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第三話 硝子の小鳥。
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ショウスケが帰った時、時刻は昼に少し早いくらいだった。店先で、二人の女子が楽しげに話している。
一人は隣の娘ハルで、ショウスケに気付くと、快活な笑みと大きな声で「こんにちは、ショウにいちゃん」と気安い挨拶をした。
もう一人は紙問屋タナカの末娘キヌだ。キヌはショウスケより四つ下で、この春、ヤマノト国民に義務付けられた教育課程である定制学塾を修了した。
キヌは茶屋に勤める傍ら、家の仕事も手伝っていて、どちらの店でも看板娘と評判だ。頭の下げ方一つとっても、たおやかな所作が板についていて、利発そうな顔立ちと相まって非常に大人びて見える少女だ。
今日はタナカ屋の「顔」でコトノハ堂に、記録紙を納めに来たそうだ。そこでちょうどハルと居合わせ、お喋りに興じていたらしい。もっとも、ハルの遊び相手になってやっていると言うのが正しかろう。
「お嬢様方、そちらはお暑うございましょう。どうぞこちらで、お涼みください」
奥から、盆に茶と菓子を乗せてキョウコが現れた。ショウスケに気付いた彼女は「おかえりなさいませ」と丁寧に頭を下げた。
見上げてくる視線が、心なしかいつもより鋭く映るのは、ショウスケの心持ちのせいだ。上がりがまちに座布団を並べて客人をもてなすキョウコはいたって、いつも通りだ。
「お勤めご苦労様でございました。まあまあ、お顔が真っ赤でございますよ。今、絞った手拭いをお待ちいたしますね」
ぱたぱたと草履を鳴らして、奥へ戻っていく。
その様子をキヌは笑い含みに見ているし、ハルもハルで、奥方様みたいだねと述べる始末。
事実、キョウコは奥方のお気に入りで、奉公人の立場上、学塾に出してやれない代わりにと、直々に教養を仕込まれている。おかげで近頃は、若女将などと揶揄されているくらいだ。
キョウコが差し出した手拭いと仕事道具とを交換し、ショウスケも一息ついた。その一息には、やる方ない戸惑いが含まれているが、笑い話にしか思われていないので誰もショウスケを労ったりしない。まさか童女の方が本気で妻の座を狙っているとは誰も思わないからこそ、笑って話していられるのだろう。
女子たちは話題に事欠かない様子で、普段はひっそり静かなコトノハ堂に花を添えている。
「そうだわ。おハルちゃん。よかったら、貰ってくれない?」
キヌは手提げから何かを取り出すと、手巾で包まれたそれを、手のひらの上で広げてみせた。
空色の手巾の下から現れたのは、透き通った一羽のツグミ。氷細工のようだが、それはキヌの柔い手の上にあっても溶け出すことはない。
鳥が飛んでいるかのように、キヌが手のひらを高く掲げると、窓から射し込む日を受けてツグミがきらりと瞬いた。すると、菓子を頬張っていたハルの瞳まで、光を宿したように輝き出した。
「うわぁ! きれい!」
キヌはどうぞと手巾ごと、ハルに手渡した。
「うちの裏のアヅマ工芸さんがね、いま新しい文鎮を作ってらっしゃるの。試作品をたくさんいただくんだけど、もう置き場がなくなってしまって……。嫌じゃなければ貰って?」
嫌だなんてとんでもない、という様子でハルはこくこくと頷いた。空色の手巾の上で、硝子の小鳥が愛らしく小首を傾げている。ハルはとても嬉しそうに目を細めていたかと思うと、お母ちゃんに見せてくる!、と店を飛び出した。
それを微笑ましく見守った後で、キヌは手提げから別の包みを差し出した。
「ショウスケ様もいかがですか?」
「どれどれ……」
一人は隣の娘ハルで、ショウスケに気付くと、快活な笑みと大きな声で「こんにちは、ショウにいちゃん」と気安い挨拶をした。
もう一人は紙問屋タナカの末娘キヌだ。キヌはショウスケより四つ下で、この春、ヤマノト国民に義務付けられた教育課程である定制学塾を修了した。
キヌは茶屋に勤める傍ら、家の仕事も手伝っていて、どちらの店でも看板娘と評判だ。頭の下げ方一つとっても、たおやかな所作が板についていて、利発そうな顔立ちと相まって非常に大人びて見える少女だ。
今日はタナカ屋の「顔」でコトノハ堂に、記録紙を納めに来たそうだ。そこでちょうどハルと居合わせ、お喋りに興じていたらしい。もっとも、ハルの遊び相手になってやっていると言うのが正しかろう。
「お嬢様方、そちらはお暑うございましょう。どうぞこちらで、お涼みください」
奥から、盆に茶と菓子を乗せてキョウコが現れた。ショウスケに気付いた彼女は「おかえりなさいませ」と丁寧に頭を下げた。
見上げてくる視線が、心なしかいつもより鋭く映るのは、ショウスケの心持ちのせいだ。上がりがまちに座布団を並べて客人をもてなすキョウコはいたって、いつも通りだ。
「お勤めご苦労様でございました。まあまあ、お顔が真っ赤でございますよ。今、絞った手拭いをお待ちいたしますね」
ぱたぱたと草履を鳴らして、奥へ戻っていく。
その様子をキヌは笑い含みに見ているし、ハルもハルで、奥方様みたいだねと述べる始末。
事実、キョウコは奥方のお気に入りで、奉公人の立場上、学塾に出してやれない代わりにと、直々に教養を仕込まれている。おかげで近頃は、若女将などと揶揄されているくらいだ。
キョウコが差し出した手拭いと仕事道具とを交換し、ショウスケも一息ついた。その一息には、やる方ない戸惑いが含まれているが、笑い話にしか思われていないので誰もショウスケを労ったりしない。まさか童女の方が本気で妻の座を狙っているとは誰も思わないからこそ、笑って話していられるのだろう。
女子たちは話題に事欠かない様子で、普段はひっそり静かなコトノハ堂に花を添えている。
「そうだわ。おハルちゃん。よかったら、貰ってくれない?」
キヌは手提げから何かを取り出すと、手巾で包まれたそれを、手のひらの上で広げてみせた。
空色の手巾の下から現れたのは、透き通った一羽のツグミ。氷細工のようだが、それはキヌの柔い手の上にあっても溶け出すことはない。
鳥が飛んでいるかのように、キヌが手のひらを高く掲げると、窓から射し込む日を受けてツグミがきらりと瞬いた。すると、菓子を頬張っていたハルの瞳まで、光を宿したように輝き出した。
「うわぁ! きれい!」
キヌはどうぞと手巾ごと、ハルに手渡した。
「うちの裏のアヅマ工芸さんがね、いま新しい文鎮を作ってらっしゃるの。試作品をたくさんいただくんだけど、もう置き場がなくなってしまって……。嫌じゃなければ貰って?」
嫌だなんてとんでもない、という様子でハルはこくこくと頷いた。空色の手巾の上で、硝子の小鳥が愛らしく小首を傾げている。ハルはとても嬉しそうに目を細めていたかと思うと、お母ちゃんに見せてくる!、と店を飛び出した。
それを微笑ましく見守った後で、キヌは手提げから別の包みを差し出した。
「ショウスケ様もいかがですか?」
「どれどれ……」
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