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第三章 エヴァの置き土産
一肌も二肌も脱ぐ3
しおりを挟む上着に残った温もりと香りに包まれると、まるでそっと抱きしめられるようで、エファリューは思わず振り返った。
「き、急にこちらを向くんじゃありません!」
目のやり場に惑いながらも、世話を焼くかの如く上着の胸元をかき合わせる彼の瞳は、いつもと同じ澄んだ空色だ。
想像していた顔と違ってエファリューは安心できたはずなのに、胸が締め付けられるように苦しかった。
「……怒って、ないの?」
「とても苛立っていますよ」
「ごめんなさいね、騙していて」
「違います。謝るべきは貴女ではない」
銀《しろがね》の頭を垂らして、彼は跪く。
「わたしは、己の狭量さに腹を立てているのです。エヴァと呼んだことを始め、知らず知らずに不快な思いをさせていたのでしょう。無礼をお詫びいたします」
「それくらい、何でもないわ。ちっとも、全然。もっと酷いことなんて、山ほどあったもの」
「長い生の中で、ですか。……正直に申せば、あまりにも突飛すぎて、半信半疑ですよ。しかし、面倒くさがりの貴女をこうも突き動かし、そのように珍しい顔までさせる理由としては、……尤もらしい」
どんな顔をしているというのか、エファリューはばつが悪くて、誤魔化すように頬をこねくり回す。それを見上げるアルクェスも、珍しく弱りきった顔で微笑んでいる。
空色の瞳の中には、ミモザの花に隠れて、泣き出しそうな幼子がいた。エメラダに瓜二つだが、彼女と違って我儘で甘ったれ。だがエメラダと同じで、芯が強い。絶対に人前で涙を見せたりしない、それが彼が仕える姫だ。
(今度は気付けましたよ)
自嘲を潜めてアルクェスは立ち上がった。
「貴女の事情はわかりました。──それでも。単身乗り込ませたくはない、こちらの思いもご理解ください。国を動かすことは叶いませんが、ロニー卿にお力添えいただきましょう。少し時間をください。貴女はその……まずは身だしなみを整えてっ、わたしが戻ってくるまで、ゆっくりお茶でもしていなさい」
そうして彼は地図などを抱えて、いつになく慌ただしく部屋を出ていった。
「……ありがとう、アル」
一人きりの部屋で、エファリューは呟く。肩に掛けられた上着の袖を体の前で交差させて、強く抱きしめた。
「だけど……、だからこそ……ごめんね」
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✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
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