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後編 一輪の花
救国の英雄 1
しおりを挟む──アクアフレールは魔導具に頼らずとも、竜公爵さえいれば向かうところ敵なし。
そう示さねばならないとして、援軍は付けられなかった。
事実、防壁に穴を開けるのは話に聞くより容易かった。
核となっている〈真昼の月〉に、燃え盛る炎弾を撃ち込めば、街はたちまち丸裸となる。
飛来する巨竜の姿を見たシルミランの民は、なすすべ無く、たちまち投降した。
敵国といえど無為に命を奪わずに済んだことは、わずかな救いであったが、ヴェルミリオはどうにも居心地の悪さを覚えた。
それは、シルミラン王都へと進路を進めるほどに、強まっていく。
明け渡された街々に、兵卒の姿が一人とていない。いくら防壁に守られているとはいえ、常駐兵が一人もいないというのは明らかにおかしかった。
誘い込まれていると確信しながらも、早く片をつけたい一心で竜は空を飛び続け、とうとう王都の外観をその目に捉えた。
他の街々とは比べ物にならない数の〈月〉が浮かぶ。厚く堅牢な防壁は、まるで水晶で築かれたかのようで、一種の工芸品を思わせる佇まいだ。
「シルミランの民に恨みはない。だが、大地の命を搾取して築いた、その歪んだ美しさは存在してはならない。還させてもらうぞ」
ヴェルミリオが月に狙いを定めた刹那、まだ魔法も発現させていないというのに、防壁はひとりでに消え去った。
困惑してフィロスは咄嗟に旋回する。
そのわずかな隙をつき、城壁からは弩や矢が射掛けられた。
ひらりとかわして撃ち落とせど、別方向からも攻同種の攻撃が飛んでくる。
危ぶんでいた通り、集結した軍勢が四方八方から現れ、魔導具で惜しげもなく仕掛けてきた。力の源は、いずれも真昼の月のようだ。
民をいたずらに傷付けたくはなくても、防戦一方では埒が明かない。多少被害が出たとしても、〈真昼の月〉の破壊を優先すべきだと、改めて照準を定める。
無数の白い球体は、いつしか列を成すようにひとつなぎに並んでいた。
それは一際強い光を放つと、瞬く間に都を抱き込めるほどに巨大な白い竜へと姿を変えた。
対峙すると、フィロスが本当に雛のように小さい。それは膨大に蓄えられた魔力で産み出された、魔導竜だった。
白い竜は、その身に閃く雷を纏い、口に氷の息吹を通わせる。
威嚇の咆哮は大気を震わせ、波紋を描いて衝撃波を放った。
何とか避けられたものの、わずかにかすめた波動の余波でさえ凍てつく痺れを伴い、ヴェルミリオはすぐに反撃へ移れない。
第二波、三波と追撃はやまず、シルミラン兵の士気が高まる声が響く。
喝采の中に聞こえる、膨大な魔力のさざめきは、潮騒だ。
広大な海から吸い上げた魔力が立ち塞がり、──喰われる……。ヴェルミリオはそう直感した。
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