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第八話 紅い痕。
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しおりを挟む今すぐゴボウジにキョウコを迎えに行って、もう一度やり直させてほしい。セイタロウのおかげで、思いは固まった。
カンテラを握り直し歩き出そうとするも、それとこれとは別だと、セイタロウの通せんぼは手を緩めてくれない。
押し問答しても埒が明かず、結局はセイタロウの付き添いで寺へ向かうようになってしまい、ショウスケは出鼻を挫かれた思いがした。
「おキョウさんに見られないようにしておくれよ? 付き添いなしじゃ迎えに行けないみたいで、これじゃあ、格好がつかなさすぎる」
「いいけど、おキョウちゃんは目敏いからなぁ。無理じゃないかな」
談笑しながら、二つの灯りが雪道を割いて進む。
猫の消えた足跡を探すように、ゆらゆらと数歩先を照らしていたカンテラが、大きく左右にと揺れ動いた。風にしては不自然な激しい揺らぎに、隣を確かめたセイタロウには、ショウスケが急に立ち止まったように感じられた。
誰かを振り返ったのか。脇道から飛び出してきた者にぶつかられて当惑している、そんなふうにも見えた。
真っ白い雪に、紅い花を散らしてショウスケが倒れ込むまでは。
※ ※ ※
倒れたショウスケの陰から、物乞いのような身なりの小汚い男が姿を現した。すえた臭いがするばかりで酒臭くもないのだが、酔っ払っているようにへらへら薄ら笑いを浮かべている。その顔にどこか覚えがあるのだが、痩けた輪郭に汚らしく生えた髭が容易に思い出させてくれない。
倒れたショウスケは、右の腰から脇腹に走る激痛を抑え込もうと、手を当てた。ぬるりと嫌な感触がして、何が起きたのかを悟った。
厚い羽織りの下から、指の間をすり抜けて渾渾と湧いてくるのは、熱い血だ。
浮浪者には両の手が無かった。何も持つことができない代わりに、脇に挟み込むようにしてそれを持っている。
男が手にした出刃が、セイタロウの電灯に照らされて、刃先から紅い雫を滴らせた。
あんなものをぶつかりざまに沈められたのだと冷静に事態を受け止める一方で、なぜこんな目に遭わされたのかは全くわからない。
セイタロウが男を取り押さえるのが、ちらりと見えた。無理をしないでくれ、と友人を心配する思いは声にならない。
脈打つ痛みとともに、傷口から吐き出される血が、意識を絶望に塗り上げていく。
纏わりつく死の恐怖に息を乱し、遠のく意識の中で猫の幻を見た。
(彼女の心は、もっと痛かったはずだ)
キョウコに謝りもしないまま、死にたくなかった。会って話さなければ。絶対に死ぬものかと歯を食い縛る。
しかし、思いと裏腹に雪は紅く染まって、ショウスケの意識は深い暗がりに昏……と堕ちた。そうとすら、気付く間もないままに。
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