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第三話 蝶の店
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結萌はペットのハムスター、ムースちゃんを探してほしいと訴えた。
ジャンガリアンハムスターの女の子で、黒胡麻ムースの色に似た背中が可愛いのだと、身振り手振りを交えながら語りつつ、目には涙が溜まり始めた。
「もういなくなって一週間なんです。家の中は狭い隙間も天井裏も、床下も……全部探したんです。だけど見つからないの、ムーちゃん……どこに行っちゃったの」
「それは心配ですね。よろしければ、ムースさんがいなくなった日のことを、この蝶に教えていただけますか?」
「はい、先週の日曜日……」
結萌はその日、新学年に上がるお祝いに、親友の須崎絵麻と、互いの両親も一緒にショッピングモールへ出かけた。
「家を出る時に、リビングでムーちゃんに行ってきますをしました。十時ごろです」
「お家にはムースさんがお一人で?」
「はい、そうです」
「……少し歩きながらお話ししましょうか」
蝶は笑顔で、硝子戸を引き開ける。
結萌が敷居を跨ぎ、表へ足を踏み出した途端、喧騒がその身を包んだ。がやがやと賑々しい人々の声に、ありふれた音楽、館内アナウンスが入り乱れる。
気付いたら結萌は、ショッピングモールの入り口に立っていた。後ろを振り返っても、さっきまでいた古めかしい店の姿はない。考えてみたら、どうやってあの店に辿り着いたのかもはっきりと覚えていない。
それなのに蝶が隣でにっこりと微笑むので、すべての不思議が結果に落とし込まれていき、深く考えることもなくこれでいいのだと納得できてしまった。
進級祝いに、結萌は新しいスニーカーを買ってもらった。靴紐を自分で結べるようになったのが嬉しくて、得意になって、まだ春休みだが履き始めた。
「絵麻ちゃんも靴を買ってもらうはずだったんだけど、新しいリュックと迷って決められなかったんですよ」
「ええ、こちらは魅力的な物がたくさん溢れていて、目移りしてしまいますものね」
それから結萌たちは、フードコートで早めのお昼を食べ、大人たちが歓談に夢中になっている間は、同じフロアのカプセルトイコーナーで遊んでいたという。
「これ、この動物チャーム。絵麻ちゃんとお揃いでガチャガチャしたんです」
筐体のディスプレイに描かれた灰色のハムスターを、結萌は指差した。
「この子、ムーちゃんに似てるから、どうしても欲しくて。でもわたしはこっちのウサちゃんが出ちゃって、がっかりしていたらハムちゃんを当てた絵麻ちゃんが交換してくれたんです」
「絵麻さんは優しい方なんですね」
「はい! とっても仲良しなんです!」
蝶は百円硬貨を五枚投入し、ハンドルを回した。ごろりと転がり出てきた少し大きめのカプセルの中には、真っ黒な猫のアクリルチャームが入っていた。
「あら、クロさんにそっくり」
「わあ、お姉さん凄い! シークレット! レアだ!」
「まあまあ、レアですか。クロさんがレアとは……ふふふ」
玩具のチャームを、ジーンズのベルトループに付けて堂々と歩く蝶が、結萌の目にはとても格好良く映った。
ジャンガリアンハムスターの女の子で、黒胡麻ムースの色に似た背中が可愛いのだと、身振り手振りを交えながら語りつつ、目には涙が溜まり始めた。
「もういなくなって一週間なんです。家の中は狭い隙間も天井裏も、床下も……全部探したんです。だけど見つからないの、ムーちゃん……どこに行っちゃったの」
「それは心配ですね。よろしければ、ムースさんがいなくなった日のことを、この蝶に教えていただけますか?」
「はい、先週の日曜日……」
結萌はその日、新学年に上がるお祝いに、親友の須崎絵麻と、互いの両親も一緒にショッピングモールへ出かけた。
「家を出る時に、リビングでムーちゃんに行ってきますをしました。十時ごろです」
「お家にはムースさんがお一人で?」
「はい、そうです」
「……少し歩きながらお話ししましょうか」
蝶は笑顔で、硝子戸を引き開ける。
結萌が敷居を跨ぎ、表へ足を踏み出した途端、喧騒がその身を包んだ。がやがやと賑々しい人々の声に、ありふれた音楽、館内アナウンスが入り乱れる。
気付いたら結萌は、ショッピングモールの入り口に立っていた。後ろを振り返っても、さっきまでいた古めかしい店の姿はない。考えてみたら、どうやってあの店に辿り着いたのかもはっきりと覚えていない。
それなのに蝶が隣でにっこりと微笑むので、すべての不思議が結果に落とし込まれていき、深く考えることもなくこれでいいのだと納得できてしまった。
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「絵麻ちゃんも靴を買ってもらうはずだったんだけど、新しいリュックと迷って決められなかったんですよ」
「ええ、こちらは魅力的な物がたくさん溢れていて、目移りしてしまいますものね」
それから結萌たちは、フードコートで早めのお昼を食べ、大人たちが歓談に夢中になっている間は、同じフロアのカプセルトイコーナーで遊んでいたという。
「これ、この動物チャーム。絵麻ちゃんとお揃いでガチャガチャしたんです」
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「この子、ムーちゃんに似てるから、どうしても欲しくて。でもわたしはこっちのウサちゃんが出ちゃって、がっかりしていたらハムちゃんを当てた絵麻ちゃんが交換してくれたんです」
「絵麻さんは優しい方なんですね」
「はい! とっても仲良しなんです!」
蝶は百円硬貨を五枚投入し、ハンドルを回した。ごろりと転がり出てきた少し大きめのカプセルの中には、真っ黒な猫のアクリルチャームが入っていた。
「あら、クロさんにそっくり」
「わあ、お姉さん凄い! シークレット! レアだ!」
「まあまあ、レアですか。クロさんがレアとは……ふふふ」
玩具のチャームを、ジーンズのベルトループに付けて堂々と歩く蝶が、結萌の目にはとても格好良く映った。
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