闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第四章 過去を抱いて、未来を掴む

最後の晩餐2

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 料理に舌鼓を打つうち、和やかな空気が満ちたのを察したエファリューは、今をその時と見定めて切り出した。

「で? エメラダは連れて帰るのよね?」

 皆のフォークが止まる。

「エメラダも、帰る意志があるのよね?」

 膝の上に固く拳を握り、エメラダは頷いた。
 エファリューは、盃を音を鳴らして置く。結審が下ったように渇いた音が響いた。

「じゃ、わたしも御役御免ね」

 エメラダが帰ってきた時のことを尋ねなかったのは、どこかで彼女は戻ってきたくないのだろうと過信していたところがあったからだ。
 こうして無事を確認し、帰ってくるというのなら、もう身代わりは必要ない。エファリューもフューリも自由になるのだ。

「ファン・ネルに戻るのですか」
「ないわね。いま戻ったって、またエメラダの真似をしなくちゃ、この街では生きていけないのよ。せっかく自由になるんなら、どこか新しい場所で新しく生きるわ」
「……では、約束通りに支度金を」
「あとは、アルがわたしに一生を捧げるって話だけど」
「まあ、アル! そうなのですか!?」

 エメラダが、驚きながらも嬉々と瞳を輝かす。

「エメラダ様、何か誤解されているようですが、誓ってエメラダ様への忠誠を捨てたわけではございませんので!」
「そうそう。だからね、アル。あの話は忘れていいのよ。貴方がそばにいるべきは、魔女じゃなくて、やっぱり神女様だわ」

 一人の女の人生を大きく変える、身代わりの契約──その責任を取るための彼の選択だが、契約の終わりは想定の何倍も早く訪れた。
 数ヶ月など、エファリューの長い一生の中のほんのひと時。責任も何もない、と魔女は執着を見せない。

「……今すぐ答えを出さずとも、よいでしょう。エメラダ様にも、神女様を取り巻く只今の現状をご説明しなければなりません」
「ああ、今やエメラダは解呪の達人になってるものね」
「そうなのですか? どうしましょう……わたくし、解呪なんて少しもできませんわ」
「で、あれば。エファリューに指南していただくのも、一つの選択かもしれませんね」

 さらりと言うアルクェスを意外に思い、エファリューは振り返る。エメラダのいる城に残る選択肢など、用意されていると思ってもいなかったのだ。
 エファリューの驚いた顔に、彼は苦笑を返す。

「用済みと放り出すほど、わたしは鬼に見えますか」
「エメラダが関わったら、見えるわよ。ねえ?」

 突然振られたフェイは、大いに慌てて芋を喉に詰まらせた。

「とにかく、一度は城に戻りますよ。そう約束しましたからね。ロニー卿もまじえて話しましょう」
「ロニー卿!? とうとうお会いできるのね!」

 くるりとターンして、小躍りのエファリューに心なしかアルクェスはむっとする。彼らしくもない、食器を扱う手が少し雑だ。

「あら? みんな、スープが空じゃない。おかわり持ってくるわね」

 軽やかに階段を上がっていく、後ろ姿を見つめエメラダは感嘆の息を漏らした。

「お噂で伺っていたよりも、ずっと頼りになる素敵な方ですのね」
「……感化されないでください。普段はもっとだらけていますよ」

 己の過去と決別してきたばかりなのだ。じっとしていたくないのだろう、とアルクェスは茶で言葉を濁す。

「お待たせ。ほらほら、器を出して」

 軽く温め直した鍋を手に、エファリューはポタージュを取り分ける。自分でも二本目の麦穂酒を開け、干物にかじりつき、肉を頬張り……と大忙しだ。

 アルクェスの向かいで、優しい甘さの、蕩ける喉越しを味わっていたフェイが舟を漕ぎ始めた。アルクェスが異変に気付くうちに、フェイは椅子にもたれて眠りに落とされてしまった。

「エファリュー……っ」

 魔女の作った料理に絆されたのが迂闊だったのだ。

「忘れちゃ駄目よ。最初に薬を盛ったのはアルなんだから──あの時のお返しよ」




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