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第五話 星、流れども。
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しおりを挟むクラサワの街を揺さぶる汚職疑惑は、数日の間は喧々と騒ぎ立てられていたが、人々は少しずつ日常を取り戻していた。
そもそも当の町長が街にいない。狙い澄ましたように海の向こうに視察に出ていて、それ以上の記事が出来上がってこないのだ。不信感は募れど、住民の興味は次々に移ろっていった。
コトノハ堂から押収された書類からも、不正に繋がる証拠は得られず、膠着状態が続いているようだ。
そうして月は変わり、七夕祭りの日がやって来た。
* * * * * * *
揃いの藍色の浴衣を身に纏い、ショウスケと二人の職人は道具の準備に勤しんでいる。
キョウコ含め八人いる使用人たちも、その手伝いをしているが、いつになく浮き立った様子だ。
それというのも、毎年コトノハ堂では七夕祭りに合わせて、職人以下の雇い人たちに特別な給金と一日の休みが与えられる。
会場まで職人たちを送り届けた後、彼らは滅多にない自由を謳歌できるのだ。それは浮かれるというものだろう。
しかし使い慣れた書道道具を各々纏め終え、いざという時になっても、ユキヘイとネイが現れない。
どうしたのかと二人の居室を訪ねると、中からネイの癇の強い声がした。だがどこか楽しそうでもある。
「ショウさん、ちょっと手をお貸しなさいな。まったくもう、この人ったら変な気まぐれを起こすんだから」
襖を開けると、洗い髪を四方八方に遊ばせたネイと、櫛を手に小さくなっているユキヘイの姿があった。
「何事で?」
「……髪を結おうと思ったのだが」
半刻も悪戦苦闘してこれだという。
「ですから、ご遠慮いたしましたのに。はい、もう櫛をお渡しくださいな。ショウさん、ちょいとここを押さえて」
「はいはい」
言われるまま、ざっくり束ねた髪を押さえておく。その間にネイは油を櫛で馴染ませると、慣れた手つきで頭の後ろで髪を編んでみせた。編んだ髪の束を、蝸牛の殻のように一纏めにして固定する。
父子どもは、言葉を呑んで拍手を送った。
「仕上げは大旦那様にお任せいたしますね?」
いくつかの簪や髪飾りをユキヘイの前に並べて見せる。
朝顔や向日葵など、夏の花が咲き乱れているが、ユキヘイには良し悪しが分からず悩んでいるようだ。ユキヘイにしたらネイにはどれも似合いそうで、この中から一番を選ぶのは難問だった。
唸りながら目を右往左往させていると、一つの髪飾りに目が留まった。青紫色の硝子の小花を連ねた、愛らしくも上品な簪だ。
「これは……」
「ワスレナグサ、というそうですよ」
異国からやってきた花で、近年そう名前がついたのだとショウスケが答える。その簪を持ってきたアヅマ工芸の受け売りだ。
ネイの顔と並べて、ユキヘイは頷く。
春の花は不釣り合いではないかと渋るネイだが、一度決めたらユキヘイは頑なだった。妻が示す場所にその手で簪を挿して、再び頷く顔は満足そうだ。
思わずネイが顔を赤くしてしまうほど真っ直ぐに、「綺麗だ」などと言うものだから、ショウスケまで照れてしまった。
「さぁ、皆を待たせているのでしょう。出発いたしましょう」
動揺をひた隠してネイは腰を上げた。ユキヘイは慌てる様子もなく立ち上がると、自室へ向かいながら二人に声を掛けた。
「これから着替えるから、先に行くといい」
「お手伝いいたしましょうか」
「いいや、いい。ほら、これ以上待たせては可哀想だ。行ってくれ」
自分の気まぐれで待たせた後ろめたさからだろうか。ショウスケの背中に、すまないなと声を掛けて、ユキヘイの部屋の戸が閉まった。
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