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第七話 だれでもなくて。
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しおりを挟む白。濃灰色の空から、白が落ちてくる。
列車を降りると、クラサワの街には次から次へ雪片が降り注いでいた。暮れなずむ街を白く染め上げるように、雪の子が駆け巡る。
首元から入り込んだ冷気にぶるりと震えて、ショウスケは友人を思い出した。羽織りの内に収まった襟巻きを、ありがたく拝借して巻き付ける。
すると温もりに包まれると同時に、ふわっと覚えのある香りが鼻をくすぐった。
瑞々しいその匂いは、今朝キョウコの髪からした別物の香りだ。襟巻きから匂ってくる、セイタロウが纏った香りに違いない。
髪に香りが移るような、近い触れ合いを友人がしたというのか。胸にむくむくと重苦しい感情が湧いてきて、ショウスケははっとした。
「……あっ」
気付いてしまった。
途端に、耳までかあっと熱くなった。真白な雪は、赤い頬の上で溶けていく。
「ああ……」
ショウスケは顔を覆ってその場に蹲った。
恥ずかしいやら嬉しいやら、気持ちの整理が追いつかず、手のひらの下では百面相してしまう。
ようやく気付いた。
キョウコの笑顔を見ていたい。それはもっと欲張りな願いだった。
キョウコのどんな顔だって、一番近くで見ていられるのは自分でなくては嫌だ。
セイタロウの仕掛けた罠に、まんまとハマった気がして面白くないが、もうそれどころじゃない。
いつからこれが恋と呼べるものだったのか、わかりはしない。だが気付いてしまっては、もう何もかもがそうだったとしか思えなくて、あれもこれも嫉妬だったのかと、恥ずかしくなる。
随分遠回りをしてしまった。
(今更どんな顔をすればいい)
大人ぶって拒んでおいて、実はとっくに堕ちていましただなんて。
もうどこにもやれやしない。他にいい人ができたなんて聞かされても、送り出せやしない。
(僕は、自分がこんなに強欲だとは、思っていなかったんだ……)
呻き苦しむショウスケの肩に、白い雪片は後から後から降り注ぐ。
往来で座り込み百面相している男を彼と知らずに避けていく人々の中、一人の男が近付いた。肩に積もった雪を払いながら、声を掛けてきた。
「もし、具合が悪そうだが」
「すみません、大丈夫……。ただの恋煩いです」
動揺し過ぎていらぬことまで口走るも、ショウスケは気付いていない。邪魔になることだけは気付いたので、立ち上がって端に避けた。
心配して声を掛けてきたのは、いつか世話になったゴボウジの僧エイゲンだった。
キョウコの手首に残った手の痕を思い出して、また顔が熱くなり、僧の顔を見ることができない。
「……気分が優れぬようだな。寺で少しも休んでいかれてはどうだ」
「いえいえいえ! 本当にご心配なく……! 家で待っているひともおりますし」
「……その猫の話をしたいのだが?」
ショウスケは弾かれたように顔を向けた。エイゲンの目は、記憶にある何倍も険しく、鋭いものであった。
「休んでいかれるな?」
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