闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第四章 過去を抱いて、未来を掴む

さようなら、エファリュー2

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「ダメダメ、零点ね。真面目に働くなんて、エファリューは絶対に言わないわ。それにね、男は跪かせてなんぼよ。まだまだ勉強不足ね、エメラダ。──もっと街に馴染まなきゃ、わからないみたいね」
「いけません、だってこれはどうしようもない我儘。叶ってはいけない願いです。わたくしはエファリュー様を、己が逃げ出した檻に閉じ込めようと言っているのですから」
「それを嫌だと、わたしが言ったかしら?」

 向かい合った瞳の、そのまた奥──どこまでも深く互いの姿が映り込んでいる。

「エメラダ。わたしはぐうたらだから、空いた席があるなら迷わず座って、寝そべるくらい平気でする。おまけに欲深いから、返してくれと言われても、簡単に手放す気なんてないの。わたしは、貴女に与えられたすべてを奪うわ」
「エファリュー様。これが赦されるでしょうか」
「さあ? だけど、自分で選んだ道を疑っていたんじゃ、いつまでも赦されはしないでしょうね、自分自身に。赦されたいなら、胸を張って貴女の自由を掴み取りなさい」

 エメラダは涙を拭い、凛と背筋を伸ばす。躊躇いを捨て、覚悟を決めると、すべての想いを一言に託した。

「……さようなら、エメラダ」
「ええ。さようなら、エファリュー」




 ◇ ◇ ◇



 冷たい水で目を冷やしてくる、とエメラダは表に向かう。戸が閉まるのを見届けて、エファリューは大きく息を吐いた。

「──……だ、そうよ」

 食卓を振り返ると、魔女に薬を盛られた男たちが、丸めた背を震わせていた。

「……やだ。貴方たち、泣いてるの?」
「泣いてなどいません」

 そうは言うも、顔を上げた青年たちの目にはどちらとも、誤魔化しきれない雫が溢れている。

 エメラダの本心を引き出すには、クリスティアの民はしがらみになるから寝ていろ、と口裏を合わせたのはまだ部屋の片付けをしていた時だ。
 フェイに渡したおつかいメモにも、「エメラダを守りたいなら、二杯目のスープで眠りなさい」と書かれてある。

「エメラダは選んだわよ。貴方たちはどうするの?」

 勢い余って椅子を倒し、フェイは床に平伏した。

「鳥を……鳥籠に囚われた鳥を羽ばたかせて、いいことをしたつもりでいたんです。より、不自由にさせると知りながら、帰せなかった。初めての世界に、戸惑いながら羽を広げる姿が、美しくて……手放したくなかったんです。お、俺がどんな罰でも受けます。ですから、お願いです。エメラダ様の願いを、叶えてあげてください」
「下男一人の命が、エメラダ様の代わりになると?」

 フェイを見下ろす瞳は、垂れ下がる氷柱のごとく凍てついて、浅はかな慢心を貫いた。

「エメラダ様の心中は承知いたしました。しかし神官として、聞き入れるわけにはいきません」
「アル、この期に及んでまだ……」
「致し方ないのです」

 エメラダが戻ってくる気配で、彼らは役者に戻り、それ以上話せないまま芝居は続いた。



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