88 / 114
第四章 過去を抱いて、未来を掴む
帰る場所は
しおりを挟むどやどやと、森の奥からクリスティアの鉱山夫たちが出てきた。
朝焼けの空に舞い上がる光の中、竜と戯れる少女の姿に、誰も彼も言葉も失くして立ち尽くす。その中で一人の男が、転ぶように人垣から飛び出し、声を上げた。
「神女様! ああっ、エメラダ様!」
跪き、祈る顔は、身代わり初日にエファリューの手を握って、鉱山送りになった信者だ。アルクェスが背中に神女を庇うが、さすがの男も反省したか、膝を折った場所から動こうとしなかった。
彼に倣い、すべての鉱山夫たちが跪いて祈りを捧げた。
ここには祭壇も、神官たちの目もないが、静かに微笑むだけで、エファリューは無言だった。魔人の姫から掛けられる言葉はない。
『『帰りましょう』』
思念石で互いの言葉が重なって、見合わせた顔に微苦笑が浮かんだ。
羽ばたきひとつで巻き起こる風が、信者たちの頬を撫でる。凍てつく風は不思議と優しく、感嘆の息を吐いて見上げれば、故郷では聖竜と呼ばれるようになった竜が飛び立つところだ。
緋色の雲間を、晴れ渡った空の青が切り裂いて、遠く朝陽の彼方へと神女を連れて飛び去った。
遠くに見える、冬枯れの木立に降りた霜が、まるで雪のようだ。風に揺れ、朝陽を弾いた金剛石の煌めきを、野山に降らせている。
闇に微睡んでいるのがお好みのエファリューは、今日ほど朝陽を美しいと感じたことはない。光も敵ではないと、教えられた温もりを噛み締めて、朝陽の眩しさに目を擦った。
「見て、あの山の麓がフューリの家よ」
きゅいきゅい、と頷くようにフューリが頭をもたげる。
「そうだわ。ファン・ネルに寄りましょう。アルの手当てもしなくちゃいけないし、お腹もぺこぺこよ」
「何を言うのです。自分がファン・ネルの住民に、どれほど迷惑を掛けたかお分かりですか」
「アルのおかげで借金はないんだし、いいじゃない。顔を合わせたら、ちゃんと謝るくらいするわよ」
「なりません。フューリも目立ちすぎます。万が一、この身代わりを知られたらどうするのです」
「じゃあ、こっそり。わたしだと気づかれないようにならいいわね? フューリ、あなたのねぐらに降ろしてちょうだい」
さ、行って──と指笛を鳴らせば、フューリは大喜びの全速力で生まれ育った洞穴を目指した。
◇ ◇ ◇
「いい子に待っていてね」
首筋を撫でて、エファリューはフューリを洞穴の奥に向かわせる。寂しがって追い縋るかと思いきや、懐かしいにおいのする寝床に身を収めると、フューリは満足そうに丸まった。
そこから街まで、濡れた膝下の冷たさに弱音をまじえつつ歩き、昼前にはファン・ネルの城壁に辿り着いた。
十年住んでいたエファリューには見慣れた石積みの壁だったが、離れて半年も経っていないせいか、懐かしい感じはしなかった。
0
お気に入りに追加
27
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
偽りの花嫁は貴公子の腕の中に落ちる
中村まり
恋愛
第二部 4月より再開! ザビラから救出されたジュリアは、公爵の正式な婚約者として、ジョルジュの屋敷で療養していた。彼の甘く情熱的でかいがいしい世話に翻弄されまくるジュリアであったが、ある日、彼が公務で不在の時に、クレスト伯爵領からの使者がジュリアを訪れる。
父であるマクナム伯爵の領地を継承したジュリアは、今やれっきとした伯爵家当主である。自分の領地の問題の報告をうけ、急いでマクナム伯爵領に訪れる途中、ジュリアがばったり出会った人物のごたごたに巻き込まれてしまう。結婚式までに帰らなければならないのに・・・── その頃、ジョルジュは国境線を巡る外交交渉のまっただ中で・・・・!
第一部
「お前にソフィーの身代わりとして、嫁いでもらいたい」
ある日、突然、女騎士団長のジュリアに、叔父から命じられた言葉 ─
王家の命令によって、クレスト伯爵に従姉妹が嫁がされることとなった。しかし、その従姉妹の身代わりとして、どうして自分が差し出されなければならないのだ!
そんな成り行きに呆然としているジュリアに告げられたもう一つのこと。
─ 夫なるべき男、クレスト伯爵には、すでに溺愛する愛人がいる、と。
結婚する前からすでに疎まれ、お先真っ暗な気持ちで向った結婚式の祭壇で、彼女を出迎えたのは、それはそれは妖艶な男性で。ジョルジュ・ガルバーニ公爵は、なんと代理の花婿様だと言う。
しかし、そんな彼も、とある理由があって婚礼の場にやってきてたのだが・・・・。
そして、夫が不在のまま、結婚二日目にして発覚したクレスト伯爵家の大問題の数々。蔓延する疫病、傾いた伯爵家の財政、地に落ちた伯爵家の威信・・・。
問題だらけのクレスト伯爵領を、ジュリアは、なんとか立て直そうと、孤軍奮闘しようとする。ガルバーニ公爵は、そんな彼女を優しく支えてくれて。ジュリアの心には親しみ以上の感情が芽生えてしまうが・・・ そこに、花婿本人のクレスト伯爵が戦から帰還してきて!
やむにやまれず身代わり結婚させられてしまった不遇な女騎士団長は、幸せになれるのか?!

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持
空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。
その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。
※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。
※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。
転生召喚者は異世界で陰謀を暴く~神獣を従えた白き魔女~
*⋆☾┈羽月┈☽⋆*
ファンタジー
両親亡き後、叔父夫婦に冷遇されながら孤独に生きてきた少女・白銀葵。
道路に飛び出した子供を助けた事により命を落とした――はずだった。
神界で目を覚ました葵は時空の女神クロノスと出会い、自身の魂に特別な力が宿っていることを知る。
その答えを探すために異世界に転生することになった葵はシエル・フェンローズとして新たな人生を歩む事になった。
しかし転生召喚の儀式中、何者かに妨害され、危険区域ヴェルグリムの深森へと転送されてしまう。
危険区域の深層部で瀕死の神獣を救い、従魔契約を結ぶことになった。
森を抜ける道中で変異種の討伐に来た騎士団と出会い、討伐任務に参加することになったシエルと神獣。
異世界で次第に明かされていくシエルの正体。
彼女の召喚が妨害された背景には世界を巻き込む陰謀が隠されていた――。
前世で安易に人を信じられず、孤独だった少女が異世界で出会った仲間と共に陰謀を暴き、少しずつ成長していく物語――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる