闇魔女は六畳一間の平穏が欲しいだけ!

川乃千鶴

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第三章 エヴァの置き土産

一肌も二肌も脱ぐ

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 国境を跨ぎ越し、スフェーンに足を踏み入れて、ついにその湖は姿を現した。
 時を経て、わずかに形が変わったのか、地図上では横倒しの八の字に描かれている。

「ここだわ!」

 そうと分かれば、エファリューは居ても立っても居られず、隣室に駆け込み天井裏に急いだ。荷物を纏めて、旅支度を調える。
 梯子に手を掛け、アルクェスが下から覗き込んできた。

「突然どうしたというのです」
「場所がわかったのよ。大まかな場所さえわかれば、ここまで育った呪力なら、自ずと口を開くはずよ」
「なぜ、どこに地名など記されていましたか」

 尚も本の中に探し物をしている彼の隣に、エファリューは降り立つ。

「そこにはないわ。だけど、わたしの中に残ってたから」
「どういうことです。それに、その荷物は? 何をする気ですか」
「フューリを連れて、解呪に行くの」
「何ですって!? 国の支援もなしに、あまりに危険すぎる」
「それでも、わたしが行かなくちゃ……──いいえ、行きたいの」

 一歩も引かない姿は、神殿に初めて呪詛が現れた時の比ではない。

「なぜ、貴女がそこまで」
「それは……」

 なんと言ったものかと、悩む時間も惜しかった。すぐにでもフューリの背に乗って、飛び立ちたい。しかし、そのためにはアルクェスを納得させる理由を並べなければならない。
 クリスティアの民を放っておけない、そう言えばエメラダとしては花丸を貰えるだろう。だがそれだけでは足りない。やはり、すべてを話すことが一番なのだろう。

 エファリューは天井を見上げた。
 初めてのご褒美で手に入れた、闇で満たされた手狭な城。板一枚外せば、側仕えの顔をすぐに拝めるところもお気に入りだ。
 真実を伝えれば、ここでの暮らしともお別れになるに違いないと思うと、迷いが生じる。

「エファリュー?」

 困惑と焦りを浮かべた美しい空色の瞳を、見納めるように見つめて、エファリューは心を決めた。
 この極上の平穏と引き換えにしても、今だけは嘘をつきたくなかった。

「それは、わたしが……エヴァの子だからよ」
「……エヴァの子? ええ、まあ貴女のようなひとはそうかもしれませんが、それとどう関係が」
「今から話すから、ちょっとそっちに行って」

 納得しようもないアルクェスを、無理に部屋の隅に追いやって、エファリューは寝室の扉に鍵を掛けた。嘘はつきたくないが、伝えられるのは今は彼だけだ。

「こっち見ないで。ちょっとだけ、目を閉じててちょうだい」

 ローブのボタンを外す指先が震えた。
 繻子の肌着を床に滑り落として、背中の秘密も脱ぎ捨てる。

「……もういいわ。こっちを向いて」

 そう言いながら、エファリューは自分こそ顔を上げられなかった。
 裸身を見せることに抵抗はない。もう見せたことはあるのだから。それなのにあの時のように、堂々としていられないのは、エヴァの羽根が後ろめたいからではない。
 アルクェスの目が、凍り付くのを見たくなかったからだ。






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