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第三話 硝子の小鳥。
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しおりを挟む刑番所は大きく分けて、しょっぴいた輩を拘束しておく「檻」、お調べを行う「室」、裁きと刑が下される「場」と呼ばれる三つの区画から成る。
「場」には刑番所の所長室と、記録の保管庫がある。事件の顛末は、所長または任意の所員監視のもと、所長室にて記すと定められている。
ショウスケを待っていたのは、所長のコイミズだった。異国風の帷を引いた窓を背に、緩い束ね髪を揺らして彼は振り返る。
四十半とは見えぬ艶のある面には、嫌味な笑みが浮かんでいた。
「ユキちゃんがよかったわ」
「……申し訳ございません。生憎、別件で出ておりまして。不肖、わたしがお務めいたします」
町長の依頼で、ユキヘイは役所に出向いている。コイミズは知っていて、わざと当てこすっているのだ。
真っ赤な金魚が泳ぐ鉢を指でつついて、コイミズはわざとらしく嘆息した。
「あんな狸親父より、アタシの方がいいでしょうに。ユキちゃんったら」
こちらはこちらで、狐の類だと思うが……とショウスケは苦い顔を隠せない。
「今はまだ犯人が混乱していて、「室」での聴取ができていないのよ。とりあえず、これでも読んでなさい」
コイミズは犯人検挙に至るまでの走り書きを投げ寄越した。ショウスケは調書を一枚一枚めくって、相変わらずの所員の字の乱雑さに辟易してしまう。
コトノハ堂のような「書記屋」の存在意義は、出来事を第三者の視点から客観的に記すためと、誰でも読める綺麗な筆跡で記録を残すことに求められる。
それにしても調書はあまりに雑すぎて、読み違えないように、コイミズと言葉を交わしながら、記録を付けていく必要があった。
本日、七件目となる火が上がったのは、またも色街の天幕。一連の事件を受けて、刑番所員が巡回していたため、すぐに火は消し止められたという。
いつもは野次馬はおれど、怪しい人物は見当たらなかったのだが、今日はその場をうろつく不審者がいたそうだ。
「それがアヅマだったってわけ」
彼を怪しいと判じた所員の話によると、やたらと高い所に視線をやってきょろきょろと、おかしな挙動だったらしい。事情を聞こうとして声を掛けた時も、「泥棒がいる」と支離滅裂なことを言って、話にならなかったという。
「それで、どうして犯人だと?」
「燐寸を持っていたからよ」
コイミズは帷を開いた。陽射しの眩しさに驚いた金魚が跳ねる水音がいやに響いた。
「天幕に、火を付けた燐寸を放ったんでしょう」
「いえ……、それはおかしいです」
セイタロウの話だと、消火の跡には燐寸などは残されていなかったはずだ。それを指摘すると、コイミズはむっとした顔で問い返してきた。
「だったら何で燐寸なんて持ってたの?」
「アヅマさんは喫煙者ではないでしょうか?」
すれ違った時に、煙草の香りがしたのをショウスケは覚えている。
「わたしがお見掛けした時は、何か慌てたご様子で、着の身着のまま……といった風采でしたし、燐寸だけ持って家を出たとしても不思議はなさそうですが……」
「ちょっとショウスケ。あんた、犯人の肩を持つ気?」
「そうではなく……。客観的に事実を述べているだけです。コイミズ様こそ、らしくないように思います。解決を急いで冷静さを失ってはおりませんか?」
金魚が居心地悪そうに跳ねる。鉢の中で水が揺れ動く度に、ショウスケの手元まで光と影が届く。
コイミズは窓の外に目をやる振りで、ショウスケに背を向けた。
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