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第六話 「あるじさま」のお名前。
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しおりを挟む(ショウスケ様はいつだって笑っている。誰よりも怒り悲しんでいるのだろうに、自分より他人を気遣えるお優しい人……)
だから、笑わないでほしかった。
頼りないかもしれないが、昔から知っている自分の前では、もう少し心を開いていてほしかった。
もしここから追い縋って手を取ったら、あの笑顔は崩れるだろうか。困った顔を見せてくれるだろうか。
そんなことを考えて、キヌは首を振る。本当に困らせたいわけではない。疎ましく思われたくもない。
遠くなる背中を見つめて、キヌはそこから動くことができずにいた。
ショウスケは菓子屋イサカの前を通り過ぎようとしている。ちょうど店から赤い着物の少女が出てきた。
小さく華奢な体は幼さを残しているが、店内に一礼して頭を下げる姿は、一人前の女性だ。
ショウスケに気付いたその少女は、翡翠の目を見開いて、顔を綻ばせた。
(あ……)
その顔をキヌは知っている。
少女が女へ花開く前の乙女の眼差しだ。鏡の前で毎日見ている、自分の顔と同じ目をあの少女はしている。
そしてそれを隠そうとしない。ショウスケの戸惑った顔がちらりと見えた。
ショウスケに一番近い存在だと、常々笑い話に囁かれてはいたが、彼女の想いが本物だとなぜ今まで気付かなかったのだろう。
キヌは急に胸がざわつくのを感じた。
二人は一緒に歩き出す。
少女が遅れればショウスケは立ち止まり、ショウスケが立ち止まれば少女は駆け寄る。
そうして二人が見えなくなるまで、キヌは一歩も動かなかった。
「わたしはここで動けないから、一緒に歩けないんですわね」
キヌもまた、ショウスケに笑顔しか見せられない。拙い字を晒け出すのも恥ずかしい。
自分の殻に閉じこもったままで、他人の心に触れ合えるはずもないことを、小さな胸の痛みとともに覚えた。
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