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ゴシの話
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ゴシの話
人は、どれぐらいの長時間、星を眺めて
いられるのだろうか。
今回は、それを試すのにちょうどよい旅
なのかもしれない。最初の目的地まで八日間
の旅、その後の旅程も含めると、合計
39日間、星を眺めていられる。
少なくとも、無心で星を眺めるのは無理だ。
そう思いつつ過去の旅に思いを馳せる。
あれはもう10年以上前のことだ。
海上都市ムーから地球へ降りて、旧チャイナ領
へ高速艇で移動、そこから大陸間鉄道に乗る。
上海から、南京、徐州と経由して西安に入る。
古きものと新しきものが混在する風景、という
ものを期待したが、そこまではほぼほぼ新しい
都市の風景だった。
ただ、洛陽を通過する際は復元された都の
姿が車窓の遠くに確認できた。そこから
続く農地や自然の風景が車窓から眺め
られた。
間違いなく、そういったのんびりした
風景と時間が自分は好きなのだ。
心残りなのは、かつてシルクロードと呼ばれた
国々を、夜の時間帯で車窓から眺めることが
できなかったことだ。
自分で稼ぐようになってから、また戻ってきて、
今度は列車から降りて都市を訪ねたい、と
思いながらもまだ達成できていない。
朝には中東と呼ばれた地域で、アフリカ大陸
側へ分岐する。中東もアフリカも、かつては
もっと乾燥した地域だったらしい。
今では比較的新しい街の風景が広がっている。
アフリカの西端から、再び海路で海上都市
アトランティスへ、そこを経由して、
海路でアフリカ大陸を南周りで迂回し
海上都市レムリアへ。そこから宇宙へ戻る。
結局レムリアの街や料理が気に入って、
その数年後に戻ってくることになる。
レムリアの街は、旧インド領の文化を多く
受け継ぎつつ、宇宙エレベーターの駅も
存在するため世界中の文化が集まる。
逆に、旧インド領のほうが近代化された
ビル群でかつての文化が失われて
しまった。
レムリアの町はずれの小さな料理店で
3年料理の修行をした。そこはインド料理
専門店であったが、
近所には観光客目当ての、各地域の料理店
が並んでいた。どれもその地域の
本格的なもので、食べ比べをするのに
ちょうどいいと思ったものだ。
けっきょくのところ、インド料理が一番
旨いという自分の中で結論に達したが、
他の地域の料理も食べる前に自分が
想像していたよりもはるかに美味だった。
ゴシの話2
この旅には同行者がいる。
「ミスターゴッシー、そこから見える
星々の景色が気に入ったようね」
そのうちの一人がこのケイト・レイ、
国務長官だ。
「いや、なあに、星々のほうはそれほど
私のことを気に入っていないようですがね」
むしろケイトさん、あなたに気が行っている
ようで、と返すと、まあ御上手で、
私はビデオ会議に行ってきますわ、と言って
去っていく。
政府高官は忙しいのだろう。この船は
キッチンも使ってよい。気が向いたら私も
腕をふるおうか。その前にどのような
食材があるのか確認がしたい。
レムリアでの話をもうひとつ思い出した。
私が修行した小料理店は、老夫婦が経営して
いたが、そこに、私よりも先に同じように
料理修行のために来ていた女性がいた。
確か、イレリア・スーンという名前だった。
修行を始めた当初はまず仕事を覚えるのが
大変で、まったくそういうことに気が
まわらなかったが、褐色の肌に目の
ぱっちりして、小柄だが豊満な雰囲気の
美人であった。
けっきょく修行していた期間は非常に忙しく、
何の浮いた話も起きなかったが、宇宙への
帰り際、ありきたりな別れの挨拶を言ったあと、
何か言いたそうな、寂しそうな顔で私を
見つめていたのを思い出す。
今でこそ、色々な人生経験を積んで、分かって
きた部分があるのだが、あの場面は何か
アクションを起こしても良かったと
後になって思う。
そのあと月の裏側の第3エリア、宇宙都市
マヌカへ帰ってきた私は、都市上層で
一人暮らしをしながら、バーで修行をしたり
していたが、けっきょく今は実家に戻っている。
もともと両親がアジアンヌードル店をやって
いたのを、現在のかたちに改装しなおしたのだ。
そのころだったか、イレリア・スーンから
ネットワークメールが来て、旧インド領で
作製された映画集のディスクを返して
ほしいと言ってきたのは。
そう、私は借りたのを全く忘れていた。
プロデューサーの仕事を始めたのもそのころ
だった。上層のバーで働いていたころの
知り合いから、店によく来ていたある音楽
バンドの出演に協力してもらえないか、
という話だった。
そこで協力してあげたのが、その音楽バンド
のメンバーと活動をともに続けていく
きっかけとなった。そして今回も、彼らを
マネジメントしていく重要な立場だ。
ゴシの話3
今回の旅は、とても特殊なものだ。
コウエンジ連邦軍のトム・マーレイ少尉から
打診があったのは、約一か月前のことだ。
太陽系外縁と呼ばれる、木星以遠にある国、
クリルタイ国との将来的な軍事同盟を
見越しての友好使節として、木星の
ラグランジュポイントへ向かう。
その際に、合同軍事演習とともに、文化的
交流を行う。そこでプロデューサーと
して私が選ばれたのだ。
軍のほうはアラハントも指名してきた。
私が今のところ推薦できるバンドで一番
若い、報酬が安くて済む若手を選択
したのだろう。
私が今乗船しているのが、政府御用達の
民間船で、最新の宇宙高速艇であるが、
今は自艇の推進力では航行していない。
軍の最新空母に接舷して運ばれている
かたちだ。
「民間人でこの船を実際に目にするのは
あなたが初めてですよ」
艦長のブラウン・ノキア少佐が言う。
私とアラハントが初めてだろう。
この空母は、ちょうど客船と反対側に
人型機械用の母艦も今回接舷している
という。
「時間があればぜひ見学していただければ」
私はこの政府高官も使用する豪華な客船
で充分であるが、アラハントの若い
メンバーは何度も見学に行っているようだ。
これから向かうクリルタイ国は、人口
1000億人でほぼコウエンジ連邦と同等。
月ラグランジュポイントの第3エリアという
意味では人口5000億人との比較になるが。
最初に訪れる木星の第4エリアには約
100億人、その次に第1エリア200億人
台、最後に第5エリアで約100億人。
エリア単位でいうとまだまだこれから
という感じだが、国力の伸びがすごいと
ケイト長官などは話す。
軍事同盟は、技術交流の意味も含んでいる。
わずか1000億の国であるが、木星以遠
はすべてクリルタイ国だ。火星以内にも
存在しない技術も持っている可能性がある。
我々はすでにクリルタイ国の関係者とも
会っている。このコウエンジ連邦の
最新鋭空母を先導するかたちで、かれらの
中型空母が進む。その中型空母は、
クリルタイ国の人型機械の母艦付きだ。
クリルタイ国で今回の件を担当するのは、
外務省次官のリアン・フューミナリ。
非常に柔らかい物腰と話し方で、
身の回りに常に涼し気な風をまとう青年だ。
そして外見から推察するに、おそらく
私よりも若い。
ゴシの話4
夕食はいつも、私とアラハントの5人、
ケイト・レイ国務長官、トム・マーレイ少尉、
ブラウン・ノキア艦長、そしてクリルタイ国
外務省次官のリアン・フューミナリの
10名で会食となる。
格調高い部屋の、厚い木製テーブルは20名ほど
が座れる、ふだん非公式な外交の会合も行われる
場所だ。
今日流れている曲はラフマニノフのピアノソロ
第2番だ。今日のメインのハンバーグにも
ナツメグがしっかり使われていて、プロの仕事だ。
2国の政府高官や軍の佐官クラスが参加している
こともあり、ふだん一般人では聞くことのでき
ないトピックが飛び交う。
「第5エリアではやはり指導者不足の状況が
続いていると」
「先月自由主義寄り政党の党首がスキャンダルに
より失脚しています」
「第2エリアのバレンシア共和国では極右政党
が勢力を伸ばしています。このままでは数年
以内に政権をとることが確実かと」
「先日第4エリアの民間工場であった一般市民
による暴動ですが、被害にあったのは要人警護
および要人暗殺と誘拐に使用できるレベルの
アンドロイドだったそうで」
「けっきょく発注元がまだ明らかになって
いないようですね」
「ケイト様のお二人のお姉様のお話もよく
存じ上げております。とくに上のお姉さまの
伝説は今も語り草で」
と話すのはリアン次官だ。
「ほほほ、姉はともかく、姪っ子たちも今は
もう手に負えないことですわよ」
「ところでご子息は舞踊の道に進まれているとか」
こういった会話に参加していると、自分がこう、
太陽系のすべてをコントロールしているような、
何かそういった錯覚に陥りそうになる。そして、
それを止めないことを否定しない自分もいる。
自分も何か話題を出してみよう。
「リアン次官はお若くて聡明であられるが、
それほどの才能がおありであれば、クリルタイ国
のような小国ではなく、もっと大きい、そう
例えばバレンシア共和国でも立派に勤められる
と愚考しますがいかがか」
アラハントのメンバーがゴシを一瞬睨みつけたが、
本人は気づかない。
リアンが答える。
「いえいえ、私のような者などクリルタイ国には
掃いて捨てるほどおります」
「それに、小国であれば自らの思いも為しやすい
というところがありまして」
ゴシの話5
デザートも格調高いものが出される。
メキシコ料理のソパピアと呼ばれる揚げパンだ。
「何か壮大な夢をお持ちのようですが」
続けて聞いていみる。
「わたくしはあくまで国民が選んだ代表を
補佐するまでです。まあ強いて言えば
この太陽系の平和でしょうか」
そういうものであろうか。
「本日はご参考ということで、わが国の軍で
一般兵士に出される夕食をお召し上がりいただき
ました。お口に合いましたでしょうか」
リアン次官が会食を閉める。
ロビーの窓際でまた星を眺める。
アラハントの5人が向こうで何か話している。
今はリラックスして他愛のない話をして
いるのが一番良い。
アラハントの5人が小声で話している。
「だからさあ、いい加減誰か注意して
止めさせようぜ」
とエマド・ジャマル。
「うん、あれは完全に自分を敏腕
プロデューサーだと勘違いしてるね」
とフェイク・サンヒョク。
「今日のリアンさんに聞いてたやつ、あれは
やばかったよね、小国とか言うふつう?
ウイン、なんとかならないの?」
とマルーシャ・マノフ。
「だいたいなんで呼んだんだよ、ヘンリクで
良かったんじゃないの?」とまたエマド。
ウインが答える。
「まあ最初トムさんに言われたのは、身の回り
とか、雑用ができるマネージャだったんだよね。
となるとゴシさんでしょ、まあ建前上
プロデューサーってことにしてるけど」
「まあこのまま放っといてどこまでいくか
見たい、ってのもあるんじゃない?」
と適当なことを言っているのはアミ・リーだ。
「ていうかさ、昨日から言ってるあれ、
やってみようよ、もしかしたらそれで治るかも
しんないよ」
「じゃあトムさんに言って夜練でやるか」
そのまま5人は、空母経由で人型機械母艦へ
向かう。
アラハントの5人にも、なんというか、
もっとこうドライで緻密な大人の人間関係
というものをいつか教えてやらなければな、
とゴシは思う。
遠くでトム・マーレイ少尉がケイト長官に何か
相談している。声が大きいのですべて聴こえて
くる。
「本日夜の訓練は客船側宙域も使用して行いたく、
よろしいでしょうか!」
ケイト長官が何か答えてトム少尉は下がっていく。
久しぶりに葉巻が吸いたい気分だ。
葉巻を吸う仕草をしながら、窓の外に
太陽系全体をイメージする。
ゴシの話6
このシステムの平和が、
自分の肩に乗っかっているのだ。
と、遠くに光のきらめきが見える。否、
それほど遠くでない。いや、きらめきが
近づいているのか。
複数の光線が行きかっている、これは、
素人目に見ても、戦闘だ。周りを見渡す
が、特に戦闘状況に突入したような
雰囲気はない。
民間船として接舷しているとはいえ、
何かあれば船内放送を流して、ふつうに
考えれば空母側へ避難させるはずだ。
訓練の可能性が極めて高い。あの距離なら
確実にレーダーで捉えているはずだ。
しかし、私は軍事に関して素人だ。
何らかの理由で目視で確認しており、また
何らかの理由で私しか気づいていない、
としたらどうだろうか。
すぐにトム少尉、またはブラウン少佐に
伝えないといけない状況に陥っている
可能性もある。
誰かいないか周りをキョロキョロと
覗いながら、もう一度窓の外を
確認する。
「おわっ!」
突然白い人型機体が窓のすぐ外に現れて、
ゴシはのけぞった。のけぞった先がさっき
から座っていたソファだったので、床に
倒れ込むようなことはなかった。
機体が接触通話で何か言ってくる。
「ゴシさん、元気?」
女性の、アミの声?
すぐその白い機体は飛び去った。
自分の狼狽ぶりが誰かに見られていな
かったか、もう一度あたりを見返す。
軍に頼んで乗せてもらったのか?
だが訓練であんなに客船に接近
するだろうか。
しばらくしてからアラハントが帰ってきた。
「やあ君たち、お疲れさん」
「お疲れ様です」
「あの、もしかして人型機械に
乗せてもらったりしてた?」
「いえ、僕たちそこでずっとダーツ
やってましたけど」
「ん、あ、そうか、いやそれならいい、
夜更かししないようにな」
そうだよな。いくら軍と仲良くなっても
人型に乗せてくれるまではならないよ。
アラハントの5人が各個室がある
廊下までやってくる。
アミが笑いをこらえられないようだ。
「ゴシさん、めっちゃのけぞってた」
「来る前に窓の偏光解いてたから
よーく見えた」
ゴシさんもたいがいだけど、この5人も
けっこうタチ悪いよね、とマルーシャ。
というわけで、ゴシに仕事を与えるべく、
ウインとマルーシャは献案する。
ゴシの話7
提案はすぐに通った。次の航行期間に入った
のちに実施される。
いよいよ、木星ラグランジュポイント第4エリア、
都市オイラトに到着する。ケイト長官や軍関係者
とはここで別行動となる。
いったん今日は街の宿泊施設に泊まり、そして
明日の夕方ライブだ。外縁で一緒に回ってくれる
音楽ユニットのメンバーの一人とホテルの
入口で会う。
「まいど、お疲れさまです、タナカです」
長身の、クリルタイ国で活躍する音楽ユニット、
サクハリンのDJ兼キーボード担当、ジェフ・
タナカだ。
「旅はどうでした?けっこう遠かったんと
ちゃいますか?」
若干訛りを感じる話し方だ。
「月第3エリアから8日間ですね」ゴシが答える。
「船内けっこう暇やったんとちゃいます?」
エマドが答える。
「僕ら実は空母で来たんです。航行中はクリルタイ
国の空母とずっと合同軍事演習で戦闘機乗って
ましたよ」
「へえ!君らバンドやりながら戦闘機乗るんかあ、
そりゃすごいな」
ゴシも同時に、え? という顔をしている。
「じゃあとりあえず今日は泊まってもらうだけ
なんですけど、明日のお昼とか一緒に食べません?
案内しますよ近所ですけど」
ジェフさんが言う。
「おいしいとこ知ってますねん」
「ぜひ」
サクハリンのジェフ・タナカさんが帰って、
フロントでチェックインする。
しかし、このホテルの造りもかなり豪華だ。
政府高官の同行者とはいえ、ここまでもてなして
くれるとは、と皆感心している。
「別に最近建てられたわけでもないみたいだし」
「よーし、フェイク、風呂行こうぜフロ!」
温泉も付いている。
「もちろんゴシさんも行きますよね?」
「エマド、さっきの話だけど」
戦闘機に乗っていたという件だ。
「ゴシさん、冗談に決まってるじゃないですか、
こういう世界は最初のインパクトが大事だって、
前に言ってたのゴシさんですよ!」
「お、おう、そうだな、うん、そうだよな」
夕食もとても豪華だった。羊肉を焼いたものを
中心に、なんかあまり見たことのない料理が
次々と出てくる。
「君たちな、本来ツアーというものは、もっと
たいへんなもので、料理の修行と同じで」
ゴシのお説教もあまり気にならないぐらいに
皆満足していたのであった。
ゴシの話8
お昼にジェフ・タナカがホテルまで来て、
ホテル近くのレストラン、フェンユエまで
歩いていく。
小麦粉に水を混ぜて捏ねたものに自分の好きな
ものを入れ、焼いて食べるタイプの料理だ。
テーブルについている鉄板で自分で焼いても
よいし、店員に頼んでもよい。
今回はジェフ・タナカ自らが全員分焼いてくれた。
「これ、旨いっすね」
「ゴシさん、これ、帰ってやりましょうよ」
ゴシも食べてみたがたしかに旨い。
「ジェフさん、これ、何入れてるんですか?」
「あ、これ?僕いつもヌードル入れるんですよ。
あと、スパイスでちょっと辛くしても旨いですよ」
次来た時はもっと長期滞在してもっといろんな
ものを食べていってもらえたら、とジェフは
奨める。
食べ終えると、いったんホテルへ戻り、
ジェフの運転するホバーに機材等を積んで
ライブ会場へ向かう。
今回はクラブ・ブハラというところだ。
「いやー何からなにまですみません」
「ぜんぜん大丈夫ですよ。やっぱり遠方から来たら
いろいろ大変でしょうから」
すでにメジャーで活躍しているアーティストで
ある。なかなかここまでは普通やってくれない。
会場はホバーで行って20分もかからない。
開演までは4時間ほど。準備を始める。
今回は、普段ビジュアルジョッキーを務める
ヘンリク・ビヨルクが参加していないが、
事前にクリルタイ国側に映像ネタを送付して、
入念に打ち合わせしてある。
クラブ・ブハラは規模でいうと中型のクラブ兼
ライブハウスだ。入場人員は1万人。
それでもぎゅうぎゅう詰めにはならないように
計算されている。
これ以上となると、5万人や10万人、100
万人といった規模になるわけだが、音響や
アーティストとの一体感などを重視すると
やはり1万人という規模が限度になる。特に
ダンスミュージック寄りのアーティストは。
そして、このクラブ・ブハラは、第3エリアの
構造都市マヌカの同等規模の一番良いクラブと
比較しても、遜色ない設備だった。
いや、もうそこに入るまでの街並みがすでに
なかなかの都会なのだ。
「ジェフさん、ここ、なんか凄いですね」
エマドが思わず口にしてしまう。
「そうでしょ?でも実際に演奏してみると
もっと気に入ると思うよ」
とジェフが返す。
ゴシの話9
木星第4エリアの都市オイラトは、シリンダ
タイプの構造都市だ。宇宙世紀開始のころ
から存在するタイプであるが、オイラトの
築年数自体はそれほど古くない。
クリルタイ国ではシリンダタイプが多く使用
されているそうだが、第3エリアにも存在
するような、バームクーヘン型都市も少しづつ
増えているらしい。
クラブ・ブハラはオイラトのダウンタウンの
中心部に近いあたりにあり、建物の最上階も
含むフロアにある。実際は上から3階分を
占有している。
最上階にあたる部分の天井は偏光可能と
なっており、夜間は透過して外の景色が
見える。それほど広くないがバルコニーも
設置されて外の空気を吸うこともできる。
天気が良ければ対面の都市の夜景や日光を
取り入れるガラスエリアから星空も見える。
今日のライブは19時開演でクリルタイ国の
音楽ユニット・サクハリンの演奏でスタート
する。1時間ほどでアラハントの演奏が
開始し、1時間ののちにまたサクハリンに戻る。
開始2時間前でサクハリンのリョーコ・ミルズ
が到着した。早速メンバーを紹介してもらう。
「うち、第3エリアの人と共演するの初めて
やねん!」
若干訛りが気になるが、気さくな感じのひとだ。
ジェフのほうはDJとして火星以内でもプレイ
することがあるらしい。
「でもアラハントの配信見てるよ」
「え? マジですか」
「僕らと方向性似てるからねえ、そういうのは
メジャーかどうかに関わらずチェックしちゃう
かもなあ」
答えるのはジェフ・タナカだ。
「じゃあ僕ら出演先なんで調整させてもらいます」
3階分あるフロアの構造としては、一番下の
フロア中心部に少し高くなったステージ、
2階と3階は吹き抜けの見下ろし型でステージ
が見えるようになっているが、
メインの空間以外にも、別の曲も演奏可能な
セカンドブース、そして多くの休憩スペースを
備えていた。ダーツやビリヤード台もあって
長時間でも飽きさせないつくりだ。
ステージと接続された複数の控室もあって、
そこでアラハントは調整を続けていた。
そしてサクハリンの開演間近という時間になって、
「あー! やっばーい、あれ、忘れたー!」
アミの声だ。
「ゴシさん、あたし、空港まで取りに行く」
空母に忘れ物をしたというのだ。
ゴシの話10
「とにかく店からタクシーを呼ぼう」
ゴシがすぐさま対応する。
今回はクリルタイ国でのライブだが、アラハント
名物のメンバーが少し遅れてくるというネタは
行う予定だ。
だが、他国ということもあり、ふだんより
早めにメンバーが揃う予定だった。
「空港まで30分でうまくいけば間に合うな」
「タクシー、すぐ来ます!」
店のスタッフが教えてくれる。
「よし、残ったメンバーは動揺せずにいつも
どおりな!」
激しく動揺しながらもゴシが叫ぶ。
「大丈夫だって、おれたちアミなしでも
いけるぜ」エマドが強気だ。
とにかくアミを出発させて、控室に戻る。
モニターでは、サクハリンのライブが
スタートしていた。
「どう?サクハリンかっこいいだろ?」
フェイクが言う。前から詳しいのだ。
サクハリンの特徴は、まずジェフ・タナカが
民族調やディスコ調のダンスミュージックを
DJセットやキーボード、ミュージック
シーケンサーなどを使ってつなげていく。
そこにリョーコ・ミルズがボーカルを乗せて
いくわけだが、決まった曲、というのも
もちろんある、周知された曲というのか、
でも、半分以上が即興で歌詞を乗せるのだ。
即興なのはリョーコのボーカルだけでない。
ジェフのキーボードから出てくるメロディ、
リズムマシンによる変則ビート、つまり、
その場で作曲しているようなプレイなのだ。
実際、ジェフが演奏中に使用する端末に
入っているインターフェースは、作曲にも
使用できるものだ。
で、その横にある立体印刷機により、
すぐさまレコード化してターンテーブルと
ミキサーでミックスできる。
観客は、あとでそれをレコードでも、
音源ごとに分けられた曲のデータとしても
入手できる。ジェフは、そういった作業を
ライブ中に淡々とやってのける。
「すげえよな」
エマドが感心する。自分でもけっこうな
ステージ度胸があると思っていたが。
「僕ら、逆にふだん作曲作業することほとんど
無いんですわ」ジェフがライブ前に言っていた。
「イメージだけ頭ん中に作りはするんですけど」
さすがのアラハント5人もそれには驚いていた。
「あ、もちろん最初のころはやってましたよ作曲」
「ライブの中で生まれる、インスピレーション、
それを大事にしたいみたいなんがありますねん」
ゴシの話11
アミからテキストが入る。空港で忘れ物を
確保して時間どおり戻れるそうだ。
サクハリンの最初の1時間ももうすぐ終わる。
フェイクとエマドがスタンバイしている。
アラハントは、この規模でのライブ経験はある。
しかし、第3エリアの都市マヌカ以外での
ライブ経験がない。ツアー自体初めてだ。
さすがに二人とも緊張しているのが伝わってくる。
「エマド、フェイク、いつもどおりぎこちなく
いくのよ」
ウインが声をかける。
「まかしとけって」
エマドが親指を立てる。フェイクは苦笑いを返す。
サクハリンのMCが始まったようだ。
「じゃあ今日は、第3エリアから若手を呼んで
います」
「みなさん暖かく迎えてあげてくださいね」
「アラハント!」
リョーコのコールが響きわたる。
「よしいくぞ!」
エマドを先頭にフェイクと二人でステージへ
上がる。
「エマド・ジャマル!」リョーコのコールに歓声が
あがる。まだサクハリンのステージの延長だ。
「フェイク・サンヒョク!」歓声があがる。
が、ステージの何もないところでフェイクが
つまずきそうになる。ちょっとヒヤッとしたが、
フェイクはその勢いのまま、ステージで前転する。
また少し歓声があがる。
「アラハントの二人です!」
「じゃあわれわれ二人はこのへんで、あとで
来まーす!」
あっさりとサクハリンの二人はステージを去る。
残されたアラハントの二人。
「あ、どうも、アラハントのエマド・ジャマルです」
若干声がかすれている。
「あ、あの、メンバーあと3人いるんですけど、
実は遅れていまして」
その時だ、
「エマド帰れー」という声が響いた。
次々とエマド帰れの声が響いてくる。いや、
もうこれは帰れコールだ。ひるむアラハントの
二人。しかし、観客が不満げにしているわけ
でもなさそうだぞ。
もしかして、わかってる客かも?
フェイクのドラムの演奏がはじまる。そして
歓声があがる。エマドがラップで客を煽る。
相変わらず罵声が飛ぶが、これは都市マヌカで
もらういつものやつと同じだ。ここの客は
もしかしてアラハントを知っている?
控室ではゴシが焦っていた。このあとウインが
出て、それからアミが出る順だ。もう控室に
ついていてほしい時間だ。
「曲順変えようか」
ウインに提案するが彼女は首を横に振る。
ゴシの話12
ステージ横のモニターでは、遅れているはず
のメンバーの一人、ウイン・チカの寝起きの
場面が始まっている。
ホテルで起きて、衣装に着替えて、楽器をもって、
会場へ歩いていく映像が流れる。建物に
入る場面が終わったところで、実物のウイン・
チカが、3Dウニーとともにステージに登場して、
歓声があがる。
キーボードの演奏が加わり、エマドが管楽器に
変える。
アミからテキストが再び入る。
「直接会場に行きます」
「直接?どういうこと?」
ゴシが困惑している合間に、ステージ横モニター
にはアミが映し出される。
ウインと同じように、朝起きて、準備して、
歩いて移動して、どうやら格納庫のように見える。
そして、白い人型機械に搭乗を始める。
コクピット扉が閉まり、少し歓声があがる。途中
からリアルタイムの映像だと気づいている者は
少ない。
空港では、
人型機械母艦からアミのハヌマーン改の射出準備
が進んでいる。トム・マーレイ少佐とリアン次官
がデッキから指示を出す。
「アミ、出たら最大戦速で目的地まで、
方向確認よろしく!」
「はい!トム艦長!」
「試算では20秒で着きますから!防衛システムは
調整済みですが発砲はしないでください!」
「もちろんよ!リアンさん!」
「アミ・リー、ハヌマーン改、出ます、秒読み
3、2、1、射出」
ステージ横モニターでは、空港の撮影ドローンが
ハヌマーン改の速さについていけず、映像が
切り替わる。クラブ・ブハラ上空だ。
そこに、素晴らしい速さでハヌマーン改搭乗機が
到着し、空中で静止する。コクピットハッチが
開き、楽器を持ったアミが跳ぶ。
客が出来事に気づき出し、上空とモニターを
交互に指さす。
アミの背中から、6つの光る羽が生える。
フィルムに通電して硬化させるタイプの
降下翼だ。羽が青く光るとともに、
ステージでは曲が始まる。
アミの曲、舞い降りた堕天使、だ。
バルコニーに無事着地し、フィルムの羽が縮れて
落ちる。そこから会場に入り、もう一度
ステージへ跳ぶ。6枚の羽が再び光る。
「いくよー!」アミが叫ぶ。
会場が一気に暗いトーンとなり、アラハントの
メンバーの頭上に3Dの魔物が出現する。
いや、客一人ひとりの頭上にも魑魅魍魎が
あらわれる。ウニーが妖怪に囲まれる。
歓声と悲鳴。
ゴシの話13
今回のアラハントのテーマは、時代の混乱と
神と悪魔、だ。時代の混乱は多くの魔を
生じさせ、やがてそれは一つとなり、絶頂を
迎えるが、それは永遠と続かず倒れ、
そして無数の神が生じる。無数の神は
やがてひとつの神となり、永遠の幸福を約束
するが、それも続かず神は朽ち果て、再び
混乱の時代となる。
今まさにフロアでも人々の頭上に生じた
魑魅魍魎たちが集まり、ひとつの大きな魔物を
生み出している。
ヘンリクのデザインであるが、フロア内は
妖怪屋敷さながらの様相だ。それにアミの
デスボイスが乗り、3Dの巨大なツノを持った
魔物が咆哮してすべてが闇に包まれるかに
見えた。
しかし、ステージの一画で光が漏れだす。
さっきまで妖怪たちにいじめられていた、
ウニーだ。光が増して、その中から
成獣となった黄金色に輝く伝説の聖獣
ユニコーンが姿をあらわす。
同時に、曲が流れだす。ウインの曲、
覚醒せし者、だ。フロアでは3Dの巨大な
魔物とユニコーンが交錯し、アミのデス
ボイスとウインの歌声が交錯する。
やがて巨大な魔物は四散し、小さな魑魅魍魎たち
に戻るとともに、モニターにはマルーシャの
寝起きの姿があらわれる。
衣装を着て準備を済ませたマルーシャは、
屋敷の玄関に止めてある白金に輝く4頭立ての
馬車に乗る。馬車は軽々と中空に浮かんで
翔けていく。
フロアにひときわ強い光が差し、上階から
馬車が現れる。3Dと実体を組み合わせた
人が乗れる飛翔体だが、3D映像で
コーティングされて馬車が中空を翔けて
いるようにしか見えない。
四散した魔物たちが雷に打たれ、屍となっていく。
馬車がステージに到着し、マルーシャが
登場する。大きな歓声だ。
観客の頭上には様々な姿をした神々が3Dで
現れ、始まった曲はマルーシャが歌う、
エイトミリオンの神々、だ。
神々が歌い踊る宴が始まるが、歌が進むにつれて、
隣り合う神が合体し、少しづつその大きさを
増していく。最後にはひとつの大きな神が
誕生する。
マルーシャはその神に祈りながら歌う。
神聖な雰囲気が漂うステージ。しかし、
モニターには新たに誰かの寝起きの
映像となる。
アラハントはすでに5人揃っている。
モニターの人は、顔が映らないため
誰かわからないが、準備をして、
会場に移動を開始する。
ゴシの話14
アラハントのメンバーは、なんとなく
勘づいている。しかし、もしそれが当たって
いたとして、どうやってここまで来たのか。
マルーシャがMCを始める。
「みなさんありがとうございまーす」
「えーと、今日はですね、もう一人ゲストが
いるみたいなんですけど・・・」
ちょうどその時、フロアに一人、ダイブで運ばれ
てきた男性、金髪の、テルオだ。
アラハントのメンバーの顔が少し引きつって
いるのは、おそらくテルオが初めてこの
規模のハコで出演することを心配している
のだろう。演れるのか?
警備員と話している。戻されそうになるところを
スタッフが駆けつけて説明している。ステージに
上がる前に、観客に振り返る。
歓声があがる。テルオコールも始まった。
「テルオ!テルオ!」
アラハントのメンバーが驚いている。
テルオコール? クリルタイ国で、どういう
知名度なんだ?
ステージに上がって来たテルオは、マルーシャ
からマイクを受け取ると、
「プロキシマ・ケンタウリとアンドロメダ、
続けていきます」
曲が始まる。プロキシマ・ケンタウリにまとも、
かどうかわからないが歌詞が付いた。
意訳するとこうだ、
あまたの神が生まれ、ひとつの神に収束し、
神が滅びあまたの魔があらわれ、魔が収束し、
それは永遠に続く輪廻の井戸の底であり、
人類は煩悩を捨てて輪廻から脱しなければ
ならない。
故郷である恒星系の周囲を回りつづけるのは
まさに輪廻であり、われわれはそこから
脱する。そして次の恒星系をめざす。
それができるのは、虐げられた民のみ、
我慢をし続けた民のみだ。たどり着いた
その先で、人類は新たな境地にいたる。
そして次の曲に移る。
アンドロメダはより深く、遠い未来、遠い
場所を思わせる曲調だ。
概要はこうだ、
次の恒星系に至ったわれわれは、再び輪廻の
罠に陥る。われわれ人類は、輪廻から脱しては、
再び輪廻の罠にはまるということを繰り返す、
しかし、やがて我々は銀河を抜ける。次の
銀河を目ざす。たとえそれがいつか我々の
銀河と融合するとわかっていても。
そして最後には、人類は恒星系にも銀河にも
頼らずに、完全に煩悩を捨て去り、解脱する。
その日は遠くとも、進まないものはけして
たどり着かない。
ゴシの話15
アンドロメダは長い曲なので、同じパートが
繰り返される。
2回目のパートは、女性ボーカルで始まった。
しかしこの声、マルーシャのものでも、ウインの
ものでもない。テルオの声に似た透明感と、
どこか脆さとはかなさを感じさせる声質。
アミの声だ。
アミがノーマルの発声でステージ上で歌うのは
公式のライブとしては初かもしれない。
メロディが落ち、ビードが落ち、アミの声だけ
が会場に響く。静まり返っている。
輪廻の繰り返しだけがわたしを作り
輪廻から飛び出してわたしは振り返らない
それは輪廻のパラドックス
それは輪廻のパラドックス
そこから打楽器が入り、和声が入り、ラップが
入り、歓声が入り、高まっていく。
アラハントの演奏が終わった。
メンバーが控室に戻ってくる。
ゴシが顔をぬぐって出迎える。
「いやー、最初はどうなるかと思ったけど」
「あれ?ゴシさん泣いてんの?」
アミが鋭く指摘する。
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
ゴシ・ゴッシーが太古から使われ続ける言い訳を
口にする。
「こんなんで泣いてたらこれからさきうちらの
ライブ来れなくなるよ」
夜になって、サクハリンの二人も加わって軽く
打ち上げだ。ホテルから歩いていける、クラブ
ホビーというカニ料理専門のレストランの個室
で行う。
軽く打ち上げるのも、サクハリンのジェフ・
タナカが明日早朝から連れて行ってくれるところ
があるというからだ。
「けっこう楽しいところがあるんですわ、
近いですし」
「うちもめっちゃ好きやねん」
リョーコ・ミルズもそう話す。
が、どこに行くかは行ってから、ということの
ようだ。
そして早速翌朝、目的地まではゴシ・ゴッシーが
運転することになった。
「まあ実際目的地まではほとんど自動運転なんです
よね、目的地トークンさえ取れれば」
「インターフェース違うだけで基本どこも一緒だと」
ジェフのアドバイスを受けながら出発だ。
そして到着したのが、空港近くの巨大なエンター
テイメントパークだった。一気にアラハント女子
3名のテンションが上がる。
「あ、じゃあうち4名まで使えるグループ優先パス
あるんで」
ほなあとで、と言って4人が先に行ってしまった。
ゴシの話16
残された男4人でとりあえずどうするか
話し合う。
「えっと、ジェフさんは優先パス持ってるん
ですか?」
「いや、僕乗り物苦手で・・・」
「おれも実は・・・」
「人型機械なら乗れるんですけど・・・」
というわけで、全員エンターテイメントパーク系
の乗り物が無理なのがわかったので、どこか適当
に過ごせるところを探すことにした。
「ずっと生演奏聞けるレストランがあるんですよ」
ジェフが言うのでそこへ向かう。
そこはかつて地球上でメキシコと呼ばれた国の
音楽を一日中生演奏している食堂だった。
「じゃあまだ朝ですけど、今日もうこのあと
なんもないんで飲みますか」
ビールを頼むと、ラベルにコロナと書かれてある。
4人で乾杯した。
「なんかここ落ち着きますね」
独特のカントリー風の曲が演奏され、歌も
どこか異国の田舎の風景を思い起こさせる。
そして男同士で飲んでいるとだいたい
そういう話題になる。
「ジェフさんモテますよね?」
見た目も仕事的にも、とエマドが付け加える。
「あの4人だと誰がいいんですか?」
まあこういう質問になる。
「いや僕あの実は・・・」
サクハリンのジェフ・タナカは、実はいわゆる
美人、美女、かわいい女の子の類が苦手らしい。
背が低くて少しふくよかで眼鏡であまり
かわいくないのがいいらしい。
「いや、べつにブス専ってわけじゃないんですよ、
だって僕はかわいいと思ってますから」
「とするとリョーコさんはあんまタイプじゃない
ってことですか?かなりの美人っすよね」
まあそういうことになるね、とジェフは答え、
あと実は、と続ける。
「これ、内緒ですよ」
リョーコも背が低くてブサイクな男性が好きだと
いうのだ。なので、ある意味この二人は気が合う
のだ。
ライブなどでは、ごくたまに二人ともブサイクな
カップルを目にすることがあるが、決まって
ライブ終わりに二人で、世の中なかなかうまく
いかないね、という話になる。
こういう話をそれぞれ順にやっていき、朝から
酒とつまみが進む。
気が付くともう昼だ。
女子4人がやってきて、
「8人乗りの空いてるやつがあったよー」
ムリやり拉致されていく。
4人同士が対面で乗るカヌーのような形をした
乗り物を前に、男子4人の顔が青ざめる。
最大の危機がここにやってきたのだ。
ゴシの話17
顔色の悪い4人組がメキシカンレストランに
帰ってくる。けっきょく方向を変えて
2回乗ることになった。
「昼飯食ってたら完全に逝ってたな」
じゃあ再開するか、そういってまた4人で
飲み始める。
「で、フェイク君、その子とどうなったの?」
ジェフが尋ねる。
「会いはしたんですけどね。やっぱその、ゲーム
の中と違うというか」
「ゲーム中はキャラも会話もすごく可愛かった
んですけどねえ」
フェイクが遠い目で回想する。
「つまり、フェイクのタイプではなかったと?」
エマドが現実に引き戻す。
「ちょっとそれ、僕興味あるなあ」
「あ、もしかしたらど真ん中かもですね」
「ゲーム名教えてくれる? ゲームってたしかに
それ系の子多そうやね。あとはこっちでも
サービスやってるかどうか」
フェイクとジェフで盛り上がってしまう。
「まあでもあるあるだな。男じゃなかっただけでも
よかったんじゃないか」
ゴシが遠い目で回想する。
「え、ゴシさんも会ったんですか?」
エマドが現実に引き戻す。
「ああ、おれの場合は髪の長いおっさんだった」
「会う前に写真とか確認しましょうよ」
「確認したって」
「僕も確認しましたよ」とフェイク。
「写真の技術が半端ないんだって」
ゴシとフェイクの声がかぶる。
ジェフが気づいた。
「つまり、写真で判断している僕は大魚を
逃している可能性があるってことですか」
こうして気づいたらもう夕方近くだ。
女子4人が来て、お土産を買うのを手伝えという。
ショップに向かう途中のパーク内エンターテイ
メントセンターで、面白いものを見つけた。
スペースカーマ・リアリティだ。
「へー、ここにも置いてあるんだあ」
「リアリティはたぶん世界同時リリースだよ」
「一回やってく?」
アミがうれしそうだ。
本物そっくりに作られたコクピットに5人で
座る。まだ最新機体が反映されておらず、
5人が使うのは、アシュラ、ハヌマーン、
ガネーシャ、パールパティ、そしてインドラだ。
プレイヤーが多いらしく、対戦キューを入れると
すぐ相手が見つかった。
最終的に、アシュラとガネーシャの搭乗機が破壊
されるが、残りの3人で取り返して勝利した。
「5人ともうまいね」
サクハリンの二人が感心している。
ゴシの話18
今の彼らでゲーム内の勝率は7割ほどだという。
適正レートの勝率50%前後に達するのはもう
少し先になりそうだ。
お土産屋を出た8人。そのうちの男性4人は
大きなぬいぐるみと大きな紙袋を抱えている。
「じゃあ帰りますかあ」
帰りはリョーコ・ミルズが運転席に座る。
自動運転にしている限り飲酒後に運転席に座る
のは法律上問題ないが。
ホテルに着いて、サクハリンの二人はいったん
帰るが、夜に女子4人で飲みにいくという。
「男子チームも行くでしょ?」
アミが聞いてくるが、
「いや・・・、われわれ今日はちょっと・・・」
そして翌日、木星ラグランジュポイント第1
エリアへ出発する日だ。ここ以降は第5
エリアまでサクハリンも同行する。
昼頃にホテルでサクハリンと合流して、
空港へ向かうが、女性陣はみな眠そうだ。
3時まで近くの海鮮居酒屋ビッグショウで
飲んでいたとか。
そういえば。
来た来た。テルオだ。でも、彼らとは違う船に
乗り込んだ。別の客船で行くらしい。なんでも、
クリルタイ国でしか受けられない教育を受ける
ために、別船で缶詰めらしい。
木星第1エリアへの旅が始まった。
第1エリアへは10日間の旅だ。その間、
ゴシ・ゴッシーは料理アドバイザーの仕事を
もらった。
客船と空母のシェフの仕事を手伝いながら、
時間の合間にお互い知らないレシピを
教えあう。
客船内でも、最初の航行期間にやっていた
気取った人々ごっこをもう辞めたようだ。
ケイト・レイやトム、ブラウンも船内では
ほとんどジャージを着ている。
リアンはどこかの異国の装束だ。
「あ、これはですね、サムエというやつです。
ええ、寒いわけじゃなくて、サムエです。
まあ冬場はちょっと寒いですけど、ええ」
この客船は一応民間船の扱いであるが、
ケイト・レイの特注で、プールやトレーニング
ルームが付いている。
トレーニングルームには当然スパーリング用の
リングがある。
「ひさしぶりに相手してあげようか」
ケイト・レイがリングに上がり、
アラハントのメンバーとスパーリングだ。
ゴシはハントジムの練習には参加したことがない。
ケイト・レイが昔プロのリングに上がっていた
ことはうっすら聞いたことがあるぐらいだ。
「さきにトム少尉でアップさせてもらおうか」
ゴシの話19
トム少尉のすごいところは、ぜんぜん乗り気で
ないにもかかわらず、それをまったく表情に
表さないことだ。
ケイト・レイが、立ち技から軽く流していく。
流しているだけのはずだが、パンチ一発一発
が短く速い。距離を詰めるスピードもだ。
トムのガードのうえであるが当たると
パーン! パーン! といい音が鳴る。
ふだんはただ恰幅のいいおばさんなのだが。
一通りパンチの打ち方を変えたのちは、蹴り
主体で、そのあとは寝技だ。5種類ほど
サブミッションや絞めをやったのち、
立ち上がる。
ここまでは約束練習のようなものだが、
受けているトムの息がだいぶ切れている。
「よし、いいよ、おいで」
実戦形式がはじまるが、リング横にいつの間にか
ブラウン少佐が来ていた。
「なにやってんの! ジャブ薄いよ!」
ブラウンがトムへアドバイスを入れる。
トムとケイトは、体格的にはトムのほうが身長が
高くて、体重はケイトのほうがありそうだ。
トムはヘッドギアとボディギアを付けている。
しかし、どう贔屓目に見ても、遊ばれている。
トムは軍の中でもけして弱いほうではないのだが。
「良しオッケー、エマドおいで」
トムが肩で息をしてリングを降りる。
エマドは立ち技も寝技もやるが変則スタイルだ。
ケイトは最初オーソドックスなスタイルで、
そのあと変則スタイルで相手をする。
「変則スタイルとサウスポーに少し慣れてきたね、
この感じで続けて」
スパーリングの終わりに的確にアドバイスを入れ
ていく。エマドは変則スタイルだが、相手が変則
スタイルだといつもやりづらそうだった。
「次フェイク!」
元気よく返事してフェイクが入ってくる。
フェイクは立ち技をいなしてからの寝技主体の
練習だ。ケイトは相手の得意領域を中心に
練習相手を行う。
「寝技だいぶうまくなったね、この分だと
立ち技からの連携に力入れていいかも、
次、ウイン!」
ウインは立ち技も打撃と投げ技両方用い、寝技も
できる。技の種類がとにかく多い。
「くずしのイメージがだいぶ出来てきたね、
チャンスでもっと畳みかけていいよ、次、
マルーシャ!」
マルーシャはあくまでも立ち技で勝負する
タイプだ。綺麗なハイキックを繰り出す。
「相手のタックルにだいぶタイミング合わせられる
ようになったね」
「最後まで立ち技で行くとしても、バランス崩れる
のを恐がり過ぎたり、寝技主体の相手に接近戦を
嫌い過ぎたらダメだよ、次、アミ!」
ヘッドギアとボディギアを付けていない、
大丈夫なのか? とゴシが思いつつもアミが
リングにあがる。
は、速い、どちらも速い。ケイトはさっきまでの
遠慮が無くなっている。立ち技から寝技、
そこからまた立って攻撃と、アミがくるくる動く。
「アミは立ち技も寝技も防御がうまくなったね、
よーし、ここまで」
途中でジェフ・タナカとリアン・フューミナリが
入ってきていたが、アミのスパーリングが
終わりかけるときにリアンの提案で3人とも
隅っこへ行って腹筋をはじめている。
指名されるとまずいと思ったからだ。
ちなみに彼らは今重力下にいる。客船が空母と
ワイヤーでつながれて回転飛行しているからだ。
長期航行するタイプの客船は、単体で無重力の
場合もあるが、複船にするか貨物船と同道
するなどして重力を確保する。内部がドラム
式になっている大型船もあり、重力確保の
しかたは様々だ。
乗客などもまれに無重力航行か重力下かを確認し
忘れて面倒なことになる。持ち物が無重力、
重力下、どちらかしか対応していないということ
がこの時代まだあるからだ。
ゴシの話20
ゴシ・ゴッシーにとって木星第4エリアから
第1エリアへの移動はそこそこ有意義な
ものになった。
特に空母側のキッチンでの無重力下での
調理だ。これはもう別世界で、たいへん
勉強になった。ただ、第3エリアに
帰ってから役に立つ知識かどうか、という
ところもあるが。
テルオもたまに夕食に顔を出した。
彼が部屋に缶詰めで勉強しているのは、
都市デザインだ。それも、政治や経済をも
含めたもので、講師はリアンだという。
ライブのテルオコールの謎も解けた。
テルオの動画配信やブログは、第3エリア
などの火星以内より、クリルタイ国の
人々のほうに人気があるということだ。
扱っているテーマのせいだという。
ネットワーク上の配信情報でアラハント
のファンもけっこういるらしいのだが、
下手するとテルオファンのほうが多い。
アラハントが軍と仲がいい理由もわかった。
格納庫で清掃のアルバイトをしていたからだ。
彼らが担当していた第3小隊の機体を演習用
に持ってきているのは、現第3小隊隊員が
他国にいるときに元々使っていた機体を
軍が改めて開発採用することにしたからだ。
得意な機体に乗ったほうがいいと。
そして、今回持ってきている機体には、予備
で募集したパイロットたちが搭乗する予定。
まだ姿を見ていないが。
とにかく、長期航行というのは何をするかを
明確に決めていれば、腐ることなく、とても
快適に過ぎていく。
そして木星ラグランジュポイントの第1
エリアへ到着だ。都市名はトメト。
この都市の最大の特徴は、無重力であること。
構造タイプでいうと、6面ダイス型、
キューブ型、ということになるが、規模が
大きい。1辺が100キロある。
第3エリアにも無重力タイプ構造都市があるが、
そこまでの大きさのものはない。クリルタイ
国では無重力都市は比較的めずらしくない
らしい。
空母は、巨大な立方体の面のだいたい中心部に
ある、エアロックハッチの中へ進んでいく。
クリルタイ国にある無重力都市の構造は、10
キロ立方のモジュール都市を縦横高さ方向にそれ
ぞれ10基づつ接続したものである。
空母は比較的大きいため、最初の港モジュールに
停泊し、客船でその次のモジュールまで進む。
その隣に目的地のモジュール都市があった。
ゴシの話21
モジュール都市は、基点となるモジュールから
の座標で特定することもできるが、通称もある。
彼らの目的地のモジュールは、イジヤンだ。
そこにホテルとライブ会場がある。
客船を降りると、自動運転の推進シャトルに
乗り換える。ここでも政府関係者とライブ
参加者は二手に分かれた。
無重力、ということは、重力加速度がどの方向に
もかからないことになるので、建物の、どの面も
床にすることができる。空間を無駄なく利用
できるという利点がある。
しかし、そうすると、無重力都市に慣れていない
者にとって、把握がとても難しい構造になって
しまう。
そのため、こういった無重力都市で、観光客が
訪れそうな場所では、無重力であっても上下
の概念を保った設計がなされる。
例えば、今回の8名のうち、ゴシ・ゴッシーなど
はあまり無重力に慣れていないが、観光地であれ
ばとくに混乱なく過ごせるということになる。
無重力構造都市トメトのモジュール・イジヤンに
到着した彼らは、とりあえずその日のうちは
ホテルに宿泊するだけだ。サクハリンの
案内で夕食を摂るレストランへ向かう。
木星第4エリアでは、翌日ライブ開催となったが、
ここ第1エリアでは、いったん無重力に慣らす
ため、ホテル近くのスタジオで機材チェックや
演奏チェックを行う。
ライブ翌日の自由時間も取られているので、
4日滞在することになる。
無重力下での人々の暮らしはどうなっているの
だろうか。4日目にアラハントのメンバー達
はそれを見ることができるかもしれないが、
先に確認しておこう。
無重力都市の歴史は古い。というのも、宇宙世紀
前の、宇宙エレベーターが建設される前、
ロケット打ち上げのみにより宇宙開発が行われて
いた時代からの、宇宙ステーションと呼ばれた
建造物がすでに無重力居住空間だったからだ。
その後、宇宙エレベーターが完成してのち、
重力下居住空間の建設が本格的にスタートする。
シリンダ型の回転する構造都市が造られた。
太陽系外縁の歴史もそれ自体は古く、宇宙歴
二千年ごろ、居住型の宇宙船が一般的に
なってきた時期に移住が始まっている。
同じように、まずは重力下構造都市が建設され
ていくわけだが、巨大な無重力都市が建設
され出したのは、けっこう最近の話だ。
ゴシの話22
太陽系外縁で小型の無重力都市が造られ始めた
のは、今から1万2千年前の宇宙歴1万年ごろだ。
数キロ単位のものが宇宙歴1万6千年ごろ、
10キロ立方レベルは1000年前だ。
100キロ立方になると数百年とかなり最近だ。
そして、同時に居住用構造物の標準化も
行われている。
この構造都市の家は、居住キューブと呼ばれる、
5メートル立方の部屋を単位としている。
内部はだいたい20平米ぐらいになるが、
立方体なので少なくとも重力下でいうところの
2階建てぐらいの居住面積は取れる。
そして、工場や農場なども基本的にこの大きさ
を単位に構造が決定される。
おそらく、この標準化による利点欠点が数世紀
かけて明確になったのち、もう少し自由度の
高い基本設計が行われるはずだ。もちろん
仮に欠点がなければこの標準が一般化され
使われ続ける。
この5メートル立方の居住キューブに
一人ないし二人、新婚夫婦も子どもが一人で
小さければ住める。子どもが増えれば
新たにキューブを接続して部屋を広げる
こともできるし、元から2キューブ分の
広さをもつ家を購入しなおしてもよい。
キューブは民間で購入してもよいし、民間
レンタルもあれば行政のレンタルもある。
このキューブのひとつの特徴は、短時間であれば
真空中でも気密が保てることだ。都市が気密事故
に遭った場合も、家に備え付けている宇宙スーツ
に着替えて空気ヘルメットを着用するだけの
時間は確保できる。
将来的には、かなり先の将来であるが、エアー
ロックを付けて、このキューブのみで宇宙空間に
そのまま都市を構築することも検討されている。
家の外に出ればすぐ宇宙、というわけだ。
最小5メートル立方のキューブの居住推奨人員は
1名から2名であるが、都会となると事情が
異なり、数名がルームシェアなどで詰め込まれる
ことになる。ただ、それはいつの時代も
似たような状況なのかもしれない。
キューブ含めたすべての構造物は、軽くて丈夫な
都市フレームと呼ばれる柱に接続して使用する。
街を拡張する場合、空間にこのフレームを伸ばし
ていき、居住キューブや設備を接続して街を広げ
ていく。
では、いったいどの程度の人口がこの無重力
都市に住めるのであろうか。
ゴシの話23
この木星ラグランジュポイント第1エリアの
無重力都市トメトには、約10億人が暮らす。
一辺が100キロの、6面体ダイス構造を
したこの都市の人口密度は、したがって、
1立方キロメートルあたり、千人となる。
ただし、ひとつの底面の面積で考えた
場合は、1平方キロメートルあたり10万人だ。
クリルタイ国では、トメトで試験的に10億人の
人口で都市生活がどうなるかをモニターしており、
住人は募集で選ばれている。
クリルタイ国のダイス型都市は、月の第3エリア
にあるバームクーヘン型都市マヌカとほぼ
同じ規模だ。人口も、マヌカの都市仕様のほぼ
限界にあたる。
人口密度1,000/立方キロメートルというのは、
重力下での平方キロメートルあたりの
人口密度と比較してほぼ間違いない。
立体のほうが1キロ上空まで含んでいるだけだ。
例えば地球上の大都市であれば、1平方キロ
メートルあたり5000人というのもざらだ。
また、無重力という点が重力下よりも閉塞感を
防いでいることも忘れてはいけない。
ある人は、重力下の高層建築物の最上階を、
井戸の底と同じだ、と言う。
若干閉所恐怖症を疑ってもよいきらいもあるが、
確かに重力下の高層建築物は、建物の屋上に
出ることはできても、側面に出ることはできない。
バルコニーなどの外、という意味だ。
それに対して、無重力下であれば側面だろうが
どこだろうが、出放題である。人口密度の
割に、狭さをあまり感じないのだ。
居住キューブの全体に占める体積の割合で
いっても、10億人住んで8分の1以下だ。
これは、10億人が一人一個のキューブに
住んだ場合に、ちょうど8分の1になる。
では、実際無重力下での人口密度の限界は
どのあたりか、ということになると、それは
今後の研究次第ということになる。
宇宙は広い、今のところそんなに無理を
して人々を詰め込む必要もないのだが。
また、そもそも人が生きていくうえで、
広い空間が本当に必要なのか、そして必要
だった場合、どの程度の空間があれば
それを広いと感じるのか、といったところが
焦点になるだろうか。
では、居住キューブのもうひとつの特徴を
見てみよう。それは引っ越しに関することだ。
ゴシの話24
無重力下での引っ越しは簡単である。
家ごと目的地へ持っていけばいいのだ。
そもそも建てるときに、工場から家を
引っ張ってくる。例えば、居住キューブ
8個分の立方体をした、つまり
10メートル立方の大きさの家なら、
それが通る通路がある場所へなら
どこへでも引っ越せる。
行政でミスがない限り、来た時の道が
塞がることもない。
面白いのは、賃貸であっても大家次第で
移動が可能なのだ。よっぽど変な場所で
ない限り、賃貸物件の移動も可能だ。
住む場所を探すときは、都合のよい場所
にまず都市フレームの空き、つまり
空地があるか探す。あれば申し込む。
家はいくらでも工場に在庫があるが、
人気のサイズは地域ごとに空き家を
置いていて、それを移動させるだけだ。
申し込みから一日から二日で済む。
このあたりの住宅事情は、重力下の都市
とはだいぶ異なるかもしれない。
都市フレームについても説明しておく。
これは単に、居住キューブを支えるための
柱、というように聞こえるが、意外と
高機能である。
電気、ガス、上水、下水、有線ネットワーク
等のサービスを供給するからだ。
地方によっては、特殊なサービスも供給する。
例えば、温泉であるとか、果物の果汁を
加工して飲料できるようにしたものを
供給するところもあるらしい。
もちろんその場合は、居住キューブ側でも
インターフェースが対応している必要が
あるが。
無重力下でそのほかに異なる点をいうと、
実際身の回りのものはほとんど異なる、
と言えるかもしれない。
例えば、アラハントのメンバーたちが
泊まるホテルの、トイレ、バスなどは
比較的重力下のものと似せてはいるが、
働きはだいぶ異なる。
簡単な話、水を扱うものが特徴的だろう。
重力下でのものをそのまま無重力へ持って
くると、液体である水が散らばって
たいへんなことになる。
これは街中にも言えることだが、いたる
ところにフィルター付きの排気孔が
あり、空気の流れを作り出してゴミや
不意に散らばった液体などを回収
する仕組みがあるのだ。
重力がない、というのは、利点もあるが、
物が落ちてこないというのは意外と
面倒なのである。
アラハントとサクハリンのメンバー、そして
ゴシ・ゴッシーが夕食の場へ到着したようだ。
ゴシの話25
観光地では基本的に道沿いの手すりがある
ので問題ないはずです、とジェフが言っていた。
手すりがないと私は無理だ。
あの、無重力空間に浮いたときに、泳ぐ、
というのがまだできないのだ。とにかく手すり
づたいに、ショートカットなど論外だ。
ジェフが、比較的オーソドックスなジャンルを
選んでくれた。アメリカンの肉料理だ。
とにかく、無重力で難しい料理は無理だ。
サクハリンのリョーコが言うには、とにかく
具材がふらふら浮いてこないように工夫して
あるらしい。たしかに、サラダにしても、
スープにしても、うまいこと固めてある。
しかし、自分の体が浮いてくるのはもう
しょうがないのか。さっきから左右のエマドと
フェイクが浮いてくるたびに引っ張って
戻してくれているが。
足を引っかける用のテーブル下の梁もあるには
あるんだが、どうしても癖で足を「置いて」
しまう。
現地のひとは、足首に付けた鈎やら腰に付けた
カラビナやらをうまく使うらしいが、慣れないと
足首のやつなどうまく引っかかってくれない。
外でさっき買ったんだけど、初心者用を。
「ちょっとそれ変なボタン押さないほうが
いいですよ、料理が吸い込まれちゃうんで」
エマドに怒られる。
グラスのワインを飲もうとするが、口の部分が
ひねってあって、ちょっとよくわからない。
こうですよ、とフェイクが教えてくれる。
「ここはデートで使えないな」
とジョークを言ってみたが、マルーシャが苦笑い
してくれただけだ。ジョークすら落ちてくれない。
とにかく無重力に慣れるには、子どものうちから
トレーニングしておくのが大事らしい。
最近は学校の授業でも船で外へ出てやるらしい
からなあ。
ゴシ・ゴッシーのように、宇宙暮らしであっても、
不運が重なってたまたま無重力の練習を若いうち
にやれなかった、という大人が仕事や何かの都合
でそういう都市に出かけて苦労することになる。
なんとかメインとデザートを平らげて、店を出る。
「このあとですけど、ホテルでちょっと休憩
したら、ライブ会場行ってみません?客として
ですけど」 ジェフが提案する。
明日一日無重力空間で音出しすると言っても、
実際の会場で出来るわけではないので、
下見という意味でいい案かもしれないのだ。
ゴシの話26
木星第1エリアのダイス型無重力構造都市
トメト、その中のモジュール都市イジヤンに
ある、明後日のライブ会場、
クラブ・ウルゲンチ。
そこに22時に着くようにホテルを出発する。
アラハントのメンバーは下見も兼ねているが
基本遊びにいくということで、持ってきている
服でそれぞれオシャレをしてきている。
サクハリンの二人は有名人のお忍び風だ。
まあ、仕方ないだろう。
ゴシ・ゴッシーはなぜかブルーの縦じまの
フォーマルなスーツ。青のハット。ピカピカ
のとんがった靴。渾身の一張羅だ。
マルーシャが、今日はかっこいいですね、と
言ってくれる。もちろんだ、と返して親指を
立てる。
週末の夜の街は混雑していた。
ウルゲンチの入り口は道に面している。入ると、
一万人規模の大きさなのはいいのだが、やはり
構造が違う。
観光客向けのレストランなどは上下の有無が
ある構造だったが、クラブとなるとそうでも
ないようだ。
天井側にも床がある。
「ここはでもまだわかり易いほうなんですけどね」
ジェフが言う。洞窟のように入り組んだ造りの
クラブもざらにあるそうだ。
確かに、ステージも上下2面になっていて、
それを囲むかたちで上下や側面が床になって
いるので、複雑に入り組んだ構造になっている
わけではない。
しかし、とゴシは思う。
この、特殊な服装をした人たちは何なのだ?
「レイバー、またはヒッピーと言ってもいいね」
リョーコが教えてくれる。かかっている曲の
ジャンルも、アウトサイドエナジーという最新の
ものらしい。
ゴシには、第3エリアの一般のクラブなどで
かかっているマヌカビートとどう異なるのか
違いがわからない。
アミとウインとマルーシャは中に入るなり
はしゃぎながらどこかへ行ってしまった。
ジェフとエマドとフェイクもどこかへ行って
しまった。ジェフがかわいい店員紹介して
あげるとか言ってたな。
なので、リョーコ・ミルズと二人でドリンクを
買って、適当な場所に佇む。フロアは適度に
混んでいた。
ところで、さっきから気になっていることがある。
クラブに来ている客の中には、当然女性もいる。
そして、無重力なので、とうぜん全員パンツ
スタイル、かと思いきや、スカートの女性が
けっこうな数いるのだ。
ゴシの話27
何を隠そうこの目の前にいるサクハリンの
リョーコ・ミルズもそうだ。ひざ下ぐらいのを
履いている。
そして、どうもその女性たちは無重力でスカート
を履くのに慣れているのだろう、さっきから
色んな角度のスカートの女性を見ているのだが、
内部を見れる機会が今のところ一度もない。
リョーコもそうだ。さっきも先を進んでもらって
いたが、ことごとく見えない。一瞬たりともだ。
かなりきわどいところまで行くのだけれど。
「彼らの派手な踊りや服装が気になるでしょう?」
「え、ええ、そうですね」
あわてて答える。
いたるところで特殊な服装をした人たちが光る
デバイスをくるくる回したりしながら、自身も
くるくると器用に踊っている。
「レイバーやヒッピーなんてとうの昔に絶滅したと
思ってました」
つい10年ぐらい前だろうか、第3エリアでも
見れたと思うんだが。
「そうね、彼らは、恒星系中の、最も新しい音楽を
もとめて、そこに集まるのよ」
「最も新しい音楽・・・、つまりここは・・・」
「そう、今この太陽系で、一番新しい音楽を扱って
いるのは、ここクラブ・ウルゲンチよ」
「そうだったのか・・・」
リョーコの説明は続く。レイバーやヒッピーは、
宇宙世紀前から存在したという。彼らは最新の
音楽を含めた文化を求めて、どこまでも旅をする。
そこには、いつも繰り返される悲しい歴史が
あるという。
「彼らが集まるところには、必ず一般の人たちや
業界人だけでなく、犯罪者、犯罪組織も集まる」
「新しい文化がやがて商用化されて一般に広まるの
はむしろいいことだと思うわ、でも、常にそう
いった新しい文化の芽は、ドラッグや犯罪の
温床にされてしまう」
「そして場合によってはレイバーやヒッピーが悪者
にされてしまう。まあ確かにごく一部そういう
ひとがいる可能性は否定しないけどね」
「そして、けっきょくはそこからいなくなる、
ってわけか」
「その通りよ」
そこへアミたち3人がやってくる。
「リョーコさーん、大丈夫だった?」
よく見ればこいつらも今日は全員スカートだ。
しかし、まったくゴシの角度からは見えない。
リョーコの話が面白かったのか、酒が進む。
今日はいっちょやってやろうか。
ゴシの話28
「うん、へーきへーき、ゴシさんいてくれたから」
誰もサクハリンのリョーコがこんな人と一緒に
遊びに来てるとは思わないよね、とアミが小声。
ウインがスーパーテキーラのショットを5人分
買ってくる。
「かんぱーいー!」
そう、この、手すりのちょっと太くなった部分を
両ひざで挟めば、おれも踊れる。
昔、海上都市レムリアのクラブでナウなヤング
たちがやっていたのを見よう見まねで覚えた、
おれのとっておきのカルカッタダンスを披露
しよう。
フロアのほうも盛り上がってきた。
そして、アミが買ってきた2杯目のスーパー
テキーラにより、男ゴシ・ゴッシーは人生の
絶頂にいた。美女4人に囲まれて。
一方エマドとフェイクは。
そう、そうだったよ。先日それを聞いたばかり
じゃないか。フェイクと顔を見合わせる。
その女性店員は、なんというかこう、一緒に
いると落ち着くというか、優しそうではある
というか、眼鏡はかわいいというか。
店員と話し込みだしたジェフを置いて、
エマドとフェイクは店内をうろつき出す。
遠くのほうで、一緒に来た5人が何か変なダンス
を踊っているのが見えたが、知らないふりを
しよう。
しかし、あらためて思うが、このハコもとても
音がいい。設備自体も最新だろう。
「とりあえず楽しむかー」
エマドが踊り出す、スペースロボットダンスだ。
空中を歩く。
「負けないぜ!」
フェイクも楽しみだした。スペースシャッフルだ。
二人とも、重力下都市出身にしては無重力ダンス
がうまかった。
翌日そんなに朝早いわけではないが、午前1時
過ぎには引き上げることにした。
「あー、やっぱおれたちもアウトサイドエナジー
取り入れるかなあ」
「今日の聞いてしまうとなあ」フェイクが答える。
「ていうかさあ、今思うと、テルオ兄さんの曲って、
ゴリゴリのアウトサイドエナジーだよな」
「うん、意外と抜け目がないと言うか」
フェイクが答える。
「むしろテルオ兄さん発祥だったりしてハハハ」
「まさかなあ」
ゴシはジェフの肩を借りながら、まだ夢気分だ。
「ライブ終わった次の日、もっと無重力都市の
ディープな部分行ってみます?」ジェフの提案に、
「お、いいねえ」
皆が答える。
ゴシも両手でサムズアップしてみせた。
ゴシの話29
いや、これは、間違いない。
これはもう、ダンスの才能という問題ではない、
音楽そのものの才能だ。それを確かめてみよう。
翌日、無重力下で音合わせのため、
8人はホテル近くのスタジオへ向かう。
今日一日、ここでこもるのだ。
よし、とりあえず本格的になる前に、エマド
あたりに見てもらおう。ほとんど寝ないで
考えたのだ。
「エマド、ちょっといいか」
機材の準備を手伝っているエマドに何やら紙切れ
を渡す。エマドはそれを見る。
紙切れにはこう書いてあった。
タイトルは
「立ち向かうんだ」
ゴシ・ゴッシー
風の中 君の姿に 走り寄る
悪漢に 私の心も 荒れ模様
倒されど 私の心は 倒されじ
警察だ 私の声に 走り去る
大丈夫かい とにかくケガは 無かったかい
君は泣く 私の声と やさしさに
君は泣く 私の声と やさしさに
紙切れに目を落として数秒後、何か我慢するよう
にエマドが口を押える。
「お、おい大丈夫か?」
「い、いや大丈夫です、うっ」
「おーい、エマドくーん!」
「あ、じゃあもう始まるんで」
「あ、持って行っていいよ。遠慮せず」
全体音合わせにエマドが向かう。
目が潤んでいたな。
今日のランチは外には食べにいかず、軽食だ。
みな思い思いにサンドイッチなどをつまんでいる。
ここでは、エマドとアミ、フェイクの3人が
昼食中だ。
「エマドさあ、さっき2回ぐらいペットの音
外してたよね?」
アミが鋭く指摘する。
「ああ、これのせいだ」
さっきの紙切れに二人が覗き込む。フェイクが
飲みかけたジュースを吐きそうになり、むせる。
「何時代?」とアミがぽつり。
「だろお? でさあ、おれが不覚にも笑いかけた
のが、このタイトル部分」
「あ、ほんとだ。なんでタイトルまで」
そんなこんなで夕方となり、音合わせも無事
終わった。ホテルへ帰る道すがら、さきほどの
紙切れをアミがウインとマルーシャに見せている。
ウインは相当笑いをこらえている。マルーシャは、
そうねえ、と言って肩をすくめる。
「もうそれ採用!」と言ってウインはついに
大声で笑いだす。斬新だけど、とマルーシャ。
遠くで歩きながら、ウインの笑い声を聞いたゴシ
は、何を笑っているのか知るよしもなく、箸も
転げる年ごろか、と独り言ちした。
ゴシの話30
深夜に酒を飲みながら作詞するとたいてい
とんでもないものが出来る、というアドバイス
をウイン・チカからいただいた。
作詞に関しては先輩だからまあそうなのだろう。
まあ気にすることはない。そういうものが、
今後多くの人の目に入ることはないだろう。
クラブ・ウルゲンチでのライブはうまくいった。
特に問題なし。あったとすれば、いつもは
控室にいる私がいつになく最前列で見ていて、
マルーシャのMCのときになにかの拍子で
浮いてしまってそのままステージまで流れて
いったことぐらいだ。
ついでにアラハントのプロデューサーだと
紹介してもらった。ライブ前に一張羅に
着替えておいてよかった。
そして夜も軽く打ち上げして、翌日はイジヤンの
ふたつ隣りのモジュール都市、オースへ向かう。
最終日、自由行動の時間だ。
朝からシャトルで移動する。途中でモノレールに
乗り換え、モノレールでオースの商店街へ向かう。
オース駅を降りると、そこは別世界だった。
いや、別世界というのは言い過ぎだ、知っている
商店街の風景が、3次元的に広がっている、
と言えばいいだろうか。
駅を出ると、駅と線路をぐるっと囲むように、
商店が並んでいて、人通りも多い。手すりの
ついた道らしきものもある。
普通であれば、空、町、地面であるが、
ぐるっと見渡すと、隙間から見える空、町、道、
町、隙間から見える空、道、と4回程繰り返す
感じだ。
まずこっちに行ってみましょう、とジェフが
言って、駅から直角の方角へ動き出す。商店街を
5分ほど進むと、少し開けた場所へ出た。
そこは巨大な木と、巨大な球形のものがある。
近寄ってみると、巨大な木は特殊な粘土質の
植樹ユニットから生えていた。
しかし、この木に限らず、この都市は緑が多い。
月第3エリアの都市マヌカも緑が多いが、ここは
無重力であることを活かしてあらゆる方向に
木が生えている。
建物の側面も、窓や入口がない部分にはだいたい
ツタ上のものが表面を覆いつくしている。
巨大な木の横にある、巨大な半透明の球形のもの
は、水のタンクだという。近くによってみると、
表面から霧状に噴出している。滝の近くにいるの
と同じ効果があるらしい。確かにこのあたりは
少しさわやかな雰囲気だ。
ゴシの話31
さっそく商店に寄る。ここに、有名な生
ウィローの店があるらしい。さっそく8人で
中に入る。朝一で来たのは出来立てがすぐ
食べられるからだった。
出来立てだぎゃぁと店員に渡された物体を食べる。
確かにおいしいのであるが、説明が難しいと言う
か、捉えどころがないというか。
「じゃあ適当に分かれて自由行動にしましょうか」
アミ、ウイン、マルーシャの3人が、さっさと
行ってしまう。ジェフとエマド、フェイクもだ。
あっちのコンビニにかわいい店員がいたんですよ、
そう言っていたな。
しょうがないので、リョーコと二人で目的地を
決めることにする。
「どこ行きましょう?」
手持ちの端末で調べると、歩いて行ける範囲に
けっこういろいろあるようだ。有名な水族館が
あるようなので、そっちに行ってみることにした。
一方エマドとフェイクは。
そう、そうだったよ。先日それを聞いたばかり
じゃないか。フェイクと顔を見合わせる。以下略。
ジェフがまた店員と話し込み出したので、
コンビニを出て、売店で買い食いしていたアミ
たちと合流することにした。
「エンターテイメントセンターあるから行って
みっか」
5人で向かう。やっぱりあった。
スペースカーマリアリティだ。しかも
4グループ分、20機ほども設置されている。
無重力都市ではむしろ盛んなのか。
「最後の第5エリアであれもあるし、ちょっと練習
すっか」
5人でキューを入れるとさっそく相手が
見つかった。
そして、けっきょく3戦ほどしてしまう。
相手が機動構成で、アラハントはいつもの狙撃
構成、つまり苦手な相手であったが、
アラハント側が3戦とも僅差で勝った。
終わって外に出て、外部モニターに映し出された
結果を5人で見ていると、あれ、さっき横の操縦
席から出てきた5人も同じ画面を見ている。
同年代の男女5人のグループだ。
「あれ? もしかしてさっきこれやってました?」
エマドが聞く。
「そうこれうちらったい、あんたたちもやってた
と?」
対戦相手だった。
というわけで、それぞれのポジション同士で意気
投合してしまい、昼飯を一緒に食うことに。
10人でソースドゴールデンフライの専門店に
行く。
食べた後、うちらそろそろ移動があるけん、
と言って行ってしまった。
ゴシの話32
アラハントの5人は、昼食後、少し行った
ところのゴールデンオーカ城というのを見に行く。
すると前に、ゴシとリョーコが歩いていた。
フェイクが思わず声をかけそうになるのをウイン
が止める。
「まさかあの二人がなあ」とエマド。
「まだ手はつないでないよね」とアミ。
「リョーコさんねえ、あの紙切れ見せたら、え、
うそ、かわいい、って言ってたんだよ」とウイン。
「あ、それ、ちょっとわかる」とマルーシャ、
4人が、え? と言ってマルーシャを覗き込む。
「あ、いや、ゴシさんがタイプって意味じゃないよ」
母性本能をくすぐるタイプに弱いって意味、と
マルーシャが説明するが、ゴシがどう母性本能を
くすぐっているのかエマドとフェイクには全く
わからない。
二人に見つからないように後を尾けながら、独特
な構造をしているゴールデンオーカ城を楽しんだ。
最後にけっきょくゴシに見つかってしまったが、
二人が午前中に行ったという水族館の話を聞いて、
アラハントの5人もそこへ行ってみることにした。
この水族館では、生きているオーカを見ることが
できる。巨大な球形の水槽の中に、オーカが泳い
でいるのだ。
「このオーカって、さっきのゴールデンオーカ城の
てっぺんにあったオーカと一緒だよな」
エマドが誰となく尋ねる。
「そうよ。その昔、地球上のエンドと呼ばれた国で、
接している海の沖合でオーカが獲れたのよ。
それを剥製にして、金箔を塗り、城のうえに
飾った、それを復元したのがオースのゴールデン
オーカ城よ」
ウインがどこから仕入れたのかわからない情報を
語る。そうして、けっきょく彼らは夕食の時間
までオースにいた。最後は8人で集まって、
オースヌードルを食べたのだ。
そして、翌日、木星第5エリアへと出発する。
これも、10日間の旅となる。
ゴシ・ゴッシーの料理教室も継続するが、
サクハリンの二人も参加することになった。
意外とこの二人、航行中は創作活動をがっつり
やるわけでもなく、暇らしいのだ。
そして木星第1エリアを出て二日目、エマドと
フェイクは、テルオの客船に遊びに行って
よいと聞き、小型シャトルで送ってもらう。
そこで、思わぬ場面に出くわすことになる。
ゴシの話33
テルオが乗る客船は、一見ふつうの客船である
が、アラハントのメンバーが乗ってきた客船とは
少し趣向が異なる。
居た、ジャージを着たテルオとサムエのリアンだ。
そして、これは、タタミの部屋だ。小さな
テーブルを前に、二人がなにやら難しそうな顔を
している。
「あれ、勉強中じゃなかったんでしたっけ?」
「あ、ああ、今は休憩中だよ」
テルオが気づいて答える。
パチッ、パチッと小さな木片をテーブルに打ち
付けている、これは、聞いたことがある、
ショーギだ。3次元チェスと似たルールの奴だ。
これは平面だけど。
「あ、リアンさん二歩」
「おおっと」
リアンが慌てて木片を持った手を引っ込める。
「もちろんわかっていますよ、これは、プロでも
まれに二歩を打つという戒めです」
リアンが冷や汗を拭く。
リアンは焦っていた。まだ教え始めてから10日
も経っていない。もちろん実力はいまだ私のほう
が上だ。しかし、すでにコマ落ちなしの平手で
ある。
最初定石を覚えるのがやっと、だったのが、終盤
の寄せがまだまだだな、という状態になり、
そしていまや序盤、中盤、終盤、どんどん隙が
なくなって来ているのだ。
驚異的な上達スピードだ。
リアンがコマを打ち、ドヤ顔でグリグリやるのを
見て、エマドはふと隣の部屋を覗いてみる。
「あー! おまえらこんなとこで」
ケイト・レイ、アミ、ウイン、マルーシャの4人
でテーブルを囲んでいる。
「あ、それポン」
ケイト・レイが変なサングラスを掛けている。
「しかし臭っえな」
タバコのお香を焚いているようだ。彼らがやって
いるのはマージャンという競技だ。
ケイト・レイも仕事柄打つようで強いみたいだが、
どうもアミがダントツで勝っているようだ。
フェイクと一緒にアミの後ろに回り、見てみる。
安全牌を常に2、3個キープしているのはまあ
いいとして、ツモと読みだ。なぜそこを引いて
これるのかというところをどんどん自模ってくる。
そして、牌の流れを読むのもすごい。ダメだと
みるとすぐアンコやシュンツを切って七対子に
持ち込む。
「おまえ、覚えたてだよな?」
「もち」アミが答える。
「全自動だから積み込みしてるわけでもないしな」
「イカサマはまだ教えてないよ」
そんなこと教えて大丈夫でしょうかケイトさん。
ゴシの話34
マルーシャがアミにハネマン振り込んでハコっ
たのを見たところでもうひとつ隣を覗いてみると、
タタミの部屋でトム・マーレイ少尉とブラウン・
ノキア少佐が何か作業をやっている。
「タタミじゃなくて、畳、イントネーションが
おかしいよ!」
アミの鋭いツッコミを受け流して隣の部屋に入る
と、トムとブラウンが細かい部品を組み立てて
いた。プラスティックモデルだ。
トムのはスペースカーマリアリティの機体を
立体化したものだ。これはアシュラの前機種、
コウモクテンだ。かなり精巧にできている。
ブラウンが造っているのは、古い型の宇宙戦艦だ。
おそらく旧世紀の2Dアニメーションに出てくる
やつだ。
「最近のやつはほんとよく出来てるからな」
ブラウンが呟く。
「え、これ、二人とも自分で買って持って来たん
ですか?」
「え?」
当たり前だろ、という顔でこっちを見てくる。
「あ、いや、二人ともいい歳なんで、買って持って
帰ってくるのってちょっと恥ずかしかったり
しないかな、なあんて」
え? 恥ずかしい? なんのこと? という顔で
こちらを見てくる。フェイクも、そこはまったく
問題ない、と言ってさっきから手に持っていた
袋から自分の分を取り出した。
というわけで、勝敗が気になったエマドは最初の
テルオのところに戻ってくる。
どうやら今日はゴッシー教室をこっちの客船で
やっていたようで、ゴシとリョーコもいた。
「リアン4段、最後の考慮時間に入りました。残り
時間は1分です」
リョーコがなぜか時間係をやっている。
テルオも持ち時間がほとんど無いようだ。
けっきょく、テルオの時間切れで勝負がついた。
感想戦で、ゴシが入ってくる。
「リアンさん、最後時間切れを狙ったようにも
見えましたが」
「いえいえそんなことはありませんよ」
「戦というものは、あらゆる勝ち筋を見出す必要が
あります。今回はそれをちょっとお見せした
かったホホホ」
白い扇であおぎながら、大量の汗をぬぐうリアン。
長期航行も三回目となると、皆、色々な方法で
時間を潰す。それぞれそれなりに仕事もあるが、
それでも時間が余る場合もあるし、
それ以上に、それほど広くもない船内で、航行中
に頑張りすぎて煮詰まってしまわないようにと
いう配慮もあった。
ゴシの話35
今回使用している客船は、航行期間という意味
ではかなり小さいと言える。空母が同行していた
ということもあるが、通常は10日間程度と
なると、もう少し大きな船を用いる。
今回はアラハントの5人とテルオに、あえて
小さめの船で旅をしてもらった。その理由は、
物語のもう少しあとで明確になっていく
かもしれない。
そして彼らは木星第5エリアへと到着する。
この第5エリアは、第1と異なり、基本的に
シリンダタイプの都市しかない。そして、同じ
シリンダタイプであってもデザインが少し古く
第4エリアよりも、すこしカントリーな雰囲気だ。
彼らが向かうシリンダ都市は、カルルク。
そしてライブ会場はクラブ・ニーシャープール。
ここでもサクハリン、アラハント、テルオの
ライブはうまくいった。
少し驚いたのは、ちらほらとレイバーらしき
人たちもいたこと。負けてはならじと、
ゴシ・ゴッシーのダンスが炸裂する。
シリンダ都市なので重力も問題無かった。
そしてその翌日、交流戦だ。
これは、両国の友好を兼ねて、アラハントの5人
とクリルタイ国で選ばれたメンバーとでスペース
カーマリアリティの対戦をするというもの。
3回対戦して先に2勝したほうが勝ちとなる。
ホテル近くのエンターテイメントセンターでこの
交流戦が行われたが、その対戦相手とまず挨拶。
「ああー!」
「このひとたち、知っとうとよ」
なんと、第1エリアのエンターテイメント
センターで対戦してそのあと昼食を一緒に
食べた男女5人のグループだった。
まさかの再会に驚きつつも、3戦して辛勝と
はいえ全勝しているアラハント側が少し余裕
モードに入る。しかし結果は相手側の2勝1敗
でアラハントの敗北。しかもチーム構成は
相手側不利の火力構成だった。
あとで知った話では、彼らはプロを目指して
練習中で、2部昇格戦を行っている最中だという。
その名も、ヘブンズゴッドゲーミング。オースの
時は、サブアカウントで苦手な構成を練習して
いたとか。
そして、ケイト・レイ、アラハントの5人、
ゴシ・ゴッシー、そしてテルオは、帰路につく。
皆、ツアーのわりには充分楽しんだが、この長い
航行期間をかけて再び太陽系外縁を訪れることは
あるのだろうか。
人は、どれぐらいの長時間、星を眺めて
いられるのだろうか。
今回は、それを試すのにちょうどよい旅
なのかもしれない。最初の目的地まで八日間
の旅、その後の旅程も含めると、合計
39日間、星を眺めていられる。
少なくとも、無心で星を眺めるのは無理だ。
そう思いつつ過去の旅に思いを馳せる。
あれはもう10年以上前のことだ。
海上都市ムーから地球へ降りて、旧チャイナ領
へ高速艇で移動、そこから大陸間鉄道に乗る。
上海から、南京、徐州と経由して西安に入る。
古きものと新しきものが混在する風景、という
ものを期待したが、そこまではほぼほぼ新しい
都市の風景だった。
ただ、洛陽を通過する際は復元された都の
姿が車窓の遠くに確認できた。そこから
続く農地や自然の風景が車窓から眺め
られた。
間違いなく、そういったのんびりした
風景と時間が自分は好きなのだ。
心残りなのは、かつてシルクロードと呼ばれた
国々を、夜の時間帯で車窓から眺めることが
できなかったことだ。
自分で稼ぐようになってから、また戻ってきて、
今度は列車から降りて都市を訪ねたい、と
思いながらもまだ達成できていない。
朝には中東と呼ばれた地域で、アフリカ大陸
側へ分岐する。中東もアフリカも、かつては
もっと乾燥した地域だったらしい。
今では比較的新しい街の風景が広がっている。
アフリカの西端から、再び海路で海上都市
アトランティスへ、そこを経由して、
海路でアフリカ大陸を南周りで迂回し
海上都市レムリアへ。そこから宇宙へ戻る。
結局レムリアの街や料理が気に入って、
その数年後に戻ってくることになる。
レムリアの街は、旧インド領の文化を多く
受け継ぎつつ、宇宙エレベーターの駅も
存在するため世界中の文化が集まる。
逆に、旧インド領のほうが近代化された
ビル群でかつての文化が失われて
しまった。
レムリアの町はずれの小さな料理店で
3年料理の修行をした。そこはインド料理
専門店であったが、
近所には観光客目当ての、各地域の料理店
が並んでいた。どれもその地域の
本格的なもので、食べ比べをするのに
ちょうどいいと思ったものだ。
けっきょくのところ、インド料理が一番
旨いという自分の中で結論に達したが、
他の地域の料理も食べる前に自分が
想像していたよりもはるかに美味だった。
ゴシの話2
この旅には同行者がいる。
「ミスターゴッシー、そこから見える
星々の景色が気に入ったようね」
そのうちの一人がこのケイト・レイ、
国務長官だ。
「いや、なあに、星々のほうはそれほど
私のことを気に入っていないようですがね」
むしろケイトさん、あなたに気が行っている
ようで、と返すと、まあ御上手で、
私はビデオ会議に行ってきますわ、と言って
去っていく。
政府高官は忙しいのだろう。この船は
キッチンも使ってよい。気が向いたら私も
腕をふるおうか。その前にどのような
食材があるのか確認がしたい。
レムリアでの話をもうひとつ思い出した。
私が修行した小料理店は、老夫婦が経営して
いたが、そこに、私よりも先に同じように
料理修行のために来ていた女性がいた。
確か、イレリア・スーンという名前だった。
修行を始めた当初はまず仕事を覚えるのが
大変で、まったくそういうことに気が
まわらなかったが、褐色の肌に目の
ぱっちりして、小柄だが豊満な雰囲気の
美人であった。
けっきょく修行していた期間は非常に忙しく、
何の浮いた話も起きなかったが、宇宙への
帰り際、ありきたりな別れの挨拶を言ったあと、
何か言いたそうな、寂しそうな顔で私を
見つめていたのを思い出す。
今でこそ、色々な人生経験を積んで、分かって
きた部分があるのだが、あの場面は何か
アクションを起こしても良かったと
後になって思う。
そのあと月の裏側の第3エリア、宇宙都市
マヌカへ帰ってきた私は、都市上層で
一人暮らしをしながら、バーで修行をしたり
していたが、けっきょく今は実家に戻っている。
もともと両親がアジアンヌードル店をやって
いたのを、現在のかたちに改装しなおしたのだ。
そのころだったか、イレリア・スーンから
ネットワークメールが来て、旧インド領で
作製された映画集のディスクを返して
ほしいと言ってきたのは。
そう、私は借りたのを全く忘れていた。
プロデューサーの仕事を始めたのもそのころ
だった。上層のバーで働いていたころの
知り合いから、店によく来ていたある音楽
バンドの出演に協力してもらえないか、
という話だった。
そこで協力してあげたのが、その音楽バンド
のメンバーと活動をともに続けていく
きっかけとなった。そして今回も、彼らを
マネジメントしていく重要な立場だ。
ゴシの話3
今回の旅は、とても特殊なものだ。
コウエンジ連邦軍のトム・マーレイ少尉から
打診があったのは、約一か月前のことだ。
太陽系外縁と呼ばれる、木星以遠にある国、
クリルタイ国との将来的な軍事同盟を
見越しての友好使節として、木星の
ラグランジュポイントへ向かう。
その際に、合同軍事演習とともに、文化的
交流を行う。そこでプロデューサーと
して私が選ばれたのだ。
軍のほうはアラハントも指名してきた。
私が今のところ推薦できるバンドで一番
若い、報酬が安くて済む若手を選択
したのだろう。
私が今乗船しているのが、政府御用達の
民間船で、最新の宇宙高速艇であるが、
今は自艇の推進力では航行していない。
軍の最新空母に接舷して運ばれている
かたちだ。
「民間人でこの船を実際に目にするのは
あなたが初めてですよ」
艦長のブラウン・ノキア少佐が言う。
私とアラハントが初めてだろう。
この空母は、ちょうど客船と反対側に
人型機械用の母艦も今回接舷している
という。
「時間があればぜひ見学していただければ」
私はこの政府高官も使用する豪華な客船
で充分であるが、アラハントの若い
メンバーは何度も見学に行っているようだ。
これから向かうクリルタイ国は、人口
1000億人でほぼコウエンジ連邦と同等。
月ラグランジュポイントの第3エリアという
意味では人口5000億人との比較になるが。
最初に訪れる木星の第4エリアには約
100億人、その次に第1エリア200億人
台、最後に第5エリアで約100億人。
エリア単位でいうとまだまだこれから
という感じだが、国力の伸びがすごいと
ケイト長官などは話す。
軍事同盟は、技術交流の意味も含んでいる。
わずか1000億の国であるが、木星以遠
はすべてクリルタイ国だ。火星以内にも
存在しない技術も持っている可能性がある。
我々はすでにクリルタイ国の関係者とも
会っている。このコウエンジ連邦の
最新鋭空母を先導するかたちで、かれらの
中型空母が進む。その中型空母は、
クリルタイ国の人型機械の母艦付きだ。
クリルタイ国で今回の件を担当するのは、
外務省次官のリアン・フューミナリ。
非常に柔らかい物腰と話し方で、
身の回りに常に涼し気な風をまとう青年だ。
そして外見から推察するに、おそらく
私よりも若い。
ゴシの話4
夕食はいつも、私とアラハントの5人、
ケイト・レイ国務長官、トム・マーレイ少尉、
ブラウン・ノキア艦長、そしてクリルタイ国
外務省次官のリアン・フューミナリの
10名で会食となる。
格調高い部屋の、厚い木製テーブルは20名ほど
が座れる、ふだん非公式な外交の会合も行われる
場所だ。
今日流れている曲はラフマニノフのピアノソロ
第2番だ。今日のメインのハンバーグにも
ナツメグがしっかり使われていて、プロの仕事だ。
2国の政府高官や軍の佐官クラスが参加している
こともあり、ふだん一般人では聞くことのでき
ないトピックが飛び交う。
「第5エリアではやはり指導者不足の状況が
続いていると」
「先月自由主義寄り政党の党首がスキャンダルに
より失脚しています」
「第2エリアのバレンシア共和国では極右政党
が勢力を伸ばしています。このままでは数年
以内に政権をとることが確実かと」
「先日第4エリアの民間工場であった一般市民
による暴動ですが、被害にあったのは要人警護
および要人暗殺と誘拐に使用できるレベルの
アンドロイドだったそうで」
「けっきょく発注元がまだ明らかになって
いないようですね」
「ケイト様のお二人のお姉様のお話もよく
存じ上げております。とくに上のお姉さまの
伝説は今も語り草で」
と話すのはリアン次官だ。
「ほほほ、姉はともかく、姪っ子たちも今は
もう手に負えないことですわよ」
「ところでご子息は舞踊の道に進まれているとか」
こういった会話に参加していると、自分がこう、
太陽系のすべてをコントロールしているような、
何かそういった錯覚に陥りそうになる。そして、
それを止めないことを否定しない自分もいる。
自分も何か話題を出してみよう。
「リアン次官はお若くて聡明であられるが、
それほどの才能がおありであれば、クリルタイ国
のような小国ではなく、もっと大きい、そう
例えばバレンシア共和国でも立派に勤められる
と愚考しますがいかがか」
アラハントのメンバーがゴシを一瞬睨みつけたが、
本人は気づかない。
リアンが答える。
「いえいえ、私のような者などクリルタイ国には
掃いて捨てるほどおります」
「それに、小国であれば自らの思いも為しやすい
というところがありまして」
ゴシの話5
デザートも格調高いものが出される。
メキシコ料理のソパピアと呼ばれる揚げパンだ。
「何か壮大な夢をお持ちのようですが」
続けて聞いていみる。
「わたくしはあくまで国民が選んだ代表を
補佐するまでです。まあ強いて言えば
この太陽系の平和でしょうか」
そういうものであろうか。
「本日はご参考ということで、わが国の軍で
一般兵士に出される夕食をお召し上がりいただき
ました。お口に合いましたでしょうか」
リアン次官が会食を閉める。
ロビーの窓際でまた星を眺める。
アラハントの5人が向こうで何か話している。
今はリラックスして他愛のない話をして
いるのが一番良い。
アラハントの5人が小声で話している。
「だからさあ、いい加減誰か注意して
止めさせようぜ」
とエマド・ジャマル。
「うん、あれは完全に自分を敏腕
プロデューサーだと勘違いしてるね」
とフェイク・サンヒョク。
「今日のリアンさんに聞いてたやつ、あれは
やばかったよね、小国とか言うふつう?
ウイン、なんとかならないの?」
とマルーシャ・マノフ。
「だいたいなんで呼んだんだよ、ヘンリクで
良かったんじゃないの?」とまたエマド。
ウインが答える。
「まあ最初トムさんに言われたのは、身の回り
とか、雑用ができるマネージャだったんだよね。
となるとゴシさんでしょ、まあ建前上
プロデューサーってことにしてるけど」
「まあこのまま放っといてどこまでいくか
見たい、ってのもあるんじゃない?」
と適当なことを言っているのはアミ・リーだ。
「ていうかさ、昨日から言ってるあれ、
やってみようよ、もしかしたらそれで治るかも
しんないよ」
「じゃあトムさんに言って夜練でやるか」
そのまま5人は、空母経由で人型機械母艦へ
向かう。
アラハントの5人にも、なんというか、
もっとこうドライで緻密な大人の人間関係
というものをいつか教えてやらなければな、
とゴシは思う。
遠くでトム・マーレイ少尉がケイト長官に何か
相談している。声が大きいのですべて聴こえて
くる。
「本日夜の訓練は客船側宙域も使用して行いたく、
よろしいでしょうか!」
ケイト長官が何か答えてトム少尉は下がっていく。
久しぶりに葉巻が吸いたい気分だ。
葉巻を吸う仕草をしながら、窓の外に
太陽系全体をイメージする。
ゴシの話6
このシステムの平和が、
自分の肩に乗っかっているのだ。
と、遠くに光のきらめきが見える。否、
それほど遠くでない。いや、きらめきが
近づいているのか。
複数の光線が行きかっている、これは、
素人目に見ても、戦闘だ。周りを見渡す
が、特に戦闘状況に突入したような
雰囲気はない。
民間船として接舷しているとはいえ、
何かあれば船内放送を流して、ふつうに
考えれば空母側へ避難させるはずだ。
訓練の可能性が極めて高い。あの距離なら
確実にレーダーで捉えているはずだ。
しかし、私は軍事に関して素人だ。
何らかの理由で目視で確認しており、また
何らかの理由で私しか気づいていない、
としたらどうだろうか。
すぐにトム少尉、またはブラウン少佐に
伝えないといけない状況に陥っている
可能性もある。
誰かいないか周りをキョロキョロと
覗いながら、もう一度窓の外を
確認する。
「おわっ!」
突然白い人型機体が窓のすぐ外に現れて、
ゴシはのけぞった。のけぞった先がさっき
から座っていたソファだったので、床に
倒れ込むようなことはなかった。
機体が接触通話で何か言ってくる。
「ゴシさん、元気?」
女性の、アミの声?
すぐその白い機体は飛び去った。
自分の狼狽ぶりが誰かに見られていな
かったか、もう一度あたりを見返す。
軍に頼んで乗せてもらったのか?
だが訓練であんなに客船に接近
するだろうか。
しばらくしてからアラハントが帰ってきた。
「やあ君たち、お疲れさん」
「お疲れ様です」
「あの、もしかして人型機械に
乗せてもらったりしてた?」
「いえ、僕たちそこでずっとダーツ
やってましたけど」
「ん、あ、そうか、いやそれならいい、
夜更かししないようにな」
そうだよな。いくら軍と仲良くなっても
人型に乗せてくれるまではならないよ。
アラハントの5人が各個室がある
廊下までやってくる。
アミが笑いをこらえられないようだ。
「ゴシさん、めっちゃのけぞってた」
「来る前に窓の偏光解いてたから
よーく見えた」
ゴシさんもたいがいだけど、この5人も
けっこうタチ悪いよね、とマルーシャ。
というわけで、ゴシに仕事を与えるべく、
ウインとマルーシャは献案する。
ゴシの話7
提案はすぐに通った。次の航行期間に入った
のちに実施される。
いよいよ、木星ラグランジュポイント第4エリア、
都市オイラトに到着する。ケイト長官や軍関係者
とはここで別行動となる。
いったん今日は街の宿泊施設に泊まり、そして
明日の夕方ライブだ。外縁で一緒に回ってくれる
音楽ユニットのメンバーの一人とホテルの
入口で会う。
「まいど、お疲れさまです、タナカです」
長身の、クリルタイ国で活躍する音楽ユニット、
サクハリンのDJ兼キーボード担当、ジェフ・
タナカだ。
「旅はどうでした?けっこう遠かったんと
ちゃいますか?」
若干訛りを感じる話し方だ。
「月第3エリアから8日間ですね」ゴシが答える。
「船内けっこう暇やったんとちゃいます?」
エマドが答える。
「僕ら実は空母で来たんです。航行中はクリルタイ
国の空母とずっと合同軍事演習で戦闘機乗って
ましたよ」
「へえ!君らバンドやりながら戦闘機乗るんかあ、
そりゃすごいな」
ゴシも同時に、え? という顔をしている。
「じゃあとりあえず今日は泊まってもらうだけ
なんですけど、明日のお昼とか一緒に食べません?
案内しますよ近所ですけど」
ジェフさんが言う。
「おいしいとこ知ってますねん」
「ぜひ」
サクハリンのジェフ・タナカさんが帰って、
フロントでチェックインする。
しかし、このホテルの造りもかなり豪華だ。
政府高官の同行者とはいえ、ここまでもてなして
くれるとは、と皆感心している。
「別に最近建てられたわけでもないみたいだし」
「よーし、フェイク、風呂行こうぜフロ!」
温泉も付いている。
「もちろんゴシさんも行きますよね?」
「エマド、さっきの話だけど」
戦闘機に乗っていたという件だ。
「ゴシさん、冗談に決まってるじゃないですか、
こういう世界は最初のインパクトが大事だって、
前に言ってたのゴシさんですよ!」
「お、おう、そうだな、うん、そうだよな」
夕食もとても豪華だった。羊肉を焼いたものを
中心に、なんかあまり見たことのない料理が
次々と出てくる。
「君たちな、本来ツアーというものは、もっと
たいへんなもので、料理の修行と同じで」
ゴシのお説教もあまり気にならないぐらいに
皆満足していたのであった。
ゴシの話8
お昼にジェフ・タナカがホテルまで来て、
ホテル近くのレストラン、フェンユエまで
歩いていく。
小麦粉に水を混ぜて捏ねたものに自分の好きな
ものを入れ、焼いて食べるタイプの料理だ。
テーブルについている鉄板で自分で焼いても
よいし、店員に頼んでもよい。
今回はジェフ・タナカ自らが全員分焼いてくれた。
「これ、旨いっすね」
「ゴシさん、これ、帰ってやりましょうよ」
ゴシも食べてみたがたしかに旨い。
「ジェフさん、これ、何入れてるんですか?」
「あ、これ?僕いつもヌードル入れるんですよ。
あと、スパイスでちょっと辛くしても旨いですよ」
次来た時はもっと長期滞在してもっといろんな
ものを食べていってもらえたら、とジェフは
奨める。
食べ終えると、いったんホテルへ戻り、
ジェフの運転するホバーに機材等を積んで
ライブ会場へ向かう。
今回はクラブ・ブハラというところだ。
「いやー何からなにまですみません」
「ぜんぜん大丈夫ですよ。やっぱり遠方から来たら
いろいろ大変でしょうから」
すでにメジャーで活躍しているアーティストで
ある。なかなかここまでは普通やってくれない。
会場はホバーで行って20分もかからない。
開演までは4時間ほど。準備を始める。
今回は、普段ビジュアルジョッキーを務める
ヘンリク・ビヨルクが参加していないが、
事前にクリルタイ国側に映像ネタを送付して、
入念に打ち合わせしてある。
クラブ・ブハラは規模でいうと中型のクラブ兼
ライブハウスだ。入場人員は1万人。
それでもぎゅうぎゅう詰めにはならないように
計算されている。
これ以上となると、5万人や10万人、100
万人といった規模になるわけだが、音響や
アーティストとの一体感などを重視すると
やはり1万人という規模が限度になる。特に
ダンスミュージック寄りのアーティストは。
そして、このクラブ・ブハラは、第3エリアの
構造都市マヌカの同等規模の一番良いクラブと
比較しても、遜色ない設備だった。
いや、もうそこに入るまでの街並みがすでに
なかなかの都会なのだ。
「ジェフさん、ここ、なんか凄いですね」
エマドが思わず口にしてしまう。
「そうでしょ?でも実際に演奏してみると
もっと気に入ると思うよ」
とジェフが返す。
ゴシの話9
木星第4エリアの都市オイラトは、シリンダ
タイプの構造都市だ。宇宙世紀開始のころ
から存在するタイプであるが、オイラトの
築年数自体はそれほど古くない。
クリルタイ国ではシリンダタイプが多く使用
されているそうだが、第3エリアにも存在
するような、バームクーヘン型都市も少しづつ
増えているらしい。
クラブ・ブハラはオイラトのダウンタウンの
中心部に近いあたりにあり、建物の最上階も
含むフロアにある。実際は上から3階分を
占有している。
最上階にあたる部分の天井は偏光可能と
なっており、夜間は透過して外の景色が
見える。それほど広くないがバルコニーも
設置されて外の空気を吸うこともできる。
天気が良ければ対面の都市の夜景や日光を
取り入れるガラスエリアから星空も見える。
今日のライブは19時開演でクリルタイ国の
音楽ユニット・サクハリンの演奏でスタート
する。1時間ほどでアラハントの演奏が
開始し、1時間ののちにまたサクハリンに戻る。
開始2時間前でサクハリンのリョーコ・ミルズ
が到着した。早速メンバーを紹介してもらう。
「うち、第3エリアの人と共演するの初めて
やねん!」
若干訛りが気になるが、気さくな感じのひとだ。
ジェフのほうはDJとして火星以内でもプレイ
することがあるらしい。
「でもアラハントの配信見てるよ」
「え? マジですか」
「僕らと方向性似てるからねえ、そういうのは
メジャーかどうかに関わらずチェックしちゃう
かもなあ」
答えるのはジェフ・タナカだ。
「じゃあ僕ら出演先なんで調整させてもらいます」
3階分あるフロアの構造としては、一番下の
フロア中心部に少し高くなったステージ、
2階と3階は吹き抜けの見下ろし型でステージ
が見えるようになっているが、
メインの空間以外にも、別の曲も演奏可能な
セカンドブース、そして多くの休憩スペースを
備えていた。ダーツやビリヤード台もあって
長時間でも飽きさせないつくりだ。
ステージと接続された複数の控室もあって、
そこでアラハントは調整を続けていた。
そしてサクハリンの開演間近という時間になって、
「あー! やっばーい、あれ、忘れたー!」
アミの声だ。
「ゴシさん、あたし、空港まで取りに行く」
空母に忘れ物をしたというのだ。
ゴシの話10
「とにかく店からタクシーを呼ぼう」
ゴシがすぐさま対応する。
今回はクリルタイ国でのライブだが、アラハント
名物のメンバーが少し遅れてくるというネタは
行う予定だ。
だが、他国ということもあり、ふだんより
早めにメンバーが揃う予定だった。
「空港まで30分でうまくいけば間に合うな」
「タクシー、すぐ来ます!」
店のスタッフが教えてくれる。
「よし、残ったメンバーは動揺せずにいつも
どおりな!」
激しく動揺しながらもゴシが叫ぶ。
「大丈夫だって、おれたちアミなしでも
いけるぜ」エマドが強気だ。
とにかくアミを出発させて、控室に戻る。
モニターでは、サクハリンのライブが
スタートしていた。
「どう?サクハリンかっこいいだろ?」
フェイクが言う。前から詳しいのだ。
サクハリンの特徴は、まずジェフ・タナカが
民族調やディスコ調のダンスミュージックを
DJセットやキーボード、ミュージック
シーケンサーなどを使ってつなげていく。
そこにリョーコ・ミルズがボーカルを乗せて
いくわけだが、決まった曲、というのも
もちろんある、周知された曲というのか、
でも、半分以上が即興で歌詞を乗せるのだ。
即興なのはリョーコのボーカルだけでない。
ジェフのキーボードから出てくるメロディ、
リズムマシンによる変則ビート、つまり、
その場で作曲しているようなプレイなのだ。
実際、ジェフが演奏中に使用する端末に
入っているインターフェースは、作曲にも
使用できるものだ。
で、その横にある立体印刷機により、
すぐさまレコード化してターンテーブルと
ミキサーでミックスできる。
観客は、あとでそれをレコードでも、
音源ごとに分けられた曲のデータとしても
入手できる。ジェフは、そういった作業を
ライブ中に淡々とやってのける。
「すげえよな」
エマドが感心する。自分でもけっこうな
ステージ度胸があると思っていたが。
「僕ら、逆にふだん作曲作業することほとんど
無いんですわ」ジェフがライブ前に言っていた。
「イメージだけ頭ん中に作りはするんですけど」
さすがのアラハント5人もそれには驚いていた。
「あ、もちろん最初のころはやってましたよ作曲」
「ライブの中で生まれる、インスピレーション、
それを大事にしたいみたいなんがありますねん」
ゴシの話11
アミからテキストが入る。空港で忘れ物を
確保して時間どおり戻れるそうだ。
サクハリンの最初の1時間ももうすぐ終わる。
フェイクとエマドがスタンバイしている。
アラハントは、この規模でのライブ経験はある。
しかし、第3エリアの都市マヌカ以外での
ライブ経験がない。ツアー自体初めてだ。
さすがに二人とも緊張しているのが伝わってくる。
「エマド、フェイク、いつもどおりぎこちなく
いくのよ」
ウインが声をかける。
「まかしとけって」
エマドが親指を立てる。フェイクは苦笑いを返す。
サクハリンのMCが始まったようだ。
「じゃあ今日は、第3エリアから若手を呼んで
います」
「みなさん暖かく迎えてあげてくださいね」
「アラハント!」
リョーコのコールが響きわたる。
「よしいくぞ!」
エマドを先頭にフェイクと二人でステージへ
上がる。
「エマド・ジャマル!」リョーコのコールに歓声が
あがる。まだサクハリンのステージの延長だ。
「フェイク・サンヒョク!」歓声があがる。
が、ステージの何もないところでフェイクが
つまずきそうになる。ちょっとヒヤッとしたが、
フェイクはその勢いのまま、ステージで前転する。
また少し歓声があがる。
「アラハントの二人です!」
「じゃあわれわれ二人はこのへんで、あとで
来まーす!」
あっさりとサクハリンの二人はステージを去る。
残されたアラハントの二人。
「あ、どうも、アラハントのエマド・ジャマルです」
若干声がかすれている。
「あ、あの、メンバーあと3人いるんですけど、
実は遅れていまして」
その時だ、
「エマド帰れー」という声が響いた。
次々とエマド帰れの声が響いてくる。いや、
もうこれは帰れコールだ。ひるむアラハントの
二人。しかし、観客が不満げにしているわけ
でもなさそうだぞ。
もしかして、わかってる客かも?
フェイクのドラムの演奏がはじまる。そして
歓声があがる。エマドがラップで客を煽る。
相変わらず罵声が飛ぶが、これは都市マヌカで
もらういつものやつと同じだ。ここの客は
もしかしてアラハントを知っている?
控室ではゴシが焦っていた。このあとウインが
出て、それからアミが出る順だ。もう控室に
ついていてほしい時間だ。
「曲順変えようか」
ウインに提案するが彼女は首を横に振る。
ゴシの話12
ステージ横のモニターでは、遅れているはず
のメンバーの一人、ウイン・チカの寝起きの
場面が始まっている。
ホテルで起きて、衣装に着替えて、楽器をもって、
会場へ歩いていく映像が流れる。建物に
入る場面が終わったところで、実物のウイン・
チカが、3Dウニーとともにステージに登場して、
歓声があがる。
キーボードの演奏が加わり、エマドが管楽器に
変える。
アミからテキストが再び入る。
「直接会場に行きます」
「直接?どういうこと?」
ゴシが困惑している合間に、ステージ横モニター
にはアミが映し出される。
ウインと同じように、朝起きて、準備して、
歩いて移動して、どうやら格納庫のように見える。
そして、白い人型機械に搭乗を始める。
コクピット扉が閉まり、少し歓声があがる。途中
からリアルタイムの映像だと気づいている者は
少ない。
空港では、
人型機械母艦からアミのハヌマーン改の射出準備
が進んでいる。トム・マーレイ少佐とリアン次官
がデッキから指示を出す。
「アミ、出たら最大戦速で目的地まで、
方向確認よろしく!」
「はい!トム艦長!」
「試算では20秒で着きますから!防衛システムは
調整済みですが発砲はしないでください!」
「もちろんよ!リアンさん!」
「アミ・リー、ハヌマーン改、出ます、秒読み
3、2、1、射出」
ステージ横モニターでは、空港の撮影ドローンが
ハヌマーン改の速さについていけず、映像が
切り替わる。クラブ・ブハラ上空だ。
そこに、素晴らしい速さでハヌマーン改搭乗機が
到着し、空中で静止する。コクピットハッチが
開き、楽器を持ったアミが跳ぶ。
客が出来事に気づき出し、上空とモニターを
交互に指さす。
アミの背中から、6つの光る羽が生える。
フィルムに通電して硬化させるタイプの
降下翼だ。羽が青く光るとともに、
ステージでは曲が始まる。
アミの曲、舞い降りた堕天使、だ。
バルコニーに無事着地し、フィルムの羽が縮れて
落ちる。そこから会場に入り、もう一度
ステージへ跳ぶ。6枚の羽が再び光る。
「いくよー!」アミが叫ぶ。
会場が一気に暗いトーンとなり、アラハントの
メンバーの頭上に3Dの魔物が出現する。
いや、客一人ひとりの頭上にも魑魅魍魎が
あらわれる。ウニーが妖怪に囲まれる。
歓声と悲鳴。
ゴシの話13
今回のアラハントのテーマは、時代の混乱と
神と悪魔、だ。時代の混乱は多くの魔を
生じさせ、やがてそれは一つとなり、絶頂を
迎えるが、それは永遠と続かず倒れ、
そして無数の神が生じる。無数の神は
やがてひとつの神となり、永遠の幸福を約束
するが、それも続かず神は朽ち果て、再び
混乱の時代となる。
今まさにフロアでも人々の頭上に生じた
魑魅魍魎たちが集まり、ひとつの大きな魔物を
生み出している。
ヘンリクのデザインであるが、フロア内は
妖怪屋敷さながらの様相だ。それにアミの
デスボイスが乗り、3Dの巨大なツノを持った
魔物が咆哮してすべてが闇に包まれるかに
見えた。
しかし、ステージの一画で光が漏れだす。
さっきまで妖怪たちにいじめられていた、
ウニーだ。光が増して、その中から
成獣となった黄金色に輝く伝説の聖獣
ユニコーンが姿をあらわす。
同時に、曲が流れだす。ウインの曲、
覚醒せし者、だ。フロアでは3Dの巨大な
魔物とユニコーンが交錯し、アミのデス
ボイスとウインの歌声が交錯する。
やがて巨大な魔物は四散し、小さな魑魅魍魎たち
に戻るとともに、モニターにはマルーシャの
寝起きの姿があらわれる。
衣装を着て準備を済ませたマルーシャは、
屋敷の玄関に止めてある白金に輝く4頭立ての
馬車に乗る。馬車は軽々と中空に浮かんで
翔けていく。
フロアにひときわ強い光が差し、上階から
馬車が現れる。3Dと実体を組み合わせた
人が乗れる飛翔体だが、3D映像で
コーティングされて馬車が中空を翔けて
いるようにしか見えない。
四散した魔物たちが雷に打たれ、屍となっていく。
馬車がステージに到着し、マルーシャが
登場する。大きな歓声だ。
観客の頭上には様々な姿をした神々が3Dで
現れ、始まった曲はマルーシャが歌う、
エイトミリオンの神々、だ。
神々が歌い踊る宴が始まるが、歌が進むにつれて、
隣り合う神が合体し、少しづつその大きさを
増していく。最後にはひとつの大きな神が
誕生する。
マルーシャはその神に祈りながら歌う。
神聖な雰囲気が漂うステージ。しかし、
モニターには新たに誰かの寝起きの
映像となる。
アラハントはすでに5人揃っている。
モニターの人は、顔が映らないため
誰かわからないが、準備をして、
会場に移動を開始する。
ゴシの話14
アラハントのメンバーは、なんとなく
勘づいている。しかし、もしそれが当たって
いたとして、どうやってここまで来たのか。
マルーシャがMCを始める。
「みなさんありがとうございまーす」
「えーと、今日はですね、もう一人ゲストが
いるみたいなんですけど・・・」
ちょうどその時、フロアに一人、ダイブで運ばれ
てきた男性、金髪の、テルオだ。
アラハントのメンバーの顔が少し引きつって
いるのは、おそらくテルオが初めてこの
規模のハコで出演することを心配している
のだろう。演れるのか?
警備員と話している。戻されそうになるところを
スタッフが駆けつけて説明している。ステージに
上がる前に、観客に振り返る。
歓声があがる。テルオコールも始まった。
「テルオ!テルオ!」
アラハントのメンバーが驚いている。
テルオコール? クリルタイ国で、どういう
知名度なんだ?
ステージに上がって来たテルオは、マルーシャ
からマイクを受け取ると、
「プロキシマ・ケンタウリとアンドロメダ、
続けていきます」
曲が始まる。プロキシマ・ケンタウリにまとも、
かどうかわからないが歌詞が付いた。
意訳するとこうだ、
あまたの神が生まれ、ひとつの神に収束し、
神が滅びあまたの魔があらわれ、魔が収束し、
それは永遠に続く輪廻の井戸の底であり、
人類は煩悩を捨てて輪廻から脱しなければ
ならない。
故郷である恒星系の周囲を回りつづけるのは
まさに輪廻であり、われわれはそこから
脱する。そして次の恒星系をめざす。
それができるのは、虐げられた民のみ、
我慢をし続けた民のみだ。たどり着いた
その先で、人類は新たな境地にいたる。
そして次の曲に移る。
アンドロメダはより深く、遠い未来、遠い
場所を思わせる曲調だ。
概要はこうだ、
次の恒星系に至ったわれわれは、再び輪廻の
罠に陥る。われわれ人類は、輪廻から脱しては、
再び輪廻の罠にはまるということを繰り返す、
しかし、やがて我々は銀河を抜ける。次の
銀河を目ざす。たとえそれがいつか我々の
銀河と融合するとわかっていても。
そして最後には、人類は恒星系にも銀河にも
頼らずに、完全に煩悩を捨て去り、解脱する。
その日は遠くとも、進まないものはけして
たどり着かない。
ゴシの話15
アンドロメダは長い曲なので、同じパートが
繰り返される。
2回目のパートは、女性ボーカルで始まった。
しかしこの声、マルーシャのものでも、ウインの
ものでもない。テルオの声に似た透明感と、
どこか脆さとはかなさを感じさせる声質。
アミの声だ。
アミがノーマルの発声でステージ上で歌うのは
公式のライブとしては初かもしれない。
メロディが落ち、ビードが落ち、アミの声だけ
が会場に響く。静まり返っている。
輪廻の繰り返しだけがわたしを作り
輪廻から飛び出してわたしは振り返らない
それは輪廻のパラドックス
それは輪廻のパラドックス
そこから打楽器が入り、和声が入り、ラップが
入り、歓声が入り、高まっていく。
アラハントの演奏が終わった。
メンバーが控室に戻ってくる。
ゴシが顔をぬぐって出迎える。
「いやー、最初はどうなるかと思ったけど」
「あれ?ゴシさん泣いてんの?」
アミが鋭く指摘する。
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけだ」
ゴシ・ゴッシーが太古から使われ続ける言い訳を
口にする。
「こんなんで泣いてたらこれからさきうちらの
ライブ来れなくなるよ」
夜になって、サクハリンの二人も加わって軽く
打ち上げだ。ホテルから歩いていける、クラブ
ホビーというカニ料理専門のレストランの個室
で行う。
軽く打ち上げるのも、サクハリンのジェフ・
タナカが明日早朝から連れて行ってくれるところ
があるというからだ。
「けっこう楽しいところがあるんですわ、
近いですし」
「うちもめっちゃ好きやねん」
リョーコ・ミルズもそう話す。
が、どこに行くかは行ってから、ということの
ようだ。
そして早速翌朝、目的地まではゴシ・ゴッシーが
運転することになった。
「まあ実際目的地まではほとんど自動運転なんです
よね、目的地トークンさえ取れれば」
「インターフェース違うだけで基本どこも一緒だと」
ジェフのアドバイスを受けながら出発だ。
そして到着したのが、空港近くの巨大なエンター
テイメントパークだった。一気にアラハント女子
3名のテンションが上がる。
「あ、じゃあうち4名まで使えるグループ優先パス
あるんで」
ほなあとで、と言って4人が先に行ってしまった。
ゴシの話16
残された男4人でとりあえずどうするか
話し合う。
「えっと、ジェフさんは優先パス持ってるん
ですか?」
「いや、僕乗り物苦手で・・・」
「おれも実は・・・」
「人型機械なら乗れるんですけど・・・」
というわけで、全員エンターテイメントパーク系
の乗り物が無理なのがわかったので、どこか適当
に過ごせるところを探すことにした。
「ずっと生演奏聞けるレストランがあるんですよ」
ジェフが言うのでそこへ向かう。
そこはかつて地球上でメキシコと呼ばれた国の
音楽を一日中生演奏している食堂だった。
「じゃあまだ朝ですけど、今日もうこのあと
なんもないんで飲みますか」
ビールを頼むと、ラベルにコロナと書かれてある。
4人で乾杯した。
「なんかここ落ち着きますね」
独特のカントリー風の曲が演奏され、歌も
どこか異国の田舎の風景を思い起こさせる。
そして男同士で飲んでいるとだいたい
そういう話題になる。
「ジェフさんモテますよね?」
見た目も仕事的にも、とエマドが付け加える。
「あの4人だと誰がいいんですか?」
まあこういう質問になる。
「いや僕あの実は・・・」
サクハリンのジェフ・タナカは、実はいわゆる
美人、美女、かわいい女の子の類が苦手らしい。
背が低くて少しふくよかで眼鏡であまり
かわいくないのがいいらしい。
「いや、べつにブス専ってわけじゃないんですよ、
だって僕はかわいいと思ってますから」
「とするとリョーコさんはあんまタイプじゃない
ってことですか?かなりの美人っすよね」
まあそういうことになるね、とジェフは答え、
あと実は、と続ける。
「これ、内緒ですよ」
リョーコも背が低くてブサイクな男性が好きだと
いうのだ。なので、ある意味この二人は気が合う
のだ。
ライブなどでは、ごくたまに二人ともブサイクな
カップルを目にすることがあるが、決まって
ライブ終わりに二人で、世の中なかなかうまく
いかないね、という話になる。
こういう話をそれぞれ順にやっていき、朝から
酒とつまみが進む。
気が付くともう昼だ。
女子4人がやってきて、
「8人乗りの空いてるやつがあったよー」
ムリやり拉致されていく。
4人同士が対面で乗るカヌーのような形をした
乗り物を前に、男子4人の顔が青ざめる。
最大の危機がここにやってきたのだ。
ゴシの話17
顔色の悪い4人組がメキシカンレストランに
帰ってくる。けっきょく方向を変えて
2回乗ることになった。
「昼飯食ってたら完全に逝ってたな」
じゃあ再開するか、そういってまた4人で
飲み始める。
「で、フェイク君、その子とどうなったの?」
ジェフが尋ねる。
「会いはしたんですけどね。やっぱその、ゲーム
の中と違うというか」
「ゲーム中はキャラも会話もすごく可愛かった
んですけどねえ」
フェイクが遠い目で回想する。
「つまり、フェイクのタイプではなかったと?」
エマドが現実に引き戻す。
「ちょっとそれ、僕興味あるなあ」
「あ、もしかしたらど真ん中かもですね」
「ゲーム名教えてくれる? ゲームってたしかに
それ系の子多そうやね。あとはこっちでも
サービスやってるかどうか」
フェイクとジェフで盛り上がってしまう。
「まあでもあるあるだな。男じゃなかっただけでも
よかったんじゃないか」
ゴシが遠い目で回想する。
「え、ゴシさんも会ったんですか?」
エマドが現実に引き戻す。
「ああ、おれの場合は髪の長いおっさんだった」
「会う前に写真とか確認しましょうよ」
「確認したって」
「僕も確認しましたよ」とフェイク。
「写真の技術が半端ないんだって」
ゴシとフェイクの声がかぶる。
ジェフが気づいた。
「つまり、写真で判断している僕は大魚を
逃している可能性があるってことですか」
こうして気づいたらもう夕方近くだ。
女子4人が来て、お土産を買うのを手伝えという。
ショップに向かう途中のパーク内エンターテイ
メントセンターで、面白いものを見つけた。
スペースカーマ・リアリティだ。
「へー、ここにも置いてあるんだあ」
「リアリティはたぶん世界同時リリースだよ」
「一回やってく?」
アミがうれしそうだ。
本物そっくりに作られたコクピットに5人で
座る。まだ最新機体が反映されておらず、
5人が使うのは、アシュラ、ハヌマーン、
ガネーシャ、パールパティ、そしてインドラだ。
プレイヤーが多いらしく、対戦キューを入れると
すぐ相手が見つかった。
最終的に、アシュラとガネーシャの搭乗機が破壊
されるが、残りの3人で取り返して勝利した。
「5人ともうまいね」
サクハリンの二人が感心している。
ゴシの話18
今の彼らでゲーム内の勝率は7割ほどだという。
適正レートの勝率50%前後に達するのはもう
少し先になりそうだ。
お土産屋を出た8人。そのうちの男性4人は
大きなぬいぐるみと大きな紙袋を抱えている。
「じゃあ帰りますかあ」
帰りはリョーコ・ミルズが運転席に座る。
自動運転にしている限り飲酒後に運転席に座る
のは法律上問題ないが。
ホテルに着いて、サクハリンの二人はいったん
帰るが、夜に女子4人で飲みにいくという。
「男子チームも行くでしょ?」
アミが聞いてくるが、
「いや・・・、われわれ今日はちょっと・・・」
そして翌日、木星ラグランジュポイント第1
エリアへ出発する日だ。ここ以降は第5
エリアまでサクハリンも同行する。
昼頃にホテルでサクハリンと合流して、
空港へ向かうが、女性陣はみな眠そうだ。
3時まで近くの海鮮居酒屋ビッグショウで
飲んでいたとか。
そういえば。
来た来た。テルオだ。でも、彼らとは違う船に
乗り込んだ。別の客船で行くらしい。なんでも、
クリルタイ国でしか受けられない教育を受ける
ために、別船で缶詰めらしい。
木星第1エリアへの旅が始まった。
第1エリアへは10日間の旅だ。その間、
ゴシ・ゴッシーは料理アドバイザーの仕事を
もらった。
客船と空母のシェフの仕事を手伝いながら、
時間の合間にお互い知らないレシピを
教えあう。
客船内でも、最初の航行期間にやっていた
気取った人々ごっこをもう辞めたようだ。
ケイト・レイやトム、ブラウンも船内では
ほとんどジャージを着ている。
リアンはどこかの異国の装束だ。
「あ、これはですね、サムエというやつです。
ええ、寒いわけじゃなくて、サムエです。
まあ冬場はちょっと寒いですけど、ええ」
この客船は一応民間船の扱いであるが、
ケイト・レイの特注で、プールやトレーニング
ルームが付いている。
トレーニングルームには当然スパーリング用の
リングがある。
「ひさしぶりに相手してあげようか」
ケイト・レイがリングに上がり、
アラハントのメンバーとスパーリングだ。
ゴシはハントジムの練習には参加したことがない。
ケイト・レイが昔プロのリングに上がっていた
ことはうっすら聞いたことがあるぐらいだ。
「さきにトム少尉でアップさせてもらおうか」
ゴシの話19
トム少尉のすごいところは、ぜんぜん乗り気で
ないにもかかわらず、それをまったく表情に
表さないことだ。
ケイト・レイが、立ち技から軽く流していく。
流しているだけのはずだが、パンチ一発一発
が短く速い。距離を詰めるスピードもだ。
トムのガードのうえであるが当たると
パーン! パーン! といい音が鳴る。
ふだんはただ恰幅のいいおばさんなのだが。
一通りパンチの打ち方を変えたのちは、蹴り
主体で、そのあとは寝技だ。5種類ほど
サブミッションや絞めをやったのち、
立ち上がる。
ここまでは約束練習のようなものだが、
受けているトムの息がだいぶ切れている。
「よし、いいよ、おいで」
実戦形式がはじまるが、リング横にいつの間にか
ブラウン少佐が来ていた。
「なにやってんの! ジャブ薄いよ!」
ブラウンがトムへアドバイスを入れる。
トムとケイトは、体格的にはトムのほうが身長が
高くて、体重はケイトのほうがありそうだ。
トムはヘッドギアとボディギアを付けている。
しかし、どう贔屓目に見ても、遊ばれている。
トムは軍の中でもけして弱いほうではないのだが。
「良しオッケー、エマドおいで」
トムが肩で息をしてリングを降りる。
エマドは立ち技も寝技もやるが変則スタイルだ。
ケイトは最初オーソドックスなスタイルで、
そのあと変則スタイルで相手をする。
「変則スタイルとサウスポーに少し慣れてきたね、
この感じで続けて」
スパーリングの終わりに的確にアドバイスを入れ
ていく。エマドは変則スタイルだが、相手が変則
スタイルだといつもやりづらそうだった。
「次フェイク!」
元気よく返事してフェイクが入ってくる。
フェイクは立ち技をいなしてからの寝技主体の
練習だ。ケイトは相手の得意領域を中心に
練習相手を行う。
「寝技だいぶうまくなったね、この分だと
立ち技からの連携に力入れていいかも、
次、ウイン!」
ウインは立ち技も打撃と投げ技両方用い、寝技も
できる。技の種類がとにかく多い。
「くずしのイメージがだいぶ出来てきたね、
チャンスでもっと畳みかけていいよ、次、
マルーシャ!」
マルーシャはあくまでも立ち技で勝負する
タイプだ。綺麗なハイキックを繰り出す。
「相手のタックルにだいぶタイミング合わせられる
ようになったね」
「最後まで立ち技で行くとしても、バランス崩れる
のを恐がり過ぎたり、寝技主体の相手に接近戦を
嫌い過ぎたらダメだよ、次、アミ!」
ヘッドギアとボディギアを付けていない、
大丈夫なのか? とゴシが思いつつもアミが
リングにあがる。
は、速い、どちらも速い。ケイトはさっきまでの
遠慮が無くなっている。立ち技から寝技、
そこからまた立って攻撃と、アミがくるくる動く。
「アミは立ち技も寝技も防御がうまくなったね、
よーし、ここまで」
途中でジェフ・タナカとリアン・フューミナリが
入ってきていたが、アミのスパーリングが
終わりかけるときにリアンの提案で3人とも
隅っこへ行って腹筋をはじめている。
指名されるとまずいと思ったからだ。
ちなみに彼らは今重力下にいる。客船が空母と
ワイヤーでつながれて回転飛行しているからだ。
長期航行するタイプの客船は、単体で無重力の
場合もあるが、複船にするか貨物船と同道
するなどして重力を確保する。内部がドラム
式になっている大型船もあり、重力確保の
しかたは様々だ。
乗客などもまれに無重力航行か重力下かを確認し
忘れて面倒なことになる。持ち物が無重力、
重力下、どちらかしか対応していないということ
がこの時代まだあるからだ。
ゴシの話20
ゴシ・ゴッシーにとって木星第4エリアから
第1エリアへの移動はそこそこ有意義な
ものになった。
特に空母側のキッチンでの無重力下での
調理だ。これはもう別世界で、たいへん
勉強になった。ただ、第3エリアに
帰ってから役に立つ知識かどうか、という
ところもあるが。
テルオもたまに夕食に顔を出した。
彼が部屋に缶詰めで勉強しているのは、
都市デザインだ。それも、政治や経済をも
含めたもので、講師はリアンだという。
ライブのテルオコールの謎も解けた。
テルオの動画配信やブログは、第3エリア
などの火星以内より、クリルタイ国の
人々のほうに人気があるということだ。
扱っているテーマのせいだという。
ネットワーク上の配信情報でアラハント
のファンもけっこういるらしいのだが、
下手するとテルオファンのほうが多い。
アラハントが軍と仲がいい理由もわかった。
格納庫で清掃のアルバイトをしていたからだ。
彼らが担当していた第3小隊の機体を演習用
に持ってきているのは、現第3小隊隊員が
他国にいるときに元々使っていた機体を
軍が改めて開発採用することにしたからだ。
得意な機体に乗ったほうがいいと。
そして、今回持ってきている機体には、予備
で募集したパイロットたちが搭乗する予定。
まだ姿を見ていないが。
とにかく、長期航行というのは何をするかを
明確に決めていれば、腐ることなく、とても
快適に過ぎていく。
そして木星ラグランジュポイントの第1
エリアへ到着だ。都市名はトメト。
この都市の最大の特徴は、無重力であること。
構造タイプでいうと、6面ダイス型、
キューブ型、ということになるが、規模が
大きい。1辺が100キロある。
第3エリアにも無重力タイプ構造都市があるが、
そこまでの大きさのものはない。クリルタイ
国では無重力都市は比較的めずらしくない
らしい。
空母は、巨大な立方体の面のだいたい中心部に
ある、エアロックハッチの中へ進んでいく。
クリルタイ国にある無重力都市の構造は、10
キロ立方のモジュール都市を縦横高さ方向にそれ
ぞれ10基づつ接続したものである。
空母は比較的大きいため、最初の港モジュールに
停泊し、客船でその次のモジュールまで進む。
その隣に目的地のモジュール都市があった。
ゴシの話21
モジュール都市は、基点となるモジュールから
の座標で特定することもできるが、通称もある。
彼らの目的地のモジュールは、イジヤンだ。
そこにホテルとライブ会場がある。
客船を降りると、自動運転の推進シャトルに
乗り換える。ここでも政府関係者とライブ
参加者は二手に分かれた。
無重力、ということは、重力加速度がどの方向に
もかからないことになるので、建物の、どの面も
床にすることができる。空間を無駄なく利用
できるという利点がある。
しかし、そうすると、無重力都市に慣れていない
者にとって、把握がとても難しい構造になって
しまう。
そのため、こういった無重力都市で、観光客が
訪れそうな場所では、無重力であっても上下
の概念を保った設計がなされる。
例えば、今回の8名のうち、ゴシ・ゴッシーなど
はあまり無重力に慣れていないが、観光地であれ
ばとくに混乱なく過ごせるということになる。
無重力構造都市トメトのモジュール・イジヤンに
到着した彼らは、とりあえずその日のうちは
ホテルに宿泊するだけだ。サクハリンの
案内で夕食を摂るレストランへ向かう。
木星第4エリアでは、翌日ライブ開催となったが、
ここ第1エリアでは、いったん無重力に慣らす
ため、ホテル近くのスタジオで機材チェックや
演奏チェックを行う。
ライブ翌日の自由時間も取られているので、
4日滞在することになる。
無重力下での人々の暮らしはどうなっているの
だろうか。4日目にアラハントのメンバー達
はそれを見ることができるかもしれないが、
先に確認しておこう。
無重力都市の歴史は古い。というのも、宇宙世紀
前の、宇宙エレベーターが建設される前、
ロケット打ち上げのみにより宇宙開発が行われて
いた時代からの、宇宙ステーションと呼ばれた
建造物がすでに無重力居住空間だったからだ。
その後、宇宙エレベーターが完成してのち、
重力下居住空間の建設が本格的にスタートする。
シリンダ型の回転する構造都市が造られた。
太陽系外縁の歴史もそれ自体は古く、宇宙歴
二千年ごろ、居住型の宇宙船が一般的に
なってきた時期に移住が始まっている。
同じように、まずは重力下構造都市が建設され
ていくわけだが、巨大な無重力都市が建設
され出したのは、けっこう最近の話だ。
ゴシの話22
太陽系外縁で小型の無重力都市が造られ始めた
のは、今から1万2千年前の宇宙歴1万年ごろだ。
数キロ単位のものが宇宙歴1万6千年ごろ、
10キロ立方レベルは1000年前だ。
100キロ立方になると数百年とかなり最近だ。
そして、同時に居住用構造物の標準化も
行われている。
この構造都市の家は、居住キューブと呼ばれる、
5メートル立方の部屋を単位としている。
内部はだいたい20平米ぐらいになるが、
立方体なので少なくとも重力下でいうところの
2階建てぐらいの居住面積は取れる。
そして、工場や農場なども基本的にこの大きさ
を単位に構造が決定される。
おそらく、この標準化による利点欠点が数世紀
かけて明確になったのち、もう少し自由度の
高い基本設計が行われるはずだ。もちろん
仮に欠点がなければこの標準が一般化され
使われ続ける。
この5メートル立方の居住キューブに
一人ないし二人、新婚夫婦も子どもが一人で
小さければ住める。子どもが増えれば
新たにキューブを接続して部屋を広げる
こともできるし、元から2キューブ分の
広さをもつ家を購入しなおしてもよい。
キューブは民間で購入してもよいし、民間
レンタルもあれば行政のレンタルもある。
このキューブのひとつの特徴は、短時間であれば
真空中でも気密が保てることだ。都市が気密事故
に遭った場合も、家に備え付けている宇宙スーツ
に着替えて空気ヘルメットを着用するだけの
時間は確保できる。
将来的には、かなり先の将来であるが、エアー
ロックを付けて、このキューブのみで宇宙空間に
そのまま都市を構築することも検討されている。
家の外に出ればすぐ宇宙、というわけだ。
最小5メートル立方のキューブの居住推奨人員は
1名から2名であるが、都会となると事情が
異なり、数名がルームシェアなどで詰め込まれる
ことになる。ただ、それはいつの時代も
似たような状況なのかもしれない。
キューブ含めたすべての構造物は、軽くて丈夫な
都市フレームと呼ばれる柱に接続して使用する。
街を拡張する場合、空間にこのフレームを伸ばし
ていき、居住キューブや設備を接続して街を広げ
ていく。
では、いったいどの程度の人口がこの無重力
都市に住めるのであろうか。
ゴシの話23
この木星ラグランジュポイント第1エリアの
無重力都市トメトには、約10億人が暮らす。
一辺が100キロの、6面体ダイス構造を
したこの都市の人口密度は、したがって、
1立方キロメートルあたり、千人となる。
ただし、ひとつの底面の面積で考えた
場合は、1平方キロメートルあたり10万人だ。
クリルタイ国では、トメトで試験的に10億人の
人口で都市生活がどうなるかをモニターしており、
住人は募集で選ばれている。
クリルタイ国のダイス型都市は、月の第3エリア
にあるバームクーヘン型都市マヌカとほぼ
同じ規模だ。人口も、マヌカの都市仕様のほぼ
限界にあたる。
人口密度1,000/立方キロメートルというのは、
重力下での平方キロメートルあたりの
人口密度と比較してほぼ間違いない。
立体のほうが1キロ上空まで含んでいるだけだ。
例えば地球上の大都市であれば、1平方キロ
メートルあたり5000人というのもざらだ。
また、無重力という点が重力下よりも閉塞感を
防いでいることも忘れてはいけない。
ある人は、重力下の高層建築物の最上階を、
井戸の底と同じだ、と言う。
若干閉所恐怖症を疑ってもよいきらいもあるが、
確かに重力下の高層建築物は、建物の屋上に
出ることはできても、側面に出ることはできない。
バルコニーなどの外、という意味だ。
それに対して、無重力下であれば側面だろうが
どこだろうが、出放題である。人口密度の
割に、狭さをあまり感じないのだ。
居住キューブの全体に占める体積の割合で
いっても、10億人住んで8分の1以下だ。
これは、10億人が一人一個のキューブに
住んだ場合に、ちょうど8分の1になる。
では、実際無重力下での人口密度の限界は
どのあたりか、ということになると、それは
今後の研究次第ということになる。
宇宙は広い、今のところそんなに無理を
して人々を詰め込む必要もないのだが。
また、そもそも人が生きていくうえで、
広い空間が本当に必要なのか、そして必要
だった場合、どの程度の空間があれば
それを広いと感じるのか、といったところが
焦点になるだろうか。
では、居住キューブのもうひとつの特徴を
見てみよう。それは引っ越しに関することだ。
ゴシの話24
無重力下での引っ越しは簡単である。
家ごと目的地へ持っていけばいいのだ。
そもそも建てるときに、工場から家を
引っ張ってくる。例えば、居住キューブ
8個分の立方体をした、つまり
10メートル立方の大きさの家なら、
それが通る通路がある場所へなら
どこへでも引っ越せる。
行政でミスがない限り、来た時の道が
塞がることもない。
面白いのは、賃貸であっても大家次第で
移動が可能なのだ。よっぽど変な場所で
ない限り、賃貸物件の移動も可能だ。
住む場所を探すときは、都合のよい場所
にまず都市フレームの空き、つまり
空地があるか探す。あれば申し込む。
家はいくらでも工場に在庫があるが、
人気のサイズは地域ごとに空き家を
置いていて、それを移動させるだけだ。
申し込みから一日から二日で済む。
このあたりの住宅事情は、重力下の都市
とはだいぶ異なるかもしれない。
都市フレームについても説明しておく。
これは単に、居住キューブを支えるための
柱、というように聞こえるが、意外と
高機能である。
電気、ガス、上水、下水、有線ネットワーク
等のサービスを供給するからだ。
地方によっては、特殊なサービスも供給する。
例えば、温泉であるとか、果物の果汁を
加工して飲料できるようにしたものを
供給するところもあるらしい。
もちろんその場合は、居住キューブ側でも
インターフェースが対応している必要が
あるが。
無重力下でそのほかに異なる点をいうと、
実際身の回りのものはほとんど異なる、
と言えるかもしれない。
例えば、アラハントのメンバーたちが
泊まるホテルの、トイレ、バスなどは
比較的重力下のものと似せてはいるが、
働きはだいぶ異なる。
簡単な話、水を扱うものが特徴的だろう。
重力下でのものをそのまま無重力へ持って
くると、液体である水が散らばって
たいへんなことになる。
これは街中にも言えることだが、いたる
ところにフィルター付きの排気孔が
あり、空気の流れを作り出してゴミや
不意に散らばった液体などを回収
する仕組みがあるのだ。
重力がない、というのは、利点もあるが、
物が落ちてこないというのは意外と
面倒なのである。
アラハントとサクハリンのメンバー、そして
ゴシ・ゴッシーが夕食の場へ到着したようだ。
ゴシの話25
観光地では基本的に道沿いの手すりがある
ので問題ないはずです、とジェフが言っていた。
手すりがないと私は無理だ。
あの、無重力空間に浮いたときに、泳ぐ、
というのがまだできないのだ。とにかく手すり
づたいに、ショートカットなど論外だ。
ジェフが、比較的オーソドックスなジャンルを
選んでくれた。アメリカンの肉料理だ。
とにかく、無重力で難しい料理は無理だ。
サクハリンのリョーコが言うには、とにかく
具材がふらふら浮いてこないように工夫して
あるらしい。たしかに、サラダにしても、
スープにしても、うまいこと固めてある。
しかし、自分の体が浮いてくるのはもう
しょうがないのか。さっきから左右のエマドと
フェイクが浮いてくるたびに引っ張って
戻してくれているが。
足を引っかける用のテーブル下の梁もあるには
あるんだが、どうしても癖で足を「置いて」
しまう。
現地のひとは、足首に付けた鈎やら腰に付けた
カラビナやらをうまく使うらしいが、慣れないと
足首のやつなどうまく引っかかってくれない。
外でさっき買ったんだけど、初心者用を。
「ちょっとそれ変なボタン押さないほうが
いいですよ、料理が吸い込まれちゃうんで」
エマドに怒られる。
グラスのワインを飲もうとするが、口の部分が
ひねってあって、ちょっとよくわからない。
こうですよ、とフェイクが教えてくれる。
「ここはデートで使えないな」
とジョークを言ってみたが、マルーシャが苦笑い
してくれただけだ。ジョークすら落ちてくれない。
とにかく無重力に慣れるには、子どものうちから
トレーニングしておくのが大事らしい。
最近は学校の授業でも船で外へ出てやるらしい
からなあ。
ゴシ・ゴッシーのように、宇宙暮らしであっても、
不運が重なってたまたま無重力の練習を若いうち
にやれなかった、という大人が仕事や何かの都合
でそういう都市に出かけて苦労することになる。
なんとかメインとデザートを平らげて、店を出る。
「このあとですけど、ホテルでちょっと休憩
したら、ライブ会場行ってみません?客として
ですけど」 ジェフが提案する。
明日一日無重力空間で音出しすると言っても、
実際の会場で出来るわけではないので、
下見という意味でいい案かもしれないのだ。
ゴシの話26
木星第1エリアのダイス型無重力構造都市
トメト、その中のモジュール都市イジヤンに
ある、明後日のライブ会場、
クラブ・ウルゲンチ。
そこに22時に着くようにホテルを出発する。
アラハントのメンバーは下見も兼ねているが
基本遊びにいくということで、持ってきている
服でそれぞれオシャレをしてきている。
サクハリンの二人は有名人のお忍び風だ。
まあ、仕方ないだろう。
ゴシ・ゴッシーはなぜかブルーの縦じまの
フォーマルなスーツ。青のハット。ピカピカ
のとんがった靴。渾身の一張羅だ。
マルーシャが、今日はかっこいいですね、と
言ってくれる。もちろんだ、と返して親指を
立てる。
週末の夜の街は混雑していた。
ウルゲンチの入り口は道に面している。入ると、
一万人規模の大きさなのはいいのだが、やはり
構造が違う。
観光客向けのレストランなどは上下の有無が
ある構造だったが、クラブとなるとそうでも
ないようだ。
天井側にも床がある。
「ここはでもまだわかり易いほうなんですけどね」
ジェフが言う。洞窟のように入り組んだ造りの
クラブもざらにあるそうだ。
確かに、ステージも上下2面になっていて、
それを囲むかたちで上下や側面が床になって
いるので、複雑に入り組んだ構造になっている
わけではない。
しかし、とゴシは思う。
この、特殊な服装をした人たちは何なのだ?
「レイバー、またはヒッピーと言ってもいいね」
リョーコが教えてくれる。かかっている曲の
ジャンルも、アウトサイドエナジーという最新の
ものらしい。
ゴシには、第3エリアの一般のクラブなどで
かかっているマヌカビートとどう異なるのか
違いがわからない。
アミとウインとマルーシャは中に入るなり
はしゃぎながらどこかへ行ってしまった。
ジェフとエマドとフェイクもどこかへ行って
しまった。ジェフがかわいい店員紹介して
あげるとか言ってたな。
なので、リョーコ・ミルズと二人でドリンクを
買って、適当な場所に佇む。フロアは適度に
混んでいた。
ところで、さっきから気になっていることがある。
クラブに来ている客の中には、当然女性もいる。
そして、無重力なので、とうぜん全員パンツ
スタイル、かと思いきや、スカートの女性が
けっこうな数いるのだ。
ゴシの話27
何を隠そうこの目の前にいるサクハリンの
リョーコ・ミルズもそうだ。ひざ下ぐらいのを
履いている。
そして、どうもその女性たちは無重力でスカート
を履くのに慣れているのだろう、さっきから
色んな角度のスカートの女性を見ているのだが、
内部を見れる機会が今のところ一度もない。
リョーコもそうだ。さっきも先を進んでもらって
いたが、ことごとく見えない。一瞬たりともだ。
かなりきわどいところまで行くのだけれど。
「彼らの派手な踊りや服装が気になるでしょう?」
「え、ええ、そうですね」
あわてて答える。
いたるところで特殊な服装をした人たちが光る
デバイスをくるくる回したりしながら、自身も
くるくると器用に踊っている。
「レイバーやヒッピーなんてとうの昔に絶滅したと
思ってました」
つい10年ぐらい前だろうか、第3エリアでも
見れたと思うんだが。
「そうね、彼らは、恒星系中の、最も新しい音楽を
もとめて、そこに集まるのよ」
「最も新しい音楽・・・、つまりここは・・・」
「そう、今この太陽系で、一番新しい音楽を扱って
いるのは、ここクラブ・ウルゲンチよ」
「そうだったのか・・・」
リョーコの説明は続く。レイバーやヒッピーは、
宇宙世紀前から存在したという。彼らは最新の
音楽を含めた文化を求めて、どこまでも旅をする。
そこには、いつも繰り返される悲しい歴史が
あるという。
「彼らが集まるところには、必ず一般の人たちや
業界人だけでなく、犯罪者、犯罪組織も集まる」
「新しい文化がやがて商用化されて一般に広まるの
はむしろいいことだと思うわ、でも、常にそう
いった新しい文化の芽は、ドラッグや犯罪の
温床にされてしまう」
「そして場合によってはレイバーやヒッピーが悪者
にされてしまう。まあ確かにごく一部そういう
ひとがいる可能性は否定しないけどね」
「そして、けっきょくはそこからいなくなる、
ってわけか」
「その通りよ」
そこへアミたち3人がやってくる。
「リョーコさーん、大丈夫だった?」
よく見ればこいつらも今日は全員スカートだ。
しかし、まったくゴシの角度からは見えない。
リョーコの話が面白かったのか、酒が進む。
今日はいっちょやってやろうか。
ゴシの話28
「うん、へーきへーき、ゴシさんいてくれたから」
誰もサクハリンのリョーコがこんな人と一緒に
遊びに来てるとは思わないよね、とアミが小声。
ウインがスーパーテキーラのショットを5人分
買ってくる。
「かんぱーいー!」
そう、この、手すりのちょっと太くなった部分を
両ひざで挟めば、おれも踊れる。
昔、海上都市レムリアのクラブでナウなヤング
たちがやっていたのを見よう見まねで覚えた、
おれのとっておきのカルカッタダンスを披露
しよう。
フロアのほうも盛り上がってきた。
そして、アミが買ってきた2杯目のスーパー
テキーラにより、男ゴシ・ゴッシーは人生の
絶頂にいた。美女4人に囲まれて。
一方エマドとフェイクは。
そう、そうだったよ。先日それを聞いたばかり
じゃないか。フェイクと顔を見合わせる。
その女性店員は、なんというかこう、一緒に
いると落ち着くというか、優しそうではある
というか、眼鏡はかわいいというか。
店員と話し込みだしたジェフを置いて、
エマドとフェイクは店内をうろつき出す。
遠くのほうで、一緒に来た5人が何か変なダンス
を踊っているのが見えたが、知らないふりを
しよう。
しかし、あらためて思うが、このハコもとても
音がいい。設備自体も最新だろう。
「とりあえず楽しむかー」
エマドが踊り出す、スペースロボットダンスだ。
空中を歩く。
「負けないぜ!」
フェイクも楽しみだした。スペースシャッフルだ。
二人とも、重力下都市出身にしては無重力ダンス
がうまかった。
翌日そんなに朝早いわけではないが、午前1時
過ぎには引き上げることにした。
「あー、やっぱおれたちもアウトサイドエナジー
取り入れるかなあ」
「今日の聞いてしまうとなあ」フェイクが答える。
「ていうかさあ、今思うと、テルオ兄さんの曲って、
ゴリゴリのアウトサイドエナジーだよな」
「うん、意外と抜け目がないと言うか」
フェイクが答える。
「むしろテルオ兄さん発祥だったりしてハハハ」
「まさかなあ」
ゴシはジェフの肩を借りながら、まだ夢気分だ。
「ライブ終わった次の日、もっと無重力都市の
ディープな部分行ってみます?」ジェフの提案に、
「お、いいねえ」
皆が答える。
ゴシも両手でサムズアップしてみせた。
ゴシの話29
いや、これは、間違いない。
これはもう、ダンスの才能という問題ではない、
音楽そのものの才能だ。それを確かめてみよう。
翌日、無重力下で音合わせのため、
8人はホテル近くのスタジオへ向かう。
今日一日、ここでこもるのだ。
よし、とりあえず本格的になる前に、エマド
あたりに見てもらおう。ほとんど寝ないで
考えたのだ。
「エマド、ちょっといいか」
機材の準備を手伝っているエマドに何やら紙切れ
を渡す。エマドはそれを見る。
紙切れにはこう書いてあった。
タイトルは
「立ち向かうんだ」
ゴシ・ゴッシー
風の中 君の姿に 走り寄る
悪漢に 私の心も 荒れ模様
倒されど 私の心は 倒されじ
警察だ 私の声に 走り去る
大丈夫かい とにかくケガは 無かったかい
君は泣く 私の声と やさしさに
君は泣く 私の声と やさしさに
紙切れに目を落として数秒後、何か我慢するよう
にエマドが口を押える。
「お、おい大丈夫か?」
「い、いや大丈夫です、うっ」
「おーい、エマドくーん!」
「あ、じゃあもう始まるんで」
「あ、持って行っていいよ。遠慮せず」
全体音合わせにエマドが向かう。
目が潤んでいたな。
今日のランチは外には食べにいかず、軽食だ。
みな思い思いにサンドイッチなどをつまんでいる。
ここでは、エマドとアミ、フェイクの3人が
昼食中だ。
「エマドさあ、さっき2回ぐらいペットの音
外してたよね?」
アミが鋭く指摘する。
「ああ、これのせいだ」
さっきの紙切れに二人が覗き込む。フェイクが
飲みかけたジュースを吐きそうになり、むせる。
「何時代?」とアミがぽつり。
「だろお? でさあ、おれが不覚にも笑いかけた
のが、このタイトル部分」
「あ、ほんとだ。なんでタイトルまで」
そんなこんなで夕方となり、音合わせも無事
終わった。ホテルへ帰る道すがら、さきほどの
紙切れをアミがウインとマルーシャに見せている。
ウインは相当笑いをこらえている。マルーシャは、
そうねえ、と言って肩をすくめる。
「もうそれ採用!」と言ってウインはついに
大声で笑いだす。斬新だけど、とマルーシャ。
遠くで歩きながら、ウインの笑い声を聞いたゴシ
は、何を笑っているのか知るよしもなく、箸も
転げる年ごろか、と独り言ちした。
ゴシの話30
深夜に酒を飲みながら作詞するとたいてい
とんでもないものが出来る、というアドバイス
をウイン・チカからいただいた。
作詞に関しては先輩だからまあそうなのだろう。
まあ気にすることはない。そういうものが、
今後多くの人の目に入ることはないだろう。
クラブ・ウルゲンチでのライブはうまくいった。
特に問題なし。あったとすれば、いつもは
控室にいる私がいつになく最前列で見ていて、
マルーシャのMCのときになにかの拍子で
浮いてしまってそのままステージまで流れて
いったことぐらいだ。
ついでにアラハントのプロデューサーだと
紹介してもらった。ライブ前に一張羅に
着替えておいてよかった。
そして夜も軽く打ち上げして、翌日はイジヤンの
ふたつ隣りのモジュール都市、オースへ向かう。
最終日、自由行動の時間だ。
朝からシャトルで移動する。途中でモノレールに
乗り換え、モノレールでオースの商店街へ向かう。
オース駅を降りると、そこは別世界だった。
いや、別世界というのは言い過ぎだ、知っている
商店街の風景が、3次元的に広がっている、
と言えばいいだろうか。
駅を出ると、駅と線路をぐるっと囲むように、
商店が並んでいて、人通りも多い。手すりの
ついた道らしきものもある。
普通であれば、空、町、地面であるが、
ぐるっと見渡すと、隙間から見える空、町、道、
町、隙間から見える空、道、と4回程繰り返す
感じだ。
まずこっちに行ってみましょう、とジェフが
言って、駅から直角の方角へ動き出す。商店街を
5分ほど進むと、少し開けた場所へ出た。
そこは巨大な木と、巨大な球形のものがある。
近寄ってみると、巨大な木は特殊な粘土質の
植樹ユニットから生えていた。
しかし、この木に限らず、この都市は緑が多い。
月第3エリアの都市マヌカも緑が多いが、ここは
無重力であることを活かしてあらゆる方向に
木が生えている。
建物の側面も、窓や入口がない部分にはだいたい
ツタ上のものが表面を覆いつくしている。
巨大な木の横にある、巨大な半透明の球形のもの
は、水のタンクだという。近くによってみると、
表面から霧状に噴出している。滝の近くにいるの
と同じ効果があるらしい。確かにこのあたりは
少しさわやかな雰囲気だ。
ゴシの話31
さっそく商店に寄る。ここに、有名な生
ウィローの店があるらしい。さっそく8人で
中に入る。朝一で来たのは出来立てがすぐ
食べられるからだった。
出来立てだぎゃぁと店員に渡された物体を食べる。
確かにおいしいのであるが、説明が難しいと言う
か、捉えどころがないというか。
「じゃあ適当に分かれて自由行動にしましょうか」
アミ、ウイン、マルーシャの3人が、さっさと
行ってしまう。ジェフとエマド、フェイクもだ。
あっちのコンビニにかわいい店員がいたんですよ、
そう言っていたな。
しょうがないので、リョーコと二人で目的地を
決めることにする。
「どこ行きましょう?」
手持ちの端末で調べると、歩いて行ける範囲に
けっこういろいろあるようだ。有名な水族館が
あるようなので、そっちに行ってみることにした。
一方エマドとフェイクは。
そう、そうだったよ。先日それを聞いたばかり
じゃないか。フェイクと顔を見合わせる。以下略。
ジェフがまた店員と話し込み出したので、
コンビニを出て、売店で買い食いしていたアミ
たちと合流することにした。
「エンターテイメントセンターあるから行って
みっか」
5人で向かう。やっぱりあった。
スペースカーマリアリティだ。しかも
4グループ分、20機ほども設置されている。
無重力都市ではむしろ盛んなのか。
「最後の第5エリアであれもあるし、ちょっと練習
すっか」
5人でキューを入れるとさっそく相手が
見つかった。
そして、けっきょく3戦ほどしてしまう。
相手が機動構成で、アラハントはいつもの狙撃
構成、つまり苦手な相手であったが、
アラハント側が3戦とも僅差で勝った。
終わって外に出て、外部モニターに映し出された
結果を5人で見ていると、あれ、さっき横の操縦
席から出てきた5人も同じ画面を見ている。
同年代の男女5人のグループだ。
「あれ? もしかしてさっきこれやってました?」
エマドが聞く。
「そうこれうちらったい、あんたたちもやってた
と?」
対戦相手だった。
というわけで、それぞれのポジション同士で意気
投合してしまい、昼飯を一緒に食うことに。
10人でソースドゴールデンフライの専門店に
行く。
食べた後、うちらそろそろ移動があるけん、
と言って行ってしまった。
ゴシの話32
アラハントの5人は、昼食後、少し行った
ところのゴールデンオーカ城というのを見に行く。
すると前に、ゴシとリョーコが歩いていた。
フェイクが思わず声をかけそうになるのをウイン
が止める。
「まさかあの二人がなあ」とエマド。
「まだ手はつないでないよね」とアミ。
「リョーコさんねえ、あの紙切れ見せたら、え、
うそ、かわいい、って言ってたんだよ」とウイン。
「あ、それ、ちょっとわかる」とマルーシャ、
4人が、え? と言ってマルーシャを覗き込む。
「あ、いや、ゴシさんがタイプって意味じゃないよ」
母性本能をくすぐるタイプに弱いって意味、と
マルーシャが説明するが、ゴシがどう母性本能を
くすぐっているのかエマドとフェイクには全く
わからない。
二人に見つからないように後を尾けながら、独特
な構造をしているゴールデンオーカ城を楽しんだ。
最後にけっきょくゴシに見つかってしまったが、
二人が午前中に行ったという水族館の話を聞いて、
アラハントの5人もそこへ行ってみることにした。
この水族館では、生きているオーカを見ることが
できる。巨大な球形の水槽の中に、オーカが泳い
でいるのだ。
「このオーカって、さっきのゴールデンオーカ城の
てっぺんにあったオーカと一緒だよな」
エマドが誰となく尋ねる。
「そうよ。その昔、地球上のエンドと呼ばれた国で、
接している海の沖合でオーカが獲れたのよ。
それを剥製にして、金箔を塗り、城のうえに
飾った、それを復元したのがオースのゴールデン
オーカ城よ」
ウインがどこから仕入れたのかわからない情報を
語る。そうして、けっきょく彼らは夕食の時間
までオースにいた。最後は8人で集まって、
オースヌードルを食べたのだ。
そして、翌日、木星第5エリアへと出発する。
これも、10日間の旅となる。
ゴシ・ゴッシーの料理教室も継続するが、
サクハリンの二人も参加することになった。
意外とこの二人、航行中は創作活動をがっつり
やるわけでもなく、暇らしいのだ。
そして木星第1エリアを出て二日目、エマドと
フェイクは、テルオの客船に遊びに行って
よいと聞き、小型シャトルで送ってもらう。
そこで、思わぬ場面に出くわすことになる。
ゴシの話33
テルオが乗る客船は、一見ふつうの客船である
が、アラハントのメンバーが乗ってきた客船とは
少し趣向が異なる。
居た、ジャージを着たテルオとサムエのリアンだ。
そして、これは、タタミの部屋だ。小さな
テーブルを前に、二人がなにやら難しそうな顔を
している。
「あれ、勉強中じゃなかったんでしたっけ?」
「あ、ああ、今は休憩中だよ」
テルオが気づいて答える。
パチッ、パチッと小さな木片をテーブルに打ち
付けている、これは、聞いたことがある、
ショーギだ。3次元チェスと似たルールの奴だ。
これは平面だけど。
「あ、リアンさん二歩」
「おおっと」
リアンが慌てて木片を持った手を引っ込める。
「もちろんわかっていますよ、これは、プロでも
まれに二歩を打つという戒めです」
リアンが冷や汗を拭く。
リアンは焦っていた。まだ教え始めてから10日
も経っていない。もちろん実力はいまだ私のほう
が上だ。しかし、すでにコマ落ちなしの平手で
ある。
最初定石を覚えるのがやっと、だったのが、終盤
の寄せがまだまだだな、という状態になり、
そしていまや序盤、中盤、終盤、どんどん隙が
なくなって来ているのだ。
驚異的な上達スピードだ。
リアンがコマを打ち、ドヤ顔でグリグリやるのを
見て、エマドはふと隣の部屋を覗いてみる。
「あー! おまえらこんなとこで」
ケイト・レイ、アミ、ウイン、マルーシャの4人
でテーブルを囲んでいる。
「あ、それポン」
ケイト・レイが変なサングラスを掛けている。
「しかし臭っえな」
タバコのお香を焚いているようだ。彼らがやって
いるのはマージャンという競技だ。
ケイト・レイも仕事柄打つようで強いみたいだが、
どうもアミがダントツで勝っているようだ。
フェイクと一緒にアミの後ろに回り、見てみる。
安全牌を常に2、3個キープしているのはまあ
いいとして、ツモと読みだ。なぜそこを引いて
これるのかというところをどんどん自模ってくる。
そして、牌の流れを読むのもすごい。ダメだと
みるとすぐアンコやシュンツを切って七対子に
持ち込む。
「おまえ、覚えたてだよな?」
「もち」アミが答える。
「全自動だから積み込みしてるわけでもないしな」
「イカサマはまだ教えてないよ」
そんなこと教えて大丈夫でしょうかケイトさん。
ゴシの話34
マルーシャがアミにハネマン振り込んでハコっ
たのを見たところでもうひとつ隣を覗いてみると、
タタミの部屋でトム・マーレイ少尉とブラウン・
ノキア少佐が何か作業をやっている。
「タタミじゃなくて、畳、イントネーションが
おかしいよ!」
アミの鋭いツッコミを受け流して隣の部屋に入る
と、トムとブラウンが細かい部品を組み立てて
いた。プラスティックモデルだ。
トムのはスペースカーマリアリティの機体を
立体化したものだ。これはアシュラの前機種、
コウモクテンだ。かなり精巧にできている。
ブラウンが造っているのは、古い型の宇宙戦艦だ。
おそらく旧世紀の2Dアニメーションに出てくる
やつだ。
「最近のやつはほんとよく出来てるからな」
ブラウンが呟く。
「え、これ、二人とも自分で買って持って来たん
ですか?」
「え?」
当たり前だろ、という顔でこっちを見てくる。
「あ、いや、二人ともいい歳なんで、買って持って
帰ってくるのってちょっと恥ずかしかったり
しないかな、なあんて」
え? 恥ずかしい? なんのこと? という顔で
こちらを見てくる。フェイクも、そこはまったく
問題ない、と言ってさっきから手に持っていた
袋から自分の分を取り出した。
というわけで、勝敗が気になったエマドは最初の
テルオのところに戻ってくる。
どうやら今日はゴッシー教室をこっちの客船で
やっていたようで、ゴシとリョーコもいた。
「リアン4段、最後の考慮時間に入りました。残り
時間は1分です」
リョーコがなぜか時間係をやっている。
テルオも持ち時間がほとんど無いようだ。
けっきょく、テルオの時間切れで勝負がついた。
感想戦で、ゴシが入ってくる。
「リアンさん、最後時間切れを狙ったようにも
見えましたが」
「いえいえそんなことはありませんよ」
「戦というものは、あらゆる勝ち筋を見出す必要が
あります。今回はそれをちょっとお見せした
かったホホホ」
白い扇であおぎながら、大量の汗をぬぐうリアン。
長期航行も三回目となると、皆、色々な方法で
時間を潰す。それぞれそれなりに仕事もあるが、
それでも時間が余る場合もあるし、
それ以上に、それほど広くもない船内で、航行中
に頑張りすぎて煮詰まってしまわないようにと
いう配慮もあった。
ゴシの話35
今回使用している客船は、航行期間という意味
ではかなり小さいと言える。空母が同行していた
ということもあるが、通常は10日間程度と
なると、もう少し大きな船を用いる。
今回はアラハントの5人とテルオに、あえて
小さめの船で旅をしてもらった。その理由は、
物語のもう少しあとで明確になっていく
かもしれない。
そして彼らは木星第5エリアへと到着する。
この第5エリアは、第1と異なり、基本的に
シリンダタイプの都市しかない。そして、同じ
シリンダタイプであってもデザインが少し古く
第4エリアよりも、すこしカントリーな雰囲気だ。
彼らが向かうシリンダ都市は、カルルク。
そしてライブ会場はクラブ・ニーシャープール。
ここでもサクハリン、アラハント、テルオの
ライブはうまくいった。
少し驚いたのは、ちらほらとレイバーらしき
人たちもいたこと。負けてはならじと、
ゴシ・ゴッシーのダンスが炸裂する。
シリンダ都市なので重力も問題無かった。
そしてその翌日、交流戦だ。
これは、両国の友好を兼ねて、アラハントの5人
とクリルタイ国で選ばれたメンバーとでスペース
カーマリアリティの対戦をするというもの。
3回対戦して先に2勝したほうが勝ちとなる。
ホテル近くのエンターテイメントセンターでこの
交流戦が行われたが、その対戦相手とまず挨拶。
「ああー!」
「このひとたち、知っとうとよ」
なんと、第1エリアのエンターテイメント
センターで対戦してそのあと昼食を一緒に
食べた男女5人のグループだった。
まさかの再会に驚きつつも、3戦して辛勝と
はいえ全勝しているアラハント側が少し余裕
モードに入る。しかし結果は相手側の2勝1敗
でアラハントの敗北。しかもチーム構成は
相手側不利の火力構成だった。
あとで知った話では、彼らはプロを目指して
練習中で、2部昇格戦を行っている最中だという。
その名も、ヘブンズゴッドゲーミング。オースの
時は、サブアカウントで苦手な構成を練習して
いたとか。
そして、ケイト・レイ、アラハントの5人、
ゴシ・ゴッシー、そしてテルオは、帰路につく。
皆、ツアーのわりには充分楽しんだが、この長い
航行期間をかけて再び太陽系外縁を訪れることは
あるのだろうか。
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【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人
【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある
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この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。
(前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)
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