テナント募集中。商談はかくりよにて。

川乃千鶴

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第一話 死にたがりのシャッター

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 と、同時に室内に明かりが灯った。真希は思わず目を見張る。
 打ち捨てられた倉庫だとばかり思っていたので、どうせ中は埃っぽくて、雑多に物が押しこめられた汚い場所を真希は想像していた。
 それがまさか、白を基調とした、ちょっとしたアトリエ風の異空間が待ち受けていようとは、思いも寄らなかった。
 白い壁には、ウォルナット調の額に入った写真がいくつも飾られている。

「ここは……?」
「一応……店かな?」

 なぜか自信なさげに青年は答えた。
 明かりに晒された彼の姿にも、真希は驚かされた。

 明るい所で見れば、真希よりやや若い二十代半ばといったところか。青年は、テレビで見る俳優やアイドルのように整った顔をしていた。背は高すぎず、すらりとしていて……はっきり言って、真希の好みにぴたりとハマる。
 都内にいたってなかなかお目にかかれない部類のイケメンが、こんな山の中にいるなんて不自然すぎる。きっと狐か何かにつままれているのだと、真希は自分に言い聞かせた。狐じゃなくても、怪しげな勧誘をされたりするかもしれない。真希は慎重に、言葉を交わした。

「名前は?」
染谷そめたにレイ」

 名前までどこか芸能人のようで、外見と名前のイメージがぴったりだ。

「ここはどういうお店?」
「俺の、記憶を売ってる」
「記憶?」

 レイの指が壁の額縁に、真希の視線をいざなった。

 内装も額縁の配置もセンスが良くて、雰囲気のある店なのに、彼が撮ったという写真は全く琴線に触れない、凡庸な風景ばかりだった。
 モノクロではないが、全体的に色彩に欠けてピントもぼやけている。そしてやたらと、ローアングルな写真が多い。そういう画角にこだわって、売りにしている写真家もいるだろうが、彼の写真からは持ち味というか、どうしてもこれを撮りたいという熱意とも呼べる魅力を感じられなかった。

「これを売っているの?」
「そう。気に入ったものがあったら、声をかけて」

 金を払ってまで買いたいとは、とても思えないが……真希は飾られた写真を見るでもなく見て歩いた。レイが、その後についてくる。
 何だか居心地が悪くて、興味のある振りだけでもしておこうと、真希は適当な一枚の前で足を止めた。

「あなたの記憶、か」

 振り返ると、レイは寂しげな微笑みで写真を眺めていた。

「そうだよ。これは、初めて行った海。波の音と潮の臭いがすごくて、俺は全然楽しくなかった。でも、一緒に行った人が分けてくれたアイスが、すごく美味しくてさ。海も悪くないなって思ったんだ」

 聞いてもいないのに、レイは隣の写真についても解説……いや、思い出話を始めた。ひとしきり語った後で、彼はこの店を開いたわけを真希に聞かせてくれた。

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