組みを採用している側の人間から
 すると、政治家がマネーロンダリングしたいから
 厳密なシステムを入れないだけだろう、という
 ような言い方になる。
 
 ただ、時代や経済の状況によって、そういう
 厳密さから解放が必要な時期があることも
 否定できない、と研究者などは言う。
 
 話を戻すと、バレンシア共和国含め、財務
 システムが厳密でない主要国がいくつか
 あるというわけだ。
 
ピエールの話10
  では、コ連軍、人型機械小隊の構成を見て
 いこう。まず、パイロット名についてであるが、
 コ連軍内では、システム上の都合もあって、
 隊員の本名の代わりに、スペースカーマ・
 リアリティのIDを呼称としてそのまま用いるのが
 正式だ。
 
 主力となる、第3、第4、第5小隊を見ていこう。
 
 第3小隊は、火力担当のシャチ選手が操るパズス、
 防御担当のマンボウ選手が操るベルゼブブ、
 サポート担当のジュゴン選手が操るテスカトリ
 ポカ、狙撃担当のメカジキ選手が操るルシファー、
 そして、遊撃担当のウツボ選手が操るイゾウ。
 
 便宜上、IDであることがわかり易いように、
 IDのあとに選手を付けている。
 
 第4小隊は、火力担当のチーズケーキ選手が操る
 コウモクテン、防御担当のダイフク選手が操る
 ゾウチョウテン、サポート担当のクリームパン
 選手が操るジコクテン、狙撃担当のマッチャ
 プリン選手が操るビシャモンテン、遊撃担当の
 フルーツタルト選手が操るニオウ、となっている。
 
 第5小隊は、火力担当のぬらりひょん選手が
 操るアシュラ、防御担当のねずみおとこ選手が
 操るガネーシャ、サポート担当のねこむすめ
 選手が操るパールバティ、狙撃担当の
 だいだらぼっち選手が操るインドラ、遊撃担当の
 うわばみ選手が操るハヌマーン、となっている。
 
 次にチーム構成のタイプを見ていこう。
 第3小隊は火力タイプのチーム、第4小隊は機動
 タイプのチーム、第5小隊は遠隔狙撃タイプの
 チームだ。
 
 この3つのタイプは、三つ巴の関係になっており、
 近距離放射砲等の範囲攻撃などを使い、混戦の際
 の圧倒的な火力が特徴の火力タイプチームは、
 機動力がないため遠隔からの狙撃に弱いが、相手
 から機動力で突っ込んでくるタイプには強い。
 
 機動タイプのチームは遠隔狙撃タイプのチーム
 にその機動力で一瞬で距離を詰めることが
 できるが、機動機能を優先した分火力が劣り、
 火力タイプのチームに混戦で勝てない。
 
 遠隔狙撃タイプのチームは、機動力のない
 チームに一方的に攻撃ができるが、機動力
 のあるチームには距離を取り続けることが
 できず弱い。
 
 実際のチーム構成では、あまり極端なタイプ
 に偏らせずに、例えば火力構成であっても、
 一部の機体は機動機能を持ったものを選ぶ
 など、多少の工夫を入れる。
 
ピエールの話11
  今回、一時的にであるが、第3、第4、第5
 小隊は、特殊な操縦方法を用いる。
 
 それは、遠隔アンドロイドを用いるやり方だ。
 
 通常、人型機械を操る場合は、人型機械母艦に
 ある搭乗機のコックピットから遠隔機を
 操縦する。遠隔機が全て破壊されれば搭乗機で
 出撃する。
 
 今回試験的に導入される方法は、搭乗機の
 コクピットに遠隔アンドロイドを座らせ、実際の
 パイロットは、人型機械母艦のさらに後方に
 いる空母の専用システムから、遠隔アンドロイド
 を操作する。
 
 遠隔アンドロイドが百パーセント、パイロットと
 同じ動作ができれば、パイロットがかなり安全な
 場所からパフォーマンスを発揮できることに
 なるが、プロトタイプを使用した実験では、
 まだまだかなりのオーバヘッドが存在するとの
 こと。
 
 そのため、敗退を予定している初戦とその後の
 数戦でのみ使用する。これは、旧型機の在庫処分
 も兼ねている。
 
 それではここで各小隊のメンバーを見てみよう。
 第3小隊は、バレンシア共和国出身の5人の
 男女、先日の戦闘で捕虜となり、家族の確保
 ができた等によりコウエンジ連邦へ帰順している。
 
 そして、チーム名は、ナンバー33000だ。
 
 第4小隊は、クリルタイ国からの応援として
 コ連軍に参加している男女のチーム。チーム名は
 ヘブンズゴッドゲーミングだ。
 
 第5小隊については、ねずみおとこ選手の心の
 内を紹介してみよう。
 
「な、だからおれがあれほど言ったのに、
 絶対何かあった時のために、IDはかっこいい
 奴にすべきだったんだよ」
 
「ふざけて付けるからあとでこういうことに
 なるんだよ。アマチュアの大会に出るときに
 コスプレするからいいだと? 馬鹿言っちゃあ
 いけないよ、だいたい、だいだらぼっちとか
 どうやってコスプレするんだ? ああ?」
 
 そして、彼らのチーム名は、アラハントだ。
 
 3つの小隊は、ゲームによる対戦や、実機による
 飛行訓練を続けていた。その様子を少し見て
 みよう。
 
「ちょっと! ねずみおとこ君、うちらは男女
 チームじゃないとよ、ダイフクちゃんは、
 れっきとした女の子ったい!」
 
「ジュゴン氏は男のコだし、いって良し、おすし」
「ジュゴン氏おこぷんずら」「なにそれじわる」
「やっべ、ぷいきあロクらないとなんで帰ります」
「それな!」
 

ピエールの話12
  コウエンジ連邦外務省および国務省に
 バレンシア共和国から次の文書が届く。
 
  宣戦布告文
 
  我々バレンシア共和国は、コウエンジ連邦
  およびその同盟国に対し宣戦布告する。
  これは、太陽系に永遠の平和をもたらすための
  行為であり、何人もこれに協力すべきである。
 
  コウエンジ連邦とその同盟国は、市場を閉鎖し、
  これは、軍事的侵略に等しい行為である。
  我が軍の威光の前にただちに降伏し、愚行を
  正し、民衆の苦を思いやるべきである。 
 
  バレンシア共和国議会
 
 その数秒後、第5エリア外側の宙域で
 軍事演習をしていたコウエンジ連邦軍艦隊に、
 多数の飛行兵器、誘導弾、戦闘機、人型機械
 が群がり、それらを搭載していたであろう
 多数の空母が続く。
 
 この奇襲により、コウエンジ連邦側は、
 大型艦船20隻を含む多くの艦船を失い、
 大損害を被った。
 
 しかし、この時偶然遠隔アンドロイドを使用
 した艦船運用のテストを行っており、人的被害
 についてはゼロだった。
 
 戦闘が終了し、移動可能な艦船が引き上げた
 のち、第5エリアより、大量のサルベージ船が
 現れ、残骸を回収したのち、引き上げていった。
 
 バレンシア共和国内は、この初戦の大勝利に、
 大いに沸いた。そして、その後の数度の
 戦闘により、コウエンジ連邦軍の人型機械小隊
 の脆弱性を確認する。
 
 彼らは、僅かな守備隊を残して、第3エリア
 へ主力部隊を送り、決着を付けようとしていた。
 彼らの戦力は、人型機械小隊が9小隊、
 大型空母20隻。
 
 ほぼ勝利を確信したバレンシア共和国側は、
 もっとも有力な人型機械の3小隊を
 コウエンジ連邦首都へ迫らせる。
 
 それに対し、コウエンジ連邦側は、新型を
 用意していた。新型の搭乗機には、各小隊の
 メンバーが直接搭乗する。
 
 エアロック内、第5小隊アラハントのメンバーが
 人型機械母艦に乗る直前である。ぬらりひょん
 選手の前に、長身の男が立ち、あとのメンバーは
 ぬらりひょんの後ろ。
 
 その長身、長髪の美男子は、ぬらりひょん選手に
 手をかざし、ぬらりひょん含めたメンバーは
 手を合わせている。
 
 そして、戦闘に参加するすべての人々の事前
 供養が済んだ。ぬらりひょん選手の覚悟が決まる。
 
 母艦に乗り込み、長身の男が去り、エアロックが
 開き、発進する。
 
ピエールの話13
  この戦闘の様子は、実況解説付きでリアル
 タイム配信された。そのダイジェスト版を
 観てみよう。
 
「それでは見ていきましょう、本日は、コウエンジ
 連邦対バレンシア共和国ということになりました」
 
「今回のまずポイントになりますが、バ国側が
 母艦の識別番号を元に有利なチームタイプで戦闘
 を仕掛けようとしますが、コ連側はそれをあえて
 受けます」
 
「まず初戦はコ連軍第3小隊対、バ国軍火力構成
 チームの対戦となりました。解説のエボルさん、
 この戦い、ひとことで言うと何になりますかね」
 
「ひとことで言うと、圧倒的、ではないでしょうか。
 まずバ国側ですが、火力担当アンリマンユ、防御
 担当オーガ、遊撃ヘカトンケイル、支援リリス、
 狙撃イフリートで、まあ悪くはないんですが」
 
「悪くはないんですがなんでしょうか」
 
「機体がちょっと古いんですよね。それに対して
 コ連側は新型を出しています。火力担当はシャチ
 選手のアヌビス、防御がマンボウ選手のセト、
 支援がジュゴン選手のイシス、狙撃がメカジキ
 選手のミカエル、そして遊撃がウツボ選手の
 ノブツナです」
 
「序盤は大人しくスタートしましたが、中盤から
 状況が動きます。マンボウ選手のセトが広範囲
 煙幕を使用してからの、ウツボ選手のノブツナに
 よる一刀両断で、バ国側狙撃担当のイフリートが
 ワンコンで撃墜」
 
「そこからのコ連軍ジュゴン選手のイシスによる
 シールドと味方へのフックを使ったノブツナの
 救出が素晴らしかったですね」
 
「さすがに狙撃担当を失った4対5の状況で
 バ国側勝てず、第3小隊に畳みかけられて次々と
 撃墜されます」
 
「まあこれ、この時点ではまだ遠隔機でしたが、
 けっきょく終盤までバ国側はこの状況を変える
 ことができませんでした」
 
「ノブツナの寄りが神速過ぎるんですよねえ、
 火力を集める前に一機落とされてしまいます」
 
「というわけで、第3小隊は敵母艦まで捕獲する
 という完勝です」
 
「ではここからは、コ連軍第4小隊とバ国狙撃構成
 チームとの対戦の模様をダイジェストします、
 わたくしウィキドンと、解説のデイツーさんです」
 
「よろしくお願いします」
 
「デイツーさん、この対戦をひとことで表すと
 すると何でしょう」
「ひとことで表すなら、やっぱり圧倒的、じゃない
 でしょうか」
 
ピエールの話14
 「さあデイツーさんから圧倒的という言葉が出ま
 したが、では中身を見ていきましょう」
 
「まずバ国側、火力担当のリョフ、防御のトウタク、
 支援ハンゾウ、狙撃タイシジ、遊撃コウウです、
 対する第4小隊は、火力がチーズケーキ選手の
 ケンシン」
 
「防御がダイフク選手のトシマス、支援がクリーム
 パン選手のシゲハル、狙撃がマッチャプリン選手
 のシゲヒデ、そして遊撃フルーツタルト選手の
 ヨシツネ」
 
「まあ序盤からびっくりですよねえ、支援担当の
 クリームパン選手操るシゲハルが、敵中央まで
 入っていって攪乱します」
 
「そんなに装甲も厚くないんですけどね」
 
「ちなみにこのシゲハル、ウィキペディアにより
 ますと宇宙世紀前、キョクトウはセンゴク時代の
 ブショウ、タケナカをモデルにしたそうですよ」
 
「まあこの、支援タイプのしかも装甲の薄いのに
 に前に出てこられるとですね、狙撃構成のチーム
 としては、スカーミッシュして下がるのか、
 それともそのまま近接して戦うのかの判断に少し
 迷うんですよね」
 
「なるほど、バ国狙撃構成チームは判断に迷った
 あげく、第4小隊火力構成のチームに捕まって
 しまいます。デイツーさん、このあともこの展開
 が続きますよね」
 
「あのー僕これ見ていて気付いたんですけど、第4
 小隊のマッチャプリン選手操るシゲヒデですね、
 すごくいい働きをしています」
 
「いい働きというと」
 
「すごく細かいところなんですが、相手側の隙を
 見つけては、コツコツと敵ミニオン機を狙撃
 している」
 
「なるほど、私なんかはどうしてもダイフク選手
 操るトシマスの大きな槍に目がいってしまいます
 ね。ところでデイツーさんが狙撃担当褒めるのは
 めったにないと思いますが」
 
「そうですねえ、僕も狙撃出身なんで狙撃担当
 はほとんど褒めたことないですねえ」
 
「というわけで、最後はフルーツタルト選手が
 あやつるヨシツネが回り込んでゲームセット、
 母艦確保となりました」
 
「ではライズさんとエボルさんに戻します」
 
「では次の対戦を見ていきたいと思いますが、
 その前にエボルさん、さきほどの対戦で
 ウィキペディアがさく裂していましたね」
 
「まあ僕はそれについてはノーコメントですね」
 
ピエールの話15
 「では見ていきましょう、コ連軍第5小隊対、
 バ国軍機動構成チームの対戦です」
 
「エボルさん、この対戦も何かひとことで表して
 いただきたいんですけど」
「この対戦もですね、まさに圧倒的、アットーテキ
 でしたね」
 
「ハハハ、エボルさん、ちょっと切れ気味に言うの
 やめてもらえません?」
「まあその理由は内容の説明の中で行っていきま
 しょう」
 
「ではチーム構成が出そろいました、まずバ国側、
 火力担当のマイルフィック、防御担当のルキフ
 グス、支援担当のヒドラ、狙撃のサタンに遊撃が
 ムサシ」
 
「対するコ連側、火力担当はぬらりひょん選手の
 シャカ、防御担当はねずみおとこ選手のクリ
 シュナ、支援担当はねこむすめ選手のラクシュ
 ミ、狙撃担当はだいだらぼっち選手のシヴァ、
 遊撃担当はうわばみ選手のセイテンタイセイと
 なります」
 
「まず序盤からセイテンタイセイの働きが目立ち
 ましたね」
 
「相手の遊撃担当のルートを完全に読んでいます。
 読んで絡んだところをシヴァの遠隔狙撃で、
 いっこうに近づけない、機動力を活かせていない」
 
「その後バ国の遊撃担当ムサシは完全に焦ってしま
 いましたね、早くも搭乗機まで撃墜されます。
 その後は数的不利をひっくり返すことはできず」
 
「前衛の動きも非常に良かったですね、狙撃構成
 チームと言うのは、一般的に前衛が堅いのですが、
 第5小隊は本当に堅いしうまい」
 
「耐久性抜群のクリシュナに回避能力抜群の
 シャカですね、例えばこの場面ですが、いったい
 何秒間、シャカは1対3を耐えたでしょうか」
 
「まあでも僕が気になったのはですね、バ国側の
 練度の低さですね」
 
「あ、そこにキレてたんですか」
 
「元々機動構成だったチーム・ナンバー33000
 がコ連側に行ってしまった、というのもあります
 が、ちょっと舐め過ぎたんじゃないかと」
 
「つまり舐めプだったと」
 
「まあそこまでは言いませんけど」
 
 開戦から初めて敗退したバレンシア共和国軍は、
 しかし敗戦を信じられず、その後も戦力の逐次
 投入を行ってしまう。そして、人型機械小隊
 すべて捕獲されるという結果となった。
 
 その後は空母同士の戦闘となり、数的にはバ国が
 有利であったが、コ連の空母はイージス艦並みの
 防御力で時間を稼ぐ。
 
 そして驚くべきニュースが来た。
 
ピエールの話16
  バレンシア共和国首都を陥落させたのは、
 クリルタイ国の高速空母40隻からなる艦隊で
 あった。
 
 バレンシア共和国側は2隻の巨大空母のみで、
 残りの戦力は第3エリア、コウエンジ連邦の
 首都へ迫っていたため、対応が遅れた。
 
 陸戦部隊により共和国トップが確保され、
 ただちに講和が宣言された。第3エリアにいた
 共和国軍もただちに停戦し、解体された。
 
 共和国内は、クリルタイ国による占領時に少し
 混乱があったが、その後、生活に必要なものが
 しっかりと供給されていることもあり、混乱が
 広がることもなかった。
 
 そして、そのあとのニュースも太陽系火星以内
 に少なからぬ衝撃を与えた。
 
 クリルタイ国の、正式な人口統計が発表された
 のである。その数は2兆人を大幅に超える。
 
 当国の説明では、急激な人口増加と減少が繰り
 返されたため、統計に時間がかかっていたこと、
 空賊や宙賊から国となっていったものがあり、
 それらが帰順して属領となる期限が来たこと、
 そもそもクリルタイ国として公式に人口統計を
 一度も発表していないこと、などを挙げた。
 
 バレンシア共和国では、臨時の政府が設置され、
 そのトップには超極右政党のネオ社会労働党、
 副党首であるムフ・ブハーリンが就いた。
 
 ネオ社会労働党の党首アグリッピナ・アグリコラ
 は、開戦の前日にスキャンダルが発覚し、国外に
 逃亡していた。なんでもこの危急存亡の時期に、
 身辺警護担当者と手をつないで歩いていたらしい。
 
 もともと多数派であった極右政党の国家改革党は、
 敗戦の批判を避ける意味でネオ社会労働党に
 トップの座を譲っていた。また、クリルタイ国の
 ジェネラルヘッドクォーターもバ国トップの上に
 臨時で設置される。
 
 そのジェネラルヘッドクォーターのトップは、
 クリルタイ国から来たリアン・フューミナリだ。
 
 ネオ社会労働党の党首となったムフ・ブハーリン
 は完全に転身し、平和主義者となっていた。
 そして、それは音楽バンド、ネハンも同じで、
 ボーカルのマット・コバーンは再び長髪に戻って
 いた。
 
 それから数か月後、ジェネラルヘッドクォーター
 が解かれ、リアン・フューミナリは木星圏に戻り、
 クリルタイ国王ティエン・ヘイを補佐する立場に
 戻る。
 
 バレンシア共和国極右政党が再び蠢動を開始する
 のであった。
 

イゾルデの嫉妬
  イゾルデ・ニコリッチは、小さなころから何
 でもできる子どもだった。
 
 幼稚園のころ、ケンカも強かったイゾルデは、
 男の子たちを使って、幼稚園で飼っている
 カブトムシの幼虫を盗ませる。そして、それが
 親に見つかって怒られた。
 
 走るのも同年代の男女と比べてダントツに早
 かったし、勉強もできた。とにかく、ほとんど
 努力もしないで、他人に勝つことができた。
 
 歌もうまかったし、音楽の才能もあった。小さな
 ころからピアノやバイオリンの稽古を行っていた。
 
 家も裕福だった。彼女の父が経営するニコリッチ
 商会は、軍事兵器を中心に様々な商品を
 取り扱っていた。
 
 イゾルデが親と住む家は、地球のラグランジュ点
 第3エリアにあった。ここは、地球の公転円上に
 あり、太陽を挟んで地球とは反対側にある。
 
 地球から遠いこともあって、辺境のイメージが
 強かったが、現在ではそのエリアに3000億の
 人々が暮らす。
 
 彼女は、その鋭い目つきを和らげれば、美少女の
 部類に入る外見をしていた。実際、あまり身近に
 いない異性や同性からは人気があり、そして常に
 影の実力者、という感じだった。
 
 始めて他人に対して苛立ちを感じたのは、父と
 一緒に参加した、同業種の会合だった。その
 相手は、マフノ重工の令嬢だという。
 
 マルーシャ・マフノと呼ばれるその女性は、
 優雅に、そして冷たい表情で、なんでもやって
 のけた。
 
 おそらく、イゾルデの父がその会合のまとめ役
 であれば、立場は逆だったかもしれない。
 
 そんなイゾルデも二十歳を超え、法学部を
 卒業し、弁護士資格を取り、マーシャルアーツ
 では同年代の同体重クラスではもう勝てる者も
 いないレベルに達していた。
 
 彼女は人型機械の操縦にも優れた才能を示した。
 ニコリッチ商会ではそれらの開発やテストも
 行っていたのだ。
 
 そのころ彼女を虜にしたのは、反出生主義という
 思想だった。こんなにも、自分から劣る人間たち
 が、たくさん増えたところで何になろうか。
 
 そして、逆に人類を増やす方向へ向かわせる思想
 が非常に気になってきた。思想そのものが持つ、
 人間を動かす力に気づいてきた。
 
 この人類をコントロールする力を得たい、そして、
 いつかあの娘を、嫉妬させたい。その瞬間を
 いつも思い描くようになっていた。
 
ピエールの話17
  そのころ、アキカゼ・ホウリュウインは、
 アグリッピナ・アグリコラとともに、クリルタイ
 国の首都、木星ラグランジュ点第1エリアにいた。
 覇王、ティエン・ヘイの謁見の間である。
 
「私の提案はただひとつ、この帝国を二分し、
 ふたつの性格のまったく異なるふたつの国を作る、
 まさに、天下二分の計にござりまする」
 
「お二人には説明するまでもありませんが、その
 狙いはもちろん国民の不満を逸らすため」
「都市開発による負荷がかなり高まっております
 れば」
 
「もちろんティエン様にはその一方の国のトップ
 になっていただきまする。2国は再び大いに
 栄えましょう」
 
 アキカゼが説明を終える。
 
「そこなリアン・フューミナリ参謀本部長も、少し
 違うが同種の献策をしてくれた」
「いったんこの件は預からせていただく」
 
 そういってティエン・ヘイは幕奥へ下がった。
 
「みごとな献策でした」
 リアンが追従する。
 
「アキカゼ殿にはしばらくここクリルタイ国に滞在
 いただきたいのですが。太陽系でもここほど安全
 な場所はございませぬ。暴動など一切起こる気配
 もござらぬので」
 
 そのあと小一時間ほど、アキカゼとリアンが
 デキる軍師ごっこを繰り広げ、アグリッピナは
 知らぬ間にいなくなっていた。
 
 そして、その騒動が起きたのがその二日後である。
 
 ニュース速報が伝える。
 クリルタイ国では、クーデターが発生、国王の
 ティエン・ヘイおよび参謀本部長のリアン・
 フューミナリは、月のラグランジュ点第5エリア
 へ逃亡。
 
 クーデターは成功し、その勢力は、帝国建国を
 宣言、国名は、フイ帝国。その皇帝の名は、
 テルオ・リー、光輝帝を僭称した。
 
 そして、その後行われた国民投票により、圧倒的
 人気で正式に皇帝となる。光輝帝はただちに行動
 にうつる。クリルタイ国時に行っていた、都市
 開発計画を凍結し、その分を、水星、金星、地球、
 月、火星、それぞれのラグランジュ点の都市へ
 持ちかける。
 
 拒否する場合は、軍事的圧力をかけるとのおまけ
 付きで。
 
 早朝、文武百官が居並ぶなかで、光輝帝が玉座に
 座る。
 
「謁見の間のデザインを5種類用意いたしました、
 今使用しているこの間も含め、3種ほどあれば
 他国の使節などを迎えるのにもよいかと」
 文官による奏上が行われる。
 
フォントーニの仕事
  フォントーニ・サーセンがその就職情報誌を
 見つけたのはその日の午後であった。
 
 もう少し正確に言えば、その募集記事を見つけた。
 
 あなたも皇帝になれる、その記事の冒頭には、
 そう書かれてあった。
 
 応募条件には、身長体重などとともに、顔の3D
 写真を送り、それに合格することなどがあった。
 報酬額や寮の完備など、働く条件がかなり良かっ
 たため、フォントーニは写真を送ってみること
 にした。
 
 その後、面接が行われることになり、木星圏への
 旅費などすべて向こう持ちとなる。いい話だ。
 
 フォントーニは、役者を目ざしていた。レッスン
 やオーディションの費用をこれでまた稼げる。
 仕事内容が少し気になったが、それはいつもの
 ことだ。変わった仕事でも、それは芸の肥やし
 になる。
 
 採用が決まったので、髪を短く切り、金髪に
 染める。
 
 職場には、フォントーニのほかに5名の担当者が
 いた。まとめの人間が、現場担当をあと2名追加
 して、7名で週1日勤務としたい、と言っていた。
 
 週休2日で、勤務日以外は歌や踊りのレッスン、
 セリフの練習などだ。これにも給料が出る。
 
 しかし、一番つらいのは、数百枚の紙に大きな
 ハンコを押す練習だ。過去のアルバイトで電子
 スタンプを押したことはあるが、実物はほとんど
 ない。しかもこの大きさだ。
 
 しばらく続けているうちに、バイト仲間から
 面白いことを聞いた。謁見の間でほとんど毎日
 文武百官が居並ぶが、高い確率で参加する
 アキカゼ・ホウリュウイン参謀長、
 
 そして、武官のアグリッピナ・アグリコラ、
 ユタカ・サトー、ドン・ゴードン以外は、
 ほとんどバイト、ということらしい。
 
 そのうち、皇帝と文武百官のバイトのメンバー
 だけで飲みにいくようになった。
 
 はやく役者になって、安定した収入を得たいと
 思っているフォントーニであるが、たまにアル
 バイトで高額なのに仕事自体も何か面白い、
 というのがあるのがわかってきた。
 
 ただ、他国の使節が来るときだけは緊張する。
 
 こないだも月の第3エリアから、ナミカ・キムラ
 という猛将が来訪したが、その迫力に自分もそう
 だが、アキカゼ参謀長がかなり狼狽してたな。
 
 新人もどんどん入ってくるので、できれば他国の
 使節は新人に任せたい、そう思うフォントーニ
 だった。
 
ピエールの話18
  数か月後、月のラグランジュ点第2エリア、
 バレンシア共和国で政治スキャンダルが多発し
 始めた。
 
 今は月の第5エリアへ避難している、リアン・
 フューミナリの罠が発動したのだ。
 
 リアン本人からしたら、「人聞きの悪い」という
 ことになるかもしれない。リアンが行ったのは、
 政治家と経営者は、コンプライアンスを守りな
 さい、という言葉を発したのと、窓口を設けた
 だけだ。
 
 主に、極右政党国家改革党の、贈収賄、横領、
 パワハラ、セクハラ、暴行事件、選挙違反、
 不正選挙、スパイ、などなど、党はほぼ壊滅状態
 となり、この党の前に政権についていた中道左派
 の政党が返り咲く動きを見せていたのだが、
 
 この国家改革党の議員が脅迫を受けていた、と
 いう話が出てきた。特殊な分野で使用する
 コンピュータの特殊なプロセッサを作る企業から、
 製品を提供する見返りに、偏向した政治活動を
 行えと。
 
 そのプロセッサ製品を使っている企業の株を多く
 保有している政治家が標的となった。標的となっ
 た政治家はそれ以外にもいろいろと弱みを握ら
 れていたようだ。
 
 その特殊なプロセッサを提供していた企業とは、
 月のラグランジュ点第4エリアに本社を構える、
 ヤースケライネン社。独占禁止法違反の疑いで、
 極秘捜査が開始された。
 
 数か月後、浮かび上がってきたのが、高齢の
 CEO、ヒルダ・ウッテン。バレンシア共和国の
 申し入れを、ヤースケライネン社のあるソニ
 国は受け入れた。
 
 そして、逮捕の際の突入にあたって、コウエンジ
 連邦が協力を申し出てきた。そのCEOの部屋が
 ある階に、通常街中では使用できない軍事タイプ
 の兵器があるということがわかったからだ。
 
 その兵器は、キサラギ社製のものが二台。これ
 まで出てきた、民間偽装のアンドロイドとは異
 なる、完全に戦場で使うタイプのものだ。
 
 そして、キサラギ本社と技術者の協力も取り
 付ける。
 
 ナミカ・キムラは、突入の日に向けて入念に
 準備した。特に、2台目に関してだ。ヤースケ
 ライネン社内にも足がかりを作る。そのCEOは、
 すでにかなりの敵を社内に作ってしまっている
 ようだ。
 
 そして当日、やってきたのは、ユタカ・サトー、
 ドン・ゴードン、サキ・キムラ、ナミカ・キムラ
 の4人だ。
 
ピエールの話19
  今回の4人は、国と市の許可をとって、完全
 武装している。ドン・ゴードンは、外でホバーに
 乗せていた飛行ドローンの準備だ。
 
 サトーとサキ、ナミカの3人で社内に入っていく。
 サトーは大きな荷物を抱えている。
 
「意外とそういうものなのよ、頭の良さそうな人は。
 あちらのお母様との仲がどうなのかとか聞いて
 みたら」
 
 ナミカがサキと何か話している。あまり今日の
 突入に関することでは無さそうだ。サトーは
 緊張してきた。この日のために練習してきたが、
 やはり、断れば良かっただろうか。
 
 妻によると、今回もし仮に失敗すれば、かなりの
 破格のあれが入ってくるらしい。成功すればそれ
 なりの成功報酬だとか。目をキラキラさせている
 ように見えるのは気のせいか。
 
 あらかじめ連絡が入っているので、案内ゲートと
 セキュリティチェックは簡単に通過。セキュリ
 ティは上階以下は一時的に切断できているため、
 金属装甲による完全武装でも警告音は出ない。
 
 そして、上階でそろそろ警告音が鳴り出したが、
 通常この会社の警備員がかけつけ、警察に連絡が
 入る。警察はすでに到着していて建物を囲んで
 いる。警備員はこの件了解済みだ。
 
 そして、最上階からひとつ下の階で、それが出て
 きた。キサラギ社製、ラーヴァナ。2本足に多数
 の腕、多数の顔。まあ、まだアンドロイドと言え
 なくもないか。いや、無理だ。
 
 こいつには、サキとナミカがあたる。
 
「でもねえ、私が母親だって、言わないほうがいい
 でしょう、あの子、いつもビクビクして気の毒」
「実は父子家庭って言ってみよっか? まあ、
 あながち間違いではないし」
「アハハ、それちょっと面白いね」
 
 まだなんか話しているが、ぼちぼちマスクを
 閉める。開始だ。
 
 想定どおり、ラーヴァナは銃器の類を持って
 いないが、刃物は全ての手に持っている。
 基本的に避けたほうがいいが、装甲で受ける際
 は角度に気をつけないといけない。
 
 一分ほど二人は攻めあぐねていたが、目くばせ
 する。サトーをおとりに使う気だ。サトーは
 聞いていないので、少し慌てる。
 
 ラーヴァナがサトーとの距離を詰めようとした
 とき、背後からサキが跳び蹴りを狙った。多数の
 腕に跳ね返されるが、その時ナミカが足元に
 もぐりこんでいた。
 
ピエールの話20
  ラーヴァナの足元で、パキーンと高い音が鳴る。
 ナミカが一瞬で足首を極めたようだ。すかさず
 離れる。
 
 サキがフェイントから正面に潜り込む動き、
 そこから、切りつける動作を読んで、逆に後ろへ
 引き込んだ。前へバランスを崩してヒザをつく
 ラーヴァナ。
 
 そこへ、素早い踏み込みから低い姿勢で肘撃ち
 を決めるナミカ。狙いは、右腰部の装甲、
 瞬間に重い掌打と当身も入れる。
 
 ソケットが露出した。いったん離れる。片足
 に動力が行かないのか、うまく立ち上がれない
 ラーヴァナ、ナミカが腕の一本をもぎ取る
 勢いで極める。再びパキーンという高い音。
 
 そして、サキが、キサラギ社製のデバイスを
 ソケットにぶっ刺した。とたんに停止する
 ラーヴァナ。
 
 3人で非常階段を使って最上階へ上る。
 扉を開けて、すでにそいつはいた。多脚型、
 キサラギ社製、スカラビー。
 
 こいつは、銃器を持っている。しかし、条件が
 揃わなければ、社内ではおそらく発砲しない。
 
 サキとナミカが接近する。こいつの体当たりや
 隠し腕の攻撃は、この二人でもまともに受けない
 ほうがいい。ガードがミスれば骨折では
 済まない。
 
 タマムシという意味の名前からは可愛さが想起
 されるが、実際の戦場でのスカラビーの様を見た
 ものは、けしてその前に立ちたいとは思わない
 だろう。
 
 サトーが荷物を開け、中からモバイル重砲を取り
 出す。これは、重砲としてはレプリカだ。実際
 はシールド発生装置。
 
 おもむろにそれを持ち、窓側へ回り込む。スカラ
 ビーが反応しだした。スカラビーの砲口がサトー
 を追いかける。そして、窓を完全に背にして、
 サトーが重砲の口をスカラビーに向けたとき、
 スカラビーは発砲した。
 
 瞬間シールドを発動させるサトー、衝撃を検知
 して、サトーの背面の装置からバルーンが展開、
 サトーは背中から窓を突き破って、飛んでいく。
 
 その直後、スカラビーの装甲面、カーン、カーン
 と何かが当たる音が何度も響く。そして、スカラ
 ビーは停止した。サトーが突き破った窓の向こう、
 100メートルの位置に、もし光学迷彩を解いて
 いたら見えたのは、人型機械、シヴァだ。
 
 キサラギ技術者の提供した、緊急停止用のナノ
 マシーン弾だった。
 
 外では、ドン・ゴードンがサトーを回収している。
 全身痛いがサトーは無事だった。
 
ピエールの話21
  ヒルダ・ウッテンは、フロアの隅で震えていた。
 途中で事態に気づいたのだろう。普段は下の人間
 にかなり高圧的な態度で接していたらしいが。
 
 聴取であっさりと白状した。そこは、コウエンジ
 連邦軍空母の中、そこから、木星圏へ安全に移送
 するという条件付きだ。家族は・・・、いない。
 
 この小物の背後にいたのは、地球のラグランジュ
 点第3エリア、ニコリッチ商会の令嬢、イゾルデ
 ・ニコリッチ。商会の実権をほぼ握りつつあった。
 
 コウエンジ連邦は、ただちに空母3隻を送る。
 同時に、木星圏にも応援を頼んだ。目的の空域
 までは、約2日。
 
 参加したのは、先ほどの4名に加えて、アラ
 ハントのフェイク・サンヒョク、ウイン・チカ、
 エマド・ジャマル、そしてマルーシャ・マフノ。
 アミは今回参加していない。
 
 人型機械母艦には、火力担当のシャカ、狙撃
 担当のシヴァ、防御担当のクリシュナ、そして
 支援担当の、今回はカーリー、氷結仕様。
 
 クリシュナも、普段と違っていた。武器を換装
 したのではなく、腕そのものを特殊なものに換え
 ている。触った2点間に高圧電流を流せるよう
 になっている。
 
 イゾルデは、コウエンジ連邦軍接近の報を聞いて
 いた。そして、空母乗員の名簿情報の中に、
 見つけたのだ。ぜっこうのチャンスだった。
 
 イゾルデは、すぐさまニコリッチ商会の中型空母
 3隻を手配する。必ず生け捕りにしてやる、
 自ら出撃するつもりだった。なぜその空母に
 乗っているのか、といったことは、もう考え
 なかった。
 
 そして、ふたつの軍はその空域で衝突する。
 元第5小隊は、遠隔機とミニオン機を射出した。
 対するニコリッチ軍は、イゾルデ自ら出撃する。
 
 彼女が乗る機体、アンフィスバエナは、大型機だ。
 そして、遠隔機を持たない。搭乗機でいきなり
 出撃だ。そして、実際強かった。ぜったいの自信
 があった。
 
 短いヘビのような下半身に、人型の上半身が
 背中合わせにふたつ生えている、恐ろしい姿だ。
 腕も、ひとつの上半身あたり4本ある。
 
 それに対し、中央正面に位置取るのは、カーリー
 だ。それを援護するかたちでシャカ、クリシュナ
 は、ミニオン機を気にしながら後方へまわる動き。
 
 先に大量のミニオン機同士が戦いを開始する。
 
ピエールの話22
  アンフィスバエナの対策が難しいのは、
 それが特注機であることが一番の原因かも
 しれない。
 
 しかし、方針はシンプルだ。ダメージを確実
 に与えて、蓄積させる。そして、今回は、
 遊撃担当のセイテンタイセイを乗せていない分、
 遠隔機がそれぞれ一機追加されていた。
 
 しかし、シヴァ以外の最初の一機が全て
 一分以内に破壊される。遠隔機2機目となった
 彼らだが、少し癖が見えてきた。
 
 シャカの火炎放射、カーリーの超近接冷却、
 クリシュナの接触による高電圧、そして、
 シヴァが使用する弾丸は、味方をも
 巻き込む、腐食弾だ。
 
「マルーシャ!いまっ!」
 
 マルーシャに接近のタイミングを告げるエマドと
 フェイク。傍受した音声通信が、イゾルデの
 乗るアンフィスバエナのモニターの一画に
 小さくテキストで表示される。
 
 パイロットが発する声の情報は、嘘も含まれる
 ため普段はあまり気にしない。しかし、そこに
 マルーシャの文字を見つけ、イゾルデは逆上した。
 てっきり、母艦か空母にいると思っていたのだ。
 
 乗っているのはこれだ、氷のように冷たい表情を
 したこの人型機械。イゾルデの意識がカーリーに
 偏り過ぎる。
 
 クリシュナが、アンフィスバエナの背面側機体の
 腕をとり、通電させる。高温と低温、腐食ガスと
 過電流により、動力系統か電気系統が摩耗し、
 その腕は動くことをやめた。
 
 そして、それぞれ4機目の遠隔機を使うころには、
 背面側がほとんど停止している。イゾルデは、
 焦り出した。
 
 カーリー4機目の胸部は、搭乗機と同じ構造を
 していた。イゾルデは、カウント間違いを起こし
 た。ふだんなら、人型機械5種で、遠隔機は3機、
 今回は4種で遠隔機は4機の可能性がある。
 
 だから、胸部が搭乗機の形をしている4機目は、
 カモフラージュで、まだ遠隔機の可能性がある
 のだ。
 
 遠隔機ならなるべく近接してはいけないが、
 搭乗機なら無理してでも捕獲したい。捕まえれば
 他の機体も停戦だ。
 
 そして、シャカの遠隔ポッドによるシールドで
 守られながら接近してきたカーリーに、冷却
 攻撃をまともに食らう。そしてシャカの
 火炎攻撃、クリシュナが組み付いて雷撃。
 
 局地戦仕様でもない限り、この攻撃には機体
 寿命が耐えられない。正面側上半身も停止
 させたアンフィスバエナは、残った推力で
 母艦へ逃げる。
 
ピエールの話23
  しかし、イゾルデの母艦はすでにフイ帝国の
 援軍の陸戦部隊に占拠されていた。フイ帝国は、
 火星公転円あたりにも基地を持っている。
 
 そして、ついに捕まる。
 
 数時間後、コウエンジ連邦軍の空母エアロック内
 で、アンフィスバエナはワイヤーで固定されて
 いた。イゾルデはまだ中だ。
 
 空母は回転航行に入っており、重力が発生して
 いる。
 
 そこへ、マルーシャが一人で歩いてくる。いや、
 少し後ろには、ナミカ・キムラだ。
 
 イゾルデは、マルーシャの意図がわかり、コク
 ピットを開けた。望むところだ。マルーシャは、
 パイロットスーツに、格闘用のグローブを
 はめている。
 
「一分以内に決めてやる」
 イゾルデは低く唸った。
 
 首の筋を伸ばすように頭を左右に軽くひねり
 ながら、マルーシャがステップを踏む。来い、
 という仕草とともに、イゾルデが踏み込んだ。
 
 サウスポーの右のジャブと左のフックをフェイ
 ントにした、左足の蹴り上げだ。これが額を
 かすると、それだけで勝負が決まる。
 
 イゾルデが開始早々に勝つときは、いつもこれだ。
 これがいつも決まるのは、ボクシングスタイルで
 踏み込んでいるにもかかわらず、蹴りの出が早い
 からだ。それができるのはイゾルデ以外に
 あまりいない。
 
 マルーシャは、研究してきたのか、スウェイで
 避ける。最序盤の決め技を外して、イゾルデは
 少し慎重になる。ローキックから牽制するが、
 細かく左右をスイッチしながらである。
 
 これが、左右のスタンスに得意不得意がある者で
 あれば、地味に嫌なのだ。しかも、イゾルデ側は
 左右とも同じレベルの技を出してくる。
 
 マルーシャは、変わらず右のスタンス、
 ジャケット競技でいうところの左自然体だ。
 イゾルデの左右切り替えながらのローキックに、
 マルーシャが、
 
「あっ!」と声をあげながらバランスを崩す、
 一瞬で踏み込み左フックを決めに行くイゾルデ。
 
 しかし、バランスを崩すかに見えたのは、
 マルーシャの囮だった。足を切り替えてクロスの
 カウンターを決めに行くマルーシャ、両者交錯
 するが、イゾルデが一瞬の判断で体重を後ろに
 戻したため、耐えきれた。
 
 体重が乗っていれば、イゾルデが決めた可能性も
 あるが、逆にやられていた可能性も高い。
 
 クレバー、とうよりもむしろあざといやり方も身
 につけているマルーシャに、イゾルデは少し焦り
 出す。
 
 そういえば、体格も少し大きくなっていないか?
 マルーシャは、ここ数か月で5キロ、イゾルデと
 最後に会った時からすると、10キロ増えていた。
 
 今度はマルーシャが、じりじり前に出て、圧力を
 かけ出す。これにイゾルデは怒り、攻撃を繰り
 出す。そんなことはあってはならないのだ、圧力
 をかけるのは、常に自分なのだ。
 
 しかし、マルーシャは、ディフェンスのスキルも
 確実にうまくなっていた。イゾルデは、上下に
 突きと蹴りを散らしながら、タックルを狙う。
 
 それを余裕でさばき、間合いを取ってから、ヒザ
 をついているイゾルデに、立って来いと手招き
 するマルーシャ。
 
「うぉお!」雄たけびをあげてラッシュをかける
 イゾルデ、しかし、マルーシャはラッシュの合間
 もきっちり反撃を返していく。
 
 イゾルデは、何にそれほど焦っていたのか。そう、
 彼女は、ふだんこういった真剣勝負で、早く勝ち
 すぎていた。長時間、フルラウンドを戦ったこと
 が、無い。
 
 それに対し、マルーシャは、ここ数か月、という
 話ではない。もう何年も、それこそイゾルデに
 出会った時から、何かしら、イゾルデと戦うこと
 になることを想定していた。
 
 イゾルデの公式、非公式試合の映像を、何百回と
 観た。ハントジムの練習以外にも、自宅に類似の
 格闘技をやる者を何人も呼んで、練習した。
 
 このままいくと、こんな奴に負ける、スタミナ
 切れで、こんな奴にまける・・・。自分で
 パンチが大振りになってきているのがわかって
 いるのに、制御できない。
 
 そして、大振りの左ストレートをかわされて体が
 前のめりになったところに、投げ技を合わされた。
 左組手からのウチマタという技だ。
 
 しまった、打撃にこだわり過ぎた!
 
 とっさに柔らかく受け身をとり、防御姿勢から
 すぐ立ち上がろうと膝を引きつける。しかし、
 マルーシャは、その絶好のチャンスで、手を離し、
 背を向けて距離をとり、余裕で振り返った。
 
 それを見て、イゾルデの心が折れた。
 ヒザ立ちから立ち上がれず、うなだれる。
 ナミカ・キムラが、「それまで!」と声をかける。
 
 それを聞いたマルーシャは振り返り、歩み去る。
 そして、「ありがとう」と小さく呟いた。
 
ピエールの話24
  そのころテルオ・リーは、作業着にヘルメット
 で現場にいた。
 
 朝廷のほうは、アルバイトたちがしっかりと
 仕切ってくれていたので、安心して任せている。
 
 フイ帝国の都市建設は、すべてが完全にストップ
 したわけでもなく、一部でまだ継続している。
 すでに今いるこの都市は、大気が循環している。
 
 現場では、農地や住宅の整備が進行していた。
 テルオはとくに決まった役割があるわけでもない
 ので、お茶くみなど、現場で何か必要なことを
 探しては、手伝っていた。
 
 今いる都市を外から眺めてみると、月のラグラン
 ジュ点第3エリアにある、都市マヌカのような
 バームクーヘン型の都市が8個円形に連なり、
 その中心に、円柱型、直径約100キロの、
 無重力都市がある。
 
 無重力都市の外周にはレールが敷かれ、移動
 ユニットと8個のバームクーヘン片がケーブルで
 接続され、全体としては、直径約300キロの、
 円柱形に配置されていた。そして、外側は回転
 して重力を生む。
 
 それを、マンダラ型都市、と呼ぶようになった。
 マンダラ型都市は、中央の無重力都市の中央部と、
 外側の8個の都市の重心部を大型船で引っ張り、
 移動することができるように都市のフレーム構造
 が設計されていた。
 
 そして、その横では、移動できるタイプの100
 キロ立方の無重力都市も建設されていた。
 
  一方そのころ、アミ・リーは、
 大群衆を前に演説をしていた。
 
 カラフルなラフな服装、金髪のボブに、ピンクの
 サングラスをしている。
 
「えーと、細かいところは政策一覧をあとで
 発表するので、見といてくださーい」
 
 群衆も皆カラフルな派手な格好で、お祭り騒ぎだ。
 皆、カラフルな国旗を持って振っている。
 
 横から担当者に耳打ちされるアミ。
「国名を言うのを忘れてましたー。ラスター共和国
 でーす」
 
「フイ帝国との違いは、あとで政策比較一覧出す
 ので見といてくださーい。あ、でも一番違うのは、
 うちの国には禁酒法がありませーん」
 
 拍手喝采が起きる。
 
「酒と国に対する私の義務を果たすよう最善を
 誓います」
 
 宣誓を終え、
 
「じゃあ、かんぱーい!」で就任式をしめた。
 花火が上がる。
 
  そして、バレンシア共和国の解体が本格化し
 始めた。いったんほぼゼロに近いところまで
 移住し、その後都市を再構築する。
 
ヨシコの仕事
  ヨシコ・ヨシムラがその就職情報誌を
 見つけたのはその日の午後であった。
 
 もう少し正確に言えば、その募集記事を見つけた。
 
 あなたも大統領になれる、その記事の冒頭には、
 そう書かれてあった。
 
 応募条件には、身長体重などとともに、顔の3D
 写真を送り、それに合格することなどがあった。
 報酬額や寮の完備など、働く条件がかなり良かっ
 たため、ヨシコは写真を送ってみることにした。
 
 その後、面接が行われることになり、職場への
 旅費などすべて向こう持ちとなる。いい話だ。
 
 その職場は、木星のラグランジュ点第3エリア、
 木星から太陽を挟んで反対側にあるエリアである
 が、そのヨシコが住んでいる構造都市の、すぐ
 近くだった。
 
 ヨシコは、アイドルを目ざしていた。レッスン
 やライブの費用をこれでまた稼げる。
 仕事内容が少し気になったが、それはいつもの
 ことだ。変わった仕事でも、それは芸の肥やしに
 なる。
 
 採用が決まったので、髪をボブに切ってもらい、
 金髪に染める。
 
 職場には、ヨシコのほかに6名の担当者がいた。
 まとめの人間が、現場担当をあと1名追加して、
 7名で週1日勤務としたい、と言っていた。
 
 週休2日で、勤務日以外は歌や踊りのレッスン、
 セリフの練習などだ。これにも給料が出る。
 
 しかし、一番つらいのは、数百枚の紙にサイン
 する練習だ。過去のアルバイトで登録済み電子
 サインを使っていたことはあるが、自署は
 ほとんどない。しかもこの数だ。
 
 しばらく続けているうちに、バイト仲間だと
 思っていたうちの一人が、大統領本人だと気づ
 いた。まったくオーラが出ていなかったので、
 まったく気づかなかったのだ。
 
 しかし、このメンバーで国の政策を決めていく
 のは本当に楽しい。それに、うまくいくと支持率
 が上がるし、なにか失敗すると下がる。自分の
 頑張りがすぐ反映されるのはいいことだ。
 
 外交や議会の場でしゃべるのは、少し緊張するが、
 そんなことでへこたれていては、立派なアイドル
 にはなれないのだ。
 
 そして、いいことを思いついた。大統領のままで、
 アイドルをやる企画だ。これが通れば、この
 仕事をやりながらアイドルができる。
 
 そしていつしか大統領本人はあまり職場に
 顔を見せなくなったが、しばらくはこの仕事を
 続けていたいと思うヨシコだった。
 
ピエールの話25
  ナミカ・キムラが、その話を初めて聞いたのは、
 たしか2~3年前だ。
 
 進化した人類が、誕生しだしているというのだ。
 最初に見つかったのは、木星圏。そして、火星
 以内でも、二人見つかった。
 
 テルオ・リーと、アミ・リーの兄妹だ。
 
 通常の人間と何が違うのか、の解析は今現在
 進められているが、研究者の推測では、
 遺伝子的には人間の能力も含有し、かつ
 拡張されているという。
 
 ポレクティオサピエンスという仮の名も
 つけられた。
 
 能力や体型も含め、高いほうにも低いほうにも
 拡張されているというのだ。
 
 元クリルタイ国王、ティエン・ヘイらが進めて
 いた計画も、いよいよ実行に移されようとして
 いた。移動できるタイプの都市を建設し、
 太陽系から一番近い恒星系を目ざす計画だ。
 
 そして、その発見された進化した人類も、その
 次の恒星系をめざす旅に加わる。将来的には、
 その次の恒星系で進化した人類が居住圏を広げ、
 太陽系との中間地点に都市を設け、旧人類である
 ホモサピエンスと外交を行う。
 
 次の恒星系の名は、プロキシマ・ケンタウリ。
 
 そして、最初のマンダラ型都市とキューブ型都市
 が出発の時期に近づいていた。最終的には、両
 タイプ20基づつほどが、太陽系を離れる予定
 なのだ。
 
 ここ月のラグランジュ点第3エリア、都市マヌカ
 の最下層、ミノー駅近くのバー・ゲルググと、
 レストラン・サクティでは、ささやかな壮行会が
 開かれていた。
 
 マッハパンチ、ボッビボッビ、アラハントの
 メンバー、テルオ・リー、サクティの店長で
 プロデューサーのゴシ・ゴッシー、妹のサネルマ
 ・ゴッシー、ゲルググ店長のエンゾ・グラネロ、
 ヘンリク・ビヨルク、
 
 ナミカ・キムラ、サキ・キムラ、ピエール・ネス
 ポリ、ユタカ・サトー、ドン・ゴードン、トム・
 マーレイなどなど。
 
 いや、それどころか、音楽バンド、ネハンの
 メンバー、元クリルタイ国覇王ティエン・ヘイ、
 元参謀のリアン・フューミナリの姿まである。
 
 ティエンとリアンは、火星以内を急速に
 まとめつつあった。
 
 火星以内をコウエンジ連邦を中心に、外縁をフイ
 帝国とラスター共和国でまとめ、バランスをとり
 ながら太陽系内を治めていく、安心して行って
 こい、とテルオに話している。
 
 テルオとアミの兄妹以外に、誰が移動都市に
 加わるのだろうか。
 

旅立ち
  ある日の午後、テルオは、久しぶりに
 やることがなかった。
 
 外は夏の日の、水田が広がる風景だった。
 
 一昨日には、最寄りのホタルガポンド駅の、
 地下街のバー・ザクレロと、レストラン・
 ヒマラヤンで久々のイベントをやってたな。
 
 テルオがいるのは、太陽系を発した移動都市、
 マンダラ型の外周部、バームクーヘン部のひとつ、
 その最下層だ。
 
 上層と最下層はかなり整備が完了したが、全体の
 人口はまだ少なく、中間層はほとんどスカスカの
 状態だ。これから何千年とかけて人が増えていく。
 
 目的地までは、約4光年の距離、移動都市は、
 平均で約光速の10000分の1の速度。
 つまり、今のところ4万年かかる計算だ。
 
 この先、技術発展などで速度はもっと上がる
 かもしれない。途中の経路で、資源が見つかる
 見込みは、かなり高いとの予測もある。
 
 約2光年の位置、中間地点にも、都市を残して
 いくのかどうか、はまだ議論の途中だ。
 2万年かけて議論すればいい、テルオは
 そう思った。
 
 それまで、昼寝でもするか、4万年のうちの、
 数時間をそれで潰せる。畳に竹を編み込んだ
 枕で横になる。縁側からの風が涼しい。
 
 後続の移動都市と合流するのもあって、最初の
 マンダラ型と、キューブ型は、非常にゆっくりと
 加速していく。都市が巨大というのもあり、
 加速は人間の感覚では検知できない。
 
 それでも、最新技術をふんだんに盛り込んで、
 都市自体の総質量は、過去のものと比較して
 かなり軽いのだ。
 
 マンダラ型とキューブ型で、今のところ人口の
 総計は12億人。それぞれ20基となる予定
 なので、移動都市への参加は240億人
 となる予定だ。
 
 5兆人にせまる人口をもつ太陽系の240億。
 移動都市の建設は大変だが、ささやかな挑戦だ。
 
 目を覚ますと、空が夕焼けに染まりかけていた。
 寝起きの白湯を飲んで、近所の市場まで
 歩こうかと思う。
 
 家を出て、水路と水田の中を歩いていくテルオ。
 赤とんぼが数匹飛んで、虫の音も聞こえる。
 近くの支所のスピーカーから、童謡が流れ出した。
 
「もう5時か」
 一人呟く。
 
 再びゆっくり歩み出すテルオ。マンダラ型都市の
 外周部も、ゆっくり回転を続ける。回転しながら、
 悠久の時の中を、目的地に向け、進み続ける。
 
 完
 
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