あるじさま、おしごとです。

川乃千鶴

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第九話 死が二人を別つまで。

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 やたらと重い目蓋の向こうに、薄く明かりが射して……、朧げに、横切る人影が目に入った。何か声を掛けられた気がするも、目蓋の裏に紅い花が幾たびもちらついて、意識を保っていられない。

 はっきりと目が覚めたのは、熱を持って痛む脇腹に誰かが触れていった時だ。白衣に身を包んだ、薬くさいその人は、脈を測るとショウスケのそばを離れた。
 人影が消えると同時に、寝台に横たわる少女の姿が露わになる。翡翠のまなこでこちらを見つめているのは、黒髪が美しいキョウコだ。

「……ただいま戻りました」

 掠れた声で告げると、猫はたおやかに微笑んだ。

「おかえりなさいませ、主人様」

 翡翠の瞳から、珠のような雫が零れ落ちる。
 手を伸ばしても、キョウコには届かなくて、涙を拭ってやることもできない。しかし、同じように彼女が伸ばした手に触れることはできた。
 しっかりと、指を絡めあうと、互いの温もりは同じくらいで心地よかった。

「……おキョウさんは可愛いねぇ。それに、賢く気高い眼差しが、とても綺麗だ」

 真珠のような涙が止まることはない。次から次へ零れて枕が湿しとる。キョウコを泣かせたいわけではないのに、ショウスケが愛を囁くほど、涙はどんどん湧いてくる。だが不思議と、少女はずっと笑顔だった。

「絶対に幸せにするから、僕と夫婦めおとになってください」
「……は「はいはい。それくらいにしなさいよ」

 キョウコの口から、憎たらしい女言葉が放たれたようで、ショウスケは耳を疑った。声はキョウコが口を閉じてからも、変わらず聞こえてくる。

「ここ、病室。危篤の患者に付き添ってるアタシたちを、仲人にしないでちょうだい」

 アタシ……その声はコイミズだ。アタシとは?
 言われてみればコイミズの他、数人の気配を感じる。足元の方から飛び掛かるように現れたセイタロウは、寝台に縋り付いて泣きじゃくった。意識の戻ったショウスケを中心に据えて、拍手と安堵の叫びが病室に木霊する。
 それだけで、いったい何人がこの場にいるというのだろう。……いったい何人が、さっきまでの言葉を聞いたというのだろう。

 意識を失うなら今だが、残念なことにそう都合よくヒトの体はできていない。
 ショウスケはしばらく上掛けを頭まで被っているしかなかった。

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