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最終話 あるじさま、おしごとです。
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しおりを挟む式の後、コトノハ堂の客間でお披露目の場が設けられた。
かつて店を支えた面々も勢揃いし、祝いの席に着いてくれている。
トウキチが泣いて喜ぶのは想像していたが、まさかセンまでもが泣くとは思ってもみなかった。
小さな代書屋を経営する傍ら、書道家としても大成した彼だって、妻子ある身になったというのに、大きな体を震わせて泣いている。兄貴分の思いが嬉しく、ショウスケもつられて目頭が熱くなったりした。
イヘイはこの席において、大役を任された。今度こそ、公正で公平たる婚姻届けを作って持ってきたのだ。仲人にコイミズを立てて、書類は正式に埋められた。
タツを初め数人は、招待した時から、もてなされるよりもてなす方が性分に合っていると言って、今日も厨と客間を駆け回っている。その顔がとても誇らしげだ。
祝いの膳は、懐かしい味がした。
タナカ屋からは、代替わりしたキヌの長兄とその妻が参列した。キヌの取りなしで、店同士の関係は変わらず良好だ。
そのキヌ本人は、趣味にしていた絵の勉強を本格的に始めたらしく、冬の終わりに海の向こうへ渡ったと聞いた。
祝言に寄せて、彼女が残した一枚の絵をタナカ屋は持ってきてくれた。
暖かな色使いで、二匹の猫が描かれている。尻尾を絡めて寄り添う姿が、仲睦まじい。絵の縁には猪目文様が添えられて、門出の幸いを願うキヌの心を感じられる、温かな贈り物だった。
お披露目の後は、隣の小料理屋で宴席が開かれることになっていて、ぞろぞろと席を移す面々の間から、張り切ったハルが、ひょっこり顔を覗かせた。
「準備ができたら呼ぶから、ゆっくりしててね」
片手をあげて応えて、ショウスケは傍らの妻を覗き込む。朝から言葉少なで、随分緊張している気配を感じていた。さぞ疲れただろうと声を掛けると、キョウコは珍しく大きく頷いて、ほっと息をついた。
「もう、脱いでもよろしいですか? 汚してしまわないかと、気が気でなくて」
「うーん、もう少し見ていたいのが正直なところだけれど」
「えっ」
「せっかくお隣にお呼ばれするのに、緊張して楽しめないんじゃ勿体ないからね」
客間を片しに来た女たちに声を掛けて、キョウコの着替えを頼んだ。
その間にショウスケも、紋付きからいつもの着流しに着替えを済ませる。なんだかんだでほっと息をつけるくらいには、彼もいつになく気を張っていたようだ。
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