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第二話 お仕事とご褒美。
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奉公にやってきたキョウコは、あっという間にコトノハ堂に馴染んだ。見た目が幼いだけで、元より賢い女だ。仕事を覚えるのも早ければ、気遣いもうまかった。
初めは掃除や厨仕事など、雑多な家事を言いつけられていたが、一ヶ月もする頃には、大切な後継ぎの世話係に任命されていた。
「どうしてこうなった!?」
あまりにキョウコに都合よく事が運びすぎている気がして、ショウスケは恐怖さえ覚えた。
着物の上にひだのたくさんついたエプロンをつけ、頭に同じような飾りを乗せた女児は満足そうだ。ショウスケの鞄を手渡し、送り出す姿はどこか誇らしげだ。そのわけはすぐにわかった。
「いってらっしゃいませ、旦那様……あっ、違う。主人様」
彼女の脳内では、未来の生活が描かれているに違いない。しかしショウスケは同じ想像をすることができない。やはり幼すぎるのだ。逆に、想像できたとしたらそれは相当な変態だ。
鞄を受け取り、軒先を出ようとしたところで、店の奥にいた母親に呼び止められた。
「ショウさん、お待ちなさいな。これからタキ様のお宅でしょう? でしたらキョウコも連れてお行きなさい」
「おキョウさんを?」
「ええ。タキ様のお嬢様が里帰りしてらしてね。小さなお子さんたちがいらっしゃるから、遊び相手になっておやり。頼んだよ、キョウコ」
「はい、おかあさ……いいえ、奥様!」
「まあまあ、いじらしいこと。キョウコは郷を失くしたんでしたっけね。寂しい時は、わたしを母と呼んでもいいのですよ」
「ありがとうございます、おかあさま!」
言葉の音だけを拾えば「おかあさま」。だがきっとキョウコの言葉を文字に起こせば「お義母さま」だ。
ショウスケは着実に外堀を固められていっている。
※ ※ ※
今日向かうタキ家は芸術人の一家で、家長のチョウゾウが夫婦で暮らす屋敷は異国風の白い邸宅だ。庭木も異国から取り寄せて植樹してあり、たいへん洗練された住まいだ。
広い玄関の正面には、色鮮やかな水彩の抽象画が飾られている。これはチョウゾウの最高傑作と言われている。それが惜しげもなくお出迎えしてくれるこの玄関は、彼の絵を愛する者にはたまらない場所らしい。あまりの感動に、倒れる者もいるそうだ。
あいにく、ショウスケは絵画にはほとんど興味がなかったので、「あれまあすごい」とお粗末な感想しか出てこない。
チョウゾウの妻に案内されて、本日の仕事場へ通された。依頼は寝室の衝立に、自らが詠んだ歌を書きつけてほしいとのことだ。チョウゾウは絵は描けるが、字は壊滅的に様にならないのだと言う。
そこでコトノハ堂の出番だ。代筆屋とも文字屋とも言われるこの家業は、依頼に合わせて筆跡を変えるのも仕事のうちだ。依頼人の文字とそっくりに書くこともできるし、好みの文字に仕上げることもできる。そういう技を幼い頃から磨いて、最近やっと、ショウスケ一人でも仕事を任されるようになった。
ショウスケが不要な紙で試し書きをしていると、真っ赤な鞠が転がってきた。墨壺が倒れる寸前で、キョウコが鞠を拾い上げた。
チョウゾウの寝室の扉は開け放たれていて、そこから興味津々といった様子で覗き見ている子供の姿が確認できた。
キョウコと同じくらいの男の子と、それよりも少し幼い女の子だ。女の子の方は緑の鞠を持っている。
「お義母様が仰っていた、わたくしのお仕事でございますね」
キョウコは瞳を輝かせた。ショウスケのために何かできることが、心から嬉しいようだ。
「主人様のお仕事の邪魔にならぬよう、別室に参ります」
「ありがとう、おキョウさん。何かあったら呼んでおくれ」
「承知しました。主人様もお励みくださいませ」
初めは掃除や厨仕事など、雑多な家事を言いつけられていたが、一ヶ月もする頃には、大切な後継ぎの世話係に任命されていた。
「どうしてこうなった!?」
あまりにキョウコに都合よく事が運びすぎている気がして、ショウスケは恐怖さえ覚えた。
着物の上にひだのたくさんついたエプロンをつけ、頭に同じような飾りを乗せた女児は満足そうだ。ショウスケの鞄を手渡し、送り出す姿はどこか誇らしげだ。そのわけはすぐにわかった。
「いってらっしゃいませ、旦那様……あっ、違う。主人様」
彼女の脳内では、未来の生活が描かれているに違いない。しかしショウスケは同じ想像をすることができない。やはり幼すぎるのだ。逆に、想像できたとしたらそれは相当な変態だ。
鞄を受け取り、軒先を出ようとしたところで、店の奥にいた母親に呼び止められた。
「ショウさん、お待ちなさいな。これからタキ様のお宅でしょう? でしたらキョウコも連れてお行きなさい」
「おキョウさんを?」
「ええ。タキ様のお嬢様が里帰りしてらしてね。小さなお子さんたちがいらっしゃるから、遊び相手になっておやり。頼んだよ、キョウコ」
「はい、おかあさ……いいえ、奥様!」
「まあまあ、いじらしいこと。キョウコは郷を失くしたんでしたっけね。寂しい時は、わたしを母と呼んでもいいのですよ」
「ありがとうございます、おかあさま!」
言葉の音だけを拾えば「おかあさま」。だがきっとキョウコの言葉を文字に起こせば「お義母さま」だ。
ショウスケは着実に外堀を固められていっている。
※ ※ ※
今日向かうタキ家は芸術人の一家で、家長のチョウゾウが夫婦で暮らす屋敷は異国風の白い邸宅だ。庭木も異国から取り寄せて植樹してあり、たいへん洗練された住まいだ。
広い玄関の正面には、色鮮やかな水彩の抽象画が飾られている。これはチョウゾウの最高傑作と言われている。それが惜しげもなくお出迎えしてくれるこの玄関は、彼の絵を愛する者にはたまらない場所らしい。あまりの感動に、倒れる者もいるそうだ。
あいにく、ショウスケは絵画にはほとんど興味がなかったので、「あれまあすごい」とお粗末な感想しか出てこない。
チョウゾウの妻に案内されて、本日の仕事場へ通された。依頼は寝室の衝立に、自らが詠んだ歌を書きつけてほしいとのことだ。チョウゾウは絵は描けるが、字は壊滅的に様にならないのだと言う。
そこでコトノハ堂の出番だ。代筆屋とも文字屋とも言われるこの家業は、依頼に合わせて筆跡を変えるのも仕事のうちだ。依頼人の文字とそっくりに書くこともできるし、好みの文字に仕上げることもできる。そういう技を幼い頃から磨いて、最近やっと、ショウスケ一人でも仕事を任されるようになった。
ショウスケが不要な紙で試し書きをしていると、真っ赤な鞠が転がってきた。墨壺が倒れる寸前で、キョウコが鞠を拾い上げた。
チョウゾウの寝室の扉は開け放たれていて、そこから興味津々といった様子で覗き見ている子供の姿が確認できた。
キョウコと同じくらいの男の子と、それよりも少し幼い女の子だ。女の子の方は緑の鞠を持っている。
「お義母様が仰っていた、わたくしのお仕事でございますね」
キョウコは瞳を輝かせた。ショウスケのために何かできることが、心から嬉しいようだ。
「主人様のお仕事の邪魔にならぬよう、別室に参ります」
「ありがとう、おキョウさん。何かあったら呼んでおくれ」
「承知しました。主人様もお励みくださいませ」
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