竜の喰わぬは花ばかり

川乃千鶴

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後編 一輪の花

牢内の交渉

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「わたしなど、捨て置けばよかったのです!」

 人質ゆえか、それなりに環境の整えられた石牢の中で、ユグナーは残された片眼から涙を落とした。
 左眼に巻かれた包帯が痛々しいが、抱き寄せた体は温かく、ヴェルミリオの尖った神経をわずかに落ち着かせた。

「寂しいことを言うな。兄にも等しいお前を見捨てて、生きていけると思うか。なに、こちらにはフィロスがいるのだ。さあ、こんな場所からは早く出るぞ」

 首に見慣れぬ装飾品を掛けられている他は、手枷も足枷もない。
 牢の鍵が開いている今、力で押し切ればどうにかなると、ユグナーの手を引いた途端、怜悧な足音を響かせ何者かの影が背後に迫った。

「その者が鉄格子を抜けると同時に、首に付けた魔導具が爆ぜます。頭を微塵に飛ばすだけの威力はあるとお思いください」

 渇いた声で告げるのはアイオラだ。金茶の髪を払い、胸元のブローチに手を添える。

「こちらも同じものです。わたくしはこれから、ルモニア陛下の御座へ参りますが……そこで爆ぜればどうなるか……は、言わずともよいですね?
あなたにとり、わたくしが価値あるものかは存じませんが。そうと聞いて出来るお兄様でないことは知っております。それとも、ユグナーと引き換えに玉座を望まれますか?」

 どんな仕打ちを受けても、ヴェルミリオはまだ血を分けた妹を信じていたかった。だが、王佐の男と似通ったやり口に、失望と諦念は深まる。

「その魔導具を作ったのも、お前の夫か。なぜそこまでする。魔法伯であれば、魔導に未来がないことなど、とうに気付いているだろう」
「神の御加護があるとはいえ、現状で魔導具を手放せば、隣国だけに留まらず……それこそ海の外からも攻め入られ、我が国はついえるでしょう。しかし、これは我が国に限った話ではありません。皆が同じように思っているのでは?」
「だからこそ、今しかないのだ。皆が足並みを揃え、手を取り合う最後のときだろう」
「調停に持ち込むべきと?」

 アイオラは深く息を吐く。

「規範や盟約で、人を縛ることは容易いかもしれません。しかし、思想は? 感情は? 皆が同じほうを向けますか? 血の繋がった者でさえ出来ぬことを、生まれ育った地の異なる者同士に出来ると?」

 アイオラの言葉が、再び傷口を抉る。

「血を流さずに済む時期は、とうに過ぎました。壊れかけた城に手を加えるより、更地に新たな理想郷を築くべきなのです」
「よく、わかった。魔導は星を喰うだけでは飽き足らず、人の心も蝕むのだな……」

 ヴェルミリオはすっかり心が萎えてしまい、考えることを放棄した。
 人間への憐憫も慈しみも捨てた彼にはもう、ユグナーを連れてメィヴェルのもとへ帰るという気持ちしか残らない。

「わたくしは伯爵夫人に過ぎませんが、陛下に進言を許されております。勝利の暁に、望むものはございますか?」
「……シルミランの土地を少しばかり戴こう」

 国境沿いの花畑と屋敷まであればいい──。

「そして二度と、俺の平穏を脅やかすな」






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