闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第四章 過去を抱いて、未来を掴む

紡がれない御伽話3

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 ◇ ◇ ◇

 フレヴンの最期の記憶は、憎悪よりも恐怖に彩られていた。
 神女の放つ光に灼き落とされた右腕に槍は握れず、腐り爛れた残肢をぶら下げ、馬を駆った。退路を失った森の中、発破のそばで土砂に埋まった彼は、土中にて蒸し焼きにされて果てた。

 その命尽きるまで、心を占めたのは恐れだ。己が死ぬることではなく、背に負った数多の命を守りきれないことが、彼の焦燥を駆り立てた。中でも一際重くのし掛かる、姫の存在……エファリューが無事に逃げおおせたのかが気掛かりだった。
 すると次々に、鎧の砕け落ちた彼の恐怖が顔を出していく。

──もし、姫が無事でなかったら、この犠牲は何のために?
──都に残してきた家族は、この先どうなる。
──我が子より、姫を選んだことは正しかったはずだ。
──しかし、父として許されるのか。

 理性が恐怖に染まり切った絶望の果てに、平穏を壊した神女への怒りと憎しみが、フレヴンの魂を支え、結晶の中に閉じ込めた。


 ◇ ◇ ◇


 エファリューは知らなかった。
 勇猛の将フレヴンも、恐怖に震えることを。
 遺された者の悲しみは痛いほど抱えて生きてきたが、遺していかねばならない者もまた、深い憂いを抱えていたことを。

〈フレヴン将軍、みんな……〉

 触れた唇から、アルクェスを蝕む呪力とエファリューの魔力が繋がり合う。
 呪いを作り上げた思いごと迎え入れながら、エファリューも記憶の欠片だけでは伝えきれなかった想いを、フレヴンに知ってもらおうと、抱き寄せる腕に力を込めた。

 一夜にして全てを失い、全てを背負ったエヴァの子は、時に死を望むほどの孤独と寂寞に打ちひしがれながらも、死にきれなかった。心から打ち解けられる平穏と安寧を求めるうちに、何百年も経ってしまった。

〈今更、国を取り戻すつもりはないの〉

 怒りに任せた呪力の奔流が、エファリューの魔力を押し返す。

〈でもね、わたしは今もで。立派なに住んでいるのよ〉

 そこはとても居心地が良くて、失くした幸福を取り戻させてくれるのだと、丁寧に語りかけた。

〈期待に応えられなくて、ごめんなさい〉

〈生き残って、一人だけ安穏と暮らしてごめんなさい〉

 頬に熱い雫が零れて、エファリューは目を開ける。空色の瞳のほとんどを覆ってしまった影を見つめ、最後に一番伝えたかった想いは言葉にした。

「ここで会うための八百年なら、無意味じゃないわ」

「ありがとう、戦い抜いてくれて、傷を負ってくれて」

「……生かしてくれて、ありがとう」



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