闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第四章 過去を抱いて、未来を掴む

紡がれない御伽話2

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「うっ……ぐ……」

 痛みに呻くのはエファリューではない。玉髄の柄を握り、金剛石の刃を突き立てたアルクェスだ。
 意識を保つために、必死の抵抗で切先の狙いを逸らし、エファリューを戒めるの己の手を傷付けた。手首を搾り上げる力が緩み、エファリューにわずかな自由が戻った。

「今の隙に……離れ……なさい」
「……無理ね」

 血に濡れた手を振り払うも、エファリューにのし掛かる体の重さはもはやアルクェスのものではない。もがこうとも、組み敷かれた下肢はちっとも動きやしなかった。
 彼の意識に反して、右腕は再び剣を振り上げる。焦燥に揺れる空色の瞳の奥に、黒々と影がちらつく。
 じわりじわりと、アルクェスの意識が内側から冒されていくのを見つめ、ここで解呪する他ないと、エファリューは覚悟を決めた。
 不思議と気持ちは落ち着いていて、にわかに微笑めたほどだ。自由になった手を伸ばし、銀糸の髪が零れる首筋に腕を絡めた。

「アル。わたしを見て。わたしを貫くということは、エメラダを貫くということよ」

 抵抗する剣が震えて光る。

「ねぇ、この呪われた御伽話の結末を、二人で創りましょう。貴方の配役は? ここで神女を手にかけた男になるのと、魔人の姫と共闘して英雄になるのと、どちらがお好み?」

 クリスティアは滅ぶべし、と低い声が聞こえる。その狭間で、アルクェスが唸った。口を開くのもままならないのだろう。汚濁される意識の中で、耳飾りに思いが託される。

『どちらにしても、背徳もいいところです……。わたしは、いい……。貴女をフューリのもとへ帰すすべがあるのなら……、魔女殿の知恵を貸していただきましょう』
「あるわ。だけど、これで助かるのはわたしだけじゃない。貴方も絶対に一緒に帰るの」

 エファリューは絡めた腕に力を込め、いつ何時、どこから眺めようと美しい顔立ちの青年を引き寄せた。
 整った顔貌の、際立って秀麗な眼差しが驚きに見開かれたのも束の間──。唇が触れる刹那、閉ざされたエファリューの瞼の裏には、ここではない景色が見え始めていた。


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