あるじさま、おしごとです。

川乃千鶴

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六と七の間

閑話「雇用主に物申す」

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「いくらショウ兄ちゃんが好きだからって、タダ働きはよくないよ」

 茶菓子を頬張りながら、ハルが説教する相手はキョウコだ。
 悲しい事件が解決して二年の時が流れても、コトノハ堂には誰も帰ってきていない。キョウコ一人が、ショウスケのそばで日々の雑用をこなしている。

 何気なく話していた中で、衣食住の保証があるだけで給金は出ていないと知ったハルが騒ぎ始めたのだ。
 実際には、ショウスケが予算を切った生活のかかりで余った分がキョウコの取り分になっている。この予算というのが結構余裕ある額で、毎月キョウコは十分な小遣いを貰えてしまう。それが申し訳なくて、懐に入れられず、ショウスケから預かっているものとして貯蓄してある。

「奉公とはそういうものでございますから」
「いやだ、おキョウちゃん。昔とは違うよ! 今は住み込みでもちゃんと、仕事に見合った報酬を貰っていいんだよ。だいたい、今のおキョウちゃんは昔の何倍も働いてるじゃない」

 キョウコはいまいち関心を持てない。
 たまにショウスケが流行りの小物を贈ってくれたりはするが、贅沢だと思う。衣食住に不自由せず、ショウスケを眺めながら世話を焼けるだけで、他に欲しいものなどないのだ。

 しかしハルはそうは思わない。同じ年頃の娘が、朝から晩まで汗水流して働いて、菓子やお洒落を楽しむ余裕を与えられていないなんて、許せなかった。

「おキョウちゃんが言いにくいんなら、あたしが言ってあげる!」
「いえいえ、それには及びません」
「大丈夫、任せてよ! おキョウちゃんは何も言わずに、これを渡すだけでいいから!」

 そう言ってハルは手紙をしたためると、墨が乾くのも待たずに四つ折りしたそれを、キョウコに差し出した。

「労働環境はどんどん良くしていかなきゃ。そのためには下が声を上げなくちゃだめなんだよ!」
「さすがはハル様。お隣は安泰でございますね」

 ハルは鼻高々だ。


 ※ ※ ※


 翌日、セイタロウが貸していた本を返しにやってきた。
 慣れた足取りで上がり込み、くつろぎ始めた友人の傍らで、ショウスケは昨晩キョウコに渡された手紙と睨み合っている。

 差出人はキョウコだが、字を見れば誰が書いたかわかる。隣のハルだ。
 手紙の中身は確認済みなのだが、宵闇の中で見た何かの間違いかもしれないと、改めて日の下で開いてみた。





『おちんぎんをください』





 全文、平仮名で書かれた拙い手紙は、墨でところどころ文字が潰れている。
 そのせいで、本来の意味と異なる何か猥雑な言葉が浮かんで見えて、ショウスケは頭を抱えた。

(これは…………ぎ? いや……ち、か? わざわざおハルちゃんが書いた意味は? 直接訊いた方がいいのか、いやでもこれ……何と尋ねたら?)

 うんうんと唸った末に、セイタロウに意見を求めることにした。
 ハルが書いたことを踏まえた上で、ショウスケは問う。

「これは、突っ込んでもいいのかな?」
「いや、ダメだろう」
「ダメかぁ」
「ショウスケくん、ちょっとそこに座りなさい」

 正座で、セイタロウ先生にお叱りを受ける。

「百歩譲っておキョウちゃんはいいとして、おハルちゃんはダメだろう。おしめが取れる前から知ってる子だろ? それに手を出したりしたらお前、鬼畜だよ」
「え?」
「は?」

 何か食い違っている。

「……何の話?」
「え? ナニの話だろ?」
「お前っ……下衆すぎるぞ!!」

 ショウスケは初めて人を引っ叩くということをした。心は全く痛まなかった。

 その後、キョウコから事情を聞いたショウスケは、曖昧にせず毎月決まった給金を払うことで納得してもらった。
 ハルには徹底して漢字を指導して、墨は乾くまで待つように教え直した。







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