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第九話 死が二人を別つまで。

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 どうやら転んだ先に、大きな穴があったらしく、ショウスケは穴の底へと転がり落ちた。
 土の中に住まう生き物が掘った隧道のように、曲がりくねりながら、下へ下へと続いている。相当に深い穴らしく、ころころ……ころころ……、ショウスケは上も下もわからなくなるくらい転がり続けた。

 やがて底に辿り着いたのか、ショウスケの足が地に着いた。不思議と気持ち悪かったり、視界が揺れることはなかった。

 また辺りは一面の闇で、頭上には月のような光が見える。よく目を凝らすとそれは月ではなく、ぽっかり口を開けた穴だった。ショウスケはそこから吐き出されたらしい。
 穴から鬼が覗いていたり、追いかけて落っこちてくる様子はなかった。

 本当にどこにも行くあてがなくて、ふらりと一足だけ踏み出してみる。さっきまでいた石ころだらけの場所とは違い、草履の裏に土の柔らかさを感じられた。
 その直後、踏みしめた大地から、ショウスケを取り巻くように紅く光を宿した花が咲き出でた。
 驚いて後ずさったショウスケの足元からも、また新たに光る花が咲く。

 ショウスケは躊躇いながら一歩踏み出す。するとまた花が咲く。一歩、二歩と歩みを進めるショウスケについて歩くように咲き出でた花は、やがて彼を追い越して遠く先まで、見渡す限りを光るその身で埋め尽くした。

「なんと見事だ……」

 真っ赤な曼珠沙華のひとひら、ひとひらが紅く輝いて、辺りの闇を払ってくれている。
 すると、遠く向こうに、花畑が見えた。
 色とりどりの花で満ちた陽だまりだ。そこには大きな虹が架かっている。

 思うより早く、ショウスケは走り出した。
 あそこに行けば、会える気がした。翡翠の目をした、愛しいひとに。

 紅い花を散らして、ショウスケは駆ける。
 本当に死んでしまう前に、もう一度だけ会いたかった。

(あなたの愛にどれほど救われてきたか。あなたをどれほど愛おしく思っているか。伝えてからでもいいだろう、地獄に落ちるのは)

 しかし、走っても走っても、花畑は近くならない。寧ろ遠ざかっていくようだ。
 辺りには曼珠沙華がどこまでも広がっている。

「……おキョウさん」

 走り疲れて棒のような足を、もう一度奮い立たせて、紅い花を掻き分けた。
 名を呼ぶと力が湧くようで、何度もその名を呼びながら、彼方の陽だまりを目指して走った。

「おキョウさん!」

「──……様」

 不意に、風が吹き渡った。花畑から豊かな香りを乗せた風が、曼珠沙華を揺らす。その揺れる花のどこかから、鈴を転がすような、かの人の声がした。

 闇雲に名前を呼んで、声のする方へ駆けていく。互いに互いを呼び合ううちに、声は近くなり……。

「ショウスケ様!!」

 がさりと花の根を揺らして、少女が飛び出した。
 今度こそ間違いなく、キョウコだった。その翡翠の瞳を見間違えようもない。

 ただ少しばかり思いがけなかったのは、蒲公英色の毛並みにトラ柄の入った、小柄な猫の姿をしていたことだろうか。

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