9 / 112
第二話 お仕事とご褒美。
4
しおりを挟む
冬の日暮れは早い。
屋敷を出る頃にはまだ夕日がかかっていたのに、帰路を辿る間にぽつぽつと街灯が灯り始めた。
「今日はありがとうね。おキョウさんのおかげで、タキ様からお褒めの言葉をいただけたよ」
控えめに首を振る童女に、何か礼をしたくなったショウスケは、街を歩きながら店先を眺めた。
菓子がいいだろうか、それともショールかマフラー……。
「おキョウさん、何か欲しいものはないかい?」
「欲しいものでございますか?」
キョウコは瞳をぐるりと動かして、少し考えた後、急にショウスケを路地裏に引っ張り込んだ。
「ここでは人目がございます。社に行きましょう!」
「えええ、なになになに……」
鼻息荒く暗がりに連れ込まれる恐怖を、ショウスケは七つの娘に教えられた。
※ ※ ※
社まで引っ張られるままに連れてこられたショウスケは、拝殿に続く階に座らされた。
一体なにをさせられるのかと恐れ慄いていると、キョウコはくるりと背を向けて、ショウスケの膝の上に乗っかってきた。
鼻先をキョウコのしっとりした髪が掠めてくすぐったい。
「……重くはございませんか?」
「軽いよ」
隣のおハルちゃんよりも軽いとショウスケは思った。多分それを口にしたら、他の女と比べたなどと突っかかられて、面倒なことになりそうなので黙っている。
キョウコはショウスケの手を取って、頬擦りした。
「わたくし、主人様の手が大好きです。せっかく生き返ったのに、一度も撫でてもらっていません」
「そりゃあ、今のおキョウさんは女性だから……」
「では本日のご褒美に、撫でてくださいませ」
猫だと思って、とキョウコは言う。
ショウスケは逡巡した。猫のキョウコを撫でていた時はいつも…………。
額を撫で、耳の後ろを掻き、顎を撫で、背筋をなぞり腰を撫で付け、胸から腹まで執拗にこねくり回していた。
(それを、しろと………?)
ひとけのない暗がりの社で、十七の己が七つほどの童女をこねくり回す光景を想像して、ショウスケはゾッとした。
(それだけはいかん!!)
結局、頭を撫でるに留めた。
猫の頃とはまるで違うが、キョウコの髪はなめらかで手触りがよかった。コトノハ堂の奉公人の生活は悪いものではないらしい。
辺りはすっかり暗くなって、杉林の向こうに街の灯りが透けて見える。
撫で始めてから、キョウコはすっかり大人しくなってしまって、表情を窺うこともできない。これでちゃんとご褒美になっているのか心配で、ショウスケは尋ねてみた。
「おキョウさん、これでいいのかな? 心地よいかい?」
「……とっても」
空いているショウスケの手を取って、キョウコは自ら顎を擦り付けた。
「猫のままでしたら、言葉などなくとも、わたくしの歓びをお伝えできましたのに」
ぐるぐると喉を鳴らして。尻尾をぴんと立てて。そうしたらショウスケも応えるように、たくさんたくさん撫でてくれたのに、とキョウコはつんと口を尖らせる。
「あら、わたくし、猫の自分に嫉妬しております」
ショウスケは思わず吹き出してしまった。
(──時々はこうして撫でてやろう。ご褒美でなくとも。愛情の形は何も恋情だけではない。親が子を思うように、愛しさを込めて)
屋敷を出る頃にはまだ夕日がかかっていたのに、帰路を辿る間にぽつぽつと街灯が灯り始めた。
「今日はありがとうね。おキョウさんのおかげで、タキ様からお褒めの言葉をいただけたよ」
控えめに首を振る童女に、何か礼をしたくなったショウスケは、街を歩きながら店先を眺めた。
菓子がいいだろうか、それともショールかマフラー……。
「おキョウさん、何か欲しいものはないかい?」
「欲しいものでございますか?」
キョウコは瞳をぐるりと動かして、少し考えた後、急にショウスケを路地裏に引っ張り込んだ。
「ここでは人目がございます。社に行きましょう!」
「えええ、なになになに……」
鼻息荒く暗がりに連れ込まれる恐怖を、ショウスケは七つの娘に教えられた。
※ ※ ※
社まで引っ張られるままに連れてこられたショウスケは、拝殿に続く階に座らされた。
一体なにをさせられるのかと恐れ慄いていると、キョウコはくるりと背を向けて、ショウスケの膝の上に乗っかってきた。
鼻先をキョウコのしっとりした髪が掠めてくすぐったい。
「……重くはございませんか?」
「軽いよ」
隣のおハルちゃんよりも軽いとショウスケは思った。多分それを口にしたら、他の女と比べたなどと突っかかられて、面倒なことになりそうなので黙っている。
キョウコはショウスケの手を取って、頬擦りした。
「わたくし、主人様の手が大好きです。せっかく生き返ったのに、一度も撫でてもらっていません」
「そりゃあ、今のおキョウさんは女性だから……」
「では本日のご褒美に、撫でてくださいませ」
猫だと思って、とキョウコは言う。
ショウスケは逡巡した。猫のキョウコを撫でていた時はいつも…………。
額を撫で、耳の後ろを掻き、顎を撫で、背筋をなぞり腰を撫で付け、胸から腹まで執拗にこねくり回していた。
(それを、しろと………?)
ひとけのない暗がりの社で、十七の己が七つほどの童女をこねくり回す光景を想像して、ショウスケはゾッとした。
(それだけはいかん!!)
結局、頭を撫でるに留めた。
猫の頃とはまるで違うが、キョウコの髪はなめらかで手触りがよかった。コトノハ堂の奉公人の生活は悪いものではないらしい。
辺りはすっかり暗くなって、杉林の向こうに街の灯りが透けて見える。
撫で始めてから、キョウコはすっかり大人しくなってしまって、表情を窺うこともできない。これでちゃんとご褒美になっているのか心配で、ショウスケは尋ねてみた。
「おキョウさん、これでいいのかな? 心地よいかい?」
「……とっても」
空いているショウスケの手を取って、キョウコは自ら顎を擦り付けた。
「猫のままでしたら、言葉などなくとも、わたくしの歓びをお伝えできましたのに」
ぐるぐると喉を鳴らして。尻尾をぴんと立てて。そうしたらショウスケも応えるように、たくさんたくさん撫でてくれたのに、とキョウコはつんと口を尖らせる。
「あら、わたくし、猫の自分に嫉妬しております」
ショウスケは思わず吹き出してしまった。
(──時々はこうして撫でてやろう。ご褒美でなくとも。愛情の形は何も恋情だけではない。親が子を思うように、愛しさを込めて)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完】あの、……どなたでしょうか?
桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は………
「あの、……どなたのことでしょうか?」
まさかの意味不明発言!!
今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!!
結末やいかに!!
*******************
執筆終了済みです。
本当にあった怖い話
邪神 白猫
ホラー
リスナーさんや読者の方から聞いた体験談【本当にあった怖い話】を基にして書いたオムニバスになります。
完結としますが、体験談が追加され次第更新します。
LINEオプチャにて、体験談募集中✨
あなたの体験談、投稿してみませんか?
投稿された体験談は、YouTubeにて朗読させて頂く場合があります。
【邪神白猫】で検索してみてね🐱
↓YouTubeにて、朗読中(コピペで飛んでください)
https://youtube.com/@yuachanRio
※登場する施設名や人物名などは全て架空です。
上杉山御剣は躊躇しない
阿弥陀乃トンマージ
キャラ文芸
【第11回ネット小説大賞 一次選考通過作品】
新潟県は長岡市に住む青年、鬼ヶ島勇次はとある理由から妖を絶やす為の組織、妖絶講への入隊を志願する。
人の言葉を自由に操る不思議な黒猫に導かれるまま、山の中を進んでいく勇次。そこで黒猫から勇次に告げられたのはあまりにも衝撃的な事実だった!
勇次は凄腕の女剣士であり妖絶士である上杉山御剣ら個性の塊でしかない仲間たちとともに、妖退治の任務に臨む。
無双かつ爽快で華麗な息もつかせぬ剣戟アクション活劇、ここに開幕!
※第11回ネット小説大賞一次選考通過作品。
異世界でゆるゆるスローライフ!~小さな波乱とチートを添えて~
イノナかノかワズ
ファンタジー
助けて、刺されて、死亡した主人公。神様に会ったりなんやかんやあったけど、社畜だった前世から一転、ゆるいスローライフを送る……筈であるが、そこは知識チートと能力チートを持った主人公。波乱に巻き込まれたりしそうになるが、そこはのんびり暮らしたいと持っている主人公。波乱に逆らい、世界に名が知れ渡ることはなくなり、知る人ぞ知る感じに収まる。まぁ、それは置いといて、主人公の新たな人生は、温かな家族とのんびりした自然、そしてちょっとした研究生活が彩りを与え、幸せに溢れています。
*話はとてもゆっくりに進みます。また、序盤はややこしい設定が多々あるので、流しても構いません。
*他の小説や漫画、ゲームの影響が見え隠れします。作者の願望も見え隠れします。ご了承下さい。
*頑張って週一で投稿しますが、基本不定期です。
*無断転載、無断翻訳を禁止します。
小説家になろうにて先行公開中です。主にそっちを優先して投稿します。
カクヨムにても公開しています。
更新は不定期です。
絶世の美女の侍女になりました。
秋月一花
キャラ文芸
十三歳の朱亞(シュア)は、自分を育ててくれた祖父が亡くなったことをきっかけに住んでいた村から旅に出た。
旅の道中、皇帝陛下が美女を後宮に招くために港町に向かっていることを知った朱亞は、好奇心を抑えられず一目見てみたいと港町へ目的地を決めた。
山の中を歩いていると、雨の匂いを感じ取り近くにあった山小屋で雨宿りをすることにした。山小屋で雨が止むのを待っていると、ふと人の声が聞こえてびしょ濡れになってしまった女性を招き入れる。
女性の名は桜綾(ヨウリン)。彼女こそが、皇帝陛下が自ら迎えに行った絶世の美女であった。
しかし、彼女は後宮に行きたくない様子。
ところが皇帝陛下が山小屋で彼女を見つけてしまい、一緒にいた朱亞まで巻き込まれる形で後宮に向かうことになった。
後宮で知っている人がいないから、朱亞を侍女にしたいという願いを皇帝陛下は承諾してしまい、朱亞も桜綾の侍女として後宮で暮らすことになってしまった。
祖父からの教えをきっちりと受け継いでいる朱亞と、絶世の美女である桜綾が後宮でいろいろなことを解決したりする物語。
身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】
妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。
アヤカシな彼の奇奇怪怪青春奇譚
槙村まき
キャラ文芸
クラスメイトの不思議なイケメン、化野九十九。
彼の正体を、ある日、主人公の瀬田つららは知らされる。
「表側の世界」と「裏側の世界」。
「そこ」には、妖怪が住んでいるという。
自分勝手な嘘を吐いている座敷童。
怒りにまかせて暴れまわる犬神。
それから、何者にでも化けることができる狐。
妖怪と関わりながらも、真っ直ぐな瞳の輝きを曇らせないつららと、半妖の九十九。
ふたりが関わっていくにつれて、周りの人間も少しずつ変わっていく。
真っ直ぐな少女と、ミステリアスな少年のあやかし青春奇譚。
ここに、開幕。
一、座敷童の章
二、犬神憑きの章
間の話
三、狐の章
全27話です。
※こちらの作品は「カクヨム」「ノベルデイズ」「小説家になろう」でも公開しています。
旦那様と僕
三冬月マヨ
BL
旦那様と奉公人(の、つもり)の、のんびりとした話。
縁側で日向ぼっこしながらお茶を飲む感じで、のほほんとして頂けたら幸いです。
本編完結済。
『向日葵の庭で』は、残酷と云うか、覚悟が必要かな? と思いまして注意喚起の為『※』を付けています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる