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幕間②
鏡子
しおりを挟む猫にとって、雨の日はとても眠い日なのだ。
雨が降ると、獲物である野鼠や小鳥は巣に篭って表に出てこない。だから狩りに出るだけ無駄なのである。
天気が悪ければ出歩く猫もいないから、警戒して縄張りを守る必要もない。
猫は労力の掛け値を知っている。雨だの、雷の日は、ゆっくりぐっすり寝ていた方が得なのだ。
染みついたその感覚は人間になってからも抜けていなくて、仕事に励んでいる日中はともかくとして、夜の雨なんかは心地よく眠れてしまう。
雷なんて最高だ。ちょっとくらい大きな音がしても、全然気にならなかった。
「おはようございます、おキョウさん。朝ですよ」
はっと目を開けると、部屋の中はすっかり明るかった。夜中にまた降ったらしい雨が軒をぽたぽた濡らしている。
どうやらすっかり寝坊してしまったらしい。こんなこと初めてだ。しかも枕が変わったというのに、この自堕落ぶり。恥ずかしくてショウスケに合わせる顔がない。
「明け方まで雷が鳴っていたんだよ」
それでぐっすり眠ってしまったのか。
「それで眠れなかったからさ、今朝のご飯はわたしが作ってみたよ」
「えっ。それは……申し訳ございません」
「いやいや、こちらこそ。本当にいつもありがとう。さ、着替えておいで」
そういえば寝巻きだった!
慌てて髪を撫で付け、身を確かめる。大丈夫、見苦しいところはない。
すっくと立ち上がり、寝巻きを脱ごうと肩口を開く。
するとなぜだろう。ふわりと穏やかな香りがした。少し墨の匂いもする。とても優しくて、落ち着くこの香りは、ショウスケのものだ。
はっと振り返るも、誰もいない。ショウスケに限って、襖の向こうで着替えを覗いているなんて心配もない。……ちょっとくらい、そんな気を起こしてくれてもいいと思わないでもないのだが。
どうしてだか、動くたびにその香りが纏わりついて、ふわふわと落ち着かなかった。
着替えを済ませて厨に行くと、待っている間に寝てしまったらしいショウスケが食卓に突っ伏していた。
食卓には、ほかほか湯気を立てる菜っ葉の汁物と麦飯が二人分並んでいる。これを用意してくれたのだな、と思うだけで胸がいっぱいだ。
「主人様、主人様。起きてください」
肩を揺すると、また不思議なことに、ショウスケからショウスケでない匂いがした。
自分の匂いというものは普段はあまり分からないが、移り香はいくらか捉えやすい。
どうしてショウスケから自分の匂いがするのだろうと、キョウコは首を傾げた。そうすると、自分の首筋からは愛しい香りが漂って、ますます困惑した。
その日は一日中、ショウスケに背中から抱きしめられているような錯覚を覚えて、仕事が手に付かなかった。
そんなこと実際にあるはずがないのに、温もりまで感じられるようで、キョウコはのぼせた頭を団扇で煽いだ。
(後ろから抱きしめる強引さは、主人様にはございませんものね)
それくらいしてくれて構わないのに──。
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