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第四話 落雁ほろり。
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しおりを挟む昼前に始まった宴は盛況で、賓客が皆帰る頃には八つ時を回っていた。
最後と思われる客を見送り、ショウスケは宴席をちらりと覗いた。飲み直しだと上座でそっくり返っているコイミズと、それに付き合うユキヘイの姿が確認できた。面倒は御免なので、ショウスケはそっと踵を返した。
準備から一転、片付けに追われる使用人たちが、宴席と厨を忙しなく行き来している。厨ではネイも率先して動いている。
茶を一杯もらおうと思ったショウスケだが、その様子に少々気が引けて、邪魔にならぬよう店の方へ向かった。
通りの人出は落ち着いたようだが、店に寄って祝いの言葉を述べていく者はまだちらほら現れる。これには番頭と、雇いの職人が応対していた。
そこに当のショウスケが立つと、たちまちに話が伝わり、通りは再び人で溢れた。主に年頃の娘らだ。若き店主と縁を結んでおきたい者、見目いい青年と間近に話す機会を楽しみに来た者、あるいは日頃から彼に淡い想いを寄せる者……。いずれもが、ささやかな贈り物や文を携えてやって来ては、黄色い声を上げて帰っていった。
主人が疲れを滲ませる様子を憐れに思った番頭たちが、奥に引っ込ませてくれなければ、ショウスケはこの晴れの日に倒れていたかもしれない。
通りからは見えない、引っ込んだ作業部屋に腰を落ち着けたショウスケの元に茶が運ばれてきた。盆を手にしているのはキョウコだ。
熱い一杯の茶が、体に沁み渡るようで非常に美味く、ショウスケは深く息をついた。
キョウコはその場に膝をついて、恭しく頭を下げた。
「本日はまことにおめでとうございます。これで心置きなく旦那様とお呼びできますね」
「……おキョウさんが言うと、皆とは違う響きに聞こえるから、今まで通りに呼んでもらえるかい?」
「主人様……で、ございますか?」
「うん、それがいい。向こうは片付いたのかい?」
「あらかたは」
短く答えて顔を上げたキョウコの様子からするに、コイミズが帰るまでは終わらないということだろう。
茶をもう一杯注ぎつつ、キョウコの視線は机に山となっている文に向けられる。
「……お返事を書かれるので?」
「そうだねぇ」
ショウスケは適当に一通を選んで、文を広げてみる。どうせ断るのだから捨て置いてもいいのだろうが、彼の性分でそれができない。
「字を見れば、人となりも心持ちも分かろうというものだよ。会ってみたいと思うほどの文が、果たしてここにどれだけあるか……」
そこにどれだけの想いを込めたのか。物心つく前から文字に囲まれて過ごしてきた彼だから、敏感に感じ取れるものがある。
ふとキョウコは喜色を浮かべた。
「では、わたくしの恋文は主人様のお眼鏡に適ったのでございますね?」
ショウスケは言葉に詰まる。
あの日……、生まれ変わったキョウコと出会った日。
その数日前に届いた恋文に、心惹かれて社に出向いたのは間違いない。つまらない手紙なら、呼び出し場所の社に返事を置いて去ったはずだ。
美しい文字と、物語のように紡がれる愛の言葉から、彼が思い浮かべたのは、聡明で繊細な女性だった。実際に会ってみて、おかしなところがなければ良い返事をしていたとさえ思う。
しかしてその実態は、七つばかりの童女。しかも本性は猫だった。
「あの時ほどの、がっかりと驚きに勝る体験はないよ」
「まぁ、心外でございます」
キョウコはずいと身を乗り出すと、膝を突き合わせて主人の手を取った。
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