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第四章 過去を抱いて、未来を掴む
闇と光と
しおりを挟む大振りだが、疾風の如く繰り出される矛先を避けるので、二人は手一杯だ。
『エファリュー、これが貴女に鎮められると言うのですか』
『……言えなくてもやるしかないの』
命を賭して守った王女への失望が、彼らをさらに深い闇へ突き落としたと自覚しているだけに、エファリューは弱音を吐けない──いや、吐かなかった。
恐ろしい化け物と化した彼らから感じるのは、解呪などと言っていられる類の呪力を遥かに超えている。オットーの錫杖で無理矢理、呪力を破壊し霧散させた時のようにでもしなければ、太刀打ちできない部類だが、それすら可能かどうか怪しいところだ。
神速と名高かったフレヴンの槍捌きに、戦場を縦横無尽に駆ける軍馬の脚。加えて、狼の咆哮に引き寄せられてどこからともなく現れる黒い影たち。
アルクェスが退魔の光で蹴散らそうとも、呪力を帯びた影たちが果てることはない。わらわらと湧く影に、消耗戦の様相を呈した。
しかしわずかな救いは、湧き出る影の呪力がフレヴンほどのものではなかったことだ。エファリューは片っ端から糸を絡め取り、解き、吸収していく。
もこもこと動きにくい防寒具も脱ぎ捨て、アルクェスから拝借した白いコートの上に、漆黒のマントを翻し、戦場を舞う。
そうして影を身に纏ううちに、アルクェスの目の前でエファリューは驚くような変貌を遂げた。
十四歳と名乗って疑われない、あどけなさを残した顔貌が、シャープな輪郭に整えられ、印象を異にしていく。小柄は小柄であるが、手足もしなやかに伸び、くびれた腰の位置は普段よりわずかに高い。
身のうちに蓄えきれないほど吸収した魔力量は、エファリューの全盛期のそれに相当する。生への本能と渇望が、エファリューの肉体を無意識に、最も成熟した時期の姿へと作り変えた。
華奢ではあるが、か弱い印象はない、しなやかに凛とした立ち姿の女が、影の中を踊るように跳ねた。
纏った闇の中から取り出したるは、黒檀の弓。漆黒の糸を撚った弦をぴんと張り、つがえる矢はファン・ネルで仕舞い込んだロープ付きの矢だ。艶々とした爪で切り裂いた中空に、秘密のポケットが口を開いている。
狙いを定めた一矢が放たれる。闇を切り裂く彗星となるも、矢は鎧騎士の手の中でいとも容易く握り潰された。
巨躯に対して、人間の扱う矢など針のようなもの。毛ほども戦況を変えられはしない。かえって、剛腕で投げ返された矢を、わずかに掠めただけでローブの裾が大きく裂けた。
「……フレヴン。おいたが過ぎるわ」
〈姫よ、目を覚ませ。エヴァの誇りを取り戻せ〉
「目を覚ますのは……どちらかしら!」
二の矢をつがえ、張り詰めた弦を弾く。
矢は切り裂いた闇を纏い、何倍にも膨れ上がり、硬度を増してぐんぐん突き進む。一筋の軌道の果てに、鎧の肩口にへばりついた、三つ首の狼の真ん中を射抜いた。
矢とともに飛んでいった縄の端をぽっかり空いたポケットに仕舞い込み、急速に空間の亀裂を閉じる。するとまるで縄が矢を連れ戻そうとするかのように、穴の中へと引き摺り込む力が生まれた。
額に刺さった矢を引っこ抜こうとする目障りな縄が辛抱ならず、狼は将軍の肩から飛び降りる。着地するより早く、縄は巨大な狼を引き摺って、空間の裂け目に繋ぎ止めた。
豪──と、風が鳴く。
縄を断ち切らんとするフレヴンの槍の穂先が、エファリューの頭上に迫る。
転がるようにして避けるもその先には、機敏に身を翻した馬足が、硬質な蹄を無慈悲に振り上げて待ち構えていた。
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✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
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