あるじさま、おしごとです。

川乃千鶴

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幕間②

晶助

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 空に獣がいるのではないかと思うような、低い唸りが板戸を突き破って聞こえてくる。
 一際、大きな音がして、家屋が突き上げられるように揺れた。

「ひええええっ」

 日付が変わってからも、チョウゾウの「超浪漫すぺくたくる大長編」をどんな書にするか構想を練っていたショウスケは、あまりの音に驚いて筆を取り落とした。
 畳に点々と黒い汚れが広がる。慌てて拭いていると、再び大きな雷鳴が鳴り響いた。

「うわわわわわわっ」

 驟雨が行き過ぎてからも、雷が居座って、大泣きする前の子供のように空はぐずついていた。

 ショウスケはランプを消して、布団を頭から被った。だがそれでも雷の物凄い音と、地響きで眠れそうにない。

 そして彼は隣の部屋に滑り込んだ。

 夕刻の約束通り、母屋で寝起きすることになったキョウコが、すやすやと寝息を立てている。ユキヘイの部屋の改修が済むまで、隣にいるのだ。

来てみたけれど、よく寝ているなぁ)

 ちょっと話しかけても、揺すっても起きる様子はない。さっきから、それ以上に大きな音と激しい揺さぶりをかけられているというのに。キョウコは気持ちよさそうに、両手をもぎもぎ、夢の中だ。

(もし目が覚めた時に、怖がるといけないから、今夜はここにいよう。うん、そう。ね、怖いかもしれないから、ね)

 などと、誰にでもなく自分で自分に言い訳して、とりあえずキョウコの隣に腰を下ろした。
 その直後に、とてつもなく大きな雷鳴が轟いた。

 声にならない叫びをあげて、ショウスケは布団に潜り込む。がむしゃらに、何か安心できるものを求めて、手当たり次第に抱え込んだ。結果的にそれが、すやすや眠るキョウコだった。

(すみません、白状します。雷が怖いのは僕です。だからごめんよ、おキョウさん。ちょっとだけこうさせてておくれ)

 春にもこの部屋でこうして過ごしたが、あの時よりも格段に後ろめたい思いがした。雷が怖くて、少女に縋るなど情けなさすぎる。わかっているのに、部屋に戻る勇気もないのだ。

 小さな背中に身を寄せて、早く雷が行き過ぎるのを願い、ぎゅっと目を閉じる。するとキョウコの寝息がよく聞こえた。息を吸い込むたびに、腕の中で上下する身体が温かい。

「おキョウさん、獣の本能はどこに行っちゃったんだよぅ……。こんなにゴロゴロ鳴っているのに、何で起きないんだい」

 キョウコの首筋に顔を埋めて、ショウスケはべそをかく。それから少しして、思い至った。

(もしかして……働かせ過ぎ!? 雷で起きないほど、疲れているのでは?)

 そう思ったら、泥のように眠っているふうにしか見えなくて、ショウスケは何度も謝った。
 雷がやんで、朝が来たら……たまには猫より早く起きてみよう。
 そんなことを、雷に怯えて麻痺した頭で考えた。
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