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第四章 過去を抱いて、未来を掴む

紡がれない御伽話

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 黒真珠が零れ落ちると、鎧騎士は苦しげに呻いて形を崩し始めた。闇に影が溶け、核となるフレヴンの魂が見えなくなる。
 霧散する影となり逃げ惑う軍馬に騎士──すべてを花と糸に変え、エファリューは彼らの最期の思いを受け取り続けた。
 やがて洞穴内が静かになる頃には、すっかり心がすり減っていたが、まだ肝心の黒真珠には触れられていない。

「フレヴン将軍、貴方と話がしたいの。出てきてちょうだい」
〈マダ……終われヌ……クリスティアの子ガ憎イ……苦シむガイい〉

 深い闇の何処からか、理性を欠いた声が這いずり出る。
 ひたりと首筋を撫でる冷たさに、アルクェスが振り返るも、そこには果てしない闇が息を潜めているだけで、触れられるものはないように思えた。いや、彼が触れられないだけで、触れることは可能な何かはそこに蠢いていた。

「……っ!」

 肉と皮を灼き裂く痛みが、突如アルクェスを襲った。堪らずくずおれるそばに、エファリューは駆け寄るが、痛みの淵で彼が絞り出す声はそれを望んではいない。

「……来てはいけませんっ」

 制止するも遅く、手の届くところへやって来たエファリューには襲い掛かった。

 エファリューには、顔を上げたアルクェスの瞳の奥に黒い影が揺らいだように見えた。
 一瞬のうちに天地がひっくり返り、剛力に身体の自由を奪われた。頭上に括り挙げられた両の手は、縄で縛られたかのようにぴくりとも動かないが、手首を戒めるのはアルクェスの左手だ。

「アル、まさか」
「申し訳……っ……入られ、ました」

 右手に掲げるのは、闇に放り出された剣だ。乗っ取られた体が抵抗しているのか、切先が震えて光る。
 組み敷かれ自由に動くことは敵わないが、それくらい、どうにでもできるとエファリューはたかを括っていた。防壁で防ぎ、ついでに剣を絡め取ればいい。その瞬間に転じて彼の自由を奪うつもりで、剣が振り下ろされる瞬間を待ち侘びた。

 しばしの攻防の末、闇に小さな光が閃き、エファリューの脳天めがけて剣は振り下ろされた。

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