106 / 112
最終話 あるじさま、おしごとです。
2
しおりを挟む式の後、コトノハ堂の客間でお披露目の場が設けられた。
かつて店を支えた面々も勢揃いし、祝いの席に着いてくれている。
トウキチが泣いて喜ぶのは想像していたが、まさかセンまでもが泣くとは思ってもみなかった。
小さな代書屋を経営する傍ら、書道家としても大成した彼だって、妻子ある身になったというのに、大きな体を震わせて泣いている。兄貴分の思いが嬉しく、ショウスケもつられて目頭が熱くなったりした。
イヘイはこの席において、大役を任された。今度こそ、公正で公平たる婚姻届けを作って持ってきたのだ。仲人にコイミズを立てて、書類は正式に埋められた。
タツを初め数人は、招待した時から、もてなされるよりもてなす方が性分に合っていると言って、今日も厨と客間を駆け回っている。その顔がとても誇らしげだ。
祝いの膳は、懐かしい味がした。
タナカ屋からは、代替わりしたキヌの長兄とその妻が参列した。キヌの取りなしで、店同士の関係は変わらず良好だ。
そのキヌ本人は、趣味にしていた絵の勉強を本格的に始めたらしく、冬の終わりに海の向こうへ渡ったと聞いた。
祝言に寄せて、彼女が残した一枚の絵をタナカ屋は持ってきてくれた。
暖かな色使いで、二匹の猫が描かれている。尻尾を絡めて寄り添う姿が、仲睦まじい。絵の縁には猪目文様が添えられて、門出の幸いを願うキヌの心を感じられる、温かな贈り物だった。
お披露目の後は、隣の小料理屋で宴席が開かれることになっていて、ぞろぞろと席を移す面々の間から、張り切ったハルが、ひょっこり顔を覗かせた。
「準備ができたら呼ぶから、ゆっくりしててね」
片手をあげて応えて、ショウスケは傍らの妻を覗き込む。朝から言葉少なで、随分緊張している気配を感じていた。さぞ疲れただろうと声を掛けると、キョウコは珍しく大きく頷いて、ほっと息をついた。
「もう、脱いでもよろしいですか? 汚してしまわないかと、気が気でなくて」
「うーん、もう少し見ていたいのが正直なところだけれど」
「えっ」
「せっかくお隣にお呼ばれするのに、緊張して楽しめないんじゃ勿体ないからね」
客間を片しに来た女たちに声を掛けて、キョウコの着替えを頼んだ。
その間にショウスケも、紋付きからいつもの着流しに着替えを済ませる。なんだかんだでほっと息をつけるくらいには、彼もいつになく気を張っていたようだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
お昼寝カフェ【BAKU】へようこそ!~夢喰いバクと社畜は美少女アイドルの悪夢を見る~
保月ミヒル
キャラ文芸
人生諦め気味のアラサー営業マン・遠原昭博は、ある日不思議なお昼寝カフェに迷い混む。
迎えてくれたのは、眼鏡をかけた独特の雰囲気の青年――カフェの店長・夢見獏だった。
ゆるふわおっとりなその青年の正体は、なんと悪夢を食べる妖怪のバクだった。
昭博はひょんなことから夢見とダッグを組むことになり、客として来店した人気アイドルの悪夢の中に入ることに……!?
夢という誰にも見せない空間の中で、人々は悩み、試練に立ち向かい、成長する。
ハートフルサイコダイブコメディです。

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。
松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。
そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。
しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。
【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。
ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。
彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。
「誰も、お前なんか必要としていない」
最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。
だけどそれも、意味のないことだったのだ。
彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。
なぜ時が戻ったのかは分からない。
それでも、ひとつだけ確かなことがある。
あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。
私は、私の生きたいように生きます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる