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追加エピソード③
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しおりを挟む「エファリュー……?」
かろうじて意識は保ち、姫の注意を引くことはできた。
うっとりと閉じられていた葡萄色の瞳が開いて、視線がかち合うも、姫は他の者たちと違って、二人いる教育係にちっとも驚いていない様子だ。
「あら、アル。貴方も混ざる?」
「混ざるわけないでしょう。だいたい何ですか、その者は」
「ああ、この子? この子は……」
「まずは離れなさい」
エファリューは、よほど居心地がいいのか、もう一人のアルクェスの腕から抜け出すつもりはないらしい。アルクェスの方も、エファリューをすっぽりと腕に抱き込んで離したがらない。
嫌がる二人を引き剥がそうとしているアルクェスが、何か悪いことをしている気分にさせられた。
「お嬢さん、アル先生の心労を増やさないために、分かるように説明してくれ。それは何者なんだ?」
庭師のマックスの顔で、ロニーは問いかける。子を諭すようにされると、さすがにエファリューもふざけるのはやめにした。
「わからない? この子はフューリよ。ねぇ?」
「うん」
この場で元の姿には戻れないからと、教育係の姿をした子竜は、尻に水色の尾だけ生やして見せた。
菜園に驚愕の声が木霊する。
「これがあの子竜だと!?」
「ぼく、魔法使えるようになった。人間なりたい、思ったら、なれた」
すくすく成長して、フューリが手に入れたのは変化の術。ヒトの姿を得るや、竜の手では触れられないご主人様に会いたい一心で、尖塔の内窓から外に出て来たという。
「魔力の珠なんて、贅沢なものばかり食べさせるからよ。ほぉら、フューリ。久しぶりにミミズはいかが? トカゲがいい?」
「おやめなさい! 仮にもわたしの口に、そんなものを近付けないでいただきたい!」
アルクェスが止めずとも、フューリもフューリでぷいっと顔を背けている。すっかり珠の味をしめている。
「それで、フューリは何故わたしの姿になっているのです」
「エファリュー、いつも一緒にいる。ミア、アル、サラ……知ってる、ぼく、変身できる。アル、一番脚長い。早く走れる、エファリュー早く会える!」
「……言いたいことはわかりました。わかりましたから、とりあえず別の姿に化けてください」
純粋な眼差しと、とてもいい笑顔で、たどたどしく喋る自分を見ていられないと、アルクェスは目を逸らした。
フューリは小首を傾げる。どんな姿になればいいのか分からない。こんな時に頼りになるのは、親のように慕うエファリューだ。
「そうねぇ、こんなのはどうかしら」
竜の生態からフューリの性別、年齢を考慮して、エファリューの好みを大いに取り入れたイメージを、影の中に映し出した。
「わかった、なってみる」
真っ白な霧がフューリを覆い隠す。湿った風が霧を攫う間に、五人の前には愛らしい少年がちょんと立っていた。
胸がすくような爽やかな水色の髪、こっくりと深い琥珀の瞳はくりくりと大きく、よく動く。エファリューとわずかにしか違わない体格、柔らかな輪郭と細い首に、まだまだ幼さの残る美少年だ。
「上出来だわ。どうかしら、ミア」
「はっ、はい! 絵本に出てくる王子様のようです!」
「サラも。うちのフューリはどう? 可愛いでしょ?」
「……お菓子、食べますか?」
感受性の希薄なサラでさえ、頭を撫でてしまうほどに母性をくすぐる可愛らしい容姿に仕上がっている。
しばらくは、フューリがどれくらい化けられるのかあれこれ試していたが、そんなことをしている間に時間はあっという間に過ぎていく。
ミアの帰りが遅いことを訝しんだ姉様方が迎えに来たのをきっかけに、皆それぞれに時を思い出し、仕事へ戻った。
菜園にはエファリューとフューリだけ。
エファリューには、フューリに訊いてみたいことがあった。これまでは何となく言葉を交わせているつもりでいたが、同じ言語を介して会話するのは思えばこれが初めてのことだ。
「フューリは、生まれ育った大地に帰りたいと思わない?」
「ス、フェーン、の?」
「そう。もうあなたを縛るものはないのだから」
冬に一度ねぐらに帰った時に、満足そうに丸まったフューリの姿がエファリューは忘れられない。当たり前のように連れ帰り、また城の地下に押し込んでいることに、どこかで後ろめたさを引きずって来た。
だがフューリは屈託なく笑う。
「最初から、縛られてない」
「鎖の話じゃないのよ?」
「うん、わかってる。ぼく、選んだの。エファリューの近く、ぼくのおうち」
「……わたしはとっても悪い女だわ。本当ならここであなたを突っぱねて、野に返すべきなのよ。それなのにね、嬉しいの。わたしもあなたも、たった二人の家族だものね。ありがとう、フューリ」
破顔する少年の喉の奥から、いつもの「きゅっ」と甲高い鳴き声が聞こえた。
「あのね、フューリ。一つお願いがあるんだけど……」
「なあに?」
「一回だけでいいの。誰もいない今だけ。化けてほしい人がいるの」
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