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第七話 だれでもなくて。

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 鉄道を降りて駅舎を出ると、華々しく開けた街並みを見渡せた。隣町の発展ぶりを見るに付け、クラサワが時代に取り残されているのは本当だと思わずにいられない。
 しかしそれは恥ではなかった。長閑な景観の良さというのも貴重なものだ。結局のところ、ショウスケは生まれ育った街を愛していた。

 キヌとは、駅近くの百貨店の前で待ち合わせをしていた。
 時間に余裕はあったが、早足に待ち合わせ場所へ向かう。そこにはすでにキヌの姿があった。
 紫檀色の着物に、毛の長いショールを纏い、足元はブーツで若者らしくまとまっている。
 落ち着かない様子で辺りを窺うキヌの頬は、寒さのせいか赤く染まっている。

「すみません、待たせてしまったようで」

 ショウスケが声を掛けると、キヌはより真っ赤になって首を振った。

「本日は、父がご無理を言って申し訳ございません。確かに悩みがあるにはあるのですが、本当に大したことではなくて。それをどう勘違いしたのか……本当に申し訳ございません!」

 何度も頭を下げて、キヌは困った顔で笑う。

「父には、わたしからきちんとお話しておきますので。ですから、あの……ご迷惑でなければ、その……。本日はただの二人として、一日を楽しめたら……と、思うのですが」

 秀美な眉をハの字に寄せて、この上ないほど赤い顔で訴える娘を無碍にできるショウスケではない。

「昼まで時間があるから、少し覗いていこうか?」

 百貨店を指差すと、キヌは控えめだが嬉しそうに頷いた。

 師走で客も多い店内は、雑多な色で賑やかだった。
 洋装と和装が入り混じる昨今の流行にショウスケもさほど興味はないのだが、ずらりと並ぶ華やかな品々は見ていて案外楽しかった。

 キヌはやはり若いだけあって、いろいろと目移りしているようだ。気に入ったものは、手に取るまではしないが、そばに寄ってまじまじと見つめている。
 どうやらキヌは青い色が好きなようだ。ショウスケも好みで言えば、青を手に取ることが多い。だが今はなぜか、キヌが見ている品の隣に並ぶ、赤い手提げが気になってそればかりを見てしまっていた。

 キヌが百合の髪飾りを見れば、蒲公英の櫛に目が行き……。珊瑚の耳飾りを見れば、翡翠の首飾りに目が行く。
 互いが同じ品に目を引かれて、手を伸ばしたのは生成色のショールだった。

「どうぞ」

 ショウスケは手を引いて、キヌに勧める。紫檀色の着物に合わせてみると、よく似合っていた。纏っている毛皮も華やかだが、秋口や春先に使うのに良さそうだ。

「よかったら贈らせて。包んでもらおうか」
「いえ、そんな! 今日はちょっと思い切った色の着物にしてみましたが、普段着では着こなせそうにないですし……」

 慌てて生成色のショールを畳んだキヌは、戻す場所を間違えて、赤色のそれの上に重ねてしまった。その合わせもまた、派手な赤を和らげる似合いの組み合わせだ。
 そしてそれはキヌの記憶を鮮烈に揺さぶって、ちくりと胸の痛みを誘った。

 改めて品物を元に戻すと、キヌは真っ赤なショールを手に取っていた。

「おや、意外な」
「た、たまには冒険を……」
「いいんじゃないかな。じゃあそれを」

 贈り物として包んでもらったものを、キヌに手渡す。
 キヌにはそれが、包み紙の上からでも暖かくてふかふか柔らかい心地に感じられた。


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