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第三話 硝子の小鳥。
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しおりを挟む小鳥の他、兎や龍など面白い形の硝子細工がずらりと並ぶ。色硝子でできたものや、鏡面にあつらえたものなど、その趣向は様々だ。
「こんなによくできているのに、試作品なのかぁ」
「ええ。一目でアヅマ工芸とわかる品を作りたいと仰っていました」
「へぇ、それはそれは……。そんな文鎮に早くお目見えしたいものだね」
ショウスケは純粋に見てみたくてそう言ったが、試作品の置き場に困るキヌはその日が来ることを切実に願っている。
「困っているのは、試作品に限ったことではなくて……」
近頃は、文鎮作りに使った素材や失敗作が山となって、アヅマ工芸の敷地から通りにはみ出しているという。
「アヅマさんはきっと、夢中で気がついていないんでしょうね……。本当に早く、素敵な文鎮が出来上がるといいのですけれど」
話しながら、キヌは愚痴ってしまったことを恥じたようで、唇の前に指を立てた。
「このことはご内密に……」
「もちろんだよ」
ショウスケは安心させるように微笑みかけて、翡翠色の硝子でできた文鎮を貰うことにした。楕円形の木の実形で、混じり気のない透き通った薄緑色が、猫だった時のキョウコの瞳を思い出させる。
猫の頃は可愛かった……などと思いながら硝子の瞳を透かした先に、茶のおかわりを注いでまわるキョウコが映った。
こうして見ると、どこから見ても普通の少女だ。顔の印象は上品で、少し気の強そうな目さえ人目を惹きつける。翡翠色ということを抜きにしても、不思議な魅力があった。まだ幼いが、数年後が楽しみだと密かに評判になりつつあることを、本人は知らない。
賢く、美しく成長していくキョウコを見るにつけて、ショウスケは不安になる。彼女が年頃になった時、自分はどんな決断を下すべきなのかと。
それまでに、キョウコにいい出会いがあって、気持ちが別に向いてくれたら……などと、逃げ腰の理想を描いたりしてしまう。
(おキョウさんだと知らずに出会っていたら、今とは違う見つめ方を僕はしていたのだろうか)
文鎮の中で、キョウコと視線がぶつかった。硝子玉にも、本物の翡翠にもない煌めきは、ショウスケだけに向けられるものだ。
その煌めきが他に向くことを想像すると、ほんの少し寂しい気もする。誰かいい出会いが……と思った直後に、そんなことを考える己の傲慢さにショウスケは呆れる思いがするのだった。
「ショウにいちゃん、キヌ様、おキョウちゃん」
店の外から元気のいい声がする。しかしハルの姿はなく、名を呼ばれた三人は軒先にて声の行方を探した。
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