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追加エピソード②
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「……お嬢様。魚と肉、どっちがいいですか?」
屋台を指差し、フェイは問う。
人前でエメラダと呼ばないのは当然としても、彼はエファリューと呼ぶこともない。エメラダがどうしてだか尋ねると、「名前は命の次に与えられる大切なものだから、顔がついてくる」と答えた。ファン・ネルの住民が噂する、ぐうたらな女の顔が重なるから、エメラダを呼ぶのに相応しくないというのだ。実際に本物のエファリューに会って、本当にそっくりだと分かってからも、「顔が違う」と言って、魔女の名を借りようとはしなかった。
「今日はお肉の気分です」
「じゃあ、俺も同じので。買ってくるので、そこを動かないでください」
ファン・ネルに腰を落ち着けてから、今まで別々にしていた食事も一緒にとるようになった。片付けや、身の回りのことも、フェイの手を借りながら何とかやっている。
だがそこには見えない壁が立ち塞がっているように、エメラダは感じていた。姫だから、世話を焼いてくれていて、エメラダが自由を得た代償にフェイの自由を奪っているのだと思わずにいれなかった。
(フェイに想いを伝えて、返ってくる答えは……真実でしょうか)
彼が偽りを述べる人間だとは思わないが、染みついた姫と使用人の身分差は拭いされるものではない。だいたいにしてエメラダは面と向かってフェイに想いを伝えたこともないし、フェイの心のうちを訊いたこともなかった。
はあ、と深いため息をついたところに、脇道から出て来た女に突然肩を抱かれた。
「なんだい、もうすぐ祭りだっていうのに、景気が悪いねぇ。気が塞いでるなら、うちで一杯やっていきなよ」
思わず声を上げそうになったが、少しの間一緒に働いた酒場の看板娘だとわかり、エメラダはほっと息を吐く。
「ありがとうございます。それでは夜にでも、お食事に伺います」
昼は調達しているから、と屋台を指差した。列に並ぶフェイの姿を確認し、女はエメラダに身を寄せて声をひそめる。
「アンタさあ、祭りの面は揃えたのかい?」
「……面?」
「やっぱり知らなかったんだね。誰か一人くらい、教えてやればいいのに。まあ、駆け落ち……ってんで、言いにくかったのかもしれないけどさ」
「わっ、わたくしたちは、そのような間柄ではっ」
「ああ、もうヤキモキさせるんじゃないよ。見てるこっちがじれったい。いいかい? この辺りで春の祭りって言ったら、つまごいの祭りなんだ」
新年に触れて、夫婦も恋人も揃いの面でダンスを踊るのが慣習だという。新しい年も互いに歩んでいこうと、想いを深め合うのだ。
「祭りの日に揃いの面で踊った二人は、豊穣の神さんの祝福のもとで永遠に結ばれるのさ。だからね、祭りの日に夫婦の誓いを立てる恋人は多いんだよ? アンタねぇ、これをものにしない女はいないよ」
頑張りな、と背を叩いて女は去った。入れ替わりに、昼飯を手にフェイが戻ってくる。
薄焼きの小麦生地に味の濃い具材を挟んだ軽食は、作り立てで熱々だ。包み紙から滴る脂に気をつけて頬張り歩くのがファン・ネル流だが、上品なエメラダはきちんと家に持って返ってから食べるのが常だ。
しかし今日からは違う。いつまでも姫の顔をしていてはだめなのだと、じんじん痺れる背中に力を借りて、おっかなびっくり肉厚な角煮にかぶりついた。
「ひゃ、わっ……!」
やっぱりこういうことに不慣れな姫は、濃厚なタレをかわしきれず、胸元を汚してしまった。
驚きながら手拭いを差し出すフェイに、エメラダははにかんで微笑みかける。
「アルが見たら倒れてしまいますね」
「……うん、行儀が悪いと嘆かれると思います」
「うふふ。でもようやくわかりました。これは熱いうちにいただいた方が、とっても美味しい。それがお作法なのですわ。ねぇ、フェイ。今日は皆さんのように、街を歩きながら食べましょう?」
「だけど……」
「わたくし……いいえ、今のわたしはただのエメラダ。時にエファリュー。どこにでもいるただの娘では……いけない?」
背の小さなエメラダは見上げれば自然と、上目遣いでお願いする格好になる。これをされて断れるなら、フェイはそもそもここにいない。
嬉しそうに歩き出すエメラダの一歩後ろに従って、彼も昼飯にかぶりついた。
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✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
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