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第七話 だれでもなくて。
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しおりを挟む「……行っちまったなぁ」
ショウスケを送り出してからも、セイタロウは火鉢から離れる気はないらしい。沸いた湯で手ずから茶を淹れる手馴れ具合で、キョウコも気を遣わずにその場で里芋の選り分けを始めるくらいだ。
「ショウスケが身を固めるとなったら、俺もいつまでもふらふらしてないで、少しは考えないとなぁ」
「まぁまぁ、そんな理由でお相手を探されるのでございますか。セイタロウ様とお付き合いされる方は、苦労なさいますね」
セイタロウは屈託ない笑みで誤魔化し、熱い茶をすする。
「しかしなぁ。おキヌちゃんと縁談ねぇ……ま、ようやくというところでもあるが、今更という感じもするな」
キョウコは寸の間、手を止めた。
今日のショウスケの外出は、端的に言えばキヌとの「でえと」だ。十日ほど前、タナカ屋の主人であるキヌの父がやってきて、こう言った。
「娘が何か思い悩んでいるようだから、相談に乗ってやってくれませんか」、「隣町の食堂を予約しておきますから、ゆっくり食事でもしながら」。そして、この秋に開通した鉄道の往復切符まで用意してきた。
そこまでされて、ただの相談であるはずがない。二十歳を過ぎて嫁に行かない末娘に焦りを覚えたのかどうかは分からぬが、今まで踏ん切りがつかずにいた縁談を推し進めようとしているのは明らかだった。
ショウスケはそれを承知で、出掛けた。
「店同士の縁だからなぁ。断るわけにもいかんだろうけど……。おキョウちゃんは、それでいいのか?」
「そりゃあ、わたくしを選んでいただけたら幸いですけれども、立場が違いますから。……それに、主人様しかいないわたくしとは違って、主人様のお心は自由なのですから、繋ぎ止めることなどできやしないのですよ」
再び芋を選り分けるキョウコの顔は、穏やかだ。
「キヌ様でしたら、喜んで身を引けます。あのように可憐でお優しく、聡明なお嬢様でございますもの。
あ、ですが……一つだけ。キヌ様には申し訳ないのですが」
少しばかり、もじもじとした様子でキョウコは呟く。
「ご結婚される前に一度くらい、わたくしと情を交わしてはくださらないかしら……。精がつくのは山芋でございましたっけ? 里芋では何も期待できないでしょうか」
「ははは、おキョウちゃんのそういうところ、清々しくて嫌いじゃない」
セイタロウは涙を滲ませながら笑って、芋の大きさを見比べる少女を愛らしいもののように見守った。
少女は今日をもって、どこか区切りを付けた様子に見えた。
しかしセイタロウは、この縁談、どうも何か起こる予感がしている。
(なにせ、自分のこととなると鈍いからな)
茶を飲み干して、セイタロウも席を立つ。
制服の襟を掻き合わせて、空を見上げると、彼は悪戯っ子のように笑った。
(早く雪が降らんかなぁ。そしたらさすがにわかるだろうよ。お前が本当に欲しいものは何なのか)
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