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第九話 死が二人を別つまで。
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しおりを挟む一際ふかふかした腹を撫でると、腕の中で身を捩るので、触りすぎないようにしながらも、ついこねくり回してしまうのは、もはや手癖だ。
そうしていると、撫でながら彼女に掛けた言葉の一つ一つも蘇って、するすると口から滑り出ていく。
「おキョウさんは可愛いねぇ。世界一、美人だね」
翡翠の瞳が、どこか疑わしそうに見上げてくる。
「本当に、本当に大好きだ」
尻尾がぶんっと大きく振れる。
「ねぇ、おキョウさん。キョウコさん。僕と結婚しようよ」
ナァ、と猫の声がする。
「返事をくれたのかい? 嬉しいなぁ。……こんな所で誓い合ったんだ。生まれ変わっても、きっと一緒にいられるよ」
猫の腹に、沈むようにショウスケは項垂れる。死ぬ間際になって、未練が残る。
「白無垢のおキョウさん……綺麗だろうなぁ」
ぽつりと呟くと、腕の中の猫がうごうごした。足を突っ張ってショウスケの身を剥がし、キョウコは真正面に向き直る。
「では、お早く現世に帰りましょう」
どうやって、と苦笑するショウスケの肩口に乗っかって、猫は鼻面で背後を示した。
「ずっと、そこに道はございましたよ」
真っ赤に群生する曼珠沙華の光の中に、一筋だけ違う色の花の道ができている。
淡い青紫に輝くあの花は、なんと言ったか。エゾムラサキに似た……勿忘草だ。
硝子の簪が揺れる音に振り返るも、そこには誰の姿もなく、ただ温かな風がショウスケの頬を撫でるように去っていった。
「……わたくしが獣であると知って、幻滅されたでしょうか」
道が残されているのが、答えだろう。ショウスケは微笑んで猫を撫でると、勿忘草を頼りに歩き出した。
するとキョウコが突然、身を捩って腕から逃げた。小さな歩幅で懸命に隣をついて歩こうとする。
「疲れたら、肩にお乗り」
「いいえ。一緒に歩きます。現世に戻ってから、貴方様がまたお悩みにならないように。貴方様に連れられてではなく、わたくしが自ら望んで、この道を歩んできたのだと、その目に焼き付けてくださいませ」
猫はショウスケを追い越して先に行く。それを追い抜けば、必死に駆けて追いついた。
「ショウスケ様」
「はい」
「ショウスケ様」
現世に戻れば呼べなくなる名前を、ここぞとばかりに呼んで、キョウコは満足そうだ。
「おキョウさん」
「はい」
「キョウコさん」
しつこく名を呼ぶと、だんだん面倒になったのか、返事の代わりに尻尾で答えるようになった。
「可愛いな」
「……それを、猫の姿でなくても言ってくださいますか?」
ここで言ったあれもこれも、忘れるなんて許さないと主人を睨め付ける。
「ちゃんと伝えるよ。文字で、言の葉で、声で……恋しいと愛でるよ」
「絶対でございますよ。たくさんたくさん、愛でてくださいね」
「はいはい、わかってますって」
二人の足並みを揃えて歩くのは難しい。ショウスケの一歩は、猫のキョウコの四歩だ。キョウコが遅れると花々の陰に隠れてしまいそうになるので、ショウスケはしゃがんで彼女を待つ。花を掻き分け追いついた猫が、ショウスケの膝に頬を擦り付ける。
それを何度も繰り返して、勿忘草が続く限りを二人で歩んだ。
……
………
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