竜の喰わぬは花ばかり

川乃千鶴

文字の大きさ
上 下
20 / 24
後編 一輪の花

救国の英雄 1

しおりを挟む

 ──アクアフレールは魔導具に頼らずとも、竜公爵さえいれば向かうところ敵なし。

 そう示さねばならないとして、援軍は付けられなかった。

 事実、防壁に穴を開けるのは話に聞くより容易かった。
 核となっている〈真昼の月〉に、燃え盛る炎弾を撃ち込めば、街はたちまち丸裸となる。
 飛来する巨竜の姿を見たシルミランの民は、なすすべ無く、たちまち投降した。

 敵国といえど無為に命を奪わずに済んだことは、わずかな救いであったが、ヴェルミリオはどうにも居心地の悪さを覚えた。
 それは、シルミラン王都へと進路を進めるほどに、強まっていく。

 明け渡された街々に、兵卒の姿が一人とていない。いくら防壁に守られているとはいえ、常駐兵が一人もいないというのは明らかにおかしかった。

 誘い込まれていると確信しながらも、早く片をつけたい一心で竜は空を飛び続け、とうとう王都の外観をその目に捉えた。

 他の街々とは比べ物にならない数の〈月〉が浮かぶ。厚く堅牢な防壁は、まるで水晶で築かれたかのようで、一種の工芸品を思わせる佇まいだ。

「シルミランの民に恨みはない。だが、大地の命を搾取して築いた、その歪んだ美しさは存在してはならない。還させてもらうぞ」

 ヴェルミリオが月に狙いを定めた刹那、まだ魔法も発現させていないというのに、防壁はひとりでに消え去った。

 困惑してフィロスは咄嗟に旋回する。
 そのわずかな隙をつき、城壁からはいしゆみや矢が射掛けられた。

 ひらりとかわして撃ち落とせど、別方向からも攻同種の攻撃が飛んでくる。
 危ぶんでいた通り、集結した軍勢が四方八方から現れ、魔導具で惜しげもなく仕掛けてきた。力の源は、いずれも真昼の月のようだ。

 民をいたずらに傷付けたくはなくても、防戦一方では埒が明かない。多少被害が出たとしても、〈真昼の月〉の破壊を優先すべきだと、改めて照準を定める。

 無数の白い球体は、いつしか列を成すようにひとつなぎに並んでいた。
 それは一際強い光を放つと、瞬く間に都を抱き込めるほどに巨大な白い竜へと姿を変えた。

 対峙すると、フィロスが本当に雛のように小さい。それは膨大に蓄えられた魔力で産み出された、魔導竜だった。

 白い竜は、その身に閃く雷を纏い、口に氷の息吹を通わせる。
 威嚇の咆哮は大気を震わせ、波紋を描いて衝撃波を放った。
 何とか避けられたものの、わずかにかすめた波動の余波でさえ凍てつく痺れを伴い、ヴェルミリオはすぐに反撃へ移れない。

 第二波、三波と追撃はやまず、シルミラン兵の士気が高まる声が響く。
 喝采の中に聞こえる、膨大な魔力のさざめきは、潮騒だ。
 広大な海から吸い上げた魔力が立ち塞がり、──喰われる……。ヴェルミリオはそう直感した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あの日、さようならと言って微笑んだ彼女を僕は一生忘れることはないだろう

まるまる⭐️
恋愛
僕に向かって微笑みながら「さようなら」と告げた彼女は、そのままゆっくりと自身の体重を後ろへと移動し、バルコニーから落ちていった‥ ***** 僕と彼女は幼い頃からの婚約者だった。 僕は彼女がずっと、僕を支えるために努力してくれていたのを知っていたのに‥

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

永遠の誓いを立てましょう、あなたへの想いを思い出すことは決してないと……

矢野りと
恋愛
ある日突然、私はすべてを失った。 『もう君はいりません、アリスミ・カロック』 恋人は表情を変えることなく、別れの言葉を告げてきた。彼の隣にいた私の親友は、申し訳なさそうな顔を作ることすらせず笑っていた。 恋人も親友も一度に失った私に待っていたのは、さらなる残酷な仕打ちだった。 『八等級魔術師アリスミ・カロック。異動を命じる』 『えっ……』 任期途中での異動辞令は前例がない。最上位の魔術師である元恋人が裏で動いた結果なのは容易に察せられた。 私にそれを拒絶する力は勿論なく、一生懸命に築いてきた居場所さえも呆気なく奪われた。 それから二年が経った頃、立ち直った私の前に再び彼が現れる。 ――二度と交わらないはずだった運命の歯車が、また動き出した……。 ※このお話の設定は架空のものです。 ※お話があわない時はブラウザバックでお願いします(_ _)

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

運命の番?棄てたのは貴方です

ひよこ1号
恋愛
竜人族の侯爵令嬢エデュラには愛する番が居た。二人は幼い頃に出会い、婚約していたが、番である第一王子エリンギルは、新たに番と名乗り出たリリアーデと婚約する。邪魔になったエデュラとの婚約を解消し、番を引き裂いた大罪人として追放するが……。一方で幼い頃に出会った侯爵令嬢を忘れられない帝国の皇子は、男爵令息と身分を偽り竜人国へと留学していた。 番との運命の出会いと別離の物語。番でない人々の貫く愛。 ※自己設定満載ですので気を付けてください。 ※性描写はないですが、一線を越える個所もあります ※多少の残酷表現あります。 以上2点からセルフレイティング

愛を知ってしまった君は

梅雨の人
恋愛
愛妻家で有名な夫ノアが、夫婦の寝室で妻の親友カミラと交わっているのを目の当たりにした妻ルビー。 実家に戻ったルビーはノアに離縁を迫る。 離縁をどうにか回避したいノアは、ある誓約書にサインすることに。 妻を誰よりも愛している夫ノアと愛を教えてほしいという妻ルビー。 二人の行きつく先はーーーー。

【完結】王太子妃の初恋

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。 王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。 しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。 そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。 ★ざまぁはありません。 全話予約投稿済。 携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。 報告ありがとうございます。

たまに目覚める王女様

青空一夏
ファンタジー
苦境にたたされるとピンチヒッターなるあたしは‥‥

処理中です...