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第一話 恋の障害は歳の差だけか。
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その猫とショウスケが出会ったのは、一年程前だ。痩せ細り、ふらふらとした足取りで境内にやってきた彼女を、ショウスケが介抱した。
動物が苦手な母がいるので家に連れ帰ることはできず、ショウスケは日に何度も社に通って猫を世話した。その甲斐あって、猫は元気を取り戻し、見違えるほど艶やかで美しい毛並みをショウスケに触らせてくれるようになった。
社には鏡が納められているものだ。鏡から取って、猫にキョウコと名付けた彼は、愛情を込めて「おキョウさん」と呼んだ。
キョウコは賢い猫だった。他の者には姿を見せず、ショウスケが来るのを社の近くでじっと待っている。名を呼ばれればすぐに現れ、愛らしい仕草で彼に甘えた。
その頃のショウスケは、他の何よりもキョウコと過ごす時間が癒しだった。
「はあ、おキョウさんは本当に可愛いなぁ。ねぇ、おキョウさん。僕と結婚しようよ」
「ナァ」
「返事をくれたのかい? 嬉しいなぁ。うん、僕たちはずっと一緒だ。生まれ変わっても一緒にいようね」
腹を見せて寝転んでいるキョウコを、両手でこねくり回して、ショウスケは至福の時を穏やかに過ごした。
両親の目を盗んで、家に連れ帰ったのはこの春のことだ。
なかなか布団に入ってこないキョウコを、半ば強引に引っ張り込んだ。彼女は落ち着かない様子で布団を飛び出し、朝までショウスケの足元で丸くなっていた。
ある時は、猫も歯磨きが必要だと友人に聞いて、綿布の切れ端を棒状に丸めたもので清潔にしようとしたことがある。
ひどく暴れてほとんど磨けなかった。
そしてそのすぐ後だ。
ショウスケの前にキョウコが現れなくなった。入れ替わりに街には梅雨がやってきた。
雨に濡れていないか心配で、ショウスケは毎日キョウコを探した。しかし全く見つからなかった。
「歯磨きが、悪かったのかな」
良かれと思ったのに、申し訳ないことをした、とショウスケはしょんぼりした。
それからずっと、翡翠の瞳を探していたのだ。
そして季節は、紅葉が葉を落とす深い秋……。
ショウスケの前には、翡翠の瞳を輝かせる幼い少女がいる。
「まさか、本当におキョウさんなのかい? あの、猫の?」
「はい、主人様! そうでございます!」
だとしたら、体を好き放題にしたというのもいろいろと納得できる……と思いかけて、ショウスケは首を振る。
(いやいやいや!! さりとて、誤解だ!!)
ちらりと、童女の姿を確める。
瞳以外に、茶トラの猫の面影はない。髪は艶やかな黒髪だし、耳も人間と同じものがついている。着物から尻尾が覗いているわけでもない。どこからどう見ても、人間の女の子だ。
「いったい何があってこんなことに……」
頭を抱えるショウスケの戸惑いを感じたのか、キョウコはご説明いたしますと、社の軒下に彼を招いた。
畏れながら腰を下ろすショウスケを見守って、キョウコは話し始めた。
「主人様。わたくしの猫としての一生は、雨とともに流れてしまったのです」
それは悲しい告白だった。
動物が苦手な母がいるので家に連れ帰ることはできず、ショウスケは日に何度も社に通って猫を世話した。その甲斐あって、猫は元気を取り戻し、見違えるほど艶やかで美しい毛並みをショウスケに触らせてくれるようになった。
社には鏡が納められているものだ。鏡から取って、猫にキョウコと名付けた彼は、愛情を込めて「おキョウさん」と呼んだ。
キョウコは賢い猫だった。他の者には姿を見せず、ショウスケが来るのを社の近くでじっと待っている。名を呼ばれればすぐに現れ、愛らしい仕草で彼に甘えた。
その頃のショウスケは、他の何よりもキョウコと過ごす時間が癒しだった。
「はあ、おキョウさんは本当に可愛いなぁ。ねぇ、おキョウさん。僕と結婚しようよ」
「ナァ」
「返事をくれたのかい? 嬉しいなぁ。うん、僕たちはずっと一緒だ。生まれ変わっても一緒にいようね」
腹を見せて寝転んでいるキョウコを、両手でこねくり回して、ショウスケは至福の時を穏やかに過ごした。
両親の目を盗んで、家に連れ帰ったのはこの春のことだ。
なかなか布団に入ってこないキョウコを、半ば強引に引っ張り込んだ。彼女は落ち着かない様子で布団を飛び出し、朝までショウスケの足元で丸くなっていた。
ある時は、猫も歯磨きが必要だと友人に聞いて、綿布の切れ端を棒状に丸めたもので清潔にしようとしたことがある。
ひどく暴れてほとんど磨けなかった。
そしてそのすぐ後だ。
ショウスケの前にキョウコが現れなくなった。入れ替わりに街には梅雨がやってきた。
雨に濡れていないか心配で、ショウスケは毎日キョウコを探した。しかし全く見つからなかった。
「歯磨きが、悪かったのかな」
良かれと思ったのに、申し訳ないことをした、とショウスケはしょんぼりした。
それからずっと、翡翠の瞳を探していたのだ。
そして季節は、紅葉が葉を落とす深い秋……。
ショウスケの前には、翡翠の瞳を輝かせる幼い少女がいる。
「まさか、本当におキョウさんなのかい? あの、猫の?」
「はい、主人様! そうでございます!」
だとしたら、体を好き放題にしたというのもいろいろと納得できる……と思いかけて、ショウスケは首を振る。
(いやいやいや!! さりとて、誤解だ!!)
ちらりと、童女の姿を確める。
瞳以外に、茶トラの猫の面影はない。髪は艶やかな黒髪だし、耳も人間と同じものがついている。着物から尻尾が覗いているわけでもない。どこからどう見ても、人間の女の子だ。
「いったい何があってこんなことに……」
頭を抱えるショウスケの戸惑いを感じたのか、キョウコはご説明いたしますと、社の軒下に彼を招いた。
畏れながら腰を下ろすショウスケを見守って、キョウコは話し始めた。
「主人様。わたくしの猫としての一生は、雨とともに流れてしまったのです」
それは悲しい告白だった。
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