テナント募集中。商談はかくりよにて。

川乃千鶴

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第一話 死にたがりのシャッター

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「今ならわかる。詩音は、大丈夫なんて言われたくなかったんだって。……逃げてもいいんだよ。強くなくていいんだよ。どうしてそう、言ってあげられなかったんだろう」

 ずっと一緒にいたのに、詩音の痛みに寄り添っていなかったことに真希は気付いて、深く絶望した。
 死んで償ったって、詩音は帰ってこない。追いかけていったって、こんな酷い幼馴染の顔は見たくないだろうとも思う。

「だけどわたしは、わたしが許せない。詩音を殺したやつは、死んで当然なのよ。わたしなんか、死んでしまえばいいんだ」

 再び咽び泣く真希の足元を、ロディが右往左往する。黙って聞いていたレイが、静かに呟いた。

「君が死ねば、彼女は本当の本当に、死んでしまうのに」

 アルバムの中の、純粋無垢にギターを弾く詩音を見つめて……。

「これからは、メディアやどこかの誰かが語る彼女の断片が、詩音という形を作って、人々に記憶され……生きていくんだ。君や俺が知っている本当の彼女は薄れ、忘れられていく。記憶から消えたものは、存在しないのと一緒だ」

 それは本当の死だよ、そうレイは瞳を伏せた。

「今度は彼女を殺さないで」

 レイに差し出されたポケットアルバムを、涙に濡れた手で真希は受け取った。いくらか問うても、彼は首を横に振るのみだ。

「……もしかして初めから、わたしにこれを見せたかっただけなの? 本当は、何者?」

 涙でぼやけた真希の目に、レイは微笑んでいるようにも泣いているようにも見えた。彼は問いには答えず、ロディを撫でた。

 それから少しして真希の涙も止まると、レイはシャッターを開けた。深い闇が、冷たい夜気と一緒に店内に這い入ってくる。
 一瞬、怯んだ真希の背中をレイの温かな声が押した。

「もう、帰れるね」
「そうね……ありがとう。記憶写真……大切にする」
「うん。俺も、忘れない。彼女のことも」

 君のこともーーと、聞こえた気がしたが、世界を隔てるように引き下ろされるシャッターに、レイの声も明かりももう真希には届かないものになった。

 シャッターを隔てた距離にお互いいるはずなのに、もうまるで気配を感じない。おまけに、店を出た途端にスマートフォンが鳴り出して、それで初めて家族からたくさんの着信があったことに気が付いた。本当に、狐につままれたような心地だ。

「もしもし、お姉ちゃん。うん、真希だよ。うん……ごめん。わたし、お姉ちゃんたちに、同じ思いをさせるところだった……うん、帰るよ。大丈夫、ロディがいるから」

 名前を呼ばれて、ロディは嬉しそうに返事をする。
 電話を切り、冷んやりしたシートに身を沈め、エンジンが暖まるのを少し待った。

「馬鹿な飼い主でごめんね、ロディ。帰ろう。五時間のドライブにおすすめの曲はやっぱり、これよね」

 一昨年からずっと無音で走ってきた。真希は久しぶりにオーディオ画面を操作する。
 伸びやかで楽しい歌声に、鮮やかな記憶を乗せて、真希の愛車は帰路を辿った。





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