108 / 112
最終話 あるじさま、おしごとです。
4
しおりを挟む心がぴたりと合わさるように、二度目はどちらからともなく引き寄せられる。啄むような接吻を交わし、瞳に互いを映しあって同時に微笑った。
「甘い」
「ええ、本当に」
胸に抱いた滑らかな髪を撫で、愛しんでいると、塀の向こうの通りが俄かに騒がしくなった。
おーい、と呼ぶ声がする。ハルではなくて、セイタロウの声だが、準備が整ったのだろうか。
「続きはまた後で」
ぱっと身を剥がして居住まいを正しているうちに、塀をよじ登って友人が顔を覗かせた。
「大変だ、ショウスケ。事件だ、事件。すぐに社まで来てくれ」
こんな日に、と言っても仕方がない。それが仕事なのだから。
ちらりとキョウコを振り返ると、既にその姿はない。あっという間に仕事道具を用意して、戻ってきた。
「何事だい」
「魚だよ、魚! 空から魚が降ってきたんだ。とにかく来てくれ。おキョウちゃん、ごめんなぁ。旦那、借りてくぞ」
「お励みくださいませ」
塀からひょいと飛び降りて、足音が遠ざかる。
「また面妖な事件だなぁ」
「……ひょっとすると、お社様からのお祝いでは?」
目をかけた猫を祝福してくれたのかもしれない。そう思ったらちょっとだけ、不気味さは薄れるではないか。キョウコがふふふと笑うので、ショウスケも現場に向かうのが少し楽しみに思えた。
「ああ、でも……」
ふにゃりと蕩けた顔で彼は笑う。
「口が甘すぎて、どうも締まらない」
今日は仕事のことは頭から締め出していたから余計だ。
「これじゃ駄目だ。おキョウさん。僕の頭を叩き起こしておくれ」
キョウコはふっと小さく笑う。二人の朝を告げる、もうお決まりの一言だ。
軽く咳払いして声の調子を整え、猫は鳴く。
「主人様、お仕事です」
凛、と。
真白な春に、言の葉がひとひら————。
重ねた絆と想いを載せて、いま軽やかに舞い上がる。
完.
ーーーーーー
長い物語でしたが、ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました
次頁におまけとして、ショウスケと出会う前のキョウコのエピソードを公開いたします
全ての始まりの物語をお楽しみいただければ幸いです
また、キヌやセイタロウ、若かりしコイミズのエピソードなども執筆済みです
近日中に公開できたらと考えております。引き続きよろしくお願いいたします
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

じれったい夜の残像
ペコかな
恋愛
キャリアウーマンの美咲は、日々の忙しさに追われながらも、
ふとした瞬間に孤独を感じることが増えていた。
そんな彼女の前に、昔の恋人であり今は経営者として成功している涼介が突然現れる。
再会した涼介は、冷たく離れていったかつての面影とは違い、成熟しながらも情熱的な姿勢で美咲に接する。
再燃する恋心と、互いに抱える過去の傷が交錯する中で、
美咲は「じれったい」感情に翻弄される。

百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
晴明さんちの不憫な大家
烏丸紫明@『晴明さんちの不憫な大家』発売
キャラ文芸
最愛の祖父を亡くした、主人公――吉祥(きちじょう)真備(まきび)。
天蓋孤独の身となってしまった彼は『一坪の土地』という奇妙な遺産を託される。
祖父の真意を知るため、『一坪の土地』がある岡山県へと足を運んだ彼を待っていた『モノ』とは。
神さま・あやかしたちと、不憫な青年が織りなす、心温まるあやかし譚――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる