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第四話 落雁ほろり。

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「ならば、今のわたくしでは如何ですか?」
「如何って……」

 ずずいっと身を寄せてくる少女を、改めて真正面から見つめてみる。
 端的に言って、器量良しだ。真白な絹肌に、肩口で切り揃えた黒髪がよく映えている。髪に縁取られた小さな輪郭の内側には、ぱっちりとした目、形の良い鼻、花蕾のような唇が、均整を取って並ぶ。中でも美しく、見た者の心を掴むのは翡翠色の瞳だ。
 ショウスケもこの瞳に覗かれると弱い。勝ち気だが、透けるように繊細で穏やかな色を前にすると、何もかもを見透かされるような思いがする。
 キョウコの求愛を、幼さを理由にして逃げ続けられるのも、数年が限度だろう。そんなことを思った矢先……。

「主人様はまだわたくしを子供と思っておいでですか? 今では月のものもやってきまして、立派に女でございますよ」
「……だからね、おキョウさん。立派な女性は慎みを持ってだね……」
「奉公先で旦那様に手を出されることも多々あるとお聞きしましたが、そろそろでございましょうか?」
「おキョウさっ……ゲホッ……!!」
 
 あまりにあからさまで動揺したショウスケは咽せ込んだ。
 世の中の娘が、涙で袖を濡らすことだと言うのに、猫娘の瞳は爛々と輝いている。期待しているとでも言うのか。
 ショウスケは握られた手を解き、小さな手を包んで言い聞かせる。

「ぼ……いや、わたしはね、おキョウさん。あなたには幸福しあわせになってほしいと思っているんだよ。だから大切にしたいのだし、いつか誰かと手を取り合うのなら、大切にされなければならないと願うばかりなんだ。
 あなたはもう立派な女性だ。人間の、ね。人間が番うということは、肉体カラダを結ぶばかりではないことを、賢いおキョウさんなら承知でしょう?」
「承知しておりますとも」

 主人のしなやかな指をキョウコは握り返す。

「この手で記される文字で、言の葉で、お声で……。愛してくださるのでしょう?」
「……うん? いや、まぁ、恋人なら……そうであろうね」
「では主人様。わたくしは主人様のご希望に沿って、欲を潜ませ、大切にされましょう。……ですから、たくさん愛でてくださいね」

 墨の残り香のする手に、頬を擦り寄せる。その仕草は猫だ。己のものだと、匂いをつける行為に他ならない。
 温かな頬と、しっとりとこぼれる髪が、柔らかくショウスケの肌をくすぐった。空いた手で髪を梳けば、翡翠の瞳が穏やかに細くなる。

「……幸福しあわせになって欲しいなどと人任せはおやめになって、主人様が幸福にしてくださいませね」

 本気か冗談か分からぬ調子で、キョウコは微笑んでいる。だがその顔は既に、幸せそうな、満たされた顔だ。
 翡翠の瞳にはショウスケしか映っていない。

「まったく……おキョウさんには敵わないなぁ」

 ショウスケは苦笑しつつも、少女の髪を撫で続けた。心地良さそうに目を閉じるキョウコを見ていると、不思議なほど時の流れが優しい。想いの形が恋でなくとも、込み上げる愛しさに目を瞑ることはできなかった。

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